たいわんの本屋

田中美帆

たいわんの本屋

小小書房

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世界中のミステリーと出会える本屋

 こんにちは。台湾在住歴3年、ライターの田中美帆です。

 台湾の本屋で驚いたことの一つに、棚に見たことのある作家さんの名前がずらりと並んでいたことがあります。台湾の代表的なネット書店「博客来」では、翻訳文学は、日本、アジア、アメリカ、南アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、その他に分類されていて、並び順もこのとおり。以前、取材した文芸編集者の方に「翻訳作品だけで新刊の6〜7割を占める」と聞いて台湾の翻訳文学の豊かさを思いました。

 今回訪ねたのは、ミステリーを専門に扱うことで知られる「偵探書屋(ジェンタンシューウー)」さんです。棚には、台湾はもとより世界中の魅惑的なミステリーがぎっしりと詰まっていました。

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 扉の向こうはミステリー空間

 素敵なショップの集まるMRT中山駅から、老舗問屋の連なる迪化街に向かう途中、道が弧を描く場所があります。「圓環」といって、日本統治時代に公園として造成された場所です。その特徴的な形から、誰もが「ああ」と思い浮かべるスポットです。
 圓環まですぐの路地の入り口に3軒ほどの屋台が並んでいます。いちばん手前は、ビーフンのお店。その屋台を横目に見ながら路地を入ると、思いのほか静かな通りだと気づきます。その路地の中ほどに、めざす偵探書屋があります。

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 パイプをくわえた帽子姿の横顔がプリントされたガラス戸を開けると、一面のブラックが目に飛び込んできます。置かれた本が何しろ黒いのです。天井の色も黒、ソファやイスの脚なども重めの色調で統一されています。いかにもミステリー好きの心をくすぐる心憎い演出に気分が高まります。
「あなたが不可能だと考えた一切を取り除き、それでも残ったもの、それが真実なのです──ホームズ」
 店内の色調同様、あちこちに謎解きの世界に引き込むセリフや、アガサ・クリスティのポスターなどが貼られています。入ってすぐのところには雑貨と少しの新刊、中央はカフェスペースになっており、そのほかはすべて貸し出し用の本で埋まった書棚がありました。

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 本の背に貼られたシールは歴史と伝統コーナーは紫、社会派コーナーは緑と、区画ごとに色が変わっています。オーナーの譚端(タン・ドゥアン)さんは「こうしておくと、お客さんも本を戻しやすいでしょう?」と笑います。

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 台湾におけるミステリーの系譜

 台湾のミステリーは、これまでどんな歩みをたどってきたのでしょうか。こんな、いつもとはちょっと違う疑問を譚端さんにぶつけてみました。伺ったお話を少しまとめながらご紹介してみます。

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 そもそも世界で推理小説なるジャンルが確立されたのは、19世紀後半から20世紀にかけてのこと。イギリスのアーサー・コナンドイルの描いた『シャーロック・ホームズ』シリーズ、そしてそれに対抗するようにしてフランスで出された『怪盗ルパン』シリーズが、その立役者です。

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 同時期の台湾では、1895年に日本統治が始まりました。著しい影響を受けたのが言葉です。それまで中国語と台湾語が使われていた公用語は日本語となり、日常はもちろん、出版される本も日本語を使わなければならなくなりました。まるで違う言語を使うことになった台湾について、譚端さんはこう補足します。
「統治側から見れば、日本語で体制を整えていかなければなりません。そのために当時、作家や学者、記者といった人たちも大勢台湾にやってきました。その中に、推理小説好きの人がいたのだそうです」
 そうやって台湾にミステリーというジャンルが知られるようになり、その後も江戸川乱歩、松本清張といった日本の作家が大きな影響を与えていきます。

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 大きな転換期となったのは1980年代です。当時、台湾では著作権や出版権に対する保護対策がとられておらず、赤川次郎はじめ数多くの推理小説の海賊版が出されていました。その人気が高まる中で刊行されたのが月刊『推理』です。この雑誌が生み出した状況を譚端さんは次のように説明します。
「『推理』ができて、まず読者が生まれ、次第に作家も生まれていきました。ある意味で言うと雑誌を通じた教育ですよね。インプットがなければアウトプットはありません。1990年代の推理小説は、この雑誌が土台になっていると思います」

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 ただ、海賊版は諸外国にとってやっかいな問題とみなされていました。そこで策を講じたのがアメリカです。1998年にできた「スペシャル301条」と呼ばれる法律で、「知的財産を侵害している」とする国を名指しし、その程度によって経済制裁を加える、と宣言したのです。これを機に、台湾は変わることになります。まず同じ年に著作権法が制定され、今のように国際ルールのもとで数々の文学作品が輸入されるようになりました。

 2008年からは「島田荘司推理小説賞」なる文学賞が創設され、作家の育成をはかる体制もできてきました。現在30代前後で活躍している台湾の推理小説作家は、90年代に雑誌を読んで育った世代です。また、日本の影響について譚端さんはこう付け加えます。
「各国の作品が台湾に輸入されるようになったことで影響力は弱まったものの、本格派、社会派、と系統だったシリーズものを持つ日本作品は今もなお、台湾で広く親しまれています」

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 店は自分のメディア

 お店に話を戻しましょう。
 譚端さんが本屋をオープンしたのは2014年です。それまで中国で長年、記者を経験し、台湾に戻ってからも記者の仕事を続けたいと考えていたものの、台湾には働きたいと思うメディアがなかったといいます。
「友人の誘いで本屋をやらないかと言われ、最初は断りました。でも本好きにとって本屋をやるのって一つの夢だと思うんです。店をやりながら自分の創作をして、その上、酒が飲めるなら最高だな、と試してみることにしました。世の中にインターネットが出現したことで、それぞれが自分のメディアを持てるようになりましたよね。私は、店というのも自分のメディアの一つだと思っています。記者時代に比べると、精神的にずっと充実しています」

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 今ではカフェコーナーがあり、会員向けの貸本に重きを置いたシステムのお店ですが、最初からこうだったわけではありません。
「店を始めたばかりの頃は、新刊だけを置いていました。でも、しばらくすると人が来なくなって、本を売るだけじゃダメだ、やり方を変えなきゃ、と思ったんです。すごく考えたのは、人のライフスタイルはどうなっているのか、それによって本屋はどうあるべきか、ということです。本屋は作家のような創作活動と違ってビジネスです。ビジネスは、社会の変化にあわせて調整していく必要があるもの。これまでの店の変化は、言ってみれば調整の範囲だと思っています」

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 カフェでのおすすめを聞いてみました。「コーヒーはまだ改良の余地があるけど、紅茶なら結構自信があるんです」と出されたのは英国式ミルクティー(110元)です。ちなみに、使われているのはドイツの高級茶葉。ミルクは繊細に泡立てられ、口当たりまろやかでした。

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 1,000元の使い道を考える

「推理小説の店をやっていますが、だからといって『ここにある本を全部読んでほしい』と考えているわけではありません。読む本のうち30%もあればよくて、ほかの7割は科学や教養のつくものを読んでほしい。推理小説だけだと考え方が偏ってしまうし、あんまり健康的ではないと思うんですよね」
 偵探書屋の本は、会員になれば借りることができます。会費は年間1,000元。おまけにカフェを利用する際には割引もあります。
「台湾で1,000元というと、本を3冊買うくらいの値段です。その金額で、ここの本はすべて利用できるし、家に持ち帰って読むこともできる。台湾には昔、貸本屋があったんですが、それは1冊ごとに料金を払っていました。でも、この店では制限はありません。また会費を別の側面からいうと、お茶を飲みに来るついでに本も読めるわけです。どういう形にせよ、読書の機会を増やすことにつながればと考えています」

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 推理小説にまつわる2冊

 このところ売れ行きがいい本を聞いてみると、『翻譯偵探事務所』と『美國推理作家食譜』の2冊をあげてくれました。
「どちらもミステリー作品ではありません。前者は、1950年代から80年代にかけての台湾の翻訳書に関する歴史をたどったものです。特にこの時期、中国から台湾へ流入した作品が多く見られました。ただし、すべて著者名を変更した海賊版だったんです。そうした海賊版の原書と著者名の由来を調べ上げた内容です。後者は2部構成で、まずアメリカの推理小説家が好きな食べ物の話、それから登場人物が好きなものや紹介された食べ物のレシピを紹介した本です。紹介されている食べ物がおいしそうかどうかはちょっと疑問なんですけど......そういえば、日本の池波正太郎さんの料理の本を読んだことがありますが、あれは本当においしそうだなあと思いました」
 池波正太郎ファンとして勝手に誇らしくなりつつも、譚端さんの言葉で一気に和食への郷愁を誘われて、店を後にしたのでした。

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【お店データ】
偵探書屋
住所/台北市南京西路262巷11号1楼
営業時間/火〜金 14:00〜21:00、土日 11:00〜18:00、月曜定休
URL/ https://www.facebook.com/mibooks/

Profile

田中美帆

1973年生まれ。台湾在住のフリーランスライター。上阪徹のブックライター塾3期生。人生後半を自分のために使おうと、2013年に長年勤めた出版社を退社。念願だった中国語を学ぶため台湾に語学留学。1年で帰国の予定が、ホームステイ先で紹介された相手と2014年に国際結婚。現在は”台湾を書いて伝える”ことをなりわいとしている。

Pick Up Book

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