才能の分岐点

おおたとしまさ

才能の分岐点

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11歳で「絶対に音楽家になる」と親を説得(1)

NHK交響楽団首席奏者・佐々木亮さんインタビュー【前編】

「趣味」で終わるのか、才能を開花させ「プロ」の道を歩むのか――。教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏が、「才能の分岐点」と題して、「習い事」と「才能」の関係について探っていきます。第1回はN響首席奏者インタビュー前編。プロの音楽家を目指すために、親子はどれだけの覚悟を決めなければならないのか。


小さいころはよく練習をサボっていた

 夜、NHKをつけると、日本最高峰のオーケストラ「NHK交響楽団」の演奏が放送されていることがある。荘厳な音色に耳を傾ければ、せわしない毎日をしばし忘れることができる。しかしテレビの画面に映し出される演奏者たちの表情は真剣そのもの。その表情から、楽団員であることへの誇り、世界的指揮者と仕事をする緊張感、技術を磨くために費やしてきた膨大な時間の存在が伝わってくる。指揮者のすぐ右隣が、佐々木亮さんの定位置。2008年1月より首席奏者としてオーケストラを率いている。
 3歳からピアノを始めた。自宅でピアノ教室をしていた母親の影響が大きい。
毎日しっかり練習しなければ怒られた。しかし小学生になるころにはもうすでに壁にぶちあたり、ピアノが嫌になっていった。
 「ちょうどそのころ、たまたまテレビでバイオリンを弾いている人を見て衝撃を受けたんです。今から思えばクラッシックではなく民族音楽系の演奏だったと思うのですが。そのおじさんがニコニコしながら本当に楽しそうに演奏しているんです。それで母親に『バイオリンやりたい』と言ったんです」
 母親の反応は当初それほど前向きではなかったが、息子の本気を感じ取ったのか、バイオリンの先生を探してくれた。ピアノもしばらくは続けた。
 「ピアノは楽譜が上下に分かれていて、右手と左手で別のことをやります。それがややこしいんですけど、バイオリンの場合は譜面が1個で、1つの旋律を弾けばいい。これでいいんだというのがまた余計に楽しく感じられました」
 レッスンは週1回。レッスンのない日は自宅で30分から1時間練習をすることになっていた。しかしそれも1年くらいすると飽きてくる。ちょうどそのころ、母親はプロのピアニストとして外で演奏する機会が増えていた。母の留守に乗じて練習をサボるようになる。
 「さぼっていれば先生にはすぐにわかっちゃうわけです。優しいおじいさんの先生だったので、怒られるようなことはありませんでした。最初に教室に行ったときにはすごい期待してくれていたんですよ。でも、どんどん練習しなくなっちゃって、非常にがっかりした顔をされて、『なんか悪いことしちゃったな』と子供心に思ったのを覚えています」
 そんな状況を察したのか、母親は1枚のレコードを佐々木さんに渡す。著名なバイオリニストのレコードだった。「これは面白いぞ!」。レコードを聴いて、佐々木さんのモチベーションは回復した。さらに佐々木さんは決意する。「絶対音楽家になる!」。11歳だった。
 「これは面白いと思うと、徹底的にのめりこむタイプなんです(笑)」
 しかし音楽家を目指すことに、母親はすぐには賛成してくれなかった。音楽大学出身で、音楽の世界で食べていくことの厳しさを知っていたからだ。特に男性が音楽家を目指し夢破れたときには、女性以上につぶしがきかないのが現実である。父親も含め、何度も家族会議をした。
 「今でも覚えているんですけれど、どんなにうまくいかなくても、自分が選ぶ道だから、自分の責任において、どんなにつらいことがあっても耐えるつもりだと伝えたんです」


国立の音楽学校に入るには勉強も必要

 11歳の息子の真剣なまなざしに、両親も折れた。プロを目指すとなると指導者も変えなければならなかった。
 「25歳くらいの若い女性の先生でした。その先生がとにかく恐ろしかった。お子さんもいらっしゃらなくて、子供の扱いに慣れていなかったのでしょう。どれくらい厳しくしてよいのかわからなかったのだと思います。先生のことがあまりに怖すぎて、僕は萎縮しちゃって全然弾けなくなってしまいました。1年くらいして、さすがに母親も見るに見かねて指導者を変えることにしました。次の指導者は武蔵野音楽大学で教えていた掛谷洋三先生でした。この方は非常に穏やかで、僕が多少怠けていてもおおらかな目で根気よく指導してくれました。僕の恩人の一人です」
 地元の普通の私立中学に進んだ。高校は音楽で進学すると決めていた。音楽部のようなものには所属せず、3年間その掛谷さんのもとでバイオリンの指導を受けた。掛谷さんの勧めで東京芸術大学附属高校を受けることにした。1学年に40人しか入ることができない。そのうちバイオリンは10人だった。
 日本を代表する音楽学校といえば、東京芸術大学か桐朋大学。前者は国立で後者は私立。後者には学科試験はないが、前者には学科試験がある。
 「勉強は得意ではありませんでしたが、仕方なく頑張りました(笑)。バイオリンへの情熱が成績も引き上げてくれたという感じです」
 時間割は普通の高校とあまり変わらない。数学も英語も普通にやる。ただし、週に3〜4回音楽家になるための基礎的な知識や技能を身につける授業がある。さらに週1回放課後に上野の東京芸術大学に行って、大学の先生の指導を受ける。指導料は学校の授業料に含まれている。音楽学校に進むということは、そこにいる先生の一人に師事することを意味するのだ。佐々木さんは現学長の澤和樹さんに師事した。
 「たいていの場合、中学生のころから芸大の先生にお金を払って指導を受けて、芸大を目指すんです。入学できると正式にその先生に師事できることになる。でも私の場合はちょっと特殊でした。中学生時代に武蔵野音大の先生に付いていたので芸大の先生は誰も知りませんでした。だから学校から指導者を割り振られました。それがたまたま澤先生でした」
 付属の大学に上がるには再び入試を受けなければいけない。実技だけでなくセンター試験も受けなければいけなかった。これも国立大学の決まりである。私立であればそのまま内部推薦で進学できることが多い。




Profile

おおたとしまさ

育児・教育ジャーナリスト。1973年東京生まれ。麻布中学・高校卒業。上智大学英語学科卒業。リクルート入社後、2005年に独立。育児・教育に関する執筆・講演活動をおこなう。心理カウンセラー、中高の教員免許を持ち、私立小学校の教員経験もある。著書に『男子御三家』(中公新書ラクレ)、『名門校とは何か?』(朝日新書)、『ルポ塾歴社会』(幻冬舎新書)、『ルポ父親たちの葛藤』(PHPビジネス新書)などがある。

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