たいわんの本屋

田中美帆

たいわんの本屋

小小書房

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台湾アートのプラットフォーム

 こんにちは。台湾在住ライターの田中美帆です。

 台北で過ごす酷暑の夏も3度目になります。おおよそ週に1度はどこかの本屋さんに足を運びながら、やはり日本の出版制度はちょっと特殊なのかもしれないと思うことがあります。その一つが、本の価格が全国どこでも同じこと。これを業界用語で再販制度といいます。この制度によって本の価格はどこも同じ状態が保たれています。

 一方、台湾で大型書店へ行くと、カバーに「9折」「79折」などと書かれたシールが貼られている本をよく目にします。この「折」の字は特に新刊に見られる、つまりは割引シールです。9折なら10%引き、79折なら21%引きという意味なのだそう。

 消費者としてはうれしい反面、編集者的視点からすると微妙です。なにしろ本の価格は製作・営業・物流すべてのコストを加味しているもの。店頭で差し引かれると、想定の売上には届かなくなるのではないか、と要らぬ心配がよぎったりして。

 さて、そんな台湾の出版業界にあって、自社で書籍の製作から販売、販促まで一貫して行う本屋があります。それが今回ご紹介する「田園城市文化事業(ティエンユエンチェンシウェンフアシィイ)」です。

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 おしゃれエリアの静かな路地で

 MRT中山駅と双蓮駅一帯といえば、台北の西側きってのおしゃれエリアです。交通の便がよい上に若手デザイナーの育成に力を入れる政府のバックアップもあり、布製雑貨やアクセサリーといったデザイナーズショップが並んでいて、日本のガイドブックではたいていこのあたりが取り上げられています。

 田園城市はその内側、「中山北路二段72巷」の路地にあります。はす向かいにはこれまたおしゃれなお茶屋さんがありますが、通りで店舗らしき建物はその2軒だけ。人通りの多いエリアの割に、この路地だけは不思議な静けさが漂います。

 店内へ1歩入ると、正面にオフィスがあり、スタッフの皆さんがパソコンで何やら作業をしています。その作業とは、ずばり編集作業。そう、田園城市には編集部があります。もともとオーナーの陳炳椮(チェン・ビンサン)さんが1993年に会社を起こした時には、本屋ではなく出版社だったそう。その後、2000年に自分たちの作った本をきちんと売る場所として本屋をスタートさせたのでした。

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 田園城市のスタッフは全部で9人。お店で扱う本は、デザイン、アート、建築といったジャンルがメインです。店内は中心の平台を取り囲むように棚が設けられ、そこにスッキリきっちりと本が並べられています。よく見ると判型はまちまちですが、それを感じさせないよう工夫されています。手の届かない位置の棚にはデザイン小物が置かれ、スッキリとした中にも温かな雰囲気を醸しています。

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 入り口正面の編集部と、本の並んだお店スペースの間に「社長の古本屋」という名札のかけられた陳さんのオフィスがあります。ここには、陳さんが日本の古書店から直接仕入れた絵本やアート系の古本が並びます。中には日本人まで「めずらしい」と言う希少品もあるそう。さらに、入り口付近のスペースには、台湾や日本の作家さんたちが手がけたリトルプレス、いわゆるZINE(ジン)が並びます。

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 国境も言語も超えてアートが集い、つながる

 6月半ばの週末、田園城市の地下にあるイベントスペースで新刊『NAYUTA365那由他』の刊行イベントが行われました。登壇したのは、なんと、九州からやってきたイラストレーター、ムツロマサコさんとakkaさん。おふたりはほか4人のメンバーと連日、数字をモチーフにした作品をリレーで発表するプロジェクト「00000/ナユタ」を行っています。台湾人イラストレーター紅林(ホンリン)さんが九州で展覧会を開催した際に、プロジェクトのことを知り、ぜひ本にしてほしいと陳さんに働きかけて、出版への道が拓かれたのだそう。

 本書には1〜365のアラビア数字が、イラスト、デザイン、コラージュ、写真など、さまざまな手法で描かれ、数字には、日本語と中国語、英語が併記されています。「最初からこうしておけば、海外で販売することになった際に、翻訳の時間も手間も必要ありませんし、すぐに販売できますからね」

 翌々週には同じスペースで、スイスのアーティストKathrin Stalderさんの個展が始まりました。テーマは「紙とミシン」です。日常が、紙とミシンで自在に表現されています。これまた斬新! 日常を記録するものツールといえば日記ですが、単にノートに書きつけるものだと思っていました。でも、日記の形にはいろいろある。自分の想像力を鮮やかにくつがえされた展示でした。

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 このStalderさんの個展も、「ぜひ台湾に紹介したい」と陳さんを口説き落とした台湾人の存在がありました。高校時代から田園城市に通っているという王學寧(ワン・シュエニン)さん。留学先のオランダでStalderさんと出会い、親交を温めてきたそうです。學寧さんが台湾に帰国後、陳さんに持ちかけて個展の実施に至ったのだとか。「台北が終わったら、今度は台中の本屋さんで引き続き展示をするんです」......お、おもしろそう! ついていこうかな。

 日本にスイスにと、なんともワールドワイドな展開ですが、田園城市ではこんなふうに月に数本、トークイベント、展示会など、実に多種多様な催しが行われます。本を作って売るだけでなく、店頭でイベントも行う。陳さんは本屋の役割についてこんなふうに話してくれました。

「本屋は一つのプラットフォームです。でも、ほかと同じような本を同じやり方で売るようでは成り立ちません。私が本屋をやりたいという人たちによく言うのは、自分の理念や考えをきちんとお店に表しなさい、ということです。また本という楽しみを売るのだから、しんどい、なんて言うのではなく、こんなおもしろい本があるんだよ、ほら、見て! と言えるくらいじゃないとね。本にはいのちがある。その1冊のいのちを必要とする人のもとに届くように水やりをすること。それが本屋の務めだと考えています」

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 台湾の本屋に翻訳書が多いわけ

 本をつくり、育てていく。そのどちらも手がける陳さんが、台湾の出版業界に抱いている危惧を教えてくれました。

「なぜ台湾の出版社の多くが翻訳書に力を入れるか、ご存じですか。翻訳書は製作コストが安く済み、利益を出せるからです。主なコストは翻訳料です。すでに印刷のデータはありますから、イラストや写真といった素材、デザイン料金を抑えることができます。一方、オリジナルを出版するには、膨大な時間とコストがかかります。翻訳書ならたとえば1カ月の編集作業でできますが、オリジナルだと何倍もかかります。1人の編集者の人件費が月に30,000元とすると、30,000元で1冊作れる翻訳書と、3カ月で90,000元かかるオリジナル出版とではコストがまったく異なります。こんなにも差がある状況では、みんなオリジナルを出版しようと思わなくなりますよ」

 台湾では、かなり前から翻訳書の出版が多い状態が続いてきましたが、その事態に拍車をかけたのが出版社と書店の取引条件の変化だ、と陳さんは指摘します。

「以前は、出版社が書店に書籍を納品すると、売れるかどうかにかかわらず冊数分の支払いを受け取ることができました。卸価格は書店と出版社の間で決めればよかったんです。ですから、出版社側は毎月、安定した収入を手に入れることができていました。ところが数年前、実売冊数によって支払う形へと取引条件が変わり、取り分も書店と折半になってしまいました。100元の本なら50元が書店、残りの50元が出版社という形になった。出版社はここから、本の製作コスト、人件費、すべてを賄わなくてはならなくなりました」

 出版社の決めた定価はあるものの、そこから書店主導で割引率が決められていく。こうなると、出版社の利益は減るばかり。時間をかけた出版が難しい話ともつながります。 大型書店で見かけるシールは、こういった仕組みの元にあるわけです。日本の出版もたいそう厳しいと思ってはいましたが、台湾には台湾の抱える事情がありました。

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 妖怪本ブームの震源地

 とはいえ、嘆いてばかりもいられません。陳さんはさまざまな仕掛けを試みています。その一つが店内の一角を占めるリトルプレス、いわゆるZINEです。

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「ZINEの存在を知ったのは、第1回THE TOKYO ART BOOK FAIRでした。その距離感や内容などから台湾でもすぐに取り入れられると判断し、関係者を台湾に招いて展覧会やイベントを行いました。すると、台湾でもZINEブームが起きました。今の出版界では、若い人たちは本を出版する環境には恵まれません。ZINEであれば、プレッシャーなく創作ができますし、創作を続けられます」

 ZINEを仕掛けた陳さんにとって、特に印象深かった1冊は台湾の妖怪を紹介した『台灣妖怪』(意味:台湾の妖怪)だといいます。内容に惚れ込んだ陳さんは、作者に頼んで展示会を開きました。そこで火がつき、類書が多数生まれたのだとか。ちなみに前回ご紹介した『台灣妖怪研究室報告』は、その類書のうちの1冊。陳さんは言います。「多くの媒体に取り上げられましたし、チャンスが広がりました。すごくいい結果につながったと思います。個人的にも、達成感を感じましたね」

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 ご当地定食でホッとする

 インタビューを終え、陳さんに「私の台所です」と連れてきていただいたのは、中山北路を挟んだ向かいの通りにある「咖啡走廊」(カフェ廊下、の意)というお店でした。大通りに面したビルの階段を上った2階にあります。平日のみのオープンで、メニューは3種類のランチセットと飲み物だけ。

 陳さんはよくランチのピークを外した時間帯に訪ねるのだとか。「ここの定食はね、本当に台湾のご当地定食なんですよ」というセットの中身は、主菜・副菜2品、ご飯、スープ、食後の飲み物もセットで200元。台湾ではめずらしい定食のランチです。

 この日いただいたランチの主菜は、台湾風ハンバーグと大根の煮込み。副菜には、ヘチマの炒め物、小白菜の炒め物がついていました。窓の外に行き交う人の姿を眺めながら、ホッと一息つけるお味でした。

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【お店データ】
田園城市文化事業(ティエンユエンチェンシウェンフアシィイェハオヤンベンシ)
住所/台北市中山北路二段72巷6号
営業時間/10:00〜19:00(日〜水)、10:00〜20:00(木〜土)
URL/ https://www.facebook.com/gardencitypublishers/

Profile

田中美帆

1973年生まれ。台湾在住のフリーランスライター。上阪徹のブックライター塾3期生。人生後半を自分のために使おうと、2013年に長年勤めた出版社を退社。念願だった中国語を学ぶため台湾に語学留学。1年で帰国の予定が、ホームステイ先で紹介された相手と2014年に国際結婚。現在は”台湾を書いて伝える”ことをなりわいとしている。

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