定年入門

髙橋秀実

定年入門

1

超法規的な風習

 会社員でも公務員でもない私には「定年」がない。それゆえ定年は関係のないものだとずっと思ってきたのだが、このところ、共に仕事をしてきた人々が次々と定年退職をしていく。ついさっきまで熱心に仕事に取り組んでいたのに、ある日突然、「実は定年なんです」「定年なもんで」などと言い残し、私の前から消えていく。一緒に本をつくってきた担当者からも「これからは好きな本だけ読んでいきたい」などと晴れやかに宣言され、私は何やら取り残されていくような寂しさに襲われるのである。

「定年」って何?
 私は考えさせられた。彼らを連れ去る「定年」とは一体、何なのだろうか、と。
 端的にいえば、定められた年齢に達すると退職するという制度なのだが、あらためて調べてみるとそのような制度を義務づけた法律などどこにもない。むしろ能力や経験にかかわらず年齢を理由にクビにするのは、明らかな「年齢差別」。法の下の平等や勤労の権利をうたった日本国憲法や労働基準法の趣旨にも違反するのではないだろうか。実際、アメリカやイギリスではパイロットなど一部の職種を除いて「定年制」は禁止されている。ドイツやフランスでも原則的に禁止されており、例外的に年金満額受給年齢のみに容認されている。ところが、日本の場合は年金を満額受給できない60歳で早くも「定年」。禁止どころか99・7%の企業(従業員1000人規模/『平成27年就労条件総合調査』厚生労働省)で公然と行なわれており、世界的にも珍しい事例なのである。ちなみに「定年制」は最高裁の判例でも認められていた。ある事件の判決の中で次のように認定している。

およそ停(定)年制は、一般に、老年労働者にあつては当該業種又は職種に要求される労働の適格性が逓減するにかかわらず、給与が却つて逓増するところから、人事の刷新・経営の改善等、企業の組織および運営の適正化のために行なわれるものであつて、一般的にいつて、不合理な制度ということはできず、......。
(「就業規則の改正無効確認請求」最高裁判所大法廷 昭和43年12月25日)

 短い文章の中に2回も「一般」が出てくる。「一般に」歳をとると、給料ばかりが上がり、その割に「適格性」が減るので、「一般的に」不合理な制度とはいえない、と。個々の能力を無視し、年齢という一般的基準で裁いているわけで、最高裁自体が年齢差別を推奨しているのである。

 おかしいではないか。
 私などはそう訴えたくなるのだが、それよりおかしいのは、「おかしい」と感じている人があまりいないことである。世間でも定年制自体は議論になっていないし、誰に話しても「しょうがないんじゃないの」「そういうものなんだから」「だって定年なんだから」という答えが返ってくる。「定年」だから定年というわけで、どうやら「定年」は公的な制度というより日本に根づいた慣習、いや超法規的な風習に思えてくるのである。
「学校と同じですよ」
 さらりと解説してくれたのは斉藤和夫さん(55歳)だった。彼は都内のホテルに勤務する会社員。5年後、正確にいえば5年後の誕生日の月末に定年退職することになっている。
――学校なんですか?
 私が訊き返すと、彼はすらすらと語った。
「小学校は6年、中学・高校はそれぞれ3年で、大学は4年。それで会社は60歳まで。『なんで小学校は6年なんだ?』と思う人はいないでしょ。それと同じで会社も60までなんです。そういうふうに体に染みついているんですよ」
 小学校からすでに始まっている「定年」。会社を3年で辞めてしまった私などはさしずめ中退者ということなのだろうか。
「それに『定年』を意識するのは子供ができた時です。その子が大学を卒業する時に自分は何歳なのか、とね。ウチの場合は30歳の時に生まれたので、その子が順調に大学を卒業する時に私は52歳。『定年』まであと8年ある、という計算になるわけです。40歳の時に子供ができたりすると、大学卒業前に『定年』になっちゃうんで、これはヤバい。いずれにしても『定年』は子供の学校と連動して考えるんで、やっぱり学校なんですよ」
 常に学校がベースになっており、年齢も「学年」のようなのである。
 実は昭和30年代まで「定年」は「停年」と表記されていた。勤務を停止する年齢ということでこちらのほうがわかりやすい。なぜ「定年」に変えられたのかと調べてみると、「停年」と呼ばれていた時代にも、それとは別に「定年」があったのである。その意味は「昇給昇格の最低標準年限」(『ダイヤモンド實務知識』ダイヤモンド社 昭和22年)のこと。同書に掲載されている某会社の「定年表」によると、例えば「主事」や「技師長」は定年が「2年」で昇給額は「30圓以上」。その年限内に必ず昇給・昇格させるという制度で、やはり学校の進級に似ている。この「定年」の延長線上に退職があり、それを今日、「定年」と総称しているのではないだろうか。
――出世とかは、どうなんでしょうか?
 不躾ながら私はたずねた。学年で上がっていくなら、役職についてはどう考えるのだろうか。
「自分より下の者が上の役職についた時点で終わり。このレベルで自分は終わるんだ、と思うわけですよ」
――悔しい、とか思わないんですか?
「悔しいっていえば、悔しいですけどね。肩書も息子の結婚式の時に立派なほうがいいとは思いますけどね。でも、どうなんでしょうか。個人の能力なんてそんなに変わらないと思うんですよ」
 彼はしみじみとそう語った。能力より学年ということか。
「だって、ひとりで仕事しているわけじゃないですから。チームでやっているわけで、誰かが抜ければ誰かが必ず穴埋めをする。この人がいないと会社が回っていかないと思っても、そんなことはありません。いなくなっても回っていくんですよ。よく『伝説のバーテンダー』とか言うじゃないですか。お客さんたちはそのバーテンダーに会うために店に通っているとか。実際にそうなのかもしれませんが、そのバーテンダーが辞めてもお客さんは来るんです。お客さんは結局、人ではなく場所で来ているんですから」
 会社は組織。会社員は汎用性だと彼は力説した。「自分でないとできない」などと勘違いしてはいけない、と。定年の心得も「自分がいなくても会社は困らない」と自覚することだという。それを40年近くかけて学ぶのが会社らしい。
――でも、定年後も働きたいとは思わないんですか?
 私がたずねると、彼は首を振った。
「会社勤めはもういいんじゃないですか。60になったら早く辞めたいです」
――辞めてどうされるんですか?
「定年になったらこれをやろう、っていうのは別にないですね。それがあったらあったで面白いのかもしれませんがね」
――これまでのキャリアを生かしたようなことをするとか。
「いやあ、自分はホテルに向いてないんじゃないかと思うんですよ」
――向いていない?
 今更、何を言っているのか、と私は思った。
「『お客様の笑顔を見るのが好き』『ありがとうが何よりの喜びです』とか、自分も広報的にはそんなことを言っていますが、私、やっぱり『自分がよければそれでいい』っていう人間なんです。これって、向いてない、ってことですよね」
 訊かれても困るのだが、察するに、これが彼にとっての「定年」の準備なのだろう。向いていないから自らを過信することもなく勤続でき、自然に去れる。明治の頃、学校教育が「凡人」を育成する「凡人教育」とされていたように、会社もまた「凡人」であることを体得する期間なのかもしれない。
「こればっかりは、なってみないとわかりませんよ」
「定年」について苦しげに語ったのは、元商社マンの井谷義之さん(62歳)だった。彼は海外赴任を繰り返しながら60歳で会社を定年退職。「これまで頭を下げてばっかりだったから、もういい」とのことで再就職はせず、「やりたいことをやる」と決めたらしい。そしてやりたいことのひとつが外国人の集まるパーティーで目にしたタンゴ。都内のアルゼンチン・タンゴ教室に週1回通っており、私にも「タンゴは結局、歩き方」「腰を落として膝を曲げる。腰の位置を一定にするとキレイに見える」などとひととおり講釈し、「ダンスの基本は男がリードすること」と続けた。いずれも教室の先生が教えていたことで、私が「そうですね」とうなずくと、彼はこう言い放った。
「でも、リードなんかできやしない。男はリードなんかできないんだ」
――そうなんですか......。
 彼は何やら怒っているような剣幕である。
「家でも私はずっと自分がリードしていると思っていたんです」
 頭を抱えながらつぶやく井谷さん。
「だって、稼いで家族を養っていたんですからね。でも会社を辞めてそれは終わり。定年で完結しました。今にして思えば、家内はずっと気を使って俺を立ててくれていたんですよ。自分がリードしているんじゃなくてリードされていたことに気がついた。自分は鵜飼いだと思っていたら、鵜だったんです」
――鵜、ですか?
 定年後の気づき、ということか。
「女の本性って一体、何なんですか?」
 唐突に彼は私に問うた。
――いきなり本性っていわれても......。
 私が首を傾げていると、彼は待ち切れない様子で語り始める。
「定年で会社を辞めた。私からするとそれは大変なことなんです。なんというか、生きる基盤、拠り所を失うわけですからね。やることもなくなるし。ところが家内は何も変わらない。なんか、こう、自分のペースで生きている。こっちはペースが崩れているのに、彼女はぜんぜんペースを崩していないんですよ」
――それはいいことなんじゃないでしょうか。
 家内安全という観点からも、むしろ好ましいことではないだろうか。彼らは夫婦ふたり暮らし。お子さんはすでに独立し、「夫婦仲もよい」とのことなので。
「そういう問題じゃないんですよ。彼女は朝起きて家事もこなして、陶芸をやったり友達と会ったりしている。変わらないペースで......」
――家事を手伝ったりすればいいんじゃないですか。
 思わず私は進言した。聞くところによると定年後の問題のひとつは、旦那さんの「リビング・ジャック」である。朝からリビングにドカッと陣取り、ずっとテレビを観ながら食事を待っていたりする。奥様方からすると「どこかに消えてほしい」そうなのだ。
「そういう問題じゃない」
 納得しない井谷さん。
――じゃあ、どういう問題なんでしょうか?
「なんか、幹があるみたいなんですよ」
――幹?
 本当の大黒柱ということか。
「そう。女には揺るがない幹がある。男みたいに拠り所がなくても大丈夫なんですよ。これはあれですかね、やっぱり子宮なんだろうか......」
――ならば奥様を拠り所にしたらどうですか?
 反射的に私は提案した。もともと私たちは子宮から生まれてきたわけで、私もずっと妻を拠り所にしている。正確にいえば会社を辞めてから、かれこれ30年。もしかして彼より早く「定年後」の生活を始めていたのだろうか。
「それができないんですよ」
 うつむく井谷さん。「なぜ、なんですか?」とたずねると彼は、こう即答した。
「彼女は自立しているんだよね。『私は自立しているんだから、あなたも自立しなさいよ』と言われているような気がしてならないんです」
「定年」は男の自立。ひとりの生き物として自立する旅立ちのようである。
 そういえば知り合いの会社員(52歳)は、毎週日曜日に朝から映画館に出かけると言っていた。ひとりで映画を観て、その後、居酒屋でビールを飲みながら昼食をとり、午後からは近所の日帰り温泉に行く。そこで夜を迎え、「よし、大丈夫だ」とつぶやく。何が大丈夫なのかというと、定年後、奥様に相手にされなくなってもひとりで過ごせる。そのためのシミュレーションに励んでいるそうなのである。備えあれば憂いなし、ということか。備え過ぎると夫婦間に亀裂が入りそうな気もするが、何事も入念に計画しておく、というのが会社員の習性なのかもしれない。
 人口統計(『平成28年版高齢社会白書』内閣府)によると、すでに日本の人口の26・7%が65歳以上である。高齢化はますます進行し、平成72年には2・5人にひとりが65歳以上になるという。「私には定年がない」といっても、いずれまわりは定年後の人たちばかりになるわけで、遅まきながら私も準備することにしよう。 

※登場人物はすべて仮名です。

Profile

髙橋秀実

たかはし・ひでみね。1961年横浜市生まれ。東京外国語大学モンゴル語学科卒業。テレビ番組制作会社、出版編集プロダクションを経て、ノンフィクション作家に。『ご先祖様はどちら様』で第10回小林秀雄賞、『「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー』で第23回ミズノ スポーツライター賞優秀賞を受賞。その他の著書に『TOKYO外国人裁判』『素晴らしきラジオ体操』『からくり民主主義』『男は邪魔!』『損したくないニッポン人』『不明解日本語辞典』『やせれば美人』『人生はマナーでできている』など。

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(本書より)
・缶切は無理、急須も無理
・リコーダーで一番下の小さい穴を押さえづらい
・自動販売機で小銭を入れづらい
・握手するとき左手を出しかけ一瞬挙動不審になる
・定規で線を引くと目盛りが逆
・アルミホイルやラップが切れない
・習字の止め、ハネができない
・スポーツの部活などから勧誘される...ほか多数

小説『i』の刊行と個展『i』の開催を記念して、西加奈子さんによるオリジナル作品(原画)を装丁に用いた特装版を刊行します。限定100部、定価3万円(税別)です。1月21日(土)から29日(日)まで、個展会場であるAI KOWADA GALLERY で先行予約を受け付けます。1月30日(月)からは、AI KOWADA GALLERYのHPからお申し込みいただけます。この貴重な機会をどうぞお見逃しなく!

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