定年入門

髙橋秀実

定年入門

10

「きょういく」と「きょうよう」で埋める

 定年後に必要なのは教育と教養だ。
 そう聞かされて私は「なるほど」と納得した。子供の頃に習ったピアノを定年後に趣味としてあらためて生かしたり、多くの定年退職者たちが大学の社会人講座で学んだりしている。やはり最終的には造詣のようなものが大切になるのだろうと思ったのだが、そうではなかった。
 教育とは「きょういく」で、「今日行くところはあるか?」という問い。教養も「きょうよう」で、「今日用事はあるか?」ということで、教育と教養とは要するに、スケジュールを埋めるという意味だったのである。
「僕の場合、こんな感じです」
 大森達彦さん(61歳)が胸ポケットから手帳を取り出し、私の前で開いて見せた。今週のスケジュール。各曜日に「佐竹さん」「実家」「博物館」「コナミ」「大学講演会」などと予定が記されている。
「埋まってるでしょ」
 彼に念を押され、私はうなずいた。確かに毎日予定はある。しかし字が小さいせいもあり、余白のほうが目立ち、埋まっている感じがしない。スケジュール帳の欄は用件1件では広すぎるのである。
「定年前にまず考えたのは『囲碁』『スポーツジム』『映画』『博物館』『大学の講座』『図書館』。これだけで6日分になりますよね。それに安息日を1日足せば、1週間分は埋まる。それで大丈夫だと思ったんです」
 定年前に暫定的に埋めておく。とりあえず安心して彼は定年(60歳)を迎えたらしい。
「これまではなんとか埋めていますがね。今後埋められるかどうかわかりません」
 うっすらと微笑む大森さん。
――埋めないと不安になるんでしょうか?
 私がたずねると、彼は「うーん」と唸った。
「会社の先輩たちが言うには、埋めるのもだんだん面倒くさくなるそうです。面倒くさいんで結局また働くことになる。働けば埋めなくてもいいですからね。それに会社でエラかった人は会社に戻りたがりますね。ウチにいると奥さんに怒られますけど、会社なら怒られませんから」
 会社にいたほうが気楽。会社にいれば「埋める」というより、自然と「埋まる」ようなのである。
「でも僕はスケジュールが空いている日があると、今もなんかうれしいんです。今日はヒマでよかった、と安堵したりして。埋めなきゃいけないのに、埋まっていない日がうれしい。やっぱり僕はヒマが好きなんですね」
 大森さんは東京生まれ。大学の法学部に進学し、弁護士を目指して司法試験を受けるつもりでいたが、ゼミの先生から「弁護士になっても稼ぐのは大変。宮仕えのほうが楽だよ」とアドバイスされ、エネルギー系の安定した会社に就職した。入社後は営業職を経て、43歳で子会社に出向。通常は数年で本社に戻るはずだったのだが、「戻ったらどこに行かされるかわからない」ので、そのまま出向先に留まり、「もういいや」と思いながら55歳まで勤務。そして本来は定年退職者が再雇用で就くポストに57歳で就いて、60歳で定年退職したそうなのである。
「僕はもともと勤勉じゃないんです」
 かしこまって語る大森さん。
――そうなんですか。
「働かないで済むなら、働きたくないし」
――そうですよね。
 私は同意した。生活のために働くのであって、働くこと自体にさほど価値があるとは思えない。
――しかし、大森さんは管理職でもあったわけで......。
 私がつぶやくと、彼が続けた。
「部下の『動機づけ』とか『モチベーションを上げる』『人を動かす』とかよく言われましたね。僕はそういうことがあんまり好きじゃないんです。働かない部下もいましたよ。でも、説得したりするのは面倒くさいじゃないですか」
――面倒くさい?
「面倒ですよ。面倒でしょ」
 相槌を求める大森さん。やるやらないは別として面倒であることは間違いない。説得が面倒なら命令すればよさそうなものだが、「命令すると『お山の大将』になっちゃう」とのこと。「本社なら管理職にも上司がいるのでブレーキがかかるが、子会社でそういうことをすると強権的になり、いい結果は生まない」そうで、彼は面倒な雑事もすべて自分でこなしていたのだという。
「定年後は寂しい、ってよく言いますよね。仕事の人間関係がなくなって孤独になるとか。でも僕の場合はぜんぜん寂しくないんです。もともと仕事での付き合いは深い人間関係ではないんで。人とツルむのも好きじゃないし」
 まわりが「寂しい」と言うから、寂しいような気がするだけで、寂しさはひとつの思い込みらしい。言われてみれば、大抵の定年指南本は定年後の孤独や虚無感を前提にしている。人が離れていく、居場所がなくなる。そこでモチベーションを上げるべく「会社を離れてようやく本当の自由を得ることができます。まさに定年後は自分の好きなことが思う存分やれるチャンスなのです」(大江英樹著『定年楽園』きんざい 平成26年)とピンチをチャンスに変える発想の転換をしてみたり、「人の成長にはおそらく死ぬまで限界がありません。本人がその意思を途絶えさせてしまわないかぎり、どこまでも伸びていける無限に近い潜在力を人間は備えています」(佐々木常夫著『定年するあなたへ』サンマーク出版 2016年)と人間力を意義づけしたりする。「崇高な意義や目的が労働にはあります。だから、定年の前も後も人は働くべきなのです」(同前)と明言するくらいで、これらはビジネス書の論理の延長線上にあるのだ。
 定年後、大森さんはふと中山道を歩こうと思い立ったという。東京・日本橋から京都の三条大橋まで約530キロの道のりを歩く。1日で歩けるところまで歩き、いったん帰り、後日そこからさらに先に進む。1回約30キロ進むそうで、すでに軽井沢まで到達したそうだ。
「途中で道がわからなくなるので、必ず地図を持って出かけます。それで必死になって前へ前へと進んでいくんです」
――必死で?
「いや、ぶらぶら歩くんです」
 即座に言い直す大森さん。必死にぶらぶら歩くらしい。
――なぜ、また中山道に?
「だって東海道のほうは線路が通っていますから。中山道は昔のままなので、昔の人と同じように歩いてみたかったんです」
 これも「埋める」ということか。中山道を歩けば、行程も埋まっていくし、スケジュールも埋まるということか。
「ぶらぶら歩いていると、そこに古戦場跡があったりするんです。古墳があったり本陣跡があったり。『こんなところにこんなものがあったのか!』と驚く。それが面白い」
 発見するよろこび。「ぶらぶら」だからこそ驚けるのである。
「それで、もっと体力をつけなきゃと思いまして、スポーツジムの会員になったんです。これがまた面白くて」
 大森さんは意気揚々と語った。
――どういう点が、ですか?
「バーベルを持ちながら体操したりしているんですが、続けてやっていると以前より重いものが持てるようになったりするんです」
――......。
 だから? と私は思った。それが本当に面白いのか、と疑いすら感じたのだが、彼は「マシンで走っていると『中学生の頃、5キロ走ったな』と思い出し、当時に戻ったような気がするんです」「70歳くらいに見える女性なのにスクワットができててスゴいと感心したら、83歳で驚いちゃった」などと楽しげに続け、私ははたと気がついた。
 もしかすると彼は「期待しない人」なのかもしれない。会社にも人にも期待しない。期待しないから寂しくない。中山道もジムも期待しないから、些事で驚くことができるのではないだろうか。
「つい最近、カミさんが会社を辞めてしまいましてね」
 これもまた驚いたことらしい。聞けば、奥様は59歳。定年(60歳)を待たずして突然、退職したそうなのである。
――なぜ、なんですか?
「いやあ、僕が毎日ヒマそうに遊んでいるのを見て『不公平だ』と言い出しまして。不公平だから私も辞めると」
 ふたりの間に子供はおらず、家事も公平に分担しているという。老後のためにお金は稼いでおいたほうがよいが、元気に動けるうちに遊んでおかないと稼いだお金も使えない。ふたりともそう考えているそうで、奥様は遊び始めた夫にすかさず並んだらしい。
「ですからカミさんも今、スケジュールを埋めています」
――ご夫婦で埋めているんですか?
 私が驚くと、彼ははにかんだ。
「ふたりだと埋めやすいんですよ」
――どういうことですか。
「毎日スケジュールのすり合わせをしていまして。空いている日があったら、相手の予定に合流したりする。こうすればすぐ埋まる。例えばここに『実家』ってあるでしょ。これはカミさんの実家のことで、この日は草むしりなんです」
 スケジュール帳を指差しながら彼は解説した。考えてみれば当たり前のことだが、スケジュールとは自分で埋めるのではなく、人の都合で埋まるものである。そういえば、「うめる」という言葉には古来、熱湯に水を入れるなどして人肌にする、という意味もある。スケジュールが埋まるとうれしいのも、人の温もりを感じるからなのかもしれない。
――ふたりでお出かけしたりするんですね。
「囲碁(碁会所)は勝負があるからダメ。映画も好みが違うから、行こうとすると揉める。だから散歩です」
――散歩、ですか?
「散歩は本当にいい」
 きっぱりと断言する大森さん。
「だって面と向かわなくていいから。ふたりとも前を向いているから、なんか、こう話しやすいんです。それに風景を見ながら、あの花がどうした、この店がどうしたとかネタが尽きない。話のネタに困らないんです」
 散歩は向き合わずに会話する手段。ベッドでのピロートークのようなものなのだ。
――大森さんは料理とかされるんですか?
 唐突にたずねると、彼は首を振り、「僕はご飯を炊くだけです」と答えた。掃除と風呂洗いが彼の担当で、料理と洗濯は奥様とのこと。労力を考えると、不公平な感じもする。
「僕が台所に入るのがイヤみたいなんです」
――でも、奥様の具合が悪い時はどうするんですか?
「それは大丈夫。僕は外で食べるから」
――いや、奥様の食事のことですよ。
 思わず私は指摘した。えてして我ら男は自分のことしか考えていないのだ。
「レトルトのおかゆとか......」
――それでいいんでしょうか?
「なんていうか、あんまり食器を使いたくないんです」
――なぜ、ですか?
「あとでカミさんにいろいろ言われるんですよ。『洗い方がなってない!』とか。頭ごなしに『こんなんじゃダメ!』とか。ぜんぜんほめてくれないんです。そりゃあ必要に迫られればやりますよ。でも、洗ったり片付けるのは面倒くさいですよね」
――ちゃんと習ったほうがいいと思います。
 私は大森さんにアドバイスした。分担とはいえ、せめて手伝う、手伝おうとする姿勢が大切なのではないかと。
「彼女は『人を動かす』のが苦手。人の使い方が下手なんですよ。いちいち教えるのも面倒くさいと思っているんじゃないでしょうか」
 そう言って大森さんは爆笑した。ふたりは似たもの夫婦ということか。考えてみれば、家事に限らず、生きていること自体、面倒くさい。言い換えるなら、面倒くささこそ人生の醍醐味ともいえるのである。

※登場人物はすべて仮名です。

Profile

髙橋秀実

たかはし・ひでみね。1961年横浜市生まれ。東京外国語大学モンゴル語学科卒業。テレビ番組制作会社、出版編集プロダクションを経て、ノンフィクション作家に。『ご先祖様はどちら様』で第10回小林秀雄賞、『「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー』で第23回ミズノ スポーツライター賞優秀賞を受賞。その他の著書に『TOKYO外国人裁判』『素晴らしきラジオ体操』『からくり民主主義』『男は邪魔!』『損したくないニッポン人』『不明解日本語辞典』『やせれば美人』『人生はマナーでできている』など。

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