レディース・アンド・ガールズウィメン

王谷 晶

レディース・アンド・ガールズウィメン

©nao

5

姉妹たちの庭<前編>

 隠者ハーミットを狩るのに資格はいらない。衛星間を移動できるホイールを持ち、やすやすと死なない運と体力さえあれば誰でもなれる。あとはナイフの腕前が良ければ言うことなし。私はこの条件を全て満たしていた。だから味気ない街の暮らしを捨てて刺激に満ちた狩りの世界に飛び込むのに、少しの躊躇もなかった。

 最初の依頼人は銀行だった。借金が焦げ付き衛星に逃げ込んだ負け犬たちを追う、新人ルーキーお決まりの仕事だ。連中は金が無いのでそう遠くまでは逃げられない。たいていは薬や賭け事で身を持ち崩した弱い人間で、刃を見せただけで腰を抜かすような手合だ。資源も娯楽も何もない廃星に逃げた時点で、すでに袋小路にはまりこんでいる。
 その諦念と怯えに満ちた表情は最初私の心をわずかに痛めたが、二人三人と捕まえていくうちにそんな同情も消え失せた。

 狩人ハンターは孤独な仕事だ。徒党を組んで狩りをしている者もいるが、それでは狩人になった意味がない。何もかも自分一人で決断し、誰の世話にもならないのがこの仕事の最もすばらしいところなのだから。命をどの程度まで擦り減らすか、運にどれくらい賭けるか。私の先行きは全て私の采配にかかっている。これこそが充実した人生だ。

 狩人になって半季が過ぎたころ。とうとうその日が来た。私は役所に呼び出され、白い服を着た顔の無い役人にある隠者の捕獲を依頼された。報酬は六と四分の三。元から中古でガタがきていた輪を最新式に買い換えて、細々した装備や燃料の買い足しをしても充分におつりが来る。だがもっと安い値でも喜んで承けただろう。役人からの依頼は一人前の狩人と認められた証拠だからだ。
 私は厳重に鍵のかかった手配書を渡された。隠者が逃げ込んだ衛星は、本土から最も遠い地区であるヒカリβベータにある『ミドリ』という星だった。氷に覆われた白い星。遥か昔の祖先たちが資源を求めて掘削した穴が地表に歪な模様を描き、その他は遺跡のような古い開拓基地がぽつんと残されているだけの廃星。後悔すらも凍りつく場所だ。
 そんな所で暮らすくらいなら本土に近い星の刑務所に入ったほうがましだと思うが、隠者の事情や思惑に思いを馳せることはとっくにやめにしていたので、疑問は持たず純粋な情報だけを頭に入れた。
 標的の名には通称が付いていた。元狩人だ。
 今までに送り込んだ狩人が三人、現地で行方知れずになっている。役人はそう言うと、私の額に衛星間渡航許可証を埋め込んだ。

 前払金を担保に新しい輪を買い、寒冷地用のスーツを仕立てた。これで隠者が仕留められなかったら、あとに残るのは借金だけだ。今度は私が狩られる側になる。だが成功すればさらに高額の仕事が舞い込むようになるだろう。そうなれば通称が付く日も、きっと遠くはない。

『ミドリ』までの旅路、私は起きている事を選んだ。冷凍睡眠コールドスリープの機器は積んであるが、長い時間をただ無意識の底に沈んで過ごすのはもったいない。新型の機器は電気信号で筋肉を動かし肉体が衰えるのも防いでくれるが、せっかく新調した広い輪の中で刃の訓練をしている方が有意義だと判断した。
 過去、半季以上の旅を単独で行う人間は、孤独に苛まれ精神に異常をきたす者が少なくなかったという。そのため低温睡眠や冷凍睡眠の技術が発達したが、私は孤独を好んでいる。むしろ、本土に居る時よりも輪で一人過ごしている時の方が精神状態も体調もずっと安定しているのを感じる。そうでなければ狩人は務まらない。孤独こそが私の相棒だ。

 長い旅の末、輪はとうとう『ミドリ』のポートから発せられる自動信号を受け取った。天候記録を取り寄せると間の悪い事に嵐が始まっているようだった。上空から見ると白い布を振り回しているような吹雪の流れが星を取り囲んでいる。その狭間に、青く発光する港の建物が見えた。
 僅かに残った地下の資源を元に、誰かが港の電源を保持し続けている。隠者の仕業だろう。あそこに降り立つのはこちらの存在を大声で知らせるようなものだ。
(手っ取り早い。来るなら来やがれ)
 私は肌着の上に全身を包み込む断熱衣を着込み、その上に鎧を身に着けた。この装備と私自身の脂肪が寒さを防いでくれる。刃には全てきちんと油薬を擦り込み、港へ誘導信号の要請を発信した。
 何百季も昔の建物とは思えぬくらい、『ミドリ』の港はその機能をきちんと維持していた。正確な自動信号に導かれ輪は荒れ狂う嵐をものともせず港のゲートを潜り、風も雪も一切入ってこない密閉された建物の中に無事着陸した。
 まずは輪の中で屋内の状況を確認する。そこそこ広い港の中には他に輪が四機停められていた。一機はかなり古い型式で、あとの三機は比較的新しい。輪の名前を照会すると、やはりそれぞれ標的の隠者と本土に戻っていない狩人の物だと分かった。
 じわりと、鎧の下で冷や汗が滲む。三人もの手練の狩人を屠ったかもしれない隠者。
(ここまで来て怖気づけるか)
 私は覚悟を決めて輪からボールを地上に下ろした。すでに荷台には三転分の食料と水、予備の燃料と刃を数本積み込んである。隠者が住んでいるであろう開拓基地まで、この球の速さなら一転あれば到着する。
 隠者も、行方知れずになった狩人も、みな年寄りだ。ならばこの厳しい環境は私の味方になるはずだ。必ず生け捕りにして本土に帰る。必ず。

 嵐が少し大人しくなるのを待ち、私は球にまたがり『ミドリ』の大地へ駆け出した。風は依然強く、視界はほとんど利かない。電波評定機レーダー を頼りに進むしかないが、山も建物もなければ動物もいない星だ。掘削孔にさえ気を付ければかっ飛ばしても大した危険はない。
 隠者と対決するのは基地の中になるだろう。図面は頭に入っているが、地の利は向こうにある。緊張と共に言い知れぬ興奮が私の心臓を高鳴らせた。私は今、狩人として進化しようとしている。逃げまどい、抵抗する獲物を追うという狩りの本質に近付いている。
 しかし、球を加速させた瞬間、目の前に何かが現れた。
 それは人間のようなかたちをしていた。
 即座に球を停止させようとした。雪上で球は激しく滑りハンドルは虚しく空回りし、私は機体ごと横転し壁のように舞い上がる雪に全身を覆われ、天地も分からないままどこまでも転がり、そして、背中と、次に頭に激しい衝撃を受け――意識はそこで、ぶつりと切れた。


 奇妙な音が聞こえた。
 人の声のようだが、言語は分からない。若い人間......子供の声。
 目を開くと、まるで瞼が糊付けされていたように周囲の皮膚や筋肉が引き攣り痛んだ。数回瞬きすると、霞んだ視界が徐々にはっきりしてくる。
 柔らかな乳白色の光の中、こちらをじっと見つめている人の姿があった。
 慌てて飛び起きる。途端に背中と頭がぶん殴られたように鈍く痛む。呻くとその人物は高い声でまた何事か話し、それから身を翻してどこかに駆けていった。
 私は目をこすり、自分の身体を確認した。鎧は脱がされていたが断熱衣はそのままだ。背中と頭以外に痛む場所は無く、骨折もしていないようだ。
 辺りを見回す。床も壁も天井もなだらかな曲線で繋がっている、どこも鋭角の部分がない白い部屋。私はその中央に置かれた、長い楕円状の柔らかな寝台のようなものの上に寝かされていた。
 小さな足音を立てて先程の人間が戻ってきた。やはり子供だ。私の胸くらいまでの背丈で、黒い髪を頭の両脇で結んでいる。袖の無い白い貫頭衣のような簡素な服を着ていて、大きな目でこちらをじっと見ながら何事か喋り続けている。
「すまないが、言葉が分からない」
 そう言うと子供はぴたりと黙り、何かを咀嚼するように口を動かした。
「これならわかる?」
 はっきりした淀みのない発音だった。面食らい黙って頷くと、子供はにっこり笑って飛び跳ねた。
「よかった! わたし、モモだよ。よろしくね!」
 子供はそう言って突然私の手を握った。利き手を。驚いて思わず振りほどくと、子供は眼を丸くしてぽかんと口を開けた。
「モモ、一人で行っちゃダメって言ったでしょ」
 もう一人、部屋に入ってきた。こちらも若いが『モモ』よりは年かさだ。肩の上くらいで切りそろえられた黒い髪をしていて、やはり白い膝丈の貫頭衣を着ている。驚くほど細い、肌着も身につけていない素肌の手足が服の袖裾から伸びている。
「あ......目が覚めたんですね。痛い所はありませんか? 応急処置はしたんですけど......熱は?」
 年かさの人間はいきなり私の額に触れようとした。当然すぐさまその手を叩き落としたが、やはりこちらも驚いたような反応を見せる。
「ここはどこだ。あんたらは何者だ。隠者か?」
 子供相手なら乱闘になっても問題なく制圧できるだろう。私は声を低くして凄んで見せた。
「わ、私はサクラと言います。外で倒れていたあなたを姉が見つけて連れてきたんです」
「姉?」
「後で連れてきます。今、姉は仕事中なんです......」
『サクラ』は怯えたような目で私を見、両手の指を胸の前で組み合わせた。その顔にも身体にも、目につく所には傷も汚れも見当たらない。
 目を強く閉じ、開けた。悪夢のように現実感のない状況だ。氷の廃星に、若い人間が二人も――姉というのを含めれば三人か――居る。しかもどう見ても隠者ではない、本土でも見たことのない雰囲気の奇妙な人間だ。
「荷物はどこだ。球は?」
 寝台から降りようとすると、『サクラ』が私の身体を押し戻した。
「寝ていてください。まだ起きちゃダメ」
「手を退けろ。私の荷物はどこにある」
「お願い、ここに居てください。そんな身体で動くなんてムチャです。お願い......」
 そう言うなり、『サクラ』の目から突然涙がこぼれ落ちた。
「お水やご飯も持ってきます。必要なものならなんでも用意しますから。今はゆっくり休んでください。ね......?」
 涙で潤んだ眼で、『サクラ』は寝台の下に跪くようにして私を見上げた。不気味に思い身体を引くと、『サクラ』はなぜか恥じ入るように微笑んで部屋を出ていった。
「あなたのおなまえは?」
『モモ』が再び近づいてきて大きな声で言った。
「獲物以外には明かさない。私は狩人だ」
「はんたー、さん? かわったなまえね!」
 何がおかしいのか、声をあげて笑いながら『モモ』は寝台の周りを飛び跳ねながらぐるぐると回った。
 まるで悪夢だ。言葉は完全に通じるのに、この人間たちが何を目的として行動しているのかさっぱり分からない。
 私はふと、ばかばかしい仮説を思いついた。ここは他の衛星と同じく遥か昔に開拓民が放棄した星だが、本土への移住を拒み基地で暮らし続けた人間たちが居るとしたら。この奇妙な子供たちは、その子孫なのかもしれない。
『モモ』は寝台の側を離れず、私の顔をじっと見つめ続けている。監視役としては非力過ぎるように見えるが、用心するに越したことはない。とにかく今情報を引き出せるのはこの人間だけだ。私はつとめて穏やかに聞こえるよう気をつけながら、『モモ』に声を掛けた。

続く(次回更新は10月9日です)

Profile

王谷 晶

東京都生まれ。小説家。著書に『探偵小説(ミステリー)には向かない探偵』『あやかしリストランテ 奇妙な客人のためのアラカルト』(ともに集英社オレンジ文庫)などがある。@tori7810

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