たいわんの本屋

田中美帆

たいわんの本屋

小小書房

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理想のライフスタイルに挑戦する本屋

 こんにちは。台湾在住歴3年、ライターの田中美帆です。

 この企画が始まるきっかけになったのは『まちの本屋』だった、ということは連載初回 でお話ししました。この本は、日本の地方書店の雄、岩手県は盛岡の「さわや書店フェザン店」店長の田口幹人さんの著書です。取材先の候補をリストアップする段階から、都心部の台北だけでなく地方の本屋さんにも行ってみたい、と考えていました。

 さてどうするかなあ、とリサーチしていたら、ふっとヒットした店内写真を見て、行ってみたい!と強く思ったのがこのお店、「晴耕雨読小書院(チングンユドゥシャオシュユエン)」です。

〝台湾の成田〟への距離感

 台北からお隣の新北市を抜けた西隣に位置する桃園市には、海外の空の玄関口、台湾桃園国際空港があり、今は飛行場と台北市内を結ぶMRTの建設が急ピッチで進められています。日本でいうならやはり成田、ですね。

 めざす晴耕雨読小書院までは、台北駅から小一時間バスに揺られ、最寄りの停留所でタクシーに乗り換え15分ほど。台湾の方がまとめた書店巡りの本には「地元タクシーの運転手さんに住所を伝えても『そんな所に本屋なんてあったっけ?』と言われて不安になった」と書かれていました。実際、タクシーで行き先を告げたら、なんと同じセリフが返ってくるではありませんか! 心の内で(そのまんまっ! え、まさか運転手さんまで同じじゃないよね?)とツッコミを入れているうちに、店の前に降り立ちました。

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 周囲には田んぼが広がり、近隣にもとりたてて建物はありません。青空に向かって立つ看板が唯一の目印です。敷地に入ると一面の爽やかな緑に心が洗われるような気持ちになりました。その芝生を通り過ぎ、奥の木造家屋の扉を開けると、リサーチで目にした空間がありました。

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 木造のカラオケ店が本屋へ

 湿度の高い台湾では、木造の建物はほとんど見かけたことがありません。ところが、晴耕雨読は床も壁も梁も木でできています。入り口すぐにカウンターがあり、壁際にそって本棚が置かれています。店の半分はカフェスペースで、時折行うイベントの会場にもなります。店に置かれている机やいすは、近所の小学校からもらい受けたものなのだそう。なるほど、道理で年季が入っているわけですね!

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「私たちが本屋を始める前は、ここはカラオケ店でした。ところどころタバコの跡が残っているのは、その頃の名残なんです」とオーナーの洪毓穗(ホンユスイ)さんは笑います。

 本棚とカフェの間をさりげなく分けているのは、平台となるテーブルです。入り口に近い平台には新刊が、奥側には個性豊かなハガキが置かれています。どうしてハガキを?と問うてみました。

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「ここまで時間をかけて来てくださったお客様が買いたいと思う本がなかったとしても、ハガキなら『買おうかな』と思っていただきやすいんじゃないかと考えました。なるべく台北ではあまり見かけない、ここにしかないものを揃えるようにしています」

 ちょっと遠方にあるハンデを毓穗さんはしっかりと認識していました。

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「きっと人は、こんな辺鄙なところで本屋を開くなんておかしいんじゃないかと思うはずです。主人の両親は地元ですから『本屋なんて絶対にやっていけない』と言っていました。ところが、1本の新聞記事がきっかけで知られるようになって、次第に口コミでも店のことを知る人が増えていきました」


 週末ママからの脱却

 晴耕雨読には、オープン前からの話をまとめたリトルプレスがあります。タイトルは『開一間小書店(意味:小さな本屋を開く)』。A5版中綴じ50ページほどのこのシリーズが、オープンから変わらず売れているのだそう。

 1巻には、日本の文化庁にあたる台湾文化部に申請した補助金の当選通知メールが届いた2013年3月から1年半の歩みがまとめられています。2巻では、同じように本屋を始めたい人に向け、自分たちの経験やノウハウ、そして経費の実態と日々の記録が綴られています。また別巻の「絵本閱読処方箋」には、丁寧なサマリーのついた絵本紹介と、200冊におよぶ推薦作品のリストがついています。

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 改めて本屋を始めたきっかけを訊ねると毓穂さんは「〝週末ママ〟という単語をご存じですか。平日は都市部で働き、週末だけ子どもと一緒に過ごす母親のことを指すのですが、私がまさにその〝週末ママ〟でした」と予想外の話を始めました。

「台中生まれ台中育ちの私は、同級生だった主人と2011年に結婚しました。二人とも本好きで、ハネムーンが台湾じゅうの本屋さん巡りだったほどです。翌年に子どもが生まれてからも、私はずっと台中で働いていました。そして休みの日だけ、桃園にある主人の実家に通う生活をしていました。こんな暮らしをしたくて一生懸命に働いているわけではない、と自分の暮らしに疑問を抱きました。家族一緒に暮らしたい、子どもと一緒に過ごしたい。そして会社を辞めて本屋を始めることにしたんです」

 日本同様、少子化の進む台湾の子育て世代には、毓穂さんのようにどちらかの実家に子どもを預け、平日は台北や高雄などの都市部で働く人が少なくありません。晴耕雨読の英語の店名は「Lifestyle Bookstore」です。自分たちのライフスタイルを見直し、二人で散々話し合った結果として行き着いたのが本屋だったのでした。


 ライフスタイルは変えられる、という希望

 先の1冊目のリトルプレスの中に、こんなくだりがあります。

 ──本屋を始めた気持ちを聞かれたら、
 はっきりと「いい気分。とっても気持ちがいい!」と答えます。
 どうしてそんなにいい気分なのかって?
 それは自分の興味とやる気に従って働いているから。

 カラオケ店だった場所は、ご主人手作りの本棚が次々と増えていき、芝生が整備され、毓穂さんが手作りするドライフラワーが飾られました。「主人は園芸を学んでいましたが、DIYもドライフラワーも、二人とも本から学んだことを実践しながら、この店をつくってきたんです」と毓穂さんは言います。リトルプレスには店が現在の姿に近づいていく様子が写真付きで紹介され、ドキュメンタリー映画を観るようです。

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 オープンから約2年。仕事帰りに手伝うだけだったご主人の曾建富(ツエンジェンフー)さんも仕事を辞めて〝同僚〟となり、今はスタッフも雇い入れて3人で店を運営しているのだそう。

「今は毎日、本当に忙しいです。本やハガキなどの商品の仕入れや管理、イベントの企画から運営、敷地内の整備も含めて、スケジュールはびっしり。週に2日、店は休みですが、私たちは何かしら働いています」

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 お店の様子は、フェイスブックで随時、紹介されています。台湾では、フェイスブックはその他SNSとは比較にならないほど使用者数も多く、企業の営業ツールとして利用されています。晴耕雨読のフェイスブックのファン数は2万、その場所を訪ねたことを示す「チェックイン」の数はその半数を超えています。

 晴耕雨読のフェイスブックはもちろん、台湾メディアで紹介される機会が増え、その記事をたよりに人が訪ねてきます。時には、遠方からタクシーに乗り合わせてくるお客さんもいるそう。少しずつ固定のお客さんが増えていき、当初はライフスタイル系が中心だった本のセレクトは、お客さんの好みを考慮する選書スタイルに変わってきた、と毓穂さんは言います。

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 それでも身近な場所にある書店ではなく、時間をかけてここまで人が来る理由はなんだろう、と考えていたところへ、毓穂さんがこんなふうに説明してくれました。

「都会で生活していると『もっとゆったりしたペースで暮らしたい』と思っても、よほどのきっかけがなければ具体的な行動にはつながりません。それは都会のものを手放す気がそこまではないから。ただ、手放すことまでしなくても、選択肢としてまた別の暮らし方がある、ということを伝えたいと思っています」


 長居したくなる空間でいただく高山茶

 取材を終え、一息つくことにしました。訊ねるまでもなく、周囲にお店は見あたりません。そこで、お店で出している飲み物をいただくことにしました。
 メニューには、コーヒー、ラテ、紅茶や緑茶、ウーロン茶、ココアなどが並んでいます。普段はコーヒー派ですが、ふと台湾茶を飲みたくなり、「阿里山四季春烏龍茶」140元(約460円)をオーダーしました。
 白磁の急須と背の低い湯のみが、脚のついたお盆に載って出てきました。阿里山といえば、台湾の中南部に位置する、高山茶の名産地です。一口含むと、くせのない、豊かな香りがふわーっと抜けていきました。ついつい「お湯、足してもらえませんか」とちょっと図々しいお願いをし、お茶を口実に長居したりなんかして。
 ゆったりした気分を抱えつつ、台北へと戻るバスに乗りました。

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【お店データ】
晴耕雨読小書院(チングンユドゥシャオシュユエン)
住所/桃園市平鎮区福龍路一段560巷12号
営業時間/水〜金10:30〜19:30 土日休10:00〜20:30 月火曜休
URL/ https://www.facebook.com/lifestylebookstore/

Profile

田中美帆

1973年生まれ。台湾在住のフリーランスライター。上阪徹のブックライター塾3期生。人生後半を自分のために使おうと、2013年に長年勤めた出版社を退社。念願だった中国語を学ぶため台湾に語学留学。1年で帰国の予定が、ホームステイ先で紹介された相手と2014年に国際結婚。現在は”台湾を書いて伝える”ことをなりわいとしている。

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お知らせ

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