晴安寺流便利屋帳

真中みずほ

晴安寺流便利屋帳

illustration 芝生かや

番外編ショートストーリー

 至福の闇鍋レシピ


「兄さん、これって本当に便利屋の依頼なの?」
 薄暗闇の中、ぐつぐつと音をたてる鍋を前に、食卓についた安住美空は純粋な疑問を口にした。
「確かに便利屋は何でも屋だよ? でも『おいしい闇鍋のレシピ考案』って変じゃない? レシピがある時点で、もはや闇鍋じゃない気がするんだけど」
「いいんだよ。常識にとらわれず、依頼人の願いを叶えることが、便利屋SEIANJIのモットーだからね」
 対面に座る兄、貴海の表情は暗くてよく見えないが、答える声は明らかに弾んでいる。便利屋のモットーより自身の食い気を優先し、闇鍋を楽しむ気満々なのは間違いない。
 もしかするとこれは、貴海ファンによる寄付的依頼だろうか。地味で平凡な美空と違い、容姿端麗かつ頭脳明晰な貴海には、檀家の女性陣を始めとするファンが数多くいる。彼女たちは便利屋の収益を上げ、貴海を経済的に援助するために、わざわざ貴海好みの楽な依頼をしてきたりするのだ。
「それに一般人の仁と大智が文句も言わず協力してくれているのに、便利屋アルバイトの美空が不平不満を口にするなんて、社長の僕としては情けない限りだよ」
 上からの兄の物言いに、美空は眉を寄せた。同時に貴海の隣で、陸箕仁が溜息交じりの声を出す。
「オレは普通の鍋って聞いて、来たんだけどな......」
 美空は申し訳なさでいっぱいになった。幼馴染の仁に対する貴海の我が儘と無遠慮は、今に始まったことではない。
「オレは普通に夕食作って欲しいって言われて、来たんですけどね」
 今度は美空の横にいた瀬崎大智がクールに発する。美空と同じ高校一年生の大智だが、料理の腕前はそれなりのもので、週に一度は安住家に夕食を作りに来てくれるのだ。
「まあまあ。闇鍋も鍋に変わりないし、これが今日の夕食なわけだしね。ではさっそく、いただきます」
 勝手な言い分を告げ、貴海は鍋に箸を伸ばす。皆が見守る中、具材を口にした貴海は優美に息をついた。
「うーん。やっぱり高級牛肉は美味しいなあ」
 ひどくご満悦の貴海に対し、仁が力なく肩を落とす。
「お前、オレには持って来る具材指定だったじゃねえか......」
「当たり具材もないと闇鍋は楽しめないからね。次は仁の番」
「くそっ。絶対に貴海は妙なもん入れてるよな」
 笑いを漏らす貴海をよそに、鍋に向き合う仁は真剣だ。せめてまともな具材が当たりますようにと、美空は祈った。
「これは......ロールキャベツか? 普通に美味いな」
 安堵したように仁が言う。大智が手を上げた。
「あ、それオレです。貴海さんがこの前食いたいって言ってたんで、家で作って持ってきました」
 どこか誇らしげに語る大智に、美空は冷めた目を向けた。いくら貴海に懐いているからといって、尽くすにも程がある。
「次はオレか。あんま期待はしてねーけど」
 何の躊躇もなく大智は箸を運び、取った具材を口に運ぶ。
「なんだ。ただの餅かよ」
「...ごめん。私が入れた、お正月の残りもの」
 大智の冷静な反応に、羞恥心から美空は縮こまった。高級肉や手作りロールキャベツに比べると、庶民感が半端ない。
 だがもしかすると今回の闇鍋、それほど外れ具材はないのかもしれない。己を奮い立たせ、美空は恐る恐る中の見えない鍋に箸を入れる。挟んだ箸先から手に伝わる微妙な重さと弾力。思い切って、美空はそれを口に入れた。
「何これ! 甘っ!」
 予想外の味に、美空は悲鳴を上げた。熱さとは不釣り合いな、濃厚な甘みとほのかな酸味が口の中いっぱいに広がる。
「僕が入れたマンゴーだね」
 さらりと言う貴海に美空は激昂し、箸を椀に叩きつけた。
「完全にNG具材じゃない! しかも私が食べるのを楽しみにしていたアオヤフルーツ店の貴重なマンゴーをっ」
「まあ鍋とデザート、一緒に食えて一石二鳥じゃねーか」
「変なフォローはいらないから! 瀬崎くんは黙ってて!」
「もうさっさと食って、さっさと帰りてえ......」
「甘いよ、仁。闇鍋は、ここからが本番。それじゃあ二巡目、いってみようか」
 悲喜こもごもの声が上がる中、闇鍋は続く。この依頼、一体誰に何の得があるのだろう。心の中でぼやきつつ、次の具材こそはと、美空は箸を構え直した。

 数日後、とある日本料亭が打ち出した期間限定メニュー「至福の闇鍋」が密かなブームとなる。
 闇鍋のスリル。料亭らしい繊細な味付け。そして一級品でありながら、奇抜かつ予想外の具材が人気の秘密らしい。
 実際、某便利屋アルバイトの女子高生は「何であれが、こうなるわけ?」としきりに首を傾げながらも、兄と一緒に至福の闇鍋を堪能し、完食したという話だ。

ポプラ文庫ピュアフル「晴安寺流便利屋帳」シリーズ、公表発売中!

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Profile

真中みずほ

名古屋市在住。第3回ポプラ社小説新人賞の最終選考に選ばれた作品「清安寺流便利屋帳」を大幅改稿した『晴安寺流便利屋帳 安住兄妹は日々是戦い!の巻』にてデビュー。会社勤めをしながら執筆活動中。

Pick Up Book

  • かがみの孤城
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お知らせ

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