『わが盲想』文庫化記念対談

高野秀行 × モハメド・オマル・アブディン

『わが盲想』文庫化記念対談

撮影:小長井沙織

紛争が続く祖国・スーダンを飛び出し、盲目の青年・アブディンさんが日本にやってきたのは、今から17年前、19歳のとき。 『わが盲想』は、そんなアブディンさんが、言葉も文化もわからない、しかも見えない世界で幾多のピンチや珍事に見舞われながらも、ユーモアと人情で切り抜けていく様を、音声読み上げソフトで自ら綴った異色の青春記です。 来日まもない頃にアブディンさんと出会い、以来、プロ野球ファン仲間で本書のプロデューサーでもある作家の高野秀行さんと、これまでの軌跡を語っていただきました。

細くて真面目そうな青年

高野秀行(以下、高野) 僕がこのおじさんに最初に会ったときは、若者だったんです。細くて真面目そうな、すごいちゃんとした青年だった。

アブディン(以下、アブ) 汚れたおっさんになっちゃって悪かったね。あれは2001年のクリスマス翌日でしたよね。

高野 そうそう。僕が変な企画を考えついて。目の見えない外国人は日本をどう見るんだろうっていうね。いろんな人にアプローチしたけど、みんな僕のことを怪しがって、取材に応じてくれなかった。

アブ 当時の高野さんも、本を何冊か出していましたよね?

高野 でもまったく無名ですからね。単に「フリーライターの高野ですけど、目の見えない外国人の方にお話を聞きたいんです」みたいなことを言ったら、何人かに断られて、たどり着いたのがアブディンだった。で、当時アブの通う専門学校があった筑波に会いに行って。最初は緊張したなあ。見えない人と会うのは初めてだったから。

アブ 35年間も生きてて?

高野 そう、ちゃんと話をしたのはね。しかも、外国人でしょ。

アブ 外来種ですね。

高野 そうそう。猛毒の。

アブ 盲外人だからね。

高野 だから構えちゃったんです。

アブ 腕につかまらせてもらったら、ぎゅっと固まってたもんね。なんか変な人だなあ、と思った。

高野 そんなふうに堅くなっていたせいもあって、いろいろ難しい政治の話をしたよね。アルカイダのこととか。

アブ そうそう。あんまり政治のことばっかり聞くから、公安の回し者だと思ったんですよ。その年の9月に同時多発テロがあったばかりで、まだ記憶が生々しかった。クリスマスの翌日に筑波の果てまで話を聞きにくるのもおかしいですよね。

高野 学食でごはんを食べながら話したんだけど、アブがなかなか箸でおかずを取れなかったりして、集中できていないわけ。

アブ 大きな魚のフライだったからね。重量があったんですよ。

高野 で、イマイチ盛り上がらないなと思いながらも、話を聞き終わって、宿舎まで送っていったんです。その途中、すこしリラックスして世間話をしたら、野球が好きだということがわかった。そしたら急にカープファンだとベラベラしゃべりだして。僕が巨人ファンだと言ったら、「巨人なんて、他のチームの4番ばっかり金でかき集めて」とかボロクソに言い始めて。ほとんど今と変わらないくらいにしゃべっていた。

アブ あれは日本にきて3年目だね。

高野 とてもそうは思えなかったなあ。でも、今より滑舌なんかははっきりしていたかもしれない。今は早口すぎて。

アブ どんどんズーズー弁になっちゃって。もともとアラビア語はあまり口を開けないからね。母音が小さいのと、子音が連続するから、はっきりした発音じゃないんです。

高野 でも声は大きい。

アブ 威圧感がある。ははは。

高野 それ以降は単なる野球ファン仲間だよね。今に至るまで会話の6~7割は野球。

本を書くことになるまで

高野 4、5年前、編集をやってる僕の友人と、アブを小学館ノンフィクション大賞に応募させて、賞金の1000万円を山分けしようと計画したんです。僕も仕事がなかったから、アブを利用して金儲けしようと。

アブ もし獲っても絶対やるもんかって思ってたけどね。

高野 2、3回、ファミレスで会ってネタ出しして、書いてみてもらったんだけど、どうもうまくいかなかった。

アブ 本を書くと言われても、気の遠くなるような話だったんですよ。読むのは大好きだけど、自分が書けるわけないと。三浦綾子とか遠藤周作とか、文豪といわれる人たちの作品ばっかり読んでいたからね。

高野 それで頓挫しちゃって。まあ、モチベーションが不純だったという。

アブ 小学館ノンフィクション大賞の賞金が1000万円から500万円に引き下げられると小耳にはさんで、割に合わないと思ったこともあります。その後、フリーランスの編集者で高野さんの担当だった、堀内倫子さんにお会いしました。

高野 僕に『ワセダ三畳青春記』と『異国トーキョー漂流記』を書かせてくれた集英社文庫の編集者。堀内さんにアブが書いた短い文章を見せたんです。そしたら「これは金の卵だね」って。

アブ 略して金タマ。

高野 まあ、そんなのもあって、堀内さんと何回か会ったんだよね?

アブ 3回くらい会った。自分ではどうでもいいと思っている話をすごい面白そうに聞いてくれて。「この話とこの話とこの話はストーリーになるから肉づけしてみて」と言ってくれた。それから大学の研究と調査のために3か月くらいスーダンに行き、帰って高野さんに「元気?」って電話をしたら、ぜんぜん元気がない。どうしたのかと思ったら、堀内さんが急にご病気で亡くなられたと聞いたんです。「行ってる間に書きます!」とか言っていたのに。

高野 で、本を書く話は宙に浮いちゃったの。残念だったよね。

連載、始まる

高野 どこかの編集者が声をかけてくるんじゃないかと期待して、その後もアブのことはちょくちょくブログに書いていた。でも誰も声をかけてこなくて。

アブ「触らぬ神に祟りなし」ってね。僕だって触らないよ。

高野 そこへ声をかけてきたのがポプラ社の斉藤さん。

アブ 斉藤さんからは「ウェブで連載しませんか」と言われたんです。本を書くのはハードルが高いけど、連載という形で、ちょっとずつならできるような気がした。学業にも支障をきたさないかな、と。

高野 よく言うよ。

アブ 実際に連載をスタートしてみたら、読んでくれた人からいろんなコメントが届いて、勇気づけられました。まあ、途中までは本当にこれで本になるのかな、と疑ってましたけど。

高野 なにしろ根気がないからね。アフリカのサッカー選手が、とにかく身体能力は高くて、のれば爆発的な力を出すけども、いったんダウンすると、そのままぜんぜん上がってこないのと同じ。

アブ でも人間、潜伏期間は必要ですよ。急かしてはいけない。

高野 いやー、でもアブは長すぎるよ。だからプロの編集者である斉藤さんの徹底的な管理が必要だった。

アブ あれは脅しだね。それに、僕は悪いところはいっぱいあるけど、旨いものを食べさせてもらったりすると、さすがに申し訳ないから書かなくちゃと思うんですよ。

高野 書かなかったら次がないもんな。

文字を読めるすばらしさ

高野 アブと知り合った当時、僕は在日外国人の新聞社で仕事をしていたから、いろんな国の外国人と始終会ってるわけですよ。でもアブは突出していた。まずボキャブラリー。日本語がうまい人でも、こんなに本を読んでる人はほとんどいない。だから語彙の数がまったく違うんです。

アブ なんとなく、あらたまった態度で言われると、照れるね。

高野 いや、これはほんと。耳から覚えてぺらぺらしゃべる人はいるけど、活字を読まないとどうしても語彙が限られるし、諺とかわからないじゃない。アブの場合、点字だったり、音声で聞いたりしているわけだけども、時代ものや歴史ものなんかも読んでいるよね。

アブ そうですね。

高野 そういう人は、まずいないと言っていい。あとすごいのは、記憶力。

アブ ぜんぜんダメになってきちゃったけどね。やっぱりアフリカ人選手は、年をとるとダメですよ。スーダンでは全部聞く文化だったから、日本に来て、自分で読んだり、パソコンで文章を保存したり、ノートをとるようになる過程で、衰えていきましたね。前はもう、覚えるしかないわけですよ。とにかく詰め込まなきゃいけない。

高野 コンピュータを習う前は、どんなふうに勉強していたの?

アブ 全部点字です。でも学び始めたばかりのころは、とても実用に足るレベルのスピードでは読めなかった。だけど点字っていうのは読めば読むほど早くなるからね。

高野 点字と日本語の上達というのは比例して?

アブ そうだと思います。点字が読めるようになると、いろんなものを読みますから。やっぱり読書できるということはすばらしいですよ。考えてみてください。僕は19歳まで、一冊の本も母語で読んだことがないんです。だから、言語は違いますけど、目の前に読めるものがあるなら読まなきゃっていう感覚だったんです。

高野 飢えてるところに、ご馳走をどーんと出されて、がーっと食べたという。

アブ そうなんですよ。スーダンでは、人に本を読んでくれと頼んでも時間が合わなかったり、いろいろ根回ししなきゃいけないから、それだけで疲れちゃう。根気がないからね(笑)。

高野 アブは、勉強や宿題、レポートがいやで、現実逃避のために本を読んでいたからね。そりゃあ、すごい吸収すると思うわ。

アブ 遊んでいたら良心の呵責があるけど、本を読んでいれば、一応それらしいことをやってる感じになるじゃないですか。どんな本でもね(笑)。ただ、ヘンな本でも、歴史の教科書みたいな本でも、僕には全部面白い。未知のことが書かれた文字と出くわすのはすばらしいことですよ。

子どもは福を呼ぶ

高野 でもほんと、アブとこんなに長い付き合いになるとはね。

アブ 公安すごいね。14年間も見張ってくれて。

高野 変わり具合にもほんとびっくりする。ずっと一人で、結婚したいとか彼女がいないとか言ってたと思ったら、あっという間に結婚して、子どもができて。と思ったら、子どもが3人になっていてね。なんなんだよ、この人はという。僕はアブを見ていると、日本の少子化対策の大きなヒントがあると思いますよ。要するに、将来のことは考えない! 計画を立てない!

アブ 考えたところで役に立たない。

高野 考えると、いろんなネガティブな要素が出てきたり、慎重になったりするでしょう。だからうまくいかない。

アブ たぶんお金がある人ほど子どもは少なくしようと思うんじゃないかな。自分のなかで、子どもにこのくらいの暮らしをさせなきゃいけないという真面目さがある。僕は結婚した時点ですでに32歳で、しかも学生で、これからどんなに頑張っても、たぶんまともな暮らしはできないんですよ。

高野 まあ、アブはもうしょうがないけど、普通の人、お金がある人だって、この先どうなるかはわからないでしょう? 自分の仕事がどうなるかわからないし、日本全体がどうなるかわからない。

アブ まあ、僕が日本に来たことを考えれば、いくら計画を立てていても、ある日突然、ぜんぜん違う世界に飛び込んだりすることも起こるわけですよ。子どもたちも、この先日本にいるかもしれないし、スーダンに行くかもしれないし、グアテマラに行くかもしれない。僕だって、これと思ったところにどんどん飛んでいきますから。

高野 しかし就職もしないで3人目つくったときは、まあびっくりしたわな。

アブ これは思想みたいに聞こえるかもしれないけど、思想というより本当に信じていることで、子どもが生まれれば、その食いぶちくらいは、なんとかなると思うんです。僕が冷静に頑張ってもいい稼ぎは持ってこれないけど、神様は子どものために、この悪いダメな男にも食いぶちを持ってきてくれる。「海老で鯛を釣る」というね。

高野 使い方が違うんじゃないか?

アブ 子どもが生まれればどっかから収入が降ってくる。

高野 すばらしい思想だよね。ところでアブも無事に社会人になって、これから先はどうするの?

アブ 一寸先は闇ですね。自分が活躍できそうなところにアンテナを張りながらやっていきたいと思います。それが日本だったらいいし、拒絶されたら、どっかにまた退避します。退避して『わが逃走』を書いてやろうかな。

『わが盲想』
モハメド・オマル・アブディン/著

わが盲想

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Profile

高野秀行

(たかの・ひでゆき)
1966年、東京生まれ。ノンフィクション作家。『謎の独立国家ソマリランド』(本の雑誌社)で講談社ノンフィクション賞を受賞。他の著書に『イスラム飲酒紀行』(扶桑社)、『未来国家ブータン』(集英社)など。

モハメド・オマル・アブディン

(Mohamed Omer Abdin)
1978年、スーダンの首都ハルツーム生まれ。生まれつき弱視で、12歳で視力を失う。19歳のとき来日。東京外国語大学大学院地域文化研究科国際協力専修コース平和構築・紛争予防コースを修了。現在は同大学特任助教。

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