才能の分岐点

おおたとしまさ

才能の分岐点

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ボクシングで得られる一生の財産(1)


キックボクシングジム「テッサイ」取材記【前編】


努力の成果が表れるのは試合だけではない

 チェーン店のカフェやファーストフード店、コンビニが並ぶ商店街の、雑居ビルの地下1階にキックボクシングジム「テッサイ」はある。広さは30畳ほど。サンドバッグが3本、天井からぶら下がっている。
 会長(オーナー)は小磯哲史さん。40歳を過ぎているが、未だ現役のキックボクサー。ジムには幼稚園生から大人まで約100人の会員が所属している。体力づくり、健康促進のために通う大人が多いが、中にはプロ選手やプロを目指す者もいる。小学生対象のキッズクラスの生徒は20人弱。未就学児向けには親子クラスもある。
 取材に訪れた日には、小学校1〜3年生を対象とした昇級審査が行われていた。昇級審査といっても、型を演舞したり、試合をしたりするわけではない。いつも通りの練習をして、その姿勢を審査の対象にする。
 10人ほどの子供たちが小磯さんの前に一列に正座して、合掌し、礼をする。タイ式キックボクシングムエタイの作法を取り入れているのだろう。すでに審査は始まっている。20分ほどのウォーミングアップのあとはミット打ち。「ワン、ツー」「ワン、ツー、フック」「ワン、ツー、左キック」「ワン、ツー、左フック、右キック」とバリエーションを変えていく。
 次にシャドーボクシング。各自3分間、目の前に相手がいるかのように想像しながら、空に向かって一人でひたすらパンチやキックを繰り出す。審査で見ているのは疲れてきてからのがんばり。フォームを崩してはいけない。ガードは下げない。スピードを落とさない。自分との戦いだ。
 最後はサンドバッグ。「2分間いくよ。スタート!」。2分間サンドバッグにひたすらパンチやキックを打ち込む。ミット打ちやシャドーボクシングですでに相当な体力を消耗している。タイマーが鳴り、2分間が終了したことを告げる。しかし「最後もう1分!」。やっと終わったと思ってからの追加の1分。大人でも心が折れそうになるはずだ。
 キックボクシングの1ラウンドは3分間。普段の練習では3分間を基本にしている。しかしこのときはあえて2分間で一度時間を区切り、残りの1分間を「追加」に見せる演出をしたのだろう。力を出し切ってしまってへとへとになった中で、さらにどこまで力を振り絞り、自分に勝てるかを小磯さんは見ているのだ。
 審査が終了した。結果は後日発表される。


体力よりも精神力がものをいうスポーツ

 小磯さんに聞いた。キッズクラスの目的は何か。
 「1つは基礎体力の向上です。将来どんなスポーツをやるにしても通用する体力と体の動きを鍛えます。もちろんキックボクシングを続けてくれてプロ選手が育てばうれしいですが、それが目的ではありません。もう1つの目的は精神面にあります。大きな子が小さな子の相手をするときには手加減をしてやらなければなりません。小さな子が大きな子を相手に向かっていくときには勇気が必要です。強さと優しさの両方を育てたい」
 必ずしもキックボクシングの英才教育をしているわけではない。
 キッズクラスの昇級審査では何を評価するのか。
 「試合になかなか勝てない子でも、一生懸命がんばっていれば上に上がれるし、試合では強くても練習をいい加減にやっているとダメだよということを伝える意味で昇級審査の制度を設けています。だから低学年はがんばっていればOKです(笑)。高学年は、自分のダメなところを意識して修正する姿勢を見ています」
 小磯さん自身がキックボクシングを始めたのは22歳。それまで特に格闘技もスポーツもやっていなかった。昼間は別の仕事をしながらジムに通い続け、2012年に自分のジムをオープンした。
 「昔のキックボクシングのジムにはプロを目指す選手しかいませんでした。でも10年ほど前からフィットネスとしての格闘技が流行り始めました」
 K-1などの格闘技ブームの影響だろう。
 「私がかつて所属していたジムにキッズクラスがあったので、テッサイでもキッズクラスを開設しました。子供たちは成長が目に見えるから、教えていて面白いんです。ときどき交流のあるジムとの試合をします。勝てば嬉しいし負ければ悔しい。小さな子供が勇気を振り絞って前に出て、諦めないで最後まで戦う姿を見ていると、自分のほうが励まされます」


競技自体がマイナーであることのメリット

 今の親世代が子供のころは、子供向けの格闘技系の習い事言えば、空手、柔道、剣道などの武道系が定番だったはずである。最近ではテコンドー、レスリング、総合格闘技などのバリエーションが増えてきている。
 「昔は空手出身者が大人になってからキックボクシングに転向するケースが多かったのですが、最近は子供のころからキックボクシングをやる子供が増えてきています。実際にそうやって育った選手も出てきています。彼らはやはり動きが違う。これから日本のキックボクシングは強くなると思います」
 小学生を見て、キックボクシングの才能があるかないかわかるものか。
 「素質のありなしはある程度わかるつもりなんですが、これが結構外れるんです。意識を高く保って練習を続けられるかとか、痛さに耐えられるかとか、怖さに勝てるかとか......。要するに心の強さによって逆転しちゃうんです」
 ただし、空手や柔道などと違って、小学生向けの全国大会を運営するような組織はキックボクシングにはない。水泳やテニスのように見込みのある選手を全国から集めて切磋琢磨させ鍛えるしくみもない。これは良くも悪くもあると私は思う。
 競技の発展という意味ではデメリットが大きい。将来有望な才能を見出し、選りすぐり、より良い環境で育てることができないからだ。一方の良い点は、各指導者が大会での成果を出すことを目的にせず、あくまでも子供1人1人の成長に目を向けたままでいられることだ。この連載の第3回と第4回でプロ格闘家の青木真也選手が指摘した柔道界における選手育成の歪みのようなことが起こりにくい。
 競技がメジャー化すればするほど、個々の子供への注目は薄まり、一部の才能に恵まれた子供たちにばかり注目が集まるようになる。メジャーな競技では、上達すればするほどエリート育成のヒエラルキーに組み込まれていくことを免れない。スポーツに限らず、音楽でも同様のことが言える。
 どんな習い事をするか、迷ったときにはそんな観点も考慮するといいだろう。


後編公開は2月22日(水)予定!



Profile

おおたとしまさ

育児・教育ジャーナリスト。1973年東京生まれ。麻布中学・高校卒業。上智大学英語学科卒業。リクルート入社後、2005年に独立。育児・教育に関する執筆・講演活動をおこなう。心理カウンセラー、中高の教員免許を持ち、私立小学校の教員経験もある。著書に『男子御三家』(中公新書ラクレ)、『名門校とは何か?』(朝日新書)、『ルポ塾歴社会』(幻冬舎新書)、『ルポ父親たちの葛藤』(PHPビジネス新書)などがある。

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