たいわんの本屋

田中美帆

たいわんの本屋

小小書房

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読書体験をシェアする本屋

 こんにちは。台湾在住歴3年、ライターの田中美帆です。

 先日Facebookを開いたら、「過去のこの日」として3年前の投稿が出てきました。投稿した写真には編集者時代に担当した新刊イベントの会場風景が映っていました。すでに会社を辞めて語学留学することを周囲に伝えていた時期で、(こういうイベントも最後なのだなあ)と妙に感傷的な気持ちになったことを思い出しました。

 店頭イベントの開催方法にはいろいろなパターンがあるのでしょうけれど、日本にいる時は出版社側からお願いして行うのがスタンダード──そんな感覚でいました。

 ところが台湾では、本屋さん自身が率先してイベントを企画、運営しています。精力的に店頭イベントを行う本屋の一つが、今回ご紹介する「小小書房(シャオシャオシューファン)」です。

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 知らなかった台湾に出会う

「こんにちは。インドネシアから嫁いで9年になります。今、移民家庭に向けたサービスを行う団体で働いています。今日、お持ちしたのは、酢で和えたマンゴーです。インドネシアだけでなく、東南アジアならどこでも見られる家庭料理です」

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 小小書房の地下スペースで、『台灣阿嬤與新住民姐妹食譜』(意味:台湾のお姑さんと外国人花嫁さんのレシピ)のイベントが行われました。冒頭のあいさつのあと、青いマンゴーを切って、ほどよく唐辛子の効いた和え物が参加者にふるまわれました。その1冊には、たくさんの外国出身のお嫁さんが、それぞれに大事にしている料理のレシピが、エピソードとともに綴られています。ピリリとしたお味をいただきながら、出版の経緯、込められた思いなどについて、スライドを交えた説明に耳を傾けます。

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 参加者は私とカメラマンの取材スタッフ2人を加えて4人。贅沢な授業を聞いている気分でした。というのも、日本人で台湾に嫁いだ人に出会うことはあっても、ほかの国から台湾に嫁いだ人たちとは、まるで触れる機会がありません。

 東南アジアに対する視線、国籍を取得する苦労、キッチンをめぐるお姑さんとの攻防戦など、これまで聞いたことのないエピソードが満載で、あっという間の2時間でした。私も「嫁」という立場は同じですから話は尽きず、「今度、ゆっくり日本の話も聞かせて」と約束もしました。

 知らなかった台湾の一面を見たような思いで、この日は帰途につきました。


 10周年を迎えたニュータウンのお店

 別の日。今度は小小書房のご店主にお話を伺いに、お店へ向かいました。

 淡水河を越えると、台北市のお隣、新北市に入ります。地価高騰の著しい台北を取り囲むように位置する新北市は、いわゆるニュータウン。東京でいうなら多摩・武蔵野でしょうか。

 MRT中和新蘆線の頂渓駅から歩くことおよそ10分。大きな交差点を一度曲がるだけの比較的たどり着きやすい路地の角に小小書房はあります。

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 ここを教えてくれたのは、同じく日本から台湾に嫁いだ本好きの友人です。「近所に素敵なお店があるんです」と推薦を受けたのでした。取材は6月でしたが、1月にこの場所に移転してきたばかりだそうで、7月にはオープンからちょうど10周年を迎えるのだとか。その来歴をご店主の劉虹風(リウ・ホンフェン)さんはこんなふうに話してくれました。

「ここで3店舗目です。最初のお店は、台湾によくある縦長でちょっと閉じた空間でした。駅から遠くて、2008年に台湾経済が落ち込んだ時に大きな影響を受けました。それで駅寄りの場所に引っ越して、経営状況が持ち直しました。明るく開放的な空間で、広いカフェスペースではイベントも頻繁に行いながら7年ほど営業していました。ある時、オーナーの意向でカフェスペースを半分ほど削らなければならなくなりました。それでは思う営業ができません。また引っ越すことにし、今の場所になりました。やっと少し慣れてきたところです」


 反対されながらも貫いた開店

 大学でロシア文学を専攻していた虹風さんは、卒業後にいくつかの職を経て、誠品書店に入社しました。3年ほど働いた間、前半は雑誌『誠品好讀』(休刊)の編集に携わり、後半はネット書店を担当したのだそう。誠品書店を退社後、ブックフェアを運営する国際書展基金会で働き、店を持つことにしました。

「開店前、出版関係者に本屋に対する意見を聞いて回ったのですが、誰もが私がおかしくなったんじゃないかと言いました。なにしろ、本屋が次々とつぶれているさなかに、新しく始めようというんですからね」

 なぜ、そんなチャレンジをしようと考えたのでしょうか。虹風さんは言います。

「実は本屋になる前、永和地区にあるコミュニティカレッジで5年ほど文学を教えていました。そこで本のことを語り合える場所がほしいという思いが高まったのです。よかった本をシェアし、作家さんにも来てもらって話し合う。スペースは広くなくていいけれど、そういった読書会ができる場所が必要だと考えました。この地区なら、台北からも近いし、文学やアートの関係者も多い。たとえば駱以軍(ルオ・イージュン)という作家は永和生まれで、作品にもこのあたりの様子がよく出てきます」

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 誰かとシェアすることで広がるもの 

 小小書房で主に扱うジャンルは、文学、哲学、歴史、アートなど。そうやって本を売るだけでなく、大事にしているのは読書会などのイベントなのだそう。

「私が店を開いた10年ほど前といえば、伝統的な書店は単に本を売る場所でした。読書会もあまりありませんでしたし、本のイベントを行うのは大手書店だけ。うちで扱う本はちょっと硬めの内容が多いので、一人で読み終えるのがちょっと難しいんです。でも、そういう本こそ、さまざまな角度から話し合えますよね」

 取材の頃に読書会で読み合せていたのは、チリの作家、ロベルト・ボラーニョの『野生の探偵たち』(白水社、台湾では《狂野追尋》という題で遠流から刊行)でした。1冊につき、最低でも4回は読書会を行い、時には1段落ずつ読んでいくこともあるそう。参加するのは5〜10人ほど。「次は、ぜひ読書会にも参加してみてください」と声をかけてもらいました。一緒に読む人がいると思うと、手に取ったことのないチリの作品を読んでみたくなりました。

 さらに、虹風さんは続けます。

「イベントの参加人数は店いっぱいになることもあれば、こぢんまりとした会になることもあります。うちでは、台湾のドキュメンタリー映画にも関心を寄せていて、環境をテーマにした映画を撮った監督に講師としていらしていただいたことがあります。参加者はわずか3、4人。なんだか申し訳なく思っていたのですが、次に彼に会った時、すごくお礼を言われたんです。というのも、その時、高校で環境教育を担当されている先生が参加していて、その先生の呼びかけで作品が全国巡回することになったそうなのです。差し出す側と受け取る側がどこでリンクするかは、イベントの参加人数の問題ではないと思うようになりました」

 虹風さんの話を聞きながら、日本で考えていた書店イベントの概念が、いかに狭いものだったかに気づかされたのでした。

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 限られた空間に込められた意思

 路地の角地にあるお店の正面はガラス張りで店内にはやわらかな陽の光が差し込んでいます。入り口すぐの平台にあるのは新刊。角部屋の壁をぐるっと囲むようにして書棚が並びます。奥のカフェスペースでは、お茶を飲みながらゆっくりと本の世界に浸ることができます。

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 おおよそ目線までの高さの棚に、本がびっしりと詰められている割に圧迫感を感じないのは、この高さだからでしょう。取材時にはちょうど絵の展示も行われていて、棚の上の空間がなんだか賑やかでした。

 ところで最近、売れているのはどんな本ですか、と訊いたところ、虹風さんがすっと手にしたのは4冊でした。『不合理的行為』(不合理な行為の意/Don McCullin著。イギリスの戦争写真家の作品)、『法國高中生哲學讀本1:政府是人民的主人還是僕人?』(フランスの中高生向け哲学読本1:政府は市民の主人か下僕かの意/Blanche Robertほか著)、そして台湾の詩人、宋尚緯が著した『鎮痛』と『共生』の2作品。

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 イギリス、フランス、そして台湾の作品がセレクトされました。ふとほかの本屋と違うなあと感じたのは、日本の翻訳書が比較的少ないこと、そして海外直輸入の書籍がないことです。

「ヨーロッパの翻訳書はかなり置いています。日本の作品はあまり置いていないのですが、日本のお客様はよくいらっしゃいます。直輸入品は大手書店にもありますし、店に置かないかと相談を受けたことはあります。ただ、狭いですからね。できるだけ台湾の作品に場所をとっておきたいのです。ノートや絵はがきなども、基本的には台湾作家のものを置くようにしています」

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 帰りにホッと一息

 取材の帰り、MRT頂渓駅に向かっていると、豆花(トウファ)屋さんに次々と人が入っていくのを目にしました。その吸引力に吸い寄せられて、寄り道してみることにしました。

 豆花は、代表的な台湾スイーツの一つです。豆乳をゼラチンで固めてつくる豆花は、ふつうのお豆腐というよりたまご豆腐に近い食感で、小豆や緑豆、タピオカやピーナツなどと一緒に、黒蜜味のシロップでいただきます。

 そのお店では、たいていの人は持ち帰り。しばらく待ち、店内でいただいた豆花は、甘さ控えめで、つるんつるんとのどを通っていきます。蒸し蒸しする日に、身体から暑さが抜けるような爽やかさでした。


【お店データ】
小小書房(シャオシャオシューファン)
住所/新北市永和区文化路192巷4弄2-1号
営業時間/11:30〜22:30
URL/ http://blog.roodo.com/smallidea

Profile

田中美帆

1973年生まれ。台湾在住のフリーランスライター。上阪徹のブックライター塾3期生。人生後半を自分のために使おうと、2013年に長年勤めた出版社を退社。念願だった中国語を学ぶため台湾に語学留学。1年で帰国の予定が、ホームステイ先で紹介された相手と2014年に国際結婚。現在は”台湾を書いて伝える”ことをなりわいとしている。

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