定年入門

髙橋秀実

定年入門

2

会社は人生ではありません

「自分が定年だということはことさら言いませんでした。会社の中でも知らない人がいて、退職する時にびっくりされたくらいなんです」
 そう語ったのは、津田佳代子さん(66歳)だった。彼女は60歳で出版社を定年退職。大学卒業後、22歳で入社して勤続38年。「なんとなく知られずに消えたい」と思っていたそうなのである。
「別に隠していたわけじゃないんです。ただ、言わなかっただけ。うふふ」
 意味ありげに微笑む津田さん。彼女は見た目、とても若々しく、周囲からすれば突然の退職であり、彼女はその後も2カ月間、残務整理で会社に通ったらしい。
――やっぱり、事前に言っておいたほうがよかったんじゃないでしょうか?
 私としても「定年」は予告してほしい。早めに「あと○年」という具合にカウントダウンしてもらえば心構えもできるし、仕事に区切りをつけてきちんとご挨拶もできる。
「特別扱いされるのがイヤなんです、私」
――特別扱い?
「とにかく普通にしてほしい」
 津田さんはそうつぶやいた。
「私が入社した頃、女性は結婚したら辞めるものだとされていました。私の先輩たちもみんな結婚して辞めています。『辞めたくない』と言っていた人もいましたが、結婚したら机がなくなっていた。定年以前に女性は辞めさせられたんですよ」
 女性たちは「特別扱い」というより、「不当な扱い」を受けてきたのである。
 今にして思えば驚くべき話だが、ほとんどの会社で「結婚退職」は当たり前のこととして横行していた。結婚すると女性だけが解雇されるわけで、憲法上の性差別に当たる。なぜこのようなことができたかというと、会社側は解雇ではなく、自発的な退職を迫っていたからである。いわゆる「肩叩き」というもので、結婚したら机を撤去する、仕事のない部署に配置転換したりする。これらを不当と訴えた「山一証券結婚退職訴訟」(名古屋地方裁判所 昭和45年8月26日)の記録を読んでみると、女性は会社側から「山一としては結婚したらやめてもらうことになつているからやめてくれ」「他を斡旋してやるから退めなさい」「そういう男性を選ぶからだ」とまで威嚇されたそうだが、会社側は「結婚退職制は全く存在しない」と反論した。それは「一つの慣行となつているものの、これはなんら強制力を持たないもので、専ら女子社員の自発的な意思のみによつて維持されている」とのことで、威嚇に関しても「女子社員の結婚後における作業能率などを考慮した一般的な見解を述べた」にすぎず、「少しの注意を払えば、会社に結婚退職制が存在しないことを知り得た筈」などと女性の無知を責めている。要するに制度ではなく、空気で会社を辞めさせる。社内の空気で退職に追い詰めていくのだ。
「おまけに私、子供も産みましたから」
 さらりと続ける津田さん。彼女は結婚、出産後も会社を辞めなかったパイオニア的存在なのである。
「当時、産休は3日ですよ」
――たった3日ですか?
「既婚女性は会社にいないという前提ですから。3日というのは旦那さんの産休ですよ。仕方がないから健康保険組合の給料補填制度を利用して出産前、出産後にそれぞれ6週間休みました。この間、会社からは無給。そういうことを男の人は知らないでしょ」
――すみません。
 私は頭を下げた。男社会にいると男は気がつかないのである。
 あらためて調べてみると、実は「定年」も女性に課せられたのが始まりだったらしい。江戸風俗研究家の三田村鳶魚によると、江戸時代には「裀褥御斷(おしとねおことわ)り」という「停年制」があった。30歳になると出産が難しくなるので、殿様の相手を辞退する。「若(も)しそれをしなければ、表好(おもてずき)であるとか、好女(すけべい)であるとかいふことで惡く云はれる。お妾(めかけ)にしたところが、その停年期に逹して猶勤續してゐることは、仲間内がなかなか面倒」(三田村玄龍著『江戸の女』早稲田大学出版部 昭和9年)になるからだそうだ。
 その伝統が脈々と受け継がれているのか、明治以降、工場などで「停年制」が始まると、男女には年齢差が設けられた。男性は50歳で女性は35歳。昭和30年代になると、その差は10歳ほどに縮まっていくが、依然として女性の定年を30歳としたり、「結婚したときをもって定年とする」「出産をもって定年とする」(荻原勝著『定年制の歴史』日本労働協会 昭和59年)とする会社も多かったのだ。
 例えば、東急機関工業。同社は女性の定年を30歳と定めており、その合理性について次のように説明していた(「東急機関工業女子若年定年制訴訟」東京地方裁判所 昭和44年7月1日)。会社は女子従業員たちに「軽雑作業(秘書補助、文書整理、人事労務関係手続、給与計算補助、庶務等の業務)」を担当させている。これらは「代替可能な作業」で「責任の軽い作業」とのことで、「職務は全く補助的であるのに対し、賃金のみは年令が高くなると共に高くなり、高度の熟練、技能を必要とする等の業務に従事している男子との間に殆んど差がないという不合理」に見舞われたのだという。さらにはこう続けていた。

女子が結婚せずに又は結婚して勤務を継続すると、モラルと生産効率の低下を生ずることになる。すなわち、職務が特別の技能、経験を必要としないので、短期間にこれに習熟して能力的に伸びる余地がなくなり、また業務上の責任も軽く、昇進、昇格することもない為、責任感に乏しく、自主性がなく、積極性がなく職業意識に欠ける等々そのモラル及び生産能率は低下することになる。殊に既婚者の場合には、自分が家事責任を負担することが多く、この為、家庭管理、家事労働、育児等について責任をもたなければならないこととなつて、勤務に支障を生じることとなつている。

 30歳以上の女性がいると職場の「モラル」も低下するとまで主張しているのだが、果たして男たちはそれほど仕事熱心なのだろうか。彼らが定義する「軽雑作業」「責任の軽い作業」のみに就かせながら、女性には能力的に伸びる余地がなく、責任感もないと性差の問題にすり替えているわけで、これほど無責任な論理はない。
 1985年に男女雇用機会均等法が制定され、こうした明らかな男女差別は禁止されるようになったのだが、その「空気」は今も残る。津田さんは60歳で定年退職を迎えたが、それまでにいくつもの見えない「定年」を乗り越えてきたのである。
――辞めたい、と思ったことはあるんですか?
 私がたずねると、彼女ははにかんだ。
「よく思ってましたよ。それで明日もう1日だけ行こうと決めるんですね。でも一晩寝ると機嫌がよくなるんです、私」
 彼女は編集者として800~900冊の本を世に送り出した。同じ部署のまま、昇進もなく、ひたすら本をつくり続けたのである。
――貢献されたんですね。
 後ればせながら私が労うと、彼女はこう答えた。
「私でなければできないこともあったかもしれません。でも、別の人がやれば別のやり方があったんだと思いますよ。定年に限った話ではありませんが、自分がいなくても社会は動きますからね」
 何やら達観した様子。これも「知られずに消える」処世なのだろうか。
――再雇用は考えなかったんですか?
 現在は「高年齢者雇用安定法」により、会社には定年後の再雇用が義務づけられている。
「自分の仕事はこれでいい、と思ったんです。やり切った感はありますね」
 清々しく答える津田さん。定年退職後、彼女はひとつのモットーを立てたという。それは何かというと、
「誘われたら断らない」
 誰かに誘われたら、断らずに受けることにしたそうである。
――なんで、また?
「お友達を大事にしたいんです。この歳になると、どんどん減っていくでしょ。次々と死んでいっちゃいますから。会社にいる間は友達にも会えませんでした。専業主婦になった人たちは平日の昼間しか時間がありませんからね」
 まず誘われたのがコーラスだという。彼女自身はコーラスにまったく関心がなかったが、「コンクールに出るには人数が足りない」とのことで、あるコーラスグループのメンバーとなり、月2回のレッスンに通うようになった。
「私にとってすごく新鮮。今、新鮮な世界に生きています」
 うれしそうに語る津田さん。
――コーラスが、ですか?
「いや、奥様たちの会話が。これまで奥様たちとお話ししたことがなかったんで、すごく面白いんですよ」
――どういう点が面白いんですか?
「彼女たちは意味のない会話を何時間も続けられるんです。誰も傷つけることがなく、害のない会話。相手を区別せず、平等に話をふる。本気ではなく、あくまで一般論として話を展開させるんです」
 例えば、「遺産相続で家が売れなくて大変なの。マンション4つあるんだけど、なかなか売れなくて」「そうそう」「そうよね」とか、「ウチの旦那は脱げば脱ぎっぱなし、もうイヤになっちゃう」「そうそう」「そうよね」という具合。ポイントは「そうそう」「そうよね」と皆で相槌を打てることで、津田さんはまだ練習中らしい。ちなみに彼女の家では旦那さんが毎日、朝食を用意する。出産の時以来、欠かさずつくってくれるそうだが、「その話はダメでしょ」と肩をすぼめた。
「皆さん、話すとスッキリするみたいなんですが、私は話すとツラくなる。話すとそのことをもう一回反芻することになるので、なかなか話せないんです。本当に羨ましいですよ。それに彼女たちはこれを『遊び』と思っていない。楽しい時間を過ごすこと自体が目的。やらなければいけないこと、というふうに使命感を持っているんです」
 皮肉かと思ったが、そうでもない。津田さんは奥様デビューを果たした新人のようなのである。かくして彼女は「タップダンス」「ドラム」「俳句」の教室に通い、さらには2つの大学の社会人講座で「万葉集」と「古代史」を学んでいる。
「やることを絞っちゃいけない、と私は思っているんです。絞らずに広げないといけないと。もともと私には大望はありません。やったことがないと思ったら、やってみる。だって知らない世界が開けたら面白いじゃないですか。宇宙にも行きたいし、海の底だって行ってみたいですよ」
 さすがはパイオニア精神というべきか。彼女は定年を経て、ますます若返っていくようだった。

「とにかく買っておく。申し込んでおく、ということが大事です」
 そうアドバイスしてくれたのは別の出版社の元編集者、川平敏子さん(70歳)である。彼女は大学卒業後、27歳で就職。60歳で定年を迎えたが、シリーズ本などのプロジェクトを任されていたために68歳まで勤務した。60歳で「きっぱりと辞めたい」と会社には希望を出していたが、結局かなわなかったそうである。
「大学の講座にしても、観劇やコンサートのチケットにしても、必ず買う。買ってしまえば無理してでも行きますからね」
 彼女は50歳の頃から大学の社会人講座、「仏教」「香道」「歌舞伎」「西洋絵画」「フランス語」「ドイツ語」などを申し込んでいたが、仕事が忙しく、まったく行けなかった。受講料をずっと捨ててきたのだが、会社を辞めてようやく夢がかなったのである。
――早く辞めたかったんですか?
「もういいでしょ。給料分くらいは返したでしょ、という思いです」
――そうなんですか?
「自分の人生ですから、ずっと会社というのはおかしい。会社は人生ではありません」
 川平さんはきっぱりとそう言った。入社当時、会社とは男社会。女性が会社に勤めるというのは、「結婚はあきらめた」ということを意味していたそうである。入社しても女性は男性のお手伝いというポジション。しかし彼女は敏腕編集者としてたちまち頭角を現わし、次々と本を出版した。その数、約1000冊。「自分の能力以上に十分やらせていただきました」と謙虚に振り返るのである。
「あとになってわかったんですが、私の給料は同期の男性の半分でした」
――それはヒドい......。
 私が同情すると、彼女は続ける。
「働いている時に知らなくてよかったですよ。そんなこと知ったらヤル気をなくしますからね。でも、私自身、会社から評価されようがされまいが、『本をつくっているからいいや』『自分はちゃんとやっている』という自負はありました」
 現在、彼女は母親の介護をしながら、大学に通い、舞台やコンサートに出かけている。「我々の世代は好奇心が強いですから」とのことで、どこも定年後の人々で満員盛況。そこで出会った友達と誕生日会などを開いたりしているという。
「今になってあらためて両親には感謝しているんです。子供の頃、両親は本当にたくさんの習い事をさせてくれました。絵やピアノ、舞台や歌舞伎にも連れていってくれた。その記憶があるから、今でも楽しめるんですね。子供の頃に少しでもいいからかじっておくと定年後も楽しめますよ」
 定年後は子供時代にやりかけたことの続きなのだろうか。童心に返るということで、それゆえ川平さんも若々しく見えるのだろうか。
「私はひとり者ですから。跡継ぎもいないんで、すべて終っていかないといけない。何も残してはいけない、という気持ちが強いんです。仕事もそうですけど、いずれ何もなくなるんだ、とずっと覚悟してきました」
 覚悟を決めているから楽しめる。楽しむしかないのである。ちなみに彼女が今ハマっているのはドボルザークの『新世界より』だという。旋律に流れるスラブ系の「泣き」が彼女の琴線に触れるそうで、指揮者や楽団にこだわらず、コンサートがあると聞けばチケットは必ず買うそうだ。
 新世界ですか......。
 私はつぶやいた。津田さんのいう「新鮮な世界」にも通じているのかもしれない。
 男の書く定年本には決まって「人生には定年がない」などと書いてある。確かにそのとおりかもしれないが、人生には終わりがある。「末期の眼」という言い方もあるように、終わりを意識することで、物事は新鮮に映るのである。

※登場人物はすべて仮名です。

Profile

髙橋秀実

たかはし・ひでみね。1961年横浜市生まれ。東京外国語大学モンゴル語学科卒業。テレビ番組制作会社、出版編集プロダクションを経て、ノンフィクション作家に。『ご先祖様はどちら様』で第10回小林秀雄賞、『「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー』で第23回ミズノ スポーツライター賞優秀賞を受賞。その他の著書に『TOKYO外国人裁判』『素晴らしきラジオ体操』『からくり民主主義』『男は邪魔!』『損したくないニッポン人』『不明解日本語辞典』『やせれば美人』『人生はマナーでできている』など。7月に『日本男子♂余れるところ』(双葉社)を刊行予定。

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