たいわんの本屋

田中美帆

たいわんの本屋

小小書房

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旅のイメージを広げる本屋

 こんにちは。台湾在住歴3年、ライターの田中美帆です。

 初めて台湾を旅行したとき、手にしていたのは2冊のガイドブックでした。普通の人なら1冊なのでしょうけれど、載っている情報が違うだろうと欲張ってみたのでした。留学生になってからは、その2冊を見る機会はめっきりなくなりました。それでも今なお、旅の続きのような気がしています。

 さて、今回ご紹介するのは、旅をテーマにセレクトされたテーマ型の書店「旅人書房(リウレンシューファン)Zeelandia Travel & Books」です。そこには、旅のイメージをぐっと広げる世界がありました。

〝外に出よ、世界を見よう〟

 中国語教育で知られる台湾師範大学のほど近くに、青田街(チンティエンジエ)と呼ばれる一画があります。日本統治時代の家屋を改築したカフェレストラン「青田七六」ほか、全体に落ち着いた佇まいが人気のスポットです。その雰囲気はどことなく吉祥寺、代々木上原に似ています。

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 旅人書房があるのは建物の2階。民家の入り口のような門をくぐり、店の看板の前にある扉を開くと、白い壁に囲まれ、赤い手すりのついた狭い階段があります。年季の入ったそのドアはもちろん手動です。

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 中に入ると、窓からの光がしっかり差し込み、壁の白さも手伝ってか、ごく明るい印象です。窓際に作り付けられたテーブルと椅子がいくつか、そして外を向いたミニチュアの帆船が置かれています。

 天井から下がるのは船内ランプのような明かりで、それを取り囲むように本棚があります。ほどよい間隔で、各地のガイドブックはもちろん、おしゃれな地球儀やあまり見かけない向きの台湾の地図、絵葉書などとともに、旅にまつわる本が並びます。

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tw7_9.jpgもともと旅好きだったご店主の張瑟倫(ヂャンスールン)さん。店を始める前は国際貿易の会社の営業として、台湾から東欧、特にウクライナ、ロシア、リトアニアなどの間を行き来していました。そのうちに、あることに気づきます。

「台湾の外の世界を見たことで、メディアを通じた海外の情報が偏っていると感じるようになりました。ありのままの世界を感じる場所をつくりたい、と思い、旅行をテーマにした本屋を開くことにしたんです。最初はカフェもいいなと思ったんですが、もうたくさんありますもんね」

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 空間的な旅と時間的な旅

「最近よく売れているのは、フェイスブックで紹介した本ですね」といって瑟倫さんはすっと2冊を出してくれました。1冊めは石井光太さんの『神遺棄的裸體』(邦題は『神の棄てた裸体』)です。

「フェイスブックを見て読んでくれたお客さんが、友達の日本人に『おもしろいよ』と薦めて、その日本人の方も気に入ってくれたそうなんです。私が紹介した日本の本を、日本人がよかったって言うのって、なんだか不思議な感じでした」

 2冊めは台湾の本で『與子偕行』(徐如林・楊南郡共著/晨星)という、台湾の古道を歩いた作家夫婦の記録です。

「台湾の古道は日本統治時代に切り開かれました。本の前半は作家自身が歩いた古道の記録が、後半には2つのルポが収録されています。ひとつは日本統治時代の博物学者・鹿野忠雄を台湾の山々へ案内したという台湾先住民のルポ、もうひとつが霧社事件の折に自殺した方の奥さんのルポです。古道の話から台湾や日本の歴史へと踏み込んでいく1冊です」

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 旅人書房の本は新刊だけではありません。会員だけが楽しめる〝貸本〟のコーナーには、台湾では絶版になったマルコ・ポーロ旅行記の英語版や、内澤旬子さんの『世界屠畜紀行』が並んでいました。

 これら貴重な1冊を借りるには、年に2,000元(約6,500円)の会費が必要です。ただ、会員になればほかにも特典があります。まずは5%の割引。そして、なんとも魅力的なのは季節ごとに1冊、年間計4冊、瑟倫さんセレクトの本が自宅に届く、というもの。

「毎月、本当に多くの新刊が出版されます。台湾では、本を選ぶのは時間がかかるからと、本屋に任せる人が結構いるんです。私も今、頼まれて毎月1冊ずつセレクトしているお客さんがいるんですよ。こうしたサービスは、小さな本屋にこそ求められるものだし、それこそが大型書店との大きな違いだと考えています」

 試しに「じゃあ、私が会員になったら、何をセレクトしてくれます?」と訊ねてみました。すると、「すぐには無理ですよ。これまでに買ったものとか、最近どこへ行ったかとか、そういう話ができるようになって初めて選べるんですから」と瑟倫さん。そっか、ちょっぴり残念だなあと思ったら「私にとってお客さんは、友人と同じですからね」とさらりと付け加えてくれました。俄然、どんな本をセレクトするのか気になりました。

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 外との出会いは旅の始まり

 ところで、台湾では法人登録をする際、漢字だけでなく、英文の法人名も同時に登録しなければならない決まりになっています。旅人書房のうしろに続く英文名「Zeelandia Travel & Books」の〝Zeelandia〟とは、16世紀台湾がオランダに統治された際、台南に建てられた城の名前のこと。今では、安平古堡(アンピングーバオ)という名の観光スポットとなっています。

「現代では〝旅行〟というとレジャーの一つですが、大航海時代の人たちは、冒険という旅を通じてアジアという未知の世界に出会ったわけですよね。そうしてできたのがゼーランジャ城です。これを台湾側から考えると、外の世界への旅から逃れられなくなった、つまり、台湾の旅はここから始まったと考えられます。そんなふうに旅というものを、広い意味で捉えてほしい、そう思ってこの名前にしました」

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 台湾が外界へと漕ぎだす旅の起点となったのがゼーランジャなら、瑟倫さんが旅に興味をもったきっかけは「高校時代のアメリカ留学ですね」との答え。

 留学先ではホームステイをした瑟倫さん。登校初日に、バスを乗り継いで学校まで一人で向かったのだそう。英語力もからきしで、道に迷うことが怖くて必死に下調べし、乗り換えを確認し、地図を肌身離さず持って学校へ向かう。どれほどドキドキしたことでしょう。無事に学校に着いたその経験は、人生で初めて誰にも頼らず、一人で何かを解決できた出来事だった、と振り返ります。

「私にとって旅というのは、決して特別な出来事ではありません。外に出て、普段と違う文化や生活を体験するという、生活スタイルのひとつなんです。以前、インド旅行でこんなことがありました。インドは思っていた通りとても暑いところで、移動のために駅で列車を待ったのですが、待てど暮らせど次が来ない。長い長い時間待たされて、やっと列車に乗り込んだら車内にエアコンが効いていた。ささいなことですが、すごく感動したんですよ。きっと極限までの暑さを体験したからこそ、感じられることですよね」

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 店の旅を続けるために

 旅人書房ができたのは2012年です。13坪のスペースを瑟倫さん一人で切り盛りしています。選書、仕入れ、商品管理、フェイスブックへの投稿、さらにカフェの日常的な運営、イベントの運営......この日はトイレが故障し、業者さんが訪ねてきました。

「正直にいって実家に暮らしているからこそ、本屋を続けられています。続けるかどうか迷うたびに、もう少し、もう少しと言い聞かせてここまで来ました。自立して商売も維持できるような道を模索しているところです」

 取材が終わりかけた頃、あっという間に空が暗くなりました。台湾の夏によくある天気です。すぐに落雷混じりの激しい雨が降り始めました。雨宿りがてら注文したのは台湾の中部・南投県産の「南投紅玉紅茶」(200元)です。そういえばこのお茶も旅してきたんだなあと思いながら、柔らかいけれどもしっかりしたアールグレイ似の紅茶をいただきました。いや、味の表現がおそろしく貧相ですみません。お店にはお茶だけなんだそうですが、実はワタクシ、コーヒー党で、紅茶の味をどう表現したらいいかわかりかね......気になった皆さん、ぜひお味を確かめにいらしてください。

 さて。
 それからほどなく、旅人書房の営業日は週4日になっていました。また近々、お店を訪ねるつもりです。旅の天気なんて、どう変わるかわかりませんからね!

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【お店データ】
旅人書房Zeelandia Travel & Books
住所/台北市青田街12巷12-2号2楼
営業時間/金〜月曜日12:00〜19:00 火〜木曜日休
URL/ https://www.facebook.com/zeelandiabookshop/

Profile

田中美帆

1973年生まれ。台湾在住のフリーランスライター。上阪徹のブックライター塾3期生。人生後半を自分のために使おうと、2013年に長年勤めた出版社を退社。念願だった中国語を学ぶため台湾に語学留学。1年で帰国の予定が、ホームステイ先で紹介された相手と2014年に国際結婚。現在は”台湾を書いて伝える”ことをなりわいとしている。

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