たいわんの本屋

田中美帆

たいわんの本屋

小小書房

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台湾の本とカフェの距離

 こんにちは。台湾在住ライターの田中美帆です。
 ハテ、なぜに私は台湾に住んでいるのか。それには自分でもビックリな経緯があります。まずはそこからご紹介させてください。
 小学生の頃、漫画『三国志』(横山光輝著)が大好きだった私は、40歳を目前に人生の後半をどう生きるか考え抜いた結果、16年半お世話になった出版社を辞め、中国語を学ぶために台湾へやってきました。2013年のことです。言葉を学んで1年で帰国するはずが、ホームステイ先の大家さんの紹介で出会った人と、なんと結婚してしまいました。決め手は、中国語学習歴たった半年の拙い中国語で話す三国志の話を、彼がおもしろがってくれたこと。友人たちにも「人生ってホントに何があるかわからない」と驚かれました。
 それから2年経った今年4月。ある場所でポプラ社の編集さんと知り合いました。折しもポプラ社の『まちの本屋』を読み終えたばかり。冒頭の「本は嗜好品などではなかった。必需品だった」というフレーズが海外在住者の私にとって心に強く響いたこと、台湾ではまた違った本屋さんの風景があるんですよ、などとりとめもなくお話ししたら、「それ、書いてください!」と願ってもないリクエストをいただきスタートしたのがこの連載です。
 ここでは、台湾にある本屋さんを歩きながら、ご店主や台湾の本好きの声をお届けしていければと思います。台北だけでなく、ほかの都市の本屋さんもお邪魔する予定です。
 初回は、台湾の街中でよく見かける光景と本の話から始めていきますね。1_0.jpg


 台湾で見かける本の風景

 皆さんにとって本屋さんとはどんな存在ですか。私にとっては、子どもの頃から変わらず好きな場所、行くと落ち着く場所です。台湾に来てからは、自分をリフレッシュする場所にもなっています。毎日毎日、一日中、日本語ではない言葉に囲まれて暮らすのは、知らぬ間に負荷がかかるもの。でも不思議と、本屋さんに行くとすうっと気持ちが落ち着いていきます。
 そうして台湾に暮らすうちに、日本とは違った本の風景があるとわかってきました。
 本のあるカフェがとにかく多いんです。中でも、台湾に来たばかりの頃、友人から教えてもらって驚いたのが今回ご紹介する「窩著咖啡(ウオヂャカフェイ)」です。

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 そこはまるで本屋のような。

 台北MRT文湖線と淡水線が乗り入れる大安駅。駅前には台北市内屈指の地価を誇る「信義路」が東西に、南北には「復興南路」という大通りが走り、その交差点に駅があります。近くには大きな高校と中学校があり、東京でいえば世田谷区や杉並区のような印象です。その信義路を前にして右に遠く、でもしっかり見えるのが台湾のシンボルタワー、台北101です。101に向かって一つ目の路地を入ってほどなく。最初の路地の角に窩著はあります。
 ガラス戸の入り口に立ってまず目を奪われるのは、右側一面にある本の壁です。天井近くまで広がった書棚にびっしり並ぶ本。小説、写真集、コミック、そして積み重ねられた雑誌。置き切れずに2列になっている棚や、カバーを見せるようにして置かれた本も見受けられます。
 すっかり気に入り、それからちょくちょく訪ねるようになりました。当時はまだ中国語を学ぶために連日、語学センターに通っていて、授業が終わるとここか図書館で宿題をこなしていました。通ううちに(ご店主は本当に本が好きなんだな)と感じるようになりました。理由は、常に新刊が置かれていること。書籍は絶対に縦に置いてあること。棚がキチンとしていること。たいして読めないのに、それでも棚にある本を引っ張り出して開いてみたりしていました。それだけで楽しかったのです。

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 生粋の本好きが作った本好きを呼ぶカフェ

 あれから約3年、遠巻きに想像をめぐらすばかりだったご店主のRyanさんに、初めて直接、お話を伺うことができました。カフェを開くまでの前歴を伺って、ひとり膝を打ちました。
「この店を持つ前、ずっと本とかかわりのある仕事をしてきました。最初は誠品書店という本屋で新刊発表会や展示会などのイベントを担当し、それから出版社で広報の業務をやった後、台北国際ブックフェアの運営団体である財団法人台北書展基金会で3年ほど働きました」
 ずっと本の道を歩んでいたなんて! そりゃあ、お店にも滲み出るはずです。

「もともと京都にあるCafe Bibliotic Helloというカフェが好きで、京都に行くと必ず立ち寄っていました。この店をオープンしたのは2010年10月ですから、もうすぐ6年になります。開店の準備をしていたころ、そういえば台北には雑誌が読めてコーヒーが飲める場所がないことに気づいたんです。それで自分でオープンすることにしました。そうでなくても毎月、雑誌も本もたくさん買います。せっかくならカフェに置いてみんなに読んでもらおう、と考えました」

 京都のCafe Bibliotic Helloさんもまた、同じように天井まで本棚があるお店。Ryanさんが居抜きでこの場所を引き受けた時はまったく違う内装だったそう。そこから少しずつ自分たちの思うように変えていったのだとか。
 店内には、日本をテーマに創刊された雑誌『秋刀魚』や、人気のライフスタイル雑誌『小日子』といった台湾の雑誌があちこちに置かれているだけでなく、輸入された『Casa Brutus』『BRUTUS』といった日本の雑誌の最新号も吊るしてあります。さらにそれらは、バックナンバーも保管されています。これはどういうワケでしょう?

「店の近所にいくつか雑誌の編集部があって、ここが打ち合わせ場所になっています。よくバックナンバーを手にしながら『この号ではこうだ』と話し合ったり、編集者に『ホテルの特集やった号ってどれだっけ?』と訊かれて当該号を探す、なんてこともあります。編集者にとっての資料室になっているようですね」

 そういえば、どう見ても「打ち合わせ」というお客さんを頻繁に見かけたことを思い出しました。確かに過去の号や参考にできる雑誌がそろっていれば、打ち合わせにはもってこい。「ここにある」とわかれば、再び訪ねる理由にもなります。

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 読まれてこそ生まれる本の価値

 壁一面の本棚を眺めていると、見たことのある漢字が並んでいます。東野圭吾、吉田修一、湊佳苗......あげればキリがありませんが、日本の書籍の翻訳版です。

「もともと小説を読むのが好きなんですよ。ビジネス書やライトノベルは手に取らないのでありませんが、小説のほかには、デザイン、ライフスタイル、人文系の本が多いですね。雑誌もおのずとその類のものになっています。基本的に、読み終わった本はすべて置いています。でも、自分の本棚を誰かに見られるのは好きじゃない人もいるかもしれませんね」

 そういって笑いながらRyanさんはこう続けました。

「自宅にはここの倍以上の本がありますが、自宅のほうが傷みが早いのです。台湾は湿度が高く、ムシがわきやすい。でも、ここに置いておけば、誰かがページをめくります。本というのは、人に読まれてこそ、その価値が生まれるものです。私が手に取ったあとで、誰であろうとめくって読んでくれれば、そこでまた価値が生まれて本になる、と思っています」

 読まれてこそ本。カフェという空間で、昨日とは違う誰かが立ち寄り、その1冊を手にする。そうやって繰り返し、たくさんの人たちがシェアしていく。本にとっても幸せなことです。取材でお店を訪ねた日、隣のテーブルでは2人で雑誌を読みながら、おしゃべりをするお客さんの姿がありました。

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 繰り返し訪ねたくなる理由

 最近、Ryanさんが注目しているのは小さな出版社の動きだといいます。

「これまで台湾では、台湾オリジナルの本よりも、海外の翻訳書が多く出版されてきました。その背景には、たとえば、日本のコミックのクオリティが世界的に見ても高いこと、日本の小説のほうが読み手を惹きつけるストーリーを持っていることなどがあげられます。もう一つはコストです。自社で出版するより翻訳書のほうが比較的安いコストで作れるのです。けれども、この数年、そうではない出版社が出てきました。多くは小さな会社ですが、オリジナルの出版に力を入れています。ゆっくりとですが、台湾の出版業界を変えていくのではないかと思っています」

 Ryanさんは台湾だけでなく、日本の市場のこともきちんと見ています。中でも最近興味深いと感じたのは、2013年に『クロワッサン プレミアム』から新装刊された『& Premium』(マガジンハウス)だそう。

「日本の雑誌は、読者ターゲットを非常に細かく設定していますよね。ターゲットをしっかり設定して、それにあった角度で雑誌を作っていく。それまでは、男性誌は男性が、女性誌は女性が作っていたと思いますが、この雑誌は女性誌なのに男性が編集長、というのが読者にまた違った角度を提供していておもしろいなと思っています」

 もちろんこの『& Premium』も窩著咖啡には置いてあります。こんなふうに、時宜を得た雑誌や本が置けるのも、きちんとマーケットを見極めているから。それに、そうした本を置いているからこそ、お客さんも再びこのお店を訪ねたくなるのでしょう。

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 くつろぎながら読んでほしい。

 ところで気になったのはお店の名前です。「窩」は鳥の巣、「著」はその状態にあることを表す助詞です。そのココロをRyanさんに訊いてみました。

「ここで家にいるような気持ちでいてほしい、と名づけました。鳥たちが巣でくつろぐ感じ。本の香りに包まれ、コーヒーでも飲みながらゆったりと本を読んでいただきたいですね」

 お店が開くのは午後2時。週末には開店を待つお客さんの列ができるので、お店を訪ねるなら平日午後の早い時間がおすすめです。蒸し暑い日でもサッパリした強めの酸味でスッキリさせてくれるレモンタルト(法式檸檬塔、120元)をお供にどうぞ。

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【お店データ】
窩著咖啡(ウオヂャカフェイ)
住所/台北市大安区信義路4段30巷20号
営業時間/14:00〜23:00
URL/ https://www.facebook.com/%E7%AA%A9%E8%91%97-perch-cafe-122809104442576/

Profile

田中美帆

1973年生まれ。台湾在住のフリーランスライター。上阪徹のブックライター塾3期生。人生後半を自分のために使おうと、2013年に長年勤めた出版社を退社。念願だった中国語を学ぶため台湾に語学留学。1年で帰国の予定が、ホームステイ先で紹介された相手と2014年に国際結婚。現在は”台湾を書いて伝える”ことをなりわいとしている。

著者

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