たいわんの本屋

田中美帆

たいわんの本屋

小小書房

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台湾版〝大宅壮一文庫〟がめざすもの

 こんにちは。台湾在住歴3年、ライターの田中美帆です。

 海外在住でライターとして働けているのは、日本で8年ほど雑誌の編集部にいた経験があったからこそ。予算の少ない月刊誌で、多い時は30ページ以上の担当をもち、その半分以上を自分で書かねばならないこともありました。ずいぶん鍛えられましたが、その雑誌、ご時勢もあって数年前に休刊を迎えました。なんともいえぬぽっかりした気持ちとあわせて、時代の移り変わりを痛感したものです。

 台湾に来てからは日本の雑誌に触れる機会がめっきり減りました。そんな時、旅行に来た友人がお土産にくれたのが、日本の雑誌5冊。久しぶりの感触に、今までそんなふうに読んだことがなかったかも、と思うほど大事に読みました。

 さて今回ご紹介するのは、その名も「Boven雜誌圖書館(ボーベン ザージートゥーシューグアン)」。日本の漢字で書くと「雑誌図書館」ですので、本文ではこちらの表記でいきますね。


 台湾で大切にされる雑誌たち

 雑誌図書館は、この連載の第2回でご紹介した好様本事から、大きな通りを挟んだ西側、路地を少し入ったところにあります。好様本事の立地を「東京で言うなれば渋谷や表参道」とご紹介しましたが、こちらは、テラス席のあるお洒落なカフェも立ち並び、やや表参道寄りという気がします。

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 路地の中ほど、カフェ横の地下へ向かうガラス戸が入り口です。台湾の階段にありがちな斜度に吸い込まれそうになりつつ、不思議と秘密基地へと潜り込むような気持ちもわいてきました。

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 地下は、思っていたよりもずっと広々とした空間でした。その落差にうっかりそのまま棚へと歩いていきそうになりますが、ここは土足厳禁。しっかり「スリッパに履き替えてください」と受付の人が促せるような動線になっています。

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 BRUTUS、Pen、GQ、STUDIO VOICE、OZmagagine、装苑、SPUR、婦人画報、料理通信、ソトコト、天然生活、リンネル、LEON、住宅特集、美術手帖、TRANSIT、ランドネ......日本のタイトルを見るだけで、図書館たる所以が伝わってきます。

 手前から奥までぐるりと、壁に作り付けられた4層の棚には、時折、雑誌が棚差しではなく上下に積み重ねられています。よく見れば、なんと一冊一冊にマットペーパーのカバーが掛けられているではありませんか! カバーに土禁。ここの雑誌がどれほど大切に扱われているかが伝わってきます。

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 公的機関が手を出さない事業

 オープンは2015年1月。「実は、Bovenとしてやるのは2度目なんです」と話すのは、オーナーの周筵川(ジョウ・ユェンチュアン)さん。台湾のタワーレコードで5年ほど働き、「雑誌のすばらしさをシェアしたい」と思い立って8年前に初代のお店を始めました。一度は店をたたんだものの、あきらめきれずに再起したそう。最初にして最大の難関はコンセプトを理解してもらうことだったと言います。

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「アート、ライフスタイルなど、特定のテーマのある雑誌は、公立の図書館ではあまり保管されません。だから雑誌の図書館を、という発想でした。カフェやレストランなら、誰でもすぐに想像がつきますが、なにしろ雑誌の図書館です。『え、図書館って国の仕事じゃないの?』と何度も言われましたね。本来であれば、公的機関や大きな企業が手がけるべき事業だと思いますし、私もずっとどこかがやってくれるのを待ってたんですけどね」

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 今、蔵書は20,000冊。主に、アメリカやヨーロッパ、日本、そして台湾、およそ300種にわたる雑誌があります。年会費1,000元(約3,300円)で会員になれば、1回100元で利用することができるそう。だからといって非会員は入れないわけではなく、1回300元(990円)払えば利用できるのがありがたいです。利用者の多くは、学生や雑誌づくりなどにかかわる人たち。取材のこの日も、雑誌を読みふける人たちがいました。


 資金がないからこそ知恵を凝らす

 ちょうど雑誌図書館に取材を申し込んだ頃、日本では大宅壮一文庫の経営危機が報道されていました。雑誌の休刊が相次ぎ、インターネット上での検索が容易になった今、その利用者は雑誌隆盛の時代とは様変わりしています。一度、閉店の憂き目も経験した雑誌図書館は、どんなふうに運営されているのでしょうか。

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「蔵書20,000冊のうち、8,000冊は法人会員に貸し出しているんです」

 2016年から始めたというこのサービス、これまたかなりユニークです。雑誌図書館の法人会員とは美容院、カフェ、レストラン、民宿、ホテルなど、どこもたくさんの人が集まる場所です。こうした場所では、利用するお客さんに向けた本のニーズはあるものの、予算にもスペースにも限りがあり、その上置いても管理の手間がかかります。だからこそ、そこに目をつけたそう。貸し出しにトラブルはないのでしょうか。

「貸し出した本は毎月、戻ってきます。店内と同じように、貸し出しの際にはすべてカバーをかけています。カバーには古さを感じさせない効果もありますが、これがあることで皆さん、扱いに気をつけるようです」

 このカバーさえも、今のものにたどり着くまでに何種類も試した、といいます。「別に実家が裕福なわけでもなければ、自分に資金があるわけでもありません。本当にどうしようもなくなったら、本を売るだけです」。図書館がもつ保存保管という従来型のサービスを超えた発想の源泉は、ここにあるようです。

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 台湾を、世界一の雑誌の地に

 筵川さんは、「読む機会はまだまだ増やせる」と考えているそう。たとえば銀行。連日、足を運ぶ人が大勢いて、行員が手続きを終えるのを待つお客さんが見ているのはスマホ。こうした場所に、雑誌の出番がある、といいます。

「そこに雑誌が置いてあれば、きっと手に取る人は出てくると思うんです。70〜80年代と現在では、本の読み方はずいぶんと変化してきました。とはいえ、私は1976年生まれで紙の本を読んできた世代で、たとえば大きめの雑誌の誌面からは、その美しさや空間的な感覚が強烈に伝わってくることを知っていますからね」

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 「ゆくゆくは雑誌の閲覧地図を作りたい」という筵川さんの夢はなんとも壮大だ。まず、旅行、ライフスタイル、ファッション、デザインなど、テーマによって雑誌をより分け、台南、高雄、花蓮など台湾各地に雑誌が読める場所をつくりだす。そこでは、雑誌にまつわるイベントのほか、雑誌づくり学ぶ学校も開く。そうして20年後は、台湾全体を雑誌の図書館のような場所にしていきたいそう。

「まだまだやれることはたくさんあるんです」

 とてつもない未来像に、あっぱれ!と言いたい気持ちにかられました。台湾がそんなふうになったら巡りたくなるのが人情ってもんです。......編集さん、いずれ「たいわんの雑誌図書館」なんて連載、いかがでしょう?


 創刊号のもつ重み

 この雑誌図書館でぜひ見てほしいアイテムは?と訊くと、『文學雜誌』と『music.札誌』の2冊を取り出してくれました。

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「『文學雜誌』は1956年に創刊された雑誌で、ここにあるのはその創刊号です。古本屋を回っても今では手に入らないでしょうね。もう一つは『music.札誌』です。2002年に季刊誌として刊行されて、わずか4号で休刊になってしまった雑誌です。この雑誌に出てくる人たちは、今、台湾の第一線で活躍するアーティストばかり。当時の編集長は復刊したいと考えているようですが、なかなか難しいようで。ただ、復刊した例もありますから、可能性はゼロではないと期待しています」


 苦楽を共にしているバーの味

 取材を終えると、筵川さんに隣にあるバー「Double Check」へと案内されました。「実は、オーナーのKenは、初代の店をやっている時からのビジネスパートナーなんです。ここも、私がセレクトした雑誌が置いてあります。お連れした皆さん、図書館には戻ってきませんね」と笑います。いただいたのは、最近、台湾でも流行りつつあるクラフトビール300元(約990円)。旨かった!スタイリッシュで苦味があり、クセになりそうな味わいは、まるで雑誌図書館そのものです。

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 さて、いつもならここで締めるのですが、今回は筵川さんから日本の雑誌づくりにかかわる皆さんへのメッセージを預かりました。

「いつもすばらしい雑誌をありがとうございます。皆さんが心を込めてつくった雑誌を、もっとたくさんの人に見てもらうよう、私たちも努力していきます。これからもクオリティの高い雑誌を届けてください!」

【お店データ】
Boven雜誌圖書館
住所/台北市復興南路一段107巷5弄18号B1
営業時間/12:00〜22:00
URL/ https://www.facebook.com/boven437/

Profile

田中美帆

1973年生まれ。台湾在住のフリーランスライター。上阪徹のブックライター塾3期生。人生後半を自分のために使おうと、2013年に長年勤めた出版社を退社。念願だった中国語を学ぶため台湾に語学留学。1年で帰国の予定が、ホームステイ先で紹介された相手と2014年に国際結婚。現在は”台湾を書いて伝える”ことをなりわいとしている。

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