東京老舗ごはん 大正の味

森まゆみ

東京老舗ごはん 大正の味

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銀座「三笠会館」

 銀座をぶらついていて、前を通った。あれ、もしかしてここは大正の創業じゃあないかしら。ドアのところにいる女性に聞くとまさしく、大正14年の創業だという。図々しくそのまま、8階のオフィスに押しかけ、いろいろ歴史を教えていただけませんか、とお願いした。
 三笠会館というと、同窓会とか、結婚式というイメージである。わたしも一度ここのパーティに出たが、おしゃべりに夢中で、味のことまではあまり覚えていない。でも、おいしいし接客も良いから、銀座で長いこと信頼を勝ち得ているはずだ。
 お昼に1階のバール、「ラ・ヴィオラ」でいただいたカレーは、多種類のスパイスが混ざった実に微妙な味で、おいしかった。トッピングが、福神漬けや赤生姜でなく、ピクルスにレーズンにアーモンドの薄切りというのもなかなかオシャレである。
 というと、広報の武井さんは「前は1階がティーサロンで、カレーは2階でお出ししていました。その時はトッピングが10種類もあったんですよ。お客様はびっくりされていました。お勧めというとまずカレーですね」という。これは、3日間、手間をかけて作るカレーだ。
 現在、三笠会館は1階はバール、地下がバー、中2階がイタリアン「メッツァニーノ」、2階がフレンチ「榛名」、3階は和食「吉野」、4階が中国料理「泰淮春」、5、6階が大小宴会場、7階が鉄板焼き「大和」という、まるで世界各国料理のデパートみたいである。
 名前を考えるのも大変だったと思いますが、山の名前が多いですね。
「そうなんです。それは創業者の谷善之丞が奈良の出身で、それで三笠会館なんです」
 なるほど、「三笠の山に出でし月かも」ですね。
 奈良で林業をしていた谷が、20代で東京に出たのが震災後の大正14年、仕事を探して、最初、東銀座の歌舞伎座の前にかき氷屋「三笠」を開いた。なかなか流行って、お客から食べ物も売ってくれと言われた。昭和2年に三原橋に移転、7年に銀座一丁目に支店を出したものの経営不振。そこで起死回生を図って新しいメニューを考案したのが「鶏の唐揚げ」。
「今も、うちの看板メニューです。中国料理の豆腐に粉をつけて揚げたものがヒントです。その頃、鶏はまだなかなか召し上がる人がいなくて、流通もしてなかった。牛鍋の方が一般的で、鶏はむしろ高価なものでした。ちょうどその頃から養鶏場が増えてきて、鶏を唐揚げにすることを思いつきました。やってみると大変にヒットして、店は押すな押すなの景気になったとか。私が入社するずっと前、大昔の話です。唐揚げの発祥は大分県と言われていますが、うちの唐揚げも同じ頃ですね」と武井さん。

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 家庭での唐揚げはニンニクやショウガを入れた醤油などに漬け込んで揚げることが多いが、ここでは焼酎、醤油にごま油などを混ぜた風味の良い特製のタレを直前に「まとわせる」という。そして片栗粉で揚げる。中までタレを染み込ませないので、鶏そのものの味がわかる。確かに、熱々の骨つき鶏は、表面はサクサクだが、中は柔らかくてジューシーだった。部位によってもまったく味が違う。ごま塩とからし、レモンを絞って食べる鶏の唐揚げは初めてだった。
「そうなんです。初代は、仏教に深く帰依した人でした。ですから、鶏の命をいただく以上、綺麗に最後までいただこうと。もも肉、胸肉、手羽先まで、骨つきで揚げなさいと。さらに砂肝がカレーに入っていたのはお気づきになりました?」
 えっ、そういえば、歯ごたえのいいお肉がありました。砂肝なんだ。
「そうなんです。ブイヨンを取るのにも、鶏の頭や骨の部分を使っていますので、鶏丸ごと一羽、どこも捨てるところはありません」
 他に仏教を生かしたことはなさったのですか。
「4月の花祭りには、店の前に花を敷き詰め、その真ん中に天井を指差したお釈迦様の像を飾っています。道ゆく人がそれを拝むのを見て、初代はやっぱりこれは続けなくてはと言っていたそうです。他に、新入社員はお寺での研修があって、座禅とか掃除とかやらされます。そういえば、鶏の唐揚げの乗ってきたお皿、気づかれました?」
 白い、きれいな大きなお皿でしたが。
「あれは、人間国宝の加藤幸兵衛さんが作られた陶器で、奈良の鹿が描いてあるんです」
 店名を「グリル三笠」と変えて、支店も出し、店には鶏を捌く人を常駐させていたという。東京大空襲で本店、支店とも焼けるが、戦後の昭和21年、歌舞伎座前に店を再開、最初は統制のため、グリルと言いながら、あんみつやコーヒーしか出せない時代もあった。「三笠会館」になったのは22年。そして昭和26年には山小屋風の3階建に建て直した。その頃は東京会館、伊勢丹会館など「会館」とつけるのが流行ったのかもしれない。
「新宿の伊勢丹会館の中にもうちの支店がありましたが、伊勢丹会館の中の三笠会館ではシャレにならないので、たぶん違う名前で出したと思います。地方では会館とつくと、パチンコ屋と間違われることもあるんですよ」
「銀座に行ったら三笠で唐揚げ」が定着していった。また支店によっては「お好み西洋釜飯」の名前で、「ドリア」を出したこともある。
 50年前の1966年、現在のビルに建て替えた。テナントとしても貸す予定だったが、当時、景気が悪くて入ってくれる人がいない。3代目の谷善樹現会長が「それなら全部自前でやろう」と決心し、今のように各階各国料理というスタイルになった。

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 武井さんは新入社員の頃は1階の接客をしていたという。その頃はフランス風のティーサロンだった。確かに、「コロンバン」「ウェスト」「風月堂」なども、上品なフランス風のお菓子やクッキーを出すティーサロンが銀座らしかった時代がある。私の父も、白いブラウスに紺サージのスカートのウェイトレスが「清潔感があって良い」といたく気に入っていた。
「しかし店というものは伝統を守りながら、絶えず革新をしていかなければなりません。1985年ごろ、イタリアンのブームがありました。オリーブオイルやガーリックを生かした料理は日本人の好みにあったのでしょう。手打ちのパスタも人気でした。その頃、西銀座デパートの中に『ブォーノ ブォーノ』という店を出して当たりました。それで、ここの1階もイタリアのバールみたいにしたいと思ったわけです。
 イタリアに研修で行ったこともあるのですが、みんな、スタンドで立ってエスプレッソを引っ掛け、甘いお菓子のようなものを食べて勤めに出て行く。生活の中にバールが根付いているのを見て、素敵だなと思って。それでここも入り口はカウンターというスタイル、立ち飲みにしたのですが、当初、お客様からは、立ってものを食べさせるのかなどとお叱りも受けました。実際は奥の方に座れるお席もあるのですが。通時営業なので、夕方ランチを召し上がってもいいんです」
 私たちは2時に行って食事をしたが、それからも切れ目なく、お茶やワインをたのしむ人々で店内は一杯だ。銀座にはなかなかいい喫茶店が見当たらず、時間によらず食事ができるところが少ないので、使いやすい。しかも、落ち着いた木目のインテリアとまぶしくない照明は、目の弱い私にはありがたい。
「歴史を大事にしながら革新を」というと、各階どんな努力をなさっているのでしょう。
「2階の『メッツァニアーノ』は産地直送の野菜と、手打ちパスタが人気です。2階の『榛名』の初代料理長は佐藤松竹と言って、戦前に海軍でフランス料理を覚えた方で、多くの弟子が育ちました。ローストビーフのワゴンサービスでも有名で、今もその伝統を引き継いでいます。
 3階『吉野』の神戸牛のすき焼きやしゃぶしゃぶを目指してこられる外国のお客様、ご接待に使われる外国のビジネスマンも多いです。4階『泰淮春』のシェフは揚州料理の巨匠と言われる居長龍を迎え、今の料理長、外崎はその優秀な弟子です。ランチメニューも揚州の味を入れ、揚州炒飯を召しあがれるコースもございます。点心師も専門におりまして、かなり凝ったものをお出ししています」
 そう言われると各階、ランチメニューから試して見たくなる。
 土地柄、政治家、画家、作家、タレントさんなども多いが、武井さんは「どなたが見えたかは私の口からはちょっと。あ、有名な方だな、と思っても、普通と同じに、そっとしておきます」とのこと。向田邦子さんが三笠会館のカレーライスのファンだった、ということだけ書いておこう。『父の詫び状』の中にも出てくるそうだ。


★三笠会館
大正14年(1925)創業
〒104-0061 中央区銀座5-5-17
https://www.mikasakaikan.co.jp/

Profile

森まゆみ

もり・まゆみ。1954年、東京生まれ。84年、友人と地域雑誌『谷中・根津・千駄木』を創刊、2009年の終刊まで編集人を務めた。歴史的建造物の保存活動にも取り組み、日本建築学会文化賞、サントリー地域文化賞を受賞。東京の下町を歩き回り、庶民的な店での一杯を口福とする。著書は『鷗外の坂』(芸術選奨文部大臣新人賞)、『「即興詩人」のイタリア』(JTB紀行文学大賞)、『「青鞜」の冒険』(紫式部文学賞)など多数。近著に『子規の音』『暗い時代の人々』などがある。

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