たいわんの本屋

田中美帆

たいわんの本屋

小小書房

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台湾と日本をしっかりとつなぐ本屋

 こんにちは。台湾在住歴4年になりました、ライターの田中美帆です。
 この夏、台湾と日本の歴史に関係するドキュメンタリー映画が相次いで公開されました。台湾の台東・成功鎮で100日間、現地の人々の日常を追った『台湾萬歳』、沖縄の台湾移民の家族に迫った『海の彼方』、日本時代の文学結社・風車詩社の奇跡をたどる『日曜日の散歩者』。
 こうした作品を見るにつけ、まだまだ知らないことだらけ、分け入っても分け入っても未知。そんな気分になります。

 未知の領域に足を踏み入れるドキドキ感は、台湾の本屋さんを訪ねる時と同じです。創業80年を超える老舗に向かった今回は、その気持ちが余計に強まりました。お邪魔したのは「鴻儒堂書局(ホンルータンシュージュー)」。立地からお店のこれまで、すべてに歴史を感じるひと時でした。

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 歴史的建築の並ぶ界隈で

 鴻儒堂があるのは、日本でいうなら東京駅あたり。MRTは2駅利用でき、お店へ向かうには2通りの行き方があります。
 1つめは、1日の乗降客数約52万人を誇る台北駅を利用する方法。駅の向かいには台北101ができるまで台北一の高さを誇った地上13階建ての新光三越ビルがあります。その三越を背に、西へ10分ほど歩けば到着です。

 2つめは、MRT北門駅を利用する方法です。この駅が開通したのは2014年と比較的新しく、実際に駅を出ると、ちょっと可愛らしいフォルムの台北府城北門があります。この8月に「北門広場」がオープンしたばかりの古くて新しい観光スポットです。
 北門を横目に、1895年に建設された台北郵便局の脇を入り、カメラ屋の並ぶ通りを行くと、目指すビルがあります。

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 鴻儒堂の黄成業(ホアン・チェンイー)さんはオーナーでありながら、実は台北教育大学大学院に通う院生でもあります。

「このあたりは、歴史的な建築が多いのですが、きちんと歴史的事実に基づいて書かれた書籍は本当に少ない。それで、自分で研究してみようと思って、大学院へ行くことにしました。2年ね。もうすぐ修了します」

 1949年生まれの黄さんの熱意と行動力に、ハッとさせられました。


 長年の顧客のために移転

 店舗は5月上旬にこの場所に引っ越してきたばかり。実をいうと、台湾で暮らすようになってから以前の店舗を訪ねたことがあります。その時よりも狭い印象ですが、黄さんが移転を決めたのには、大きなわけがありました。

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「以前は築50年を超えるビルでした。そこはエレベーターが狭すぎて、昔からのお客さんが来店しづらかった。つまりね、車椅子が入らないんですよ。うちのお客さんは、かなり高齢の方が多いですからね。ある時、友人がここの上のフロアを買って、お前もどうだと言うんです。エレベーターが広くなると知って、ここに移ることにしました。今は同じフロアに別の店が入っていますが、できれば1フロアぶち抜きにして、別の場所にある倉庫や出版部門も一緒にしたいんですよね」

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 創業は1936(昭和11)年、つまりは日本統治開始から40年が経った頃のこと。当時は、台湾総督の児玉源太郎にちなんで「児玉町」と呼ばれた、今の忠孝西路に店を構えていたといいます。この80年の間に、開封街、漢口街、懐寧街、そして現在の博愛路と場所を移しましたが、すべて120年前に建築された台北府城の城内です。
 ニコニコしながら「ここの眺めがいいんです」という黄さんのデスクの向こうには、北門のとんがり屋根が見えました。

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 日本語書籍専門書店を利用する3つの客層

 棚には背がピシッと揃えられた本が詰まっていました。これまでこのコラムでご紹介してきた本屋さんと大きく違うのは、棚の本が〝日本で出版された日本語の本・雑誌〟であること。そう、鴻儒堂でこの80年、主に扱ってきたのは日本語書籍です。

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「創業は祖父の時代で、私は3代目です。創業した時、台北には20万人の日本人がいました。それまでは材木屋をやっていましたが、これからは文化をつくっていかなければならないと、木に一を足して本、本屋を始めました」

 黄さんがお店を継いだのは、1981年、36年前のこと。お店のお客さんを、黄さんはこんなふうに分析します。

「うちのお客さんは、3種類に分けられます。まず昔は〝皇民〟と呼ばれた日本語教育世代の方。次は、日本語教師。そして日本語はできないけれど日本に興味がある方です」

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 日本語教育世代の方々が日本語の書籍を求めるのは至極当然ですし、台湾にいる22万人の日本語学習者、約3,900人の日本語教師は教材が必要なはず。そういえば、入り口に皇室関連の雑誌が展開されていたのにも合点がいきました。
 言われて棚に目を戻すと、コアな読者を対象とした雑誌、小説の単行本や文庫、日本語学習教材、辞書などが目につきます。一方で、今や台北の多くの書店に置かれている日本のファッション誌、ライフスタイル誌は見当たりません。

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「小説は、小中学生向けのシリーズをそろえています。やはりここは台湾ですから、いきなり日本の大人向けの小説ばかりを置くのではなく、中級レベルの日本語学習者が読めるような小説が必要です」

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 黄さんが、ここまで日本語学習者の学習レベルを分析的に語れるのは、ご自身が独学で日本語を身につけたというだけでなく、鴻儒堂が2007年から2015年まで台湾の日本語学習者向けの『階梯日本語』(ステップ日本語)という雑誌を刊行していたことと無関係ではありません。

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「『ステップ日本語』は、2011年に台湾行政院新聞局の行う金鼎賞で〝最優秀教育学習誌賞〟をもらいました。頑張って続けていましたが、月刊誌を作るのはすごく、すごく大変でした。あれはもう、できないね」

 ここにもまた、出版業界が受ける時代の波を感じずにはいられませんでした。

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 専門の客がいる強み

「今の時代、本屋だけでやっていくのは相当に大変ですよ」

 黄さんに、次の世代をどう考えているか訊ねると、そんな答えが返ってきました。とはいえ、やはりそこは80年を超える老舗。たとえ店舗が移転してもコアな顧客がきちんとついてきてくれているのは、お客さんとのつながりが強い証でもあります。

「今は、ネットの時代でしょう? 店に来る必要は以前に比べると少なくなりましたよね。来るのは、やっぱり直接見たい、というお客さんだけです」

 さらにもう一つ、鴻儒堂には強みがありました。

「うちは電子、機械、科学、農業といった日本の技術系の本を、台湾でいちばん多く置いています。日本の技術は大学などでも教えられています。うちのお客さんには、そうした大学の先生方も多いんですよ」

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 店を入って正面の奥の棚には、技術系、理系の書籍が並んでいました。そうか、こういう本をピンポイントで入荷できるのは、どこの大学のナニ先生は、どんな授業をしていて、必要な書籍はなんだ、というところまでわかっているからだ、と腑に落ちました。
 黄さんのお話を伺いながら、老舗の大仕事を思いました。台湾には、日本語教育世代に限らず、日本語を話せる人がたくさんいます。その人たちの向こう側には、鴻儒堂のような書店の存在があるのだ、と思い至りました。


 これまた老舗のイスラム料理店

「このあたりでおいしい場所を知りたいなら、僕に聞くのがいちばんですよ」と黄さんが案内してくださったのは、清真黄牛肉麺館という牛肉麺の老舗です。「清真」というのは、イスラム教徒の意味。お店のご主人は、れっきとしたイスラム教徒だそう。

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 ちなみに、台湾にはイスラム教徒が5〜6万人いるといわれます。昔から台湾には牛肉を食べない人が大勢いて、メニューに牛肉を見かけないレストランもあるほどです。大きな変わり目は、1949年の国共内戦で大陸から中国のイスラム教徒が渡ったこと。今では、インドネシアを含め台湾に来る人が20万人を超えます。
 日曜日になると、インドネシア系の人たちが台湾各地から台北駅の大ホールに集まることが知られています。台湾人と結婚した人、ヘルパーとして台湾家庭で働く人などさまざまで、特にラマダン明けの日曜日は、かなりの人数になります。そして、彼女たちが母語でどわーっと話す、その姿に、日本人の友人たちと集まると、日本語でわーっと話す自分が重なります。
 ものすごくあっさりしたスープに太麺、そして柔らかな牛肉が入った「清燉牛肉麵」(120元)をいただきながら、もしも将来、日本に外国人介護士が増えたら、こういうお店ができるのかもしれない、などと思ったのでした。

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店舗情報
鴻儒堂書局
台北市博愛路九號五樓
https://www.facebook.com/hjtbook/
10:00〜18:00 ※12:00〜13:00は休憩
月〜土 日定休、祝日は11:00〜


 次の〝たいわんの本屋〟を探す旅へ

 2016年6月に始まったこのコラム、今回で最終回となります。心がけてきたのは、本屋さんを通じて、台湾の新しい一面をお届けする、ということでした。
 ご紹介してきたのは、台湾では「独立書店」と呼ばれる個人経営の小さなお店です。ゲストハウス、カフェ、農業など多様な営業形態とあわせて本を売る姿は、大型書店の販売形態に慣れていた日本育ちの元編集者には、とても新鮮に映りました。個人書店が次々と消え、書店のない自治体の増える日本とは、違った道を歩んでいる気がします。
 まず、不出来な中国語の質問に耳を傾け、一つ一つ答えてくださった、お店の方々に厚くお礼を申し上げます。そしてコラム執筆の機会を設け、中国語と日本語の間で揺れ動く原稿に、根気強く指摘をくださった担当編集の斉藤尚美さんに、心からの感謝を。毎度の取材に同行し、文字では到底伝えきれなかった姿を、写真に収めてくれたカメラマンの五味稚子さんにも、心からの敬意を。

 最後に、読んでくださったお一人お一人へ。台湾の観光スポットもいいし、台湾グルメもいいけれど、いつか本屋さんを訪ねてみてください。きっと、ここで書ききれなかった世界が広がっているはずです。ありがとうございました。

Profile

田中美帆

1973年生まれ。台湾在住のフリーランスライター。上阪徹のブックライター塾3期生。人生後半を自分のために使おうと、2013年に長年勤めた出版社を退社。念願だった中国語を学ぶため台湾に語学留学。1年で帰国の予定が、ホームステイ先で紹介された相手と2014年に国際結婚。現在は”台湾を書いて伝える”ことをなりわいとしている。

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