定年入門

髙橋秀実

定年入門

6

ただの人になる

 天皇陛下(82歳)の「生前退位」をめぐるニュースを聞いて、私はあらためて天皇には「定年」がないことを知った。皇室典範に「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」(第四条)と定められている以上、即位したら崩御するまで天皇。その地位は国民の総意に基づくわけで総意の合意がない限り、ずっと天皇。戦後、天皇は神から人間になったとされるが、人間といっても天皇であり、生涯、ただの人間にはなれないのだ。
 天皇陛下ご自身によると、「私も80を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり」(平成28年8月8日の会見 以下同)、「これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました」とのこと。会見の中で二度も「私も80を越え」「既に80を越え」と繰り返されているので、80歳あたりを定年にしてもらえないだろうか、というお気持ちなのではないだろうかと察せられるのである。
 重責を担う人、そして自分からは「辞めたい」と言えない人にとって、「定年」はひとつの救いになるのではないだろうか。
 いわゆる「資格」にもそういう一面があるのかもしれない。例えば、弁護士資格も弁護士になると「基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」(弁護士法第一条)ことになり、さらには「社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない」(同前)し、「常に、深い教養の保持と高い品性の陶やに務め、法令及び法律事務に精通しなければならない」(同第二条)ということまで課せられる。人生には社会正義や法律より大切なこともあるわけで、どこかの時点でこうした使命や責務から解放されたい気持ちもあるのではないだろうか。
 医師も終身資格といえる。更新の必要がなく、取得すれば取り消し処分を受けない限り、死ぬまで医師。高齢になっても「診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」(医師法第十九条)という「応召義務」を負うことになり、患者の立場からしても、やはり一定の年齢で区切りをつけたほうが安心ではないだろうか。
「私の父は86歳まで診察していました」
 そう語るのは父親の医院を継いでいる医師の石原和孝さん(57歳)だ。
――86歳ですか......。
 私がつぶやくと、彼が続けた。
「例えば、患者さんから『ちょっと診てもらえませんか』と頼まれても、『もう目がよく見えないんで、あなたを診る能力がありません。○○の××先生に診てもらったほうがいいですよ』とやんわり断ることは、医師法でいう『正当な事由』に当たるといっていいと思います」
 医師免許を持っていても、高齢を理由に診察を断っても大きな問題は生じないのだ。
「医師の仕事は診療に限らないんです。老人保健施設の施設長になるには医師免許が必要ですし、健康診断や研究者だってそうでしょう。歳をとってもいろいろな仕事があるし、病院勤務も週○回とか調整できます。開業医でも診療時間を午前中のみ、というふうに短くすれば負担も軽いですからね」
 老後もつぶしが利く免許ということか。実際、彼のまわりにも医師免許を返上する人は見たことがないという。
――石原さんご自身は、いつ頃まで医院を続けようと思っているのですか?
 私がたずねると、「う~ん、60いくつぐらいまではやろうとは思っていますけど、70歳以降はその歳になってみないとわかりませんしね」と節目のはっきりしない返事。代わりに奥様が明確に答えてくれた。
「私は結婚前は公務員だったんです。公務員は勤続すれば少しずつ給料が上がって、定年で辞めた時に老後の資金としてドーンと退職金がもらえるじゃないですか。ところが開業医の場合は、それなりに収入はありますが、設備費の返済など出ていくお金も大きいんです。それで少しずつ収入は減っていき、辞めた年にはドーンと税金を納めなきゃいけない。だから退職はついつい先延ばしにしたくなります。主人にはいつまでも働いていてほしい。働くのは主人なので、私がそう言うのも何ですけど......」
 開業医は自営業でその点は私も同様である。自分もこれから収入が減って退職金もないことを思い知らされ、あらためて先行きが不安になった。私には何の資格もないが、法律的には国民として生きている限り「勤労の義務」(日本国憲法二十七条)や自由や権利を保持するための「不断の努力」(同十二条)が課せられているわけで、人の資格をとやかく心配している場合ではないのである。
 ともあれ、石原さんは父親を見習って診療時間を短くするなどして「少しずつリタイヤしていく」のが理想だという。少しずつ「ただの人」になるようで、何やら自然治癒していくかのようだった。

「我々の免許は半年に1回、試験があります。キャリアがあってもそれに合格しなければ失効してしまうので、結構な負担なんです」
 苦笑いしたのは元パイロットの柳沢新平さん(66歳)だ。彼は63歳の時に受けた試験の身体検査で不整脈が見つかり、3回の再検査を受けて合格したものの、「やる気もなくなり」、奥様に「もう辞めたいけどいいかな」とたずねたところ許可が出たので、63歳で航空会社を退職した。ちなみに航空機の免許は機種別、職種別(機長、副操縦士など)に分かれている。例えば「ボーイング723」の免許を取得しても、「ボーイング737」は操縦できない。彼は59歳の時に新たに「ボーイング777」の機長免許を取得したばかりだったが、その後は「ボーイング787」の時代。新機種の試験の準備は大変らしく、もう気力が持たないと判断したそうである。いずれにしても定期便のパイロットの免許は65歳が上限。それを定年とするなら定年前に退職したともいえる。
――そもそもなぜ、パイロットになろうとしたんですか?
 定年以前に、私は「パイロット」という職業について何も知らないのである。
「パイロットになる人というのは、大抵、家族や親戚にパイロットがいるんです。そうでなければ、どうやってパイロットになるのかよくわからないでしょ。私の場合は兄が自衛隊の戦闘機のパイロットでして。戦闘機はかかるG(重力)がすごいですから兄は顔中が筋肉。兄弟で並ぶと、兄は戦闘機で私は民間の顔だと言われます」
 とろけるような笑顔で解説する柳沢さん。彼は高校卒業後、飛行養成所に入学。2年間の訓練を受けて、航空会社に入社した。そして再び2年間の訓練の後、旅客機の副操縦士になったらしい。
――やはり視力検査なども厳しいんでしょうね。動体視力とか。
 無知丸出しの質問をすると、彼は首を傾げた。
「視力? いやあ、メガネかければいいんじゃないですかね」
――そういうものなんですか?
「そんなもんですよ」
 聞けば、パイロットは常に人手不足らしく、それほど厳格なわけでもないらしい。
「それより重視されるのはパイロットとしての適性です」
――どういう適性なんですか?
「十のことを言われて、どれが大切なのか即時に判断する力です。いろいろな問題が起きた時にどれを優先すべきか。試験では飛行機が旋回している最中に、いきなり後ろから『柳沢のスペルを言ってみろ』とか言われるんです。そういうことに惑わされないこと。ですから勉強で頭がよく、物事をじっくり考える人は向いていません」
 爆笑する柳沢さん。いい意味で「アホ」のほうが向いていると言わんばかりなのである。
――しかし、私のような高所恐怖症ではさすがに務まりませんよね。
「僕も中途半端な高所は苦手ですよ。岸壁に行った時もゾーッとして這いつくばりましたからね。家でペンキを塗る時も、僕が脚立を押さえて奥さんが塗っています」
 彼によると、旅客機は「あれだけ高くなると高さは気にならない」そうで、「そもそも僕は計器を見てるだけ」なので、大丈夫とのこと。パイロットと聞くと、どうしても渋い顔の田宮二郎をイメージしてしまう私からすると、何やら拍子抜けする答えばかり。「総飛行時間はどれくらいだったんですか?」とたずねても、「さあ。19800時間? いや、29000時間くらいだったかな? 3年分くらいは空にいたことになります?」と逆に訊かれるくらいで、もしかして彼は自分を「ただの人」だと言いたいのだろうか。
――お仕事には達成感のようなものはあったんでしょうか?
 彼はきっぱりと断言した。
「長年務めたということより、1回1回のフライトに達成感があります。お客様の安全を守る、とか考えるとドキドキしちゃうんで、とにかく僕自身が毎回生きて帰りたい。もともと心配性なもんで。そういえば今年93歳になる母も僕がパイロットになることに反対していました。僕が60歳になった時も『なんで降りないんだ』と言われましてね。辞めたら『ホッとした』とようやく安心してくれました」
 無事が何より。退職は親孝行でもあったのだ。彼のような旅客定期便のパイロットは定年後、貨物航空のパイロットになる、LCC(格安航空会社)の教官になる、海外の航空会社の指導官になる、あるいはテレビ等の「航空評論家」になるのが一般的らしいのだが、彼は航空関係の仕事は「一切しない」と決めたのだという。
――それで、何をされているんですか?
「バイトです」
 高らかに答える柳沢さん。
――どちらで?
「沖縄、渡嘉敷島のレストランバーで。夜7時から午前0時まで。ウエイターをやっているんです」
 時給は400円とのこと。一軒家を借り、月に3週間島に滞在してバイトに励み、東京にある自宅で1週間過ごすというローテーション。パイロットOBは年間7往復分はただで搭乗できるので、それをフルに利用しているのだそうだ。
「島では午前10時頃から庭で缶ビールを飲みます。それからおもむろに居酒屋を2軒ほど飲み歩いて昼寝。それで7時にレストランバーに出勤という生活です。いつも赤い顔をしているので、僕は島でも有名なんです」
――それが楽しいんですか?
「庭で飲んでいると、家の前を通る人たちが、『なんだろう、この人』『島の人じゃないな』『また飲んでる』とか思うんですね。観光客にもいろいろ話しかけられて、島を案内することもありますよ。ほら」
 そう言って彼はスマホの画像を私に見せた。ビーチでパラソルの下、ビキニ姿の女性たちと寝そべる柳沢さん。ただのスケベおやじのようである。
「実は40歳の時、初めてこの島に来たんです。ちょうど機長に昇格した頃で、ウチの子供もぐれたりしていましてね。仕事も家庭も大変でかなり思い詰めていたんです。ところがこの島の人たちは、仕事もせずに昼間から飲んでいる。『なんなんだろうか』と思いましたけど、彼らを見ているうちに『もうちょっと頑張ってみるか』という気持ちになったんです。いってみれば彼らに救われたんですね。以来、20年間通い続けてまして。9年前から一軒家を借りているので、今は島民と同じような頭になってます」
 いわゆる「田舎暮らし」で、田舎の人になりきったかのようである。
――飽きないですか?
 思わずたずねると、彼は首を振った。
「遊びに来た定年仲間も『飽きる』と言っていますが、僕は飽きませんね。島の人は一人ひとりが面白いんです。彼らにもグループがあってお互い仲が悪かったりするんですが、僕は誰とでも同じように付き合っています。ウチはバイトに来る若者の溜まり場にもなっていますし。とにかく入れ代わり立ち代わり人が来るんで、飽きることがないんです」
――奥様はどうされているんでしょうか?
 ふたりのお子さんはすでに独立しており、奥様と夫婦ふたり暮らしのはずなのだが。
「奥さんは僕と違って趣味が多いし、自分で目標を定めて突き進むタイプですからね」
 元CAの奥様(61歳)は東京の自宅に住み、フリークライミング、トライアスロン、ジャズダンスなどに取り組んでいるという。「彼女が飛んでいるから、僕も遊びに行ける」とのことで、彼は奥様のトライアスロン用自転車の整備をしたり、応援に駆けつけつつ、島で遊んでいるらしい。
――東京にいる時は、毎日どうされているんですか?
 念のために確認すると、彼は即答した。
「バイトです」
――こっちでも? 何のバイトなんですか?
「宝石店です。島に遊びに来ている友人に頼まれて店番をしているんです」
 週2回の5時間勤務で、これも時給制らしい。
――宝石に詳しいんですか?
「いや、ただ立っているだけ。宝石のことなんてわかりませんから」
 ネクタイ姿でただ立っている。女性客があれこれ物色するのを眺め、時折、世間話に応じたり、「お値段どうにかならないかしら。端数を切り捨ててよ」などの相談を受ける。彼には何の権限もないので、それを社長に電話で伝えるだけなのだが、お客さんは彼をオーナーだと勘違いするそうである。そういえば沖縄のレストランバーでも観光客たちは、彼をオーナーだと思っているらしい。
 確かに彼の紳士的な佇まいはオーナーに見える。腰も低くエラぶらず、自然な「ただの人」には風格が漂うのだ。「将来はどのようにお考えなんでしょうか?」とたずねると、彼は静かにこう答えた。
「僕の場合、5年後はいつも想像と違うんです。バイトも果たして70歳まで続くかどうか。そう、僕が今一番楽しみなのは、自分がどうやって死ぬか、ということですね」
――はあ?
 いきなりそう言われて、私は返答に窮した。
「パイロットは長年放射線を浴びているから、病気で死ぬ人が多いんですよ。僕の場合はどうなのかなって。原因が何になるのか楽しみなんです」
――それが楽しみなんですか......。
 私はしばらくその場で考え込んだ。もしかすると何事も楽しみに変えていくのが彼の生き方なのかもしれない。ちなみに飛行機の着地で大切なのは衝撃を抑えることより、速度と接地点を間違えないことだという。ゆるやかに決まった場所に着地する。おそらく人生も同様で、さすがはベテランのパイロットだと私は感心したのである。

※登場人物はすべて仮名です。

Profile

髙橋秀実

たかはし・ひでみね。1961年横浜市生まれ。東京外国語大学モンゴル語学科卒業。テレビ番組制作会社、出版編集プロダクションを経て、ノンフィクション作家に。『ご先祖様はどちら様』で第10回小林秀雄賞、『「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー』で第23回ミズノ スポーツライター賞優秀賞を受賞。その他の著書に『TOKYO外国人裁判』『素晴らしきラジオ体操』『からくり民主主義』『トラウマの国 ニッポン』『趣味は何ですか?』『男は邪魔!』『損したくないニッポン人』『不明解日本語辞典』『やせれば美人』『人生はマナーでできている』など。近著に『日本男子♂余れるところ』(双葉社)。

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