たいわんの本屋

田中美帆

たいわんの本屋

小小書房

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昔の町並みに残る古民家の本屋

 こんにちは。台湾在住歴3年、ライターの田中美帆です。

 台湾への渡航前、最大のイベントはモノの処分でした。特に、手びねりの土鍋や精米機、フードプロセッサーといった調理器具は、SNSで友人に呼びかけて引き取り手を探しました。普段からシンプルな暮らしを心がけていますが、モノとの付き合いはまだまだ修行が必要だと痛感したのもこの時です。

 そんなことを振り返ったのは、台湾の古都・鹿港にある「書集喜室(シュージーシーシィ)」さんを訪ねたから。ここには、使い込まれた品々が放つ温かな懐かしさがあふれていました。


 昭和初期に建てられた民家

 台北から距離にして180キロほど、海沿いの街・鹿港への行き方はいくつかあります。今回の取材では、在来線の特急で台中まで南下し、そこからバスを利用しました。台中に降りたのは去年の夏以来でしたが、わずか半年の間に高架化工事が完了し、駅舎も様変わりしていました。駅前で小型バスに乗り換えて鹿港へ向かいます。
 鹿港は、18世紀後半から19世紀半ばにかけて、台湾でも勢いのある街として上位に名前のあがる場所でした。今、「老街」と呼ばれる一帯にはれんが造りの古民家が並んでいます。日本でいうなら川越や倉敷でしょうか。路地は人と人が行き交うのがやっとの幅で、ぐわんと曲がったり、真ん中に井戸が留め置かれたりと、時代の面影を残しています。
 「龍山寺」というと台北のそれを思い浮かべますが、実は「台湾一美しい」と評されるのは鹿港の龍山寺なのだそう。その龍山寺の脇にあるれんが敷きの細い通りを入ると、コンクリート造りなのに、玄関は木造、両脇の柱はれんが造り、という建物が見えてきます。

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 書集喜室の店舗は、1931(昭和6)年に建設されたもの。オーナーの黃志宏(ホワン・ジーホン)さんはこの建物の話から聞かせてくれました。
 「鹿港は昔、中国・福建との交易で栄えた町です。ここはその後の日本統治時代に、布の貿易商の私邸として建てられました。西洋のバロック式建築の影響を受けた日本式建築が流行していた影響で、外観はやや西洋風ですが、室内には和室もあって、採光と通気を意識した台湾の様式も兼ね備えた造りです」
 今でもお茶を煎れる水を汲む井戸、そして防空壕が形を留めています。
 「このあたりは休みになると、台湾中から観光客がやってきます。特に旧正月はものすごい人出ですが、その時期は店を休むことにしています。お客さんが多すぎると対応しきれませんし、なによりこの建物を守るためなんですよ」

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 自宅兼店舗で始まった蔵書の販売

 建物に入ると、木造の吹き抜けと、味わいのある書に目を奪われます。店名の「書集喜室」と書かれた書は、知人の書家に頼んだもの。扱う書籍は、歴史書や人類学、民俗学関係の古書が大半を占めています。これは、志宏さんが大学で歴史を、奥さんの小順さんが人類学を学んだことに由来しています。それもあってやってくるお客さんは、ふらりと立ち寄る観光客もいれば、ご夫妻の専門にかかわる人たちもいます。
 「実を言うと新刊書店として始めたのですが、店が小さすぎて思うように新刊を入荷することができませんでした。そこで、私たち夫婦が持っていた蔵書を売りに出すことにしました。今は、少しずつ取り扱う新刊が増えています」
 棚の中は、丁寧に整えられていました。背はきっちりと揃えられ、隙き間は見当たりません。掃除も行き届いています。実は、ここは本屋でもありますが、志宏さん一家の生活空間でもあるのです。

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 「2階の和室部分と、店の奥はプライベート空間です。本当は営業スペースと生活スペースをきちんと分けたいのですが、お客さんは必ずしも本が目当てではありません。この建物を見て入ってくる人もいますし、古い建築物の内側を見たいという人もいらっしゃいます」
 そうはいっても、開店時間は1日に6時間半だけ。しかも古い町並みを売りにする観光地で、本屋を維持していくのはそう簡単なことではありません。
 志宏さんたち夫妻の収入の柱になっているのは、本屋以外にやっている仕事です。志宏さんはもともと大学の講師で、今は調査系の仕事を3つほどこなし、奥さんの小順さんはカウンセラーが本職なのだそう。カフェの売り上げは比較的好調ですが、それもまた本屋を支える程度だそうです。

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 古いものを今に生かす

 20年ほど台中で働いていた志宏さん夫妻が、志宏さんの実家に近い鹿港に家を買おうと決めたのは、2011年のこと。いったんは別の家の売買契約を済ませたものの、偶然にも取り壊し寸前の今の家を見た途端、惚れ込んで契約し直したのだそう。
 木工職人だった父親のもとに育った志宏さんは、誰に習うともなく自分で作ってしまう術を身につけていました。店内の棚、お客さんに出すお盆、イスなどはすべて廃材を利用して作ったものばかりです。

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 「子どもの頃から古道具が好きでした。そのうちに親戚の間で『あいつは修理もできる』と知られるようになり、みんなが捨てる前に『これ要る?』と聞いてくるようになりました。なぜ古いものが好きか、ですか。そうですねえ......単に目の前にあるモノだけではなくて、その向こうに思い出があるから、ですね」

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 好きだからといって、何もかも古いままでいいと思っているわけではありません。買い取った際に倉庫だった場所は、改築してキッチンになりました。奥さんの小順さんはこんなふうに言います。
 「台湾の一般的な台所というと、必ず壁を向いています。でも、うちでは窓から緑が見える位置に変更しました。というのも台所は、お客様へのお茶を準備したり、自分たちの食事を作ったり、1日の中でも過ごす時間が長い場所です。それで、陽がたっぷり差し込む家のいちばんいい場所に台所を持ってくることにしたんです。鹿港で暮らすようになって、気に入っているのは、私が作った朝ご飯を、外のイスに座って2人で陽の光を浴びながらいただく時間です」

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 隆盛を誇った港町の今を描いた本

 このところの売れ筋として真っ先にあげてくださったのは、『靜寂工人:碼頭的日與夜』と『Wabi-Sabi』(邦訳『Wabi-Sabiわびさびを読み解く』)の2冊です。
 特に前書は、毎年2月に行われる台北国際ブックフェアで今年から設けられたブックフェア大賞の「非小説部門」を獲得した1冊です。
 本書の舞台は鹿港と同じ台湾の港町、基隆です。台北の東にあるこの町もまた、かつては日本との交易地として大きく栄えていました。時代が流れた今、その面影は見られません。実は基隆は、全台湾のうち精神を病む人の比率が最も多い地区なのだといいます。街の衰退とともに、人々の精神も病んでいく、そうした心の闇に迫る内容です。
 こうしたコアなジャンルの本が売れるのは、書集喜室がどんな本を扱っているかがきちんと認識されている証です。

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 買わなくてもカフェは利用してほしい

 「これも主人の手作りのお盆です」と差し出された上には、豆皿が3枚、載せられていました。チーズケーキ、豆乾の煮物と、エノキダケの煮物で、順に45元、25元、45元という驚きの価格です。食材はすべて有機栽培なので素人でも値が張るとわかりますが、大丈夫なのでしょうか。

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 「ここでは本を売るだけでは、やっていけません。本屋の足しになればと思ってカフェを始めました。でも、来た人が(あ、高い)と思う金額では、カフェさえも利用されなくなってしまう。それで25元という価格にしました。もし日本からいらっしゃる方がいたら、本は買わなくてもいいけれど、カフェを利用してくださればうれしいですね」

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 カフェコーナーと販売スペースの間仕切りになっているのれんには「ここから先はご注文ある方のみ」とあります。そののれんをくぐり、吹き抜けスペースに続く階段を登っていくと、丁寧に手入れされた建物を存分に味わうことができます。取材の日には、学生とおぼしき若い女性2人が中国式の将棋、象棋(シャンチー)を楽しんでいました。

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 「実は何度も来てくださっているお得意さんにだけ、予約制でランチも出しています」とのこと。おまけにそのランチを注文した人だけが、キッチンでご飯が食べられるというではありませんか。そう聞いて猛烈に食べてみたくなったことは言うまでもありません。「次は絶対に予約します!」と宣言して店を後にしました。

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【お店データ】
書集喜室
住所/彰化県鹿港鎮杉行街20号
営業時間/水〜日11:00〜17:30 月曜火曜定休
URL/ https://www.facebook.com/xishibookandtea/

Profile

田中美帆

1973年生まれ。台湾在住のフリーランスライター。上阪徹のブックライター塾3期生。人生後半を自分のために使おうと、2013年に長年勤めた出版社を退社。念願だった中国語を学ぶため台湾に語学留学。1年で帰国の予定が、ホームステイ先で紹介された相手と2014年に国際結婚。現在は”台湾を書いて伝える”ことをなりわいとしている。

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