定年入門

髙橋秀実

定年入門

5

「引退」と「隠居」

「高齢者スタッフ活躍中!」
「未経験者の方、歓迎!」
 という求人広告を目にしたのは近所のスーパーマーケットである。聞くところによると、スーパーは常に人手不足らしく、定年後の高齢者も歓迎されるという。実際、その広告には「入社祝金60000円進呈」「うれしい特典がたくさん」「一緒に明るく楽しくお仕事しませんか」などの勧誘文句が踊っており、なにやら本当に採用されるようで、私のように不安定な仕事をしている人間は念のため連絡先をメモしておきたくなるのである。
「スーパーはいいですよ」
 そう勧めてくれたのはスーパーに勤務する笹田和義さん(47歳)だ。
――どこがいいんでしょうか?
 私がたずねると、彼は即答した。
「誰でもすぐに働けます。高校生からおじいちゃん、おばあちゃんまで。間口が広いというのがスーパーの特長なんです」
――誰でもすぐに、ですか......。
「専門的な小売業であれば商品知識が求められますが、スーパーの場合はすでに商品知識があるでしょ。普段から買い物をしているわけですから」
 基本的な仕事は商品を倉庫から出して陳列すること。確かに私は日頃から食材の食べ比べをしたり、賞味期限の新しいものを後ろから引っ張り出し、残りを元通りに陳列したりしている。その経験をそのまま生かせばよい、ということのようだ。
――ただ、体力が持つかどうか......。
 私は思わずつぶやいた。
「体力がなければレジ、あるいは軽いもの、生活雑貨などの担当になればいいんです。体力のある若者などが飲料など重いものを扱う。適材適所。スーパーには誰でも何かしら適した仕事があるんですよ」
 励ますように解説する笹田さん。まるで労働市場におけるセイフティーネットのようなのである。聞けば、彼は42歳の時、それまで勤続していた会社を辞めてスーパーに転職したという。
――なぜ、転職されたんですか?
「転職というより引退したんです」
――引退?
 スポーツ選手か、と私は思った。
「僕は大学を卒業して会社に就職しました。自分はその仕事に向いていると思っていたんです。でも20年間勤めてみて、やっぱり自分には無理。体力の限界というんでしょうか」
――それで引退......。
「僕だけじゃないですよ。ここにはいろいろな会社を引退している人たちがいます。まだ40代ですけど『もうやり切った』『もうやることがない』とか言って」
 昨今は会社を「辞める」ではなく、「引退する」というらしい。定年を待たずして引退する。ということは現在は引退後の生活ということなのか。
「スーパーの魅力のひとつは規則的な生活です。毎日何時から何時までと決まっているので、リズミカルな毎日を送れます。健康的だし、僕なんか目覚まし時計をかけなくても起きちゃいます。同僚の60代の女性も朝8時からの勤務なのに6時頃来て、みんなとおしゃべりしています。彼女は『社会とつながりたい』と言って働いているんです。食事もお弁当を割引きで買えますし。そう、スーパーは寂しくないんです」
――寂しくない?
「こちらから話しかけなくても、お客さんのほうから話しかけてくれますから。通常、自分から話しかけないと、会話にならないじゃないですか。その点、スーパーはいいですよ。毎日、お祭りみたいなものです」
 スーパーは引退後の理想郷ということか。流通業界は全体的に薄利多売で給料は安いそうだが、「給料が高い会社はいずれつぶれます。会社がつぶれなくても本人がつぶれてしまう。給料が安いほうがどちらも安定している」とのこと。ちなみにスーパーにはリストラもないという。従業員やその家族は顧客でもあり、無体なことはできないそうだ。
 彼が求めているのは安定感。時計のような安定感というべきか。彼のように自分が時計になってしまえば時間に追われることもなくなるのかもしれない。

「私の父は工場勤めでした。勤務は朝8時から午後5時まで。工場と社宅の往復の日々。その生活が私の理想でした。そういう生活をずっとしたかったんです」
 しみじみ語るのは大手スーパーを60歳で退職した竹山亘さん(63歳)である。大学卒業後、スーパーに入社して勤続38年。定年は65歳だったが、「もういやでいやでしょうがなかった」そうで早期に退職したという。
「要するに、スーパーは楽だと思ったんです。もともと私は特にやりたいこともありません。ただ『楽したい』。楽して生きていきたいというのが昔からの願いなんです」
――それで実際のお仕事は......。
 私が訊くと、彼は微笑んだ。
「スーパーって商品の並べ方によって売り上げが変わるんです。それが面白いと思いました。それでなぜか自分にもつとまっちゃったんですね」
――つとまっちゃった?
 おそらく彼は謙虚な人なのだろう。実際、彼は3年間の店舗勤務の後、本社に呼ばれたらしい。商品部に配属され、瞬く間に衣類部門の責任者に。以来、商品の買い付けはもちろんのこと、毎週開かれる全国店長会議に出席。「それほど変わらないのに、毎週毎週、売り上げの分析やら目標設定などをしなければならない」という激務に追われる。毎朝6時半の電車に乗り、帰宅は夜11時過ぎ。休みは年間にわずか30日で、「楽」とは程遠い生活を送ることになったそうである。
「本当に失敗しました」
 うなだれる竹山さん。
――何が失敗だったんでしょうか。
 彼の担当部門は年間1000億円も売り上げていたというくらいで、会社からも評価されていたのではないだろうか。
「51歳の時に長年のストレスで血管が詰まって心筋梗塞。バイパス手術を受けたんです。その2年後には今度は心臓の弁が動かなくなって、再び大きな手術を受けました。ですから私は『身体障害者1級』なんです」
――そうだったんですか......。
「会社って上に行けば行くほど働かされるんです。私は別にエラくなりたいわけじゃない。ただ、ずっとこの仕事を続けていたいと思っていただけなんですが、いつの間にか先頭に立っていまして。やっぱり5番目くらいがちょうどよかった」
――5番目?
「同期で5番目ということです。ちょっと遠く離れた田舎で店長をする。売り上げも抜群の成績でもなく、かといって悪くもない。点数でいうと80点くらい。ちょっと上の成績という感じで、話題にならず、目立たないようにする」
――実際、そういう方はいたんですか?
「いましたね。彼は昇進試験も受けずに、静かに店長を勤めていました。上司からも推薦がかからないので出世もしません。しかし彼は65歳の定年まで勤めました。私のほうが年収は高かったけれど、彼の年収なら5年で4500万円くらいになるので、生涯賃金にすると彼のほうが結局高かったんじゃないかな」
 頑張ると損するということか。実際、彼は体を損なってしまったのだ。
「心臓の手術を受けて休んでいた時、たまたま古本屋で『ご隠居のすすめ』という本を見つけまして。そこに隠居するなら早いほうがいいと書いてありましてね。それで隠居したいと思ったんです」
 退職ではなく「隠居」。なにやら「引退」に似ているが、調べてみると戦前の民法では「隠居」はれっきとした身分だった。参考までにその条文(第752条)は次の通り。

戸主ハ左ニ掲ケタル條件ノ具備スルニ非サレハ隠居ヲ爲スコトヲ得ス
一、 満六十年以上ナルコト
二、 完全ノ能力ヲ有スル家督相續人カ相續ノ単純承認ヲ爲スコト

 隠居とは戸主権の放棄。家督、債権や債務を子供に譲り、主から家族の一員となる。要するに、家制度の責任から解放されるのである。この条文で気になるのは、満60歳以上でなければならないという規定だ。奇しくも高年齢者雇用安定法に記されている「定年は、六十歳を下回ることができない」(第8条)と同じ内容で、なぜこのように定められているのかというと――、

隠居の制度は我國古來より行はれたる制度にして、通俗に樂隠居又は若隠居と稱し任意に戸主の地位を退き得たるが如きは之れ畢竟安楽に餘生を送らんとするに出づるものにして世人を遊情に導き安逸の風を助長し不生産的の者を増加するの虞れあり。
(沼義雄著『綜合日本民法論(3)』巖松堂書店 昭和8年)

 隠居は日本の伝統的な制度で、日本人は若いうちから隠居したがるのだという。それを認めてしまうと世の中に「安逸の風」、つまり安んじて楽する風潮が広まってしまうので、「満六十年以上」という年齢制限を設けたのだ。もともと日本人(特に男)は楽したがる。責任を放棄したがる。ゆえに60歳までは我慢しなさいという法律だったのである。もしかすると「定年」も同じかもしれない。60歳になったら「辞めなくてはいけない」ではなく、「もう辞めてもいい」という隠居の精神が生かされていたのではないだろうか。
 竹山さんは生命保険の満期を迎える60歳で退職した。「とにかく早く辞めたい」という一心だったそうで、「そのまま働いていたら、今頃こうして生きてないですよ」と後悔もしていない。
――辞めて、まずどうされたんですか?
 彼ははにかんだ。
「私は特にやりたいってことがないですから。趣味もありませんし。ただ、楽したい。だらしない生活をしたいと思いましたね」
――だらしない、ですか?
「例えば、信号が点滅するでしょ。以前だったら、変わる前に早く渡らなきゃ、と急いでいたんですが、それをやめてゆっくり歩く。まわりの人に合わせない。自分のペースでゆっくりと。それだけで違った風景が見えてくるんですよ」
 彼はまず生活態度を変えたそうなのである。
――他には何か......。
「何かしなきゃいけない、と思って公民館にも行ってみました。いろいろなクラブを見学してみたんですが、ああいうところには必ずボスみたいな人がいるんです。これじゃ会社に行くのと同じじゃないですか。蕎麦打ち教室にしても、『教える』『教わる』という関係自体が力関係ですよね。私は長年の癖で人に会えば、ついニコニコしちゃう。そんなのしたくないんです。この前も釣りに行ったんですけど、釣りに来ていた人が、そこに住んでいるホームレスのおじさんに『バケツ持ってきてくれよ』とか命令してました。人に何かを頼むなら『バケツ貸してください』と言うべきでしょ。そういうのを聞いただけでも、もうイヤになっちゃうんです」
 会社を連想するものはすべて拒絶したくなるのだろうか。聞いていると、何もかもイヤという勢いなので「釣りもされるんですか?」と趣味らしき話に戻そうとすると、彼はこう説明した。
「前は週1回か2回行っていました。でもエサ代が高いんですよ。350円もしますから。途中で日経新聞を買ったりすると、それでもう500円になっちゃう。大体、僕の小遣いは月15000円ですから」
――決まっているんですか?
「はい。自分でそう決めました」
――自分で?
「そうです。それで毎月1日に女房が銀行口座に振り込んでくれる」
――銀行振り込み?
「そうしてくれと私が頼んでいるんです」
――なぜ、なんですか?
 直接手渡すほうが「楽」ではないだろうか。
「たとえ手渡されても自分で入金に行きます。会社員の癖ですかね。定収入という感じを続けたいんです。必要があればキャッシュカードでおろすんですが、そのたびに残高を確認し、残高を維持する。残高はずっと維持してますよ」
 竹山さんはうれしそうにそう語った。定収入による安定感。何かひとつ安定させることで安心感を得るのだろうか。
「飲み会にも誘われますけど、今はほとんど行きませんね。もう、群れるのがイヤなんです。趣味の合う人を『同好の士』とか言いますけど、実際はなかなか見つからないと思うんですよ。イヤな人とは会いたくもないし。僕にとって一番の同好の士は女房です」
 きっぱりと断言する竹山さん。安定感の源は奥様なのである。
「隠居したらふたりきりの生活だと思っていました。ふたりで旅行に出かけたり、農園を借りて野菜づくりしたり。ところが娘の旦那が海外勤務になりまして、娘が孫を連れて同居しているんです。だから毎日孫の相手をしなくちゃいけません。これが本当に大変でしてね。本を読んでいるとお腹に乗ってきて噛みついたり。子育てってこんなに大変だったのかと、今更ながら女房に感謝しています」
 会社員生活を「失敗した」などと振り返られるのも、きっと奥様のおかげなのだろう。よく聞けば、彼は母親の介護もあり、実はかなり多忙らしい。「楽したい」というのも忙しいからこそ「楽したい」わけで、「楽したい」と願い続けるということは、ずっと忙しいという証しなのである。
 彼が「隠居」を決意するきっかけとなった『ご隠居のすすめ』(木村尚三郎著 PHP研究所 1997年)を読んでみると、確かに「可能な限り早く現役を終えて、隠居生活に入るといい」と書かれていた。早めに仕事を辞めて隠居生活に入れば「心の充足感」を覚え、「モノからの自由」「時間からの自由」「情報からの自由」という3つの自由を手にし、「自分が自分であることを実感する」ことができる、などと指南しているのだが、「あとがき」によると、著者自身は定年まで大学教授を務め、その後は中央官庁や地方自治体、民間団体などの数々の役職に就いていた。本の執筆や講演などをこなし、「肉体的には、つらいこともある」などとぼやいており、著者本人はちっとも隠居などしていないのだ。
 おそらく「引退」も「隠居」も男のロマン。その言葉を使えば気楽になれるという一種の呪文なのかもしれない。

※登場人物はすべて仮名です。

Profile

髙橋秀実

たかはし・ひでみね。1961年横浜市生まれ。東京外国語大学モンゴル語学科卒業。テレビ番組制作会社、出版編集プロダクションを経て、ノンフィクション作家に。『ご先祖様はどちら様』で第10回小林秀雄賞、『「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー』で第23回ミズノ スポーツライター賞優秀賞を受賞。その他の著書に『TOKYO外国人裁判』『素晴らしきラジオ体操』『からくり民主主義』『トラウマの国 ニッポン』『趣味は何ですか?』『男は邪魔!』『損したくないニッポン人』『不明解日本語辞典』『やせれば美人』『人生はマナーでできている』など。近著に『日本男子♂余れるところ』(双葉社)。

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