たいわんの本屋

田中美帆

たいわんの本屋

小小書房

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食べるもの、読むものが人をつくる

 こんにちは。台湾在住歴3年、ライターの田中美帆です。

 ごくまれに、無性に日本の家庭料理を食べたくなることがあります。といっても誰かが作ってくれるわけではなく、自分で作るわけですが。ちゃんとしたレシピを知りたくて買ったのが、『おふくろの味 定番100』(NHK出版)です。海外にいると肉じゃがとか味噌汁とか、なんでもなさそうな料理こそ作りたくなるもの。ネットで検索できる時代とはいえ、やっぱり1冊、手元に置いておこうと思ったのでした。

 自分の食べるもののことをちょっとだけまじめに考えるようになったのは、無茶な働き方のツケがまわって体を壊した30代はじめでした。自分の身体は食べたものでできている、そのごく当たり前のことに気づかされて以降、できるだけ自炊を心がけています。

 そんなことを思い起こしたのは、今回ご紹介する「一本書店(イーベンシューディエン)」を訪ねたから。本だけでなく、ランチもスイーツも出す本屋さんの話を伺いに、台中へ向かいました。

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 そこはまるで書斎のような。

 台北から在来線に揺られること2時間ほど。台湾中部にある台中駅で繁華街とは反対側の出口を出ると、どこか懐かしい雰囲気が漂います。駅前の通りをひたすら西へ歩いておよそ15分。市内を流れる緑川にかかる橋を渡るとすぐ印象的な扉が目に入ります。一本書店の周囲は住宅街で、自転車に乗った人が通り過ぎる姿にゆっくりした時間の流れを感じます。ふと、東京の中央線国立駅を思い出しました。

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 太めの桟に仕切られた印象的な引き扉は、オーナーの郭美如(グオ・メイルー)さんがデザイナーだった腕を生かして図面を引き、特注したもの。店に入って振り返ると、ガラスの向こうには緑が広がります。その景色にふうっと心が落ち着いていきます。息子さんが書いた文字を組み合わせてできたというロゴも、ひときわ味わいがあり、デザインの確かさを感じさせます。

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 これまで伺った中でも、1、2を争うコンパクトなお店です。ここで店を開いた理由を伺うと、美如さんはこんなふうに答えました。

「近所に住んで10年以上になります。ここを店にするとは考えてもいませんでした。ここに空き広告が出ていたのは知っていましたが、『6畳』では狭すぎると思って。店にする場所を探していた頃、友人と近くでおしゃべりしていました。するとその友人が広告を見て『見るだけ見てみたら?』と言い出したんです。内見すると思ったより広い。何よりこの界隈には愛着がありますしね」

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 6畳とはあまりに目の前の空間の印象とかけ離れています。奥にはカウンターキッチンがあり、ご主人の手作りだという本棚のついたテーブル、反対側にラックとケースがあります。あわせると10畳は超えるんじゃないかしら。広く見えるのは、天井まで本でいっぱいにするのではなく、むしろ空間をとっているからでしょう。

 その、ちょっとばかり狭いけれど、きちんと整えられた書斎のような空間は、居心地のよさに包まれていました。こんな空間でゆっくりと本を読むのは、とっても贅沢なことだと思えてきました。

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 暮らしの延長に生まれた本屋

 美如さん夫妻は、おふたりとも台中生まれ台中育ち。本屋を開く計画を長いこと温め、デザイナーをしていた郭さんと印刷会社勤務だったご主人が仕事を辞めて、オープンにこぎつけたのは2014年7月でした。

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「本が好きで、私たちの暮らしには常に本がありました。本屋は、その延長線上で始めることになったものです。人によってはカフェとか別の選択肢があるのかもしれませんが、私たちが大切だと考えてきたのは本。それまでの収入には及ばないかもしれないけれど、自分たちがやりたいことをやってみよう、と始めたんです」

 棚には、文学、哲学、自然、歴史、ローカルマガジン、絵本、詩、食にまつわるものが置かれています。美如さんは言います。

「今の売れ筋とは必ずしも関係しませんが、たとえば自然なら、動物、自然主義、環境から政治まで、さまざまな切り口のものをそろえ、そこから理解が深められるようにセレクトしています」

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 限られたスペースだからこそ、選書にはどうしたって工夫が必要です。どんなことを心がけているのでしょうか。

「本選びには時間をかけます。今の時代、本はあふれていて、読み終われば売ってしまう本もたくさんある。でも、うちには読み終わった後も残しておきたいと思う本しかありません。ずっと手元に置いて読み返したくなるもの、歳を取ってやっと読み終わるような本です。そうやって長く持っていられるものこそ、お金を出す価値があると思うんです」


 食べものと読みものを提供する

 さて一本書店で出会うのは、本だけではありません。ランチもあります。棚の上には、こんなフレーズがありました。

 〝生活裡有書有食物就豐足了(暮らしには、本と食べ物があればいい)〟

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 店が開くのは昼の12時から夕方5時までのわずか5時間。ランチはすべて美如さんの手づくりです。スープに雑穀ご飯、メインに加えて副菜がいくつか。どれも丁寧につくられ、お店のフェイスブックページでは美如さん手書きのメニューがアップされます。お値段は250元(約905円)。

「本屋をやろうと思った時から、本だけでなく、食べるものも出そうと考えていました。本も食べものも、暮らしにパワーを与えてくれるものですから」

 台中だけでなく、噂を聞きつけてわざわざ遠くから足を運ぶ人もいるのだとか。そうかと思えば近隣の会社員、親子連れ、またお年寄りが友達と連れ立っておしゃべりしにやってくることもあります。

「近くに地方裁判所があるんです。そこに勤めている人が、時々、店に来てくれます。たぶん仕事で神経を遣って疲れるんでしょうね。ここでランチを食べ、ちょっと気持ちを落ち着けてから帰るのだと言っていました。開店していちばんよかったなあと思うのは、お客さんに恵まれたことですね」

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 さらに一本書店では月に一度、店頭イベントも行っています。美如さんが厳選した本の著者や編集者を招いたり、あるいはその本のテーマにかかわるゲストを呼んで、さらに本の世界を広げているのです。

 広くない、席も限られている、けれども心地よく、何度も足を運びたくなる。そうやって繰り返し足を運ぶ人たちは、自らの暮らしから失われた原点を取り戻そうとしているのかもしれません。食べるものは人の身体を、読むものは人の精神をつくるもの。一見シンプルなそのコンセプトの深さに、ハッとしたのでした。


 フランス発のしかけ絵本が人気

 このところの売れ筋を美如さんに訊ねると、『出發吧,海洋號!(邦題:オセアノ号、海へ!)』と『樹懶的森林(邦題:ナマケモノのいる森で)』(いずれもAnouck Boisrobert , Louis Rigaudy共著)の2冊をあげてくれました。

「同じ著者の描いたしかけ絵本で、原著はフランスで出版されたものです。子どもよりも、大人が喜ぶ内容ですね」

 絵やしかけが凝っているというだけでなく、きちんと読み手に環境問題を考えさせるつくりでした。

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 惹きつけられる味ともてなし

 台中には素敵な本屋さんがいくつもあります。選びかねていたところに、地元・台中の方が一本書店を推薦してくれました。「行くならぜひ、一本書店のデザートを召し上がってみてください。すごくおいしいんです。置いてある本もこだわりのものばかりですし」と聞いて、俄然、興味が湧いたのでした。ええ、食いしん坊だと笑ってくださいな。

 取材の日は店休日でしたが、突然、お客さんがやってきました。「明日は山登りに行くんだけれど、どうしてもここのプリンを持っていきたくて」と立ち寄ったのだそう。

 出されたプリン(焦糖布丁、50元)は、甘さ控えめでやわらかなカスタードに、絶妙な苦味の効いたカラメルがかかり、なんとも言えぬ味わいでした。この連載でカメラマンを務める五味さんも「こんなにおいしいプリンを初めて食べました」とうなるほどに。一緒に出されたレアチーズケーキとヨーグルトも、上品であとを引くお味でした。

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 後日、取材で食べ損ねたランチをいただきに、今度は一人で台中へ向かいました。事前に「今度はランチをぜひ」と伝えてはいましたが、店に入ってびっくり。席に、紙ナフキンで包んだ箸が置かれ、「午安・‿・Miho」(こんにちは、みほ)と一言、添えられていました。選びぬかれた本と、美味しい食事。そしてさり気なく、温かく迎えてくれる店主。こんなお店のある台中に暮らす人たちを密かに羨ましく思ったのでした。


【お店データ】
一本書店
住所/台中市南区復興路3段348巷2-2号1楼
営業時間/12:00〜17:00
URL/ https://www.facebook.com/www.abook.tw/

Profile

田中美帆

1973年生まれ。台湾在住のフリーランスライター。上阪徹のブックライター塾3期生。人生後半を自分のために使おうと、2013年に長年勤めた出版社を退社。念願だった中国語を学ぶため台湾に語学留学。1年で帰国の予定が、ホームステイ先で紹介された相手と2014年に国際結婚。現在は”台湾を書いて伝える”ことをなりわいとしている。

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