東京老舗ごはん 大正の味

森まゆみ

東京老舗ごはん 大正の味

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浅草橋「中華楼」

 浅草橋の駅から北にまっすぐに歩いて行くと鳥越神社にぶつかる。毎年6月に千貫御輿を担いで行われる祭りが有名だ。
 その少し手前に、大正12年創業の中華料理のお店があると聞いて出かけた。

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 その名も中華楼、ビルの一階だが、ファサードを見ても、まさに中国風、中に入ると赤い椅子、白い壁、天井や壁には中国風の木彫で飾られ、なんだか中国旅行をしているような気分になる。
 お昼時で席は満員、円卓で、近くの会社員たちが楽しそうに麺やチャーハンを食べている。私も名物サンラータンメンをいただく。とろみがついたスープは割とあっさりして美味しい。麺は自家製だという。なんでもサンラーランを日本でごく初期に出したのはこの店らしい。
 改めて話を聞きにいった。話してくれたのは4代目の素久さん、まだ30代の半ばだが、おだやかで落ち着いた方である。
「うちの初代は塚田新一と言って、元々は亀戸の方で和菓子の職人だったんです」というからちょっとびっくり。なんで仕事を変えられたんですか。
「それは亀戸にいた頃に周りに中国人が多くて、友達になって、中華料理を教えてあげる、と言われたらしいんです。そしたら俄然面白くなって。和菓子職人ですから手先は器用でしょ。牛皮をつまんだり、あんこを成形したり、それが餃子やシュウマイを作るときに生かされて、最初から割と繁盛したようです」
 なんでこの浅草橋に?
「お店を開いたのは関東大震災の数ヶ月前。何としても隅田川の向こうで開きたいと思って、ここに土地を探したんですね」
 なるほど。
「でも最初の店は出して数ヶ月で焼けたわけです。周りも焼けて、大正14年に焼け野原に再建したんですよ。初代には会っていないんですが、職人肌の人だったらしいんです。写真を見てもちょっとかっこいい。2代目は勝康。僕の祖父ですが去年米寿のお祝いをしまして元気です」
 ご夫婦でうつされた写真を拝見したが、まるで銀行の頭取という感じの貫禄のある方だった。奥さんもいかにもしっかり者の気配。2代目が戦後に活躍ということになりますか。
「そうですね。やっぱり点心を得意としたんです。震災後に建てた店はまた昭和20年の戦災で焼けました。20年ちょっとしか保たなくて、戦後はバラックで始めたそうです。でもそれはみんなそうですから、仕方ないです。素材が手に入らない頃、祖父はかん水を手に入れ、自家製麺を始めた。今もこの店の地下で麺を作っています。本建築にしたのは1957年です。
 3代目が塚田眞弘で、父です。父は大学時代から四川料理学院で学びました。この学校は四川飯店の陳健民先生と顧中生先生が、中華料理屋の2代目を育てるというので開かれたんです。父は三代目ですが。今のうちの味は父が工夫を重ねて作り出したものです」
 今はもう引退されているんですか?
「いえ、店の方は僕に任せていますが、世界中を旅して、一年の半分はいません。というのも、中国の風水、という考え方に夢中になり、独学で風水師になってしまいました。家を建てる方、直したい方、うちみたいな店を作りたい方の相談に乗っています」
 確かにこのお店は特異な意匠を持っています。どなたが建築をなさったのですか。
「中山巌先生といって中国古典建築の一人者です。横浜中華街の関帝廟や媽祖廟を設計されました。平成元年ですが、父と相談して作ったんです。そもそも初代はこの土地を風水で見てもとってもいいので求めたそうです。東に大河隅田川が流れ、南が開けて東京湾、北に小高い丘を控え、西に行くと何本かの主要な道路を経て上野の山があります。もともとうちを囲むように、掘割がありました」
 大変興味深い話です。掘割は不忍池から隅田川まで続いている三味線堀ですね。その風水の思想は料理にも生かされているのでしょうか。
「はい。それは宿命を見通すのですが、それを人間が変えることはできません。中国五術という言葉があります。その中で「卜」というのは占いですね。宿命を見るわけですが、宿命は変えられないので手を出しません。「相」は風水などで、環境を整えれば変えられるのです。運は運ぶものですから、環境を整えれば、運命は変えられます。その次に来るのが「医」で、食事のことです。漢方薬も「食」の一つです。中国人は薬は食べるものと言いますよ。医食同源なんて言いますが、あれは日本人の考えた用語です。でも、最近は中国でも使われるようになりました。私たちはお客様の体の環境を整える、あるいは良い方へ変えるような食事を提供したいと思っています」
 具体的には?
「例えば、うちの炒飯も美味しいですが、いわゆるコッテリした風味はないんです。それはラードを使っていない。純正な植物油しか使っていない。ラードが冷えると固まるのをご存知でしょう。体のなかで油が固まると、血管や腸を塞ぎますからね。人間の体は食べるものから作られているので、何を食べるかは実に重要なことなのです。手も足も、血も脳みそもみんな食べたものでできているんですから」
 そうすると、中華料理のコースというのも、それを考えて作るのですか。
「はい。ですから、アラカルトでお選びになってもいいのですが、コース料理の方が、組み合わせを考えてありますから、おすすめですね。食い合わせというように、相性の良い食材、悪い食材もあります。陰陽五行から、色や素材の性質を考えて組み立てています。ですので一品料理でもいいのですが、一番お召し上がりになりたいものを言ってくだされば、それを軸にその場で組み合わせをアドバイスしております」
 素久さんの一番のおすすめはなんですか。
「何と言っても、タレに漬け込んでから店で直火でじっくり焼いているチャーシューですね。それと回鍋肉なども今でこそみんな知っていますが、豚肉とキャベツを炒めて味噌味で仕立てたのは、うちが相当早いと思っています。中華料理は大勢でいろいろとって食べるのがベストですね。8人くらいがちょうどいいと思いますよ」

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 席は46席、これ以上広げる気もないし、支店を出す気もない。その代わり、毎年店を一定期間閉めて、中国の名店に研修に行き、調理場に入って一緒に料理してお互いに学ぶのだという。「長年かけてそういうネットワークを築いてきましたから」
「中国では、こんにちはの代わりに『チイファンラマ』と言います。『ご飯食べた?』という意味で、まだなら一緒に食べない、という挨拶でもある。日本人は生きるために食べますが、中国人は食べるために生きているようです。食に求めるものが大きいんです。そんな中国人のお客さんもうちにはよく来られます」
 4代にわたって共通点はあるのでしょうか。「好奇心がつよいというところでしょうか」という素久さんもニューヨークに留学時代、マンハッタンで風水のお店を開いていたことがある。理想は食を通じて中国と日本の架け橋になることだという。
 ホールを任されている店長の久保田さんの話も最後に聞いた。店に来た時、ドアのところにいる彼の佇まいがとってもよく、親切だったのもこの店を選んだ理由だ。
「大きな店にも勤めたことがあります。この業界は人のつてで移動することが多いんで、今でももっと高給でこないかという引き抜き話も実際にあります。でも、大箱で働くのと違って、ここには喜びと言いますか、やりがいがあるんです。職場環境が風水で整っていることもありますが、常連客の皆さんが本当にいいんです。お互い声を掛け合い、こちらが水をこぼすとか、なかなか料理が出ないとか失敗しても、いいよ、いいよと笑って許してくださる。ちょっとした失敗にクレームなんてつけない懐の深さがあるんです。もちろん常連さんも初めて見えた方も同じように接客していますから、わからないことがあったらなんでも聞いていただければと思います」
 下町の家族や会社に愛されるお店、その雰囲気を邪魔しないように、行ってみたいお店である。

★中華楼
大正12年(1923)創業
〒111-0053 台東区浅草橋3-32-3
電話 03-3851-0737
http://chukarou.com/

*『東京老舗ごはん 大正の味』を長らくご愛読いただきありがとうございました。
ここに掲載された10店のほか、さらに多くの名店と大正建築の建物の紹介も加え、
7月にポプラ文庫から刊行される予定です。どうぞお楽しみに!

Profile

森まゆみ

もり・まゆみ。1954年、東京生まれ。84年、友人と地域雑誌『谷中・根津・千駄木』を創刊、2009年の終刊まで編集人を務めた。歴史的建造物の保存活動にも取り組み、日本建築学会文化賞、サントリー地域文化賞を受賞。東京の下町を歩き回り、庶民的な店での一杯を口福とする。著書は『鷗外の坂』(芸術選奨文部大臣新人賞)、『「即興詩人」のイタリア』(JTB紀行文学大賞)、『「青鞜」の冒険』(紫式部文学賞)など多数。近著に『子規の音』『暗い時代の人々』などがある。

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