洗礼ダイアリー

文月悠光

洗礼ダイアリー

イラスト 惣田紗希

1

脳みそはみんな同じ

「生きてる詩人っているんですね!」
 そんな風に素直に驚かれると、私は憤慨するどころか、喜んでしまう。この人にとって初めての「生きてる詩人」になれたんだ、とどきどきする。そう、私は「生きてる詩人」なの。
 けれど、その次の質問で、喜びはたちまち打ち砕かれる。
「へえ、詩人って何食べて生きてるの?」
 な、何って......、今朝は納豆ごはんだけど。それ言っても、がっかりしない?

 あなたの日常に「生きてる詩人」はいるだろうか。おそらくいないだろう。大抵の人にとって「詩人」は異端者だ。だから自己紹介の際は、どうしても慎重になる。私のように、見た目は文学少女然とした女(一直線に切りそろえた前髪、地味顔)が、伏し目がちに「詩人です」と名乗ろうものなら、夢見がちな勘違い女か、手首でも切っているのかと疑われかねない。余計な心配をされても困る。蕁麻疹が出るほどの犬嫌いであることを除き、私は心身ともに健康なのだ。
 いきなり「詩人」を名乗ると、大抵しばしの間が置かれる。戸惑ったように「へえ、詩人......」と復唱されたり、異星人を見たかのように絶句されたり。相手が画家や写真家など、アート関係の人でも「詩、ねえ......」と思い切り困惑されてしまう。詩も絵も写真も、私は同じくらい近しく感じているのに、「ああ、この人にとっての詩は、はるかに遠い惑星なのか」とさみしく思う。

 そもそも「詩人」は、肩書きとして認められていない。日常会話の中では、人間性やキャラクターを表す言葉として定着している。複雑な言い回しや、格好つけた発言をする人を「詩人だねえ」とからかったことはないだろうか。「詩人」の肩書きを持つ者は、並べてこの詩人キャラを求められる。そして、キャラから少しでも外れると「詩人のくせに」となじられるのだ。詩人のくせに字が汚い、詩人のくせにメールが変、詩人のくせにボキャ貧、詩人のくせに健康、詩人のくせに前向き。詩人に人権なし。逆に、ちょっと上手いことを言ったり、軟弱なところを見せると「さすが詩人」なんて笑われてしまう。ええ、だって詩人ですもの。
「生きてる詩人」の称号はダテじゃない。「おお、ポエマーだ!」と反応されるのには慣れっこだし、飲み会やパーティーで「詩人、ここで一句!」(俳句は詠めません)、「ここで朗読して!」(ギャラいくらですか?)と無茶ぶりされることも少なくない。理不尽な扱いを受けたら、その状況を楽しまなくては損だ。いちいち「私が書くものは、いわゆる『ポエム』とは違うんです」とか「それは俳人の間違いですね」なんて言わないから、率直に反応してほしい。......まあ、ちょっと怖い顔はするかもしれないけど。

 詩人ってどんな生きものだろうか。
 編集者との打ち合わせ中、「文月さんみたいに繊細な感性の方は......」という一言に、つい「繊細、かなあ?」と小声で突っ込みを入れた。自分が繊細だなんて、生きていて実感したことがなかったからだ。編集者は「詩を書かれているので、ここは繊細ということにします」と苦笑した。そうか。「詩を書く」ことを看板にすると、自動的に「繊細」な印象を与えるらしい。
「典型的な詩人」など存在しないし、型にはめられることを嫌うのが詩人の特性とわかった上で、詩人の長所と短所を挙げてみよう。まず詩人の長所は、「直感的にものを判断すること」「感情が豊か」。難しい議論もするけれど、内心は純粋なのだろう。心から喜び、怒り、涙する。詩人の集まりに行くと、おじさんもおばさんも、みんな子どもの目をしている。特に男性はロマンチストが多いようだ。プライドの高い若手詩人は、その純粋さを隠そうとして、自意識をこじらせている確率が高い。
 詩人の欠点は数え切れない。「人付き合いが壊滅的にヘタ」「批判したがり」「傷つきやすい」「嫉妬しがち」。さらに、言葉に器用だからこそ「相手が決定的に傷つく一言を言う」ことも(詩人を敵に回してはいけない)。加えて「詩が好きすぎて熱くなってしまう」ところ。狭い世界に熱中するあまり、世間が見えなくなるのだ。詩の世界には詩人しかいない(読者がいない)なんて皮肉はよく聞くが、実際そのとおり。他人の詩にはとても厳しく、仲間内の議論が大好きなのだ。
 ああ、書いているうちに不安になってきた。詩人に友達っているの?

「詩人」を名乗るか否かは、詩人たちの中でも意見が分かれるところ。「詩人を自称する人の詩は信用できない」と固く拒む人もいれば、「詩人の存在を知ってもらうために」と責任感を持ち、敢えて名乗る人もいる。
 どちらも芯の通った言い分だが、私はそんなポリシー以前に、恥ずかしさを覚えてしまう。「怪しい人だと思われたくない」というエゴに走り、「ライターをしています」「本のレビューを書く仕事で」などと言ってお茶を濁す。だが、本当に恥ずべきなのは、そんな自分自身ではないか。「詩人」なのは間違いないのだから、堂々と名乗ればいい。そんな当たり前のことが、なぜできない?

 六年前、ある人気小説家がテレビ番組のインタビューで、のんびりとこう語った。
「何となく書くことが好きでね。好きなことを続けている内に、気づいたら作家になっていたんですよ」
 気づいたら作家になっていた? 高校生の私は激怒した。「何となく」「気づいたら」なんて、無意識のままに人気を獲得した、天才だけが言える言葉だと思った。天才――つまり、私のような凡人を抜き去っていく人。自分がいつかインタビューされる立場になったら、こんなぼんやりした答えは口にしない、天才のふりはしない、と固く誓った。
 今ならわかる。その作家は「努力して作家になった」という物語、「私はこれだけ頑張りました」とアピールすることに興味がなかったのだ。想像してみてほしい。制作過程のノートを積み上げ、やる気をみなぎらせて、カメラの前にたたずむ作家の姿を。作者の努力を知ってしまったら、作品は愉しむものではなく、堅苦しい〈努力の結晶〉にしか見えなくなる。
 じゃあ、愚直に頑張ってきた人の居場所はどこにある?
 インタビューを受ける側になり、私は困り果てた。「どんなときに言葉が降りてくるんですか?」という質問に、具体的な場面を提示しようと躍起になる。そもそも言葉は降りてくるものではない。ペンをとり、手を動かすことでしか生まれないのだ。そんな風に正直になろうとするほど、つまらない回答しか湧いてこない。
 作品はインスピレーション。言葉は勝手に降りてくるし、登場人物はひとりでに動き出す――。そんな世間の抱くイメージに従うべきか、それを壊すべきなのか、メディアに露出する作家はいつも悩ましい。狼狽して「どう答えればいいでしょう?」と尋ねれば「詩人ならではの感性でお願いします」とダメ押しのような一言。
 創作者は神ではない。インスピレーションで詩が生まれるのなら、誰も苦労しない。「詩人ならではの感性」なんてあるものか。砂糖を舐めれば甘いと感じ、手を叩かれれば「痛い!」と叫ぶ。詩人だろうと、作家だろうと、会社員だろうと、パン職人だろうと、脳みその構造はみんな同じだ。
 果たして、私は愚直に頑張ってきたのだろうか。頑張る、というよりは、人の目を気にし続けてきたように思う。いつまでも大人になりきれず、なりきれないから詩を書いた。「早熟だ」とちやほやされ、その評価に居心地の悪さを覚える。詩人に付随する〈夢見がち〉という印象も、あながち外れではない。子どもっぽいエゴにとらわれたまま、私は〈夢見がちな文学少女〉を抜け出せずにいる。
 気づけば二十四歳。周りは会社に就職したり、結婚したりする年齢だ。でも、まだ夢を見ていたらダメですか?

 教科書を開き、谷川俊太郎の詩を音読する七歳の私に「あなたは詩人になるよ。俊太郎さんとお仕事するよ」と告げても、きっと信じない。まさか、と分厚い前髪を揺らし、目を見開くはずだ。
 そう、靴ひもが結べなくて、プールに入れずに泣き出す意気地なし、蟻がともだちで、ノートの隅に絵を描いてばかりのきみは、詩人になってしまうんだ。
 私は詩人になるはずじゃなかった。いつも人に出遅れて、誰かのはるか後ろをこわごわと歩いている。普通になりたい、普通ってどこ? と怯える、ひどく凡庸な女だ。でも「詩人」という怪しげな立ち位置は、案外お似合いかもしれない。それは、社会で「死んだ」も同然の、「生きてる」だけで驚かれてしまう、亡霊のような存在だから。
 あなたがどんなに詩を好きだとしても、詩人には関わらない方が身のためです。
 だけど、どうか友達になってください。
 詩人だって人間。
 ひとりぼっちは、嫌なんです。

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『洗礼ダイアリー』が本になりました!

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カバー&本文イラスト:カシワイ/定価:本体1400円(税別)

★ウェブで2015年8月から2016年7月にかけて連載した全15話を、大幅に加筆修正のうえ書籍化。現在、ウェブ上では試し読みとして3話分を公開しています。

全国の書店にて好評発売中!

Profile

文月悠光

詩人。1991年北海道生まれ、東京在住。中学生の時から雑誌に詩を投稿し始め、16歳で現代詩手帖賞を受賞。高校3年の時に出した第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』で、中原中也賞、丸山豊記念現代詩賞を最年少受賞。近著に詩集『屋根よりも深々と』。雑誌に書評やエッセイを執筆するほか、NHK全国学校音楽コンクール課題曲の作詞、ラジオ番組での詩の朗読など広く活動中。
http://fuzukiyumi.com/

Pick Up Book

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『あざみ野高校女子送球部! 』(ポプラ文庫ピュアフル、680円+税)の刊行を記念して、小瀬木麻美さん トーク&サイン会を開催いたします。

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参加特典として、小瀬木麻美さんが今回のイベントのために書き下ろした「『あざみ野高校女子送球部!』番外編」をもれなくプレゼント!センター南が舞台になった短編小説です。

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達人たちの仕事場にお邪魔したら、楽しい驚きがいっぱい。まさに大人の社会科見学!ふむふむ、へーと読んでいるうちに、むくむくとやる気が湧いてくるお仕事エッセイです。

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