才能の分岐点

おおたとしまさ

才能の分岐点

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柔道生活の苦しみから、自殺を考えたこともある(2)


プロ格闘家・青木真也さんインタビュー【後編】

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柔道の名門ではない早稲田を選んだ理由とは?

 人生のターニングポイントだったのは、早稲田大学に進学したことだった。本人の意思ではなかった。「父親のファインプレーだった」と青木さん。
 柔道の成績が良かったので、高3のときに複数の大学からオファーをもらった。全国ベスト8に入るような強豪チームから、学費タダ、寮費タダというような好条件が提示された。ロサンゼルスオリンピックで金メダルを取った山下泰裕さんもわざわざ会いに来てくれた。夢のようだった。
 「僕は柔道脳ですから、柔道偏差値の高い大学を選ぼうとするわけですよ。『早稲田って何だこの野郎』みたいな(笑)。でも父親が『ちょっと待て、その決断、オレに預けろ』と言ったんです」
 父親は「早稲田に行け」と命じた。
 「早稲田はタダじゃなかったので、4年間で500〜600万円の出費になるんです。ほかの柔道強豪校に行けばタダですよ。わざわざ高いお金を払って柔道強豪校でもない早稲田に行く意味がわかりませんでした。でも、父親の真剣さに負けました。今振り返ればすごい選択だったと思います。『お父さん、ありがとう』ですよ。柔道しかやってなかったのに、早稲田入っちゃったぞって、その後10年くらい、母校の伝説になりました(笑)」
 父親には柔道の経験はなかった。柔道のことで父親が青木さんに技術的な指導をすることはなかった。しかし小学生のころから青木さんを支えてくれた。「今、自分も親になったからわかることですけど、大変な負担だったと思います。金銭的にも時間的にも。一人っ子だからできたんでしょうね」と青木さん。
 「早稲田に入ってみると、まわりの人間の質が、自分とは違うことに驚きました。正直、焦りました。育ちがいいというか、教養があるというか、単に勉強ができるという意味ではない、本当の意味での賢さというのを感じました。すごい哲学的だったし、文学的だったし、1つの物事について何回も語り合うみたいなことをよくしていました」
 それで視野が開けたのかもしれない。大学在学中に総合格闘技を始める。社会人になる前の思い出づくりというくらいの気持ちだった。柔道部を去ることが、それまで自分が守り続けてきた「既得権」を捨てるに等しいことも自覚していた。
 それでも「武道採用枠」で静岡県警に就職することができた。柔道部は辞めていたが、過去の柔道での実績が評価されたのだ。大学卒業後は実際に警察学校まで行った。一度は公務員になったのだ。しかしすぐに退職し、格闘家として生きる決意を固める。


柔道で成功しても、人生に失敗することもある

 

 当時、柔道でトップ選手として実業団に就職すれば最初から1000万円や2000万円の年収を得ることも夢ではなかった。
 「柔道やレスリングにはそういう『出口』があるから人が集まるんですよね」
 その「出口」が学校までをも巻き込んだ巨大な利権システムの動力になる。各段階にいる指導者は、選手の将来を決める絶対的な権力者となり、子供たちだけでなく保護者までをも支配する。少なくとも青木さんが中高生のころは、保護者から指導者への金銭授受も常態化していたという。
 「柔道の指導者は中学生に対してもどんどん食べさせるわけですよ。体重を重くしたいから。それで身長168センチ、体重130キロみたいな中学生が育つ。柔道をやっていなかったら不健康な肥満児ですよね。そして実際に高校で柔道を諦めちゃったりする。でも食べるのはやめられないから、高校生にして糖尿病になってしまう。挙げ句、20代で足を切断するなんてことも聞いたことがあります。それですめばまだいいほう。高コレステロールのせいで脳梗塞を引き起こし、半身不随になるケースもあります。それって殺人に近いと思います」
 うまくして実業団に入ることができたとしても、お金の使い方を知らないのにいきなり大金を手にすると、金銭感覚が狂う。柔道をやれているうちはいいが、引退すると人生が狂い始めることがある。そうなれば結果的に柔道が人生を狂わせたと言っても過言ではない。青木さんはそれも間近で見ているので、世界的格闘家になった今でも質素倹約を徹底している。


指導者の善し悪しはすぐわかる

 青木さんには2人の息子がいる。妻も柔道経験者である。「柔道やらせてみる?」ということになる。
 「遊び程度ならいいかなと思ったんです。それで教室を見に行きました。でも、指導者の善し悪しがわかっちゃう。こいつ、おかしいぞ、何言ってるんだみたいに感じることがありました。妻にもそれがわかります。だったらやらせないほうがいいじゃんということになりました」
 指導者の善し悪しとは何か。
 「この人、柔道しか教えられない人だなという感覚。普通に仕事をしている人ならわかると思いますよ、人間としてのいびつさみたいなものが。この人は子供のことを考えて指導しているのか、自分の指導者としての実績のために指導しているのかもわかってしまいます」
 小学生の青木さんは教室を変えてから才能が開花した。あのとき、何が起こったのだと思うか。
 「結局、好きでやるのがいいんですね。あんまりやれって言わないほうがいいんです。好きでやっているのなら、勝手にうまくなるので、ほおっておけばいいんですよ。今だに思うんですけど、あんなに殴られて、絶対無駄でした」
 子供が自分から「やりたい」と言い出したのに、やらせてみたらあんまり真剣にやっていないということもある。
 「それも基本は放任するしかないと僕は思っています。中学の同級生は結局全員柔道をやめています。高校でも半分はやめました。県内で1番で、東海大会でも上位に出るような選手がやめちゃうんですよ。今だにスポーツをやっているのは僕くらい。やっぱり殴られて育てられても続かないんですよ」
 殴られて育てられたから今の自分があるという人も中にはいるが。
 「ああ、それね。ずるいっすよ! それ、大嫌い。僕だって殴られて育って、一応今があるけれど、そうやって生き残ったのは全体で見れば1%とかの話であって、それをもってたまたま生き残った人がその方法論を100%正当化するのはずるいです。僕のことを殴ったりどついたりした先生は、言語で伝える能力がなかっただけです。僕はスポーツ指導においても体罰には反対です。有名な選手を育てたとか言って威張っている指導者もいますけど、あれもずるいっすね。どれだけ強い選手を集められるかってところが実は一番重要なんです」
 進学塾が優秀な生徒をあの手この手でかき集めるのと同じ理屈である。教室で伸ばすというよりは、もともと才能のある子を集めることに力を注いだほうがが手っ取り早く成果を出せる。


才能があることと、成功できることは別次元

 プロから見れば才能のある子はわかるのか。
 「柔道のセンスがあるとか運動能力が高いとかはわかります。でも結果的にその子が強くなるかどうかはわかりません。柔道界には面白い言い伝えがあります。小学校の全国チャンピオン経験者で、オリンピックの金メダルを取ったのは井上康生さんだけだっていう(笑)。それ以外はたいてい中学で終了です」
 才能がある子と、成功する子は何が違うのか。
 「どれだけ好きで続けられるか、自発的に取り組めるかどうかだと思います。今のシステムだと、運動能力がすごい優れていたら、競技のことは好きじゃなくても日本一くらいになれちゃう可能性がありますよね。でも結果、それで幸せなんでしたっけ? 僕の場合は逆に、柔道のことは好きだったけど最後まで得意にはならなかったんです。だから最終的には嫌いになっちゃった。でも総合格闘技は好きで、しかも割と得意だったんですね。だから今は幸せです」
 現在ときどき、青木さんに柔道の個人指導を依頼してくる保護者もいる。
 「中3で、どうしても全国大会に行かせてあげたいとか、ちょっと本気なんですよ。でも僕はまずはたしなめます。僕が教えたからといって魔法のように強くなるわけがない。仮にそこで強くなったとしてもだから何なのかという話をします。あんまり親が一生懸命にならいほうがいいと思いますよ。やるのは子供ですからね。僕は格闘技の道を選んで、片道切符でここまで来てしまいました。その怖さを知っているから、あんまりバランスを欠いた生き方はおすすめしません。普通に学力と体力があるのなら、スポーツのためにすべてを注ぎ込むよりも、いろいろなことを経験しながら普通に勉強して大学に入って就職したほうが絶対に楽です。そのほうが幸せなことも多いんじゃないかと思います」

【プロ格闘家・青木真也さんプロフィール】
1983年静岡県生まれ。小学生のころに柔道を始め、2002年には全日本ジュニア強化選手に選抜される。早稲田大学在学中に総合格闘技を始め、2003年のDEEPフューチャーキングトーナメントで優勝。2006年修斗(シュート)ミドル級世界王者、2009年DREAMライト級王者。現在はONE FCライト級王者。著書に『空気を読んではいけない』(幻冬舎)がある。


次回更新は11月2日予定!




Profile

おおたとしまさ

育児・教育ジャーナリスト。1973年東京生まれ。麻布中学・高校卒業。上智大学英語学科卒業。リクルート入社後、2005年に独立。育児・教育に関する執筆・講演活動をおこなう。心理カウンセラー、中高の教員免許を持ち、私立小学校の教員経験もある。著書に『男子御三家』(中公新書ラクレ)、『名門校とは何か?』(朝日新書)、『ルポ塾歴社会』(幻冬舎新書)、『ルポ父親たちの葛藤』(PHPビジネス新書)などがある。

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