洗礼ダイアリー

文月悠光

洗礼ダイアリー

イラスト 惣田紗希

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いらっしゃいませの日々

 昨年の春、大学を卒業した。どこにも就職せず、詩人という名の無職になった。じきにあるイベントの席で、小説家の堀江敏幸先生に挨拶に伺った。私は書き手のことを「先生」とは呼ばないけれど、堀江先生はワセダの教室で知り合った大事な「先生」なのだ。サークルの顧問をお願いしたり、演習に潜らせてもらったり、在学中何かとお世話になっていた。
 先生は「卒業おめでとうございます」と柔らかな声で告げると、卒業後の生活について尋ねた。
「今は執筆だけ?」
「執筆と、アルバイトをしてます」
「なんのバイト?」
「駅でジュースを売ってます」
「ええ!? 嘘でしょう?」
 先生は何とも言えないような、ひどく困惑した表情を浮かべた。苦笑いする私を見て「ことばのジュースも売ってくださいね」と心配そうに励ましてくれた。「ことばのジュース」という表現に、先生の気遣いを感じて、私は少し申し訳なく思った。初めてのアルバイトは結構楽しくて、内心では浮き立っていたから。

 アルバイトの求人情報を目にする度、たとえようもないほどわくわくする。求人の一つ一つに、新しい自分になれる可能性を見つけて、妄想にふけるのだ。いらっしゃいませ、と朗らかに告げる私、笑顔でティッシュを渡す私、客の差し出すチケットをすばやくもぎる私。想像上の私は戸惑いや失敗もなく、自然な動作で仕事をこなしている。街中でよく見る真人間そのものだ。「オープンキャストで働きませんか?」「アットホームな職場です」「未経験者歓迎!」。甘美な誘い文句に、めまいを覚える。未経験って、どこまで許されるの? 本当に歓迎なの? 
 学生時代に一般のアルバイトを経験しなかったためか、私は「普通に働くこと」へのハードルが異様に高い。締め切りに追われた学生時代、やり残したことの一つがアルバイトだった。だから卒業後、手始めにアルバイトを探すことは、ごく自然な選択といえた。
 ジューススタンドのバイトは、店の貼り紙で見つけた。駅のホームで、生のバナナや苺のスムージーを提供するあの店だ。ネットのクチコミ情報も念入りにチェックして、ここなら大丈夫、と手に汗を握り、応募の電話をかけた。
 駅のキオスクを舞台にした東直子さんの小説『キオスクのキリオ』を読み、駅で働くことにぼんやりと憧れていた。駅とは、「目的地」ではなく、どこかへ行くための通過地点だ。毎日たくさんの人が駅を通じて、あちこちに出かけていく。その様子をプラットホームの一角から観察してみたかった。「なんで駅の店が希望なの?」と面接で聞かれ、咄嗟に「小説を読んで......」と話したら、店長は「変わってるね」と眼鏡の奥で少し笑った。「それは物語のお話で、現実はいいお客さんばかりとも限らないから」という言葉に、私はやや身を固くした。

 そのジューススタンドでは妙なことに、店員のことを「キャスト」と呼んだ。バナナ色の鮮やかなポロシャツと、ストライプ柄の帽子・エプロンを身につければ、私などでも一応〈ジュース屋の女の子〉風になった。緊張のあまり仏頂面でレジを打ち、引きつった笑顔で客を送り出す私に、店長がたたみかける。「なんで『キャスト』っていうかわかる? ただジュース出せばいいだけじゃないんだよ。女優なんだよ、女優!」
 私のようなぼんやりした女を、そんな論理で説得しにかかるのは無理がある。思わず吹き出しそうになりながら、必死に頷いていた。どう頑張っても「キャスト」にはなりきれそうもない。緊張も疲れも、そのまま表情に表れてしまう。何かを装うことが元来ダメな性質らしい。お前に接客業は無理、と友人に散々言われたわけが、ようやくわかった。幸いぼろが出る機会は少なかった。私がシフトを入れるのは早朝から昼過ぎの一人回しの時間が多く、接客よりも開店前の掃除や仕込みに奔走していたからだ。
 フリーターや転職活動中の数人を除き、キャストの多くは二〇歳ごろの女子学生だった。お化粧ばっちりで、声は高くてキャピキャピ、サークル内に彼氏がいて、LINEのアイコンは友達とのツーショットを設定しているキラキラ女子である。
 そうした子たちの存在が珍しく、私は観察者の心持ちで彼女たちに接した。普段はてきぱきと働くのに、「推しメン」のお客さんが来ると、店の奥に引っ込んでデレてしまう子、初対面でいきなり彼氏とのノロケ話を語り出す子、愛らしい顔で「なんなの!」と店長の陰口を叩く子。彼女たちは圧倒的に何かに「許されて」見えた。私は羨望と懐かしさの入り混じる気持ちで、彼女たちの話に聞き耳を立てた。しかし、新しい人と顔を合わせる度に「何年生ですか?」と聞かれるのには閉口した。彼女たちの生活の基盤は、あくまでも学校のようだ。
 バイト先で本業を聞かれたときは「ライター」と答えていた。面接でもそう話していたし、極端な嘘をつくのも気が引けた。入りたての頃、社員の若い男性がジュースのミキサーを洗いながら、「もう学校は卒業してるんだよね」と尋ねてきた。
「はい。昼間はライターの......文章を書く仕事をしています」
 見るからに体育会系の彼は「へえ? ふーん」と納得しかねるような相槌を打ったあと、「それは何を目指してるの?」と再び尋ねた。
 私はりんごの皮をむく手を止めた。何を? いや、ライターは立派な職業なのだから、別の役職に昇進したりするものではない。それとも個人的な目標のことを尋ねているのか。
「うーん。書くことで食べていけるようになればいいな、と......」
 ぼそぼそ呟くものの、咄嗟の嘘が現状の希望とあまりに近いために、ふと怖くなる。彼はやはり納得できない様子ながら、接客サービス的な笑顔で「へえ? いつか出版社に入れるといいね」と少し面倒くさそうに言った。私も「いいですね~」と半笑いを浮かべつつ、〈会社に入る〉ことが一般の人の着地点で、それ以外の生き方は理解されないのだなあ、と実感した。
 大きな決断や算段があって、フリーランスになったわけではない。不器用で人付き合いが下手な自分には、俗に言う「社会の歯車」が雲の上の存在に思えた。人並みにできることといえば、書くことだけ。就活もせず、大学院も受験しなかったことに、いくつかの事情はあったけど、言ってしまえば成り行きだ。それでも何とかなるだろう――。楽観的というより、面倒事から逃れるために、漠然とそう思っていた。

                  *

 時折、自分という存在の芯がわからなくなった。早朝のラジオ番組に出演後、六本木ヒルズのスタジオから、三鷹駅のバイト先に直行する。本名の名札が付いたエプロンを首にかけ、「いらっしゃいませ~」と声を張り上げるが、誰も私がラジオで朗読していた詩人とは気づかない。当たり前か、とひとりごちる。
「朝食代わりに、おいしいバナナジュースはいかがでしょうか~」。詩を読み上げた声と同じ声が、人のまばらなホームにむなしく響いた。ガラス張りの最上階にいた一時間後には、駅で掃除のモップを握っている。そのギャップに私は混乱し、どこかで安堵した。そうそう、私なんて本来こんなものだ。
 時給九五〇円は、個人のラベルを剥がされた存在だ。ひたすらバナナを切り、牛乳を量り、レジを打つ。知人から「なんでそんなこと?」と度々問われたが、自分でもよくわからなかった。決められた仕事を淡々とこなしていると、自分の中の「認められたい」という欲求が息を潜めるのがわかった。エゴが殺されるその時間は、至極心地よかった。

 お客さんの多くは、若いOLや、気忙しい会社員だ。驚いたのは、どの人も似た服装、似た髪型をしていること。女性なら黒髪のボブヘアにベージュ色のジャケット、男性なら細いフレームのメガネ、灰色のスーツに黒い書類鞄。似た格好の客が無数にやってくるため、それぞれ全く見分けがつかない。均質化された人々は、何かと闘うために武装しているようでもあった。店員の立場であるこちらに対して、一六〇円のジュースを対価に、横柄な態度を貫く人もいた。皆、懸命に「何者か」を演じていた。
「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ」と甲高く声を上げ、Suicaを取り出す客の動きを察して、「タッチをお願いします」とすかさず告げる。「タッチを......」と言い切る前に、大抵ピピッ、と支払い完了の機械音が鳴り響く。ジュースはこぼれる危険があるため、直接手渡してはいけない規則だ。「お待たせしました」と目の前に紙コップのジュースを置き、客が手に取るのを見守る。一ミリも触れ合うことなく、コミュニケーションは成立した。〈するな・議論を・お客さまとは〉という接客マニュアルの標語が頭をもたげる。違和感を振り切るため、私は高らかに呼びかける。
「タッチをお願いします。タッチをお願いします。ただし、『私』のことには触れないでください......」

 アルバイトをしている時間、私の心は平和だった。怒鳴られても、嫌味を言われても、その瞬間ぎくしゃくするだけで、淡々と働くことができた。「ホントにうざい!」「だったらマニュアルに書いとけ!」「もう辞める!」と女の子たちが影でキレるのを、愉快な思いで観察していた。
 面倒見の悪さを何度か指摘された。困っている新人を置いて帰ってしまった際、呆れた口調で「もう大人でしょう? しっかりしてよ」と店長になじられた。そのときだけは、ああもっともだ、と哀しい気持ちになった。自分のことで精一杯なんて見苦しい。周囲に気配りのできる大人になれたら、どんなにいいだろう。「もう大人でしょう?」という台詞は、私が自分自身に一番浴びせたい言葉だった。
 店長に反発することなく、穏やかでいられたのは、どこかでアルバイトを軽く見ていたせいかもしれない。これがダメでも傷つかない、私の価値は守られている――そんな浅はかなプライドを盾にしていたのだ。
 それはキャストの女の子たちも同じだった。「いらっしゃいませ」と微笑んだからといって、メロンを手早く切れたからといって、確固たる「何者か」になれるわけではない。あくまで通過地点。まるで駅のようだ。今は同じホームにいても、やがて違う方向に分かれていく。最近あの子見かけないな、と思えば、決まって連絡ノートに「退職」の文字。就活がきつい、親が病気になった、卒論で忙しい等の理由を述べて、或いは何も告げずに、彼女たちは辞めていった。春に入った沢山の新人は、戦争じみた夏の繁忙期が過ぎると、私を含め数人しか残らなかった。店先のミキサーを交換するように、キャストも瞬時に入れ替わる。代替可能な存在なのだ。新しく入った子は、下の名前が読めないキラキラネームだった。世界にひとつだけの名前が、履歴書に滲んでいた。

 秋ごろ、勤務中に店長との噛み合わない電話を切ると、腕の内側から手のひらにかけて真っ赤な蕁麻疹が走っていた。そのとき、夢見てきた「新しい自分」などどこにもいなかったことを悟った。考えることから逃げてきたツケを、赤い発疹の並びに見た気がした。
 甘ったれの私は、書くことでしか本気を出せない。そのくせ、自分の本気を否定されるのが怖い軟弱者だ。書く仕事が無い焦りを、気づくとアルバイトで埋めていた。その場しのぎで働いても、憧れの「新しい自分」にはなれなかった。世間では、筆一本で食べていくのは無謀だと誰もが言う。書くことなんて労働じゃない、と言う人もいる。でも、何が現実的な選択なのか、それは私自身にしかわからないのでは?
 ほどなくしてアルバイトを辞めた。一人で辞める勇気がなかったので、他のキャストの子が「今週で辞める」と漏らした日に、辞職の電話をかけた。彼女は引き止められ、私は理由も聞かれずに「それはいいけど」という一言で終わった。ほっとした。ジュースの仕込みの作業も、ゴミ出しも、早朝の駅の静けさも好きだった。千円札の束ね方や、牛乳パックを素早く潰す方法は、随分上達したものだ。詩の原稿料と同じ額を稼ぐにはこれだけ働かなくてはいけない、と体感で理解できたのは良い経験だった。
 だが、同じ作業を繰り返す毎日は、確実に何かを削っていった。生きることへの熱意が失われ、自分の意志が薄まっていく。接客マニュアルの文句も、秒刻みの皮むきも、みんな同じ顔に見えるお客さんも、そこに違和感を抱きながら笑顔で立ち続ける自分も、血の通っていない機械のようだった。感覚に蓋をすることが、私は何よりつらかった。
 辞職の電話から、実際に辞めるまでの半月は「これが終われば」という余裕のためか、心穏やかだった。季節は冬の入口で、氷入りの冷たいジュースは売れなかった。去っていく客の背中に「またお越しくださいませ」と声を投げかける。明日ここにいるのは私じゃないけど、ね、と心の中で呟く。もちろんミックスジュースを買うのに、店員が誰であろうと関係ない。でも、その日の駅のホームに、私は確かに立っていた。胸をつまらせながら「いらっしゃいませ」と呼びかけていたのだ。

「ことばのジュース」から一年が経った今年の春、知人の舞台を見に行った劇場で、翻訳家の金原瑞人さんにお会いした。久々の再会が嬉しく、今にも飛び跳ねそうな私に、金原さんはこんなことを尋ねた。
「文月さん、ちゃんと食べてる?」
「はい! 食べてます!!」
 私が勢い込んで答えると、「......おお、すごいねえ!」と感嘆したように目を見開かれた。しまった。食の方ではなく、職の方だったか......。焦ったものの取り消すこともできず、ばつの悪さで下を向いていた。「アルバイトをしている」という免罪符はもう使えない。とんでもない見栄を張ってしまったものだ。
 しかし、胸を張って「食べてます!」と宣言したとき、不思議と心が晴れていた。友達がいなくても、好きな人に相手にされなくても、会社員じゃなくても、この心は決して飢えていない。私は「ことばのジュース」を搾り上げ、何はともあれ「ちゃんと食べてる」のだ。
「いらっしゃいませ」とは言わない日々に、私はほんの少し誇りが持てるようになった。

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『洗礼ダイアリー』が本になりました!

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カバー&本文イラスト:カシワイ/定価:本体1400円(税別) 

★ウェブで2015年8月から2016年7月にかけて連載した全15話を、大幅に加筆修正のうえ書籍化。現在、ウェブ上では試し読みとして3話分を公開しています。

全国の書店にて好評発売中!

Profile

文月悠光

詩人。1991年北海道生まれ、東京在住。中学生の時から雑誌に詩を投稿し始め、16歳で現代詩手帖賞を受賞。高校3年の時に出した第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』で、中原中也賞、丸山豊記念現代詩賞を最年少受賞。近著に詩集『屋根よりも深々と』。雑誌に書評やエッセイを執筆するほか、NHK全国学校音楽コンクール課題曲の作詞、ラジオ番組での詩の朗読など広く活動中。
http://fuzukiyumi.com/

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