レディース・アンド・ガールズウィメン

王谷 晶

レディース・アンド・ガールズウィメン

©nao

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姉妹たちの庭<後編>

前編はこちら

「ここはどこなんだ。他に誰か成人は居るのか」
「ここはみんなのおうちだよ。セイジンってなあに?」
「大人だ。大人の人間」
「ユリねえちゃんはおとなだよ! あとはね、おじさまがいるの」
「おじさま......?」
「モモ、余計なお喋りはしちゃ駄目よ」
 また新しい人間がやってきた。今度は私と同い年くらいの、長い巻き毛をした体格のいい人物だ。大きな胸の前に盆を掲げ、両脇に切れ目の入った長い貫頭衣を揺らし、ゆったりと腰を左右に振りながら近付いてくる。
「妹が御免なさいね。五月蝿かったら叱ってやって頂戴」
「あんたは誰だ」
「あら、ご挨拶ね。私はユリ。怪我の具合はどうかと思ったけど......元気そうね。でも油断しちゃ駄目。打ち身は怖いのよ」
『ユリ』も喋りながら私の頬に触れてこようとする。避けると、目を眇めながら微笑まれた。
「ふふ。シャイなのね......可愛い」
 奇妙に赤い唇を舌で舐めながら、『ユリ』は離れた。
「まずは食べて、それからゆっくり休んで頂戴。怪我がよくなったら......ふふふ。もっと楽しいことができるわ」
 水や食べ物らしきものが乗った盆を押し付けてきたので仕方なく受け取る。
「ここはミドリ開拓基地なのか?」
「私たち姉妹の館よ」
「あんた方は何者だ。なぜ私をここに連れてきた」
「質問ばかりじゃつまらないわ。女のことを知りたかったら、そんなに焦っては駄目」
 会話が噛み合わない。言葉の意味するところが掴めない。私はだんだん焦りを感じてきた。狩人としての勘が、ここに居ては危険だと知らせている。
「私たちは互いに労りあって、この館で静かに暮らしているの。でも、お客様は大歓迎よ。特にハンサムなひとは......」
『ユリ』は匙で盆の上の食べ物を掬うと、私の口元に差し出してきた。食べろというのか。当然、口を閉じて拒否する。
「ちゃんと食べて頂戴。好き嫌いしちゃ治るものも治らないわ。それとも、私のお世話じゃ食べる気にならないのかしら?」
『ユリ』は『モモ』を手招きした。
「この子がお好み? それともサクラがいいのかしら。ねえ、教えて頂戴。貴方のこと、もっと......」
『ユリ』と『モモ』が同時に小首をかしげる。その隙に私は二人を突き飛ばし寝台から飛び降り、部屋から逃げ出した。
(なんなんだ、ここは!)
 白い部屋の外は、中と同じくらい奇妙な光景が広がっていた。広い中庭を硝子壁の回廊がぐるりと囲んでいるが、その庭に極彩色の花々が咲き乱れている。
 造花か、と思ったが、枯れた葉やしおれた花弁が落ちている。本物だ。こんな何もないはずの廃屋に、本物の花が。
 間違いなく、この構造はミドリ開拓基地の居住区中央部だった。はるか昔に人々に棄てられ、廃墟となったはずの。
「お花は好き?」
 はっとして振り向くとすぐ背後に『ユリ』が迫っていた。
「怖がらないで。私たちはただ貴方のお世話をしたいだけなの。どうしたら信じてくれるのかしら......いけない所があったら治すわ。なんでも言って......?」
 豊かな胸を押し付けるように『ユリ』が私の腕に絡みついてきた。
「離せ!」
 力をこめて再び突き飛ばすと、『ユリ』の身体はあっけないほど簡単に吹っ飛び背中から床に倒れ込んだ。それを『モモ』が呆然と見ている。私は駆け出した。
(ここはおかしい......隠者のせいなのか? 奴はどこに居る!)
 居住区の中は室温が高く、走っているうちに汗が吹き出し私は断熱衣を上だけ脱いで腰に巻いた。一刻も早く目的を果たして、ここを出ねば。
 その時、回廊の奥の扉がわずかに開き灯が漏れているのが見えた。誰か居る。
 立ち止まり、呼吸を整えそっとその扉に近づく。人の声が聞こえた。一つは『サクラ』、一つは違う声。喉が焼けているような嗄れ声。獲物を狙いながら眠気覚ましの薬を噛む狩人特有の声だ。
 扉の中を覗く。
 中では、貫頭衣を胸までたくしあげた『サクラ』を膝に抱えた見知らぬ裸の人間が、涎を垂らしながら『サクラ』の臍の辺りを舐めまわしていた。
「あっ」
 声をあげたのは裸の人間だった。膝の上の『サクラ』を床に投げ捨てると、その人間は眼と鼻の穴を最大限に開いた恐ろしい形相で私を睨み立ち上がった。
「帰れ! 帰れ! 帰れぇ!」
 裸人の額には渡航許可証を打たれた痕があった。その右手にいつの間にか小型の複合弓コンパウンド・ボウが握られている。
「ここは俺のものだ。こいつらは俺のものだ!」
 がらがらの声で叫びながら裸人が弓を構えた。素人ではない。
だが、遅い。
 私はその場にしゃがみ、靴の側面に貼り付けてあった小型の刃を指の間に挟み、投げた。裸人は避けたが、切っ先はわずかにその腕をかすめ、次の瞬間弓を握ったまま骨が溶けたようにぐにゃぐにゃと床に倒れ伏した。
 一度効いてしまえば解毒剤を打たない限り決して目覚めない。うつ伏せた顔を靴で仰向かせる。髭の伸び切った相貌で確認するのに骨を折ったが、それは手配書の隠者ではなかった。
「他にこの基地には誰が居る」
 床に寝そべったままの『サクラ』に問うと、また涙をこぼし顔を左右に振る。
「私、何も知らないんです。私、何も分からないんです。ごめんなさい、ごめんなさい......」
 埒が明かない。薬で眠る裸人をそのままに、私は回廊を駆け足で戻った。『ユリ』の方がおそらくまだ意志の疎通が出来る。今度は暴力に訴えてでも情報を吐き出させてやる。
 元居た白い部屋の扉が開け放たれていた。
 中に入ると、『モモ』が『ユリ』の生首を小脇に抱えていた。
「あら、いやだ。みっともないところを見せちゃったわね」
『モモ』の腕の中の『ユリ』の顔がはにかんだように笑った。その視線が私の顔から胸部へ移動する。
「まあ......貴方、男の方じゃないのね」
『ユリ』の生首と『モモ』は視線を合わせると、急に表情を失くした。
「誠に申し訳ありません。現在女性へのケアは対象外となっております。設定を変更するにはケーブルを利用しサーバーに接続してください。誠に申し訳ありません。現在女性へのケアは対象外となっております。設定を変更するにはケーブルを利用しサーバーに接続してください。誠に申し訳あり――」
 抑揚のない調子で『ユリ』はそう繰り返し続けた。


 それからまるまる一転の時間を使い、私は手配書の隠者を探し出した。居住区中央の庭、植物の茂る花壇の中に死体となって埋められていた。他にも二体、腐乱した人体がそこにあった。
 その間、『モモ』『サクラ』『ユリ』は私の存在が見えないかのように、互いの故障を修理したり基地設備の保全行為のみを無言で行っていた。その動きはまったく人間らしくなく、本土でも見る作業機械によく似ていた。


 隠者と狩人たちの死体を氷漬けにして輪の貨物室に放り込み、薬で眠る狩人は生命維持装置を付けて檻に入れた。仕事は終わった。持って帰ったのが死体では、払いはだいぶ値切られてしまうだろうが。
 港から離陸し、私は『ミドリ』を、そしてその他の衛星を輪の中から見た。古い開拓基地には、あの三体のような機能を備えた機械人形がそれぞれ大量に打ち捨てられているのだろう。今の時代ではとうてい許されない、前時代の遺物が。
 はるか遠くの本土の輝きが、急にとても懐かしく思えた。
 だがその灯が、幾百もの衛星の中に棄てられた慰み者の人形たちに見つめられているのかと思うと、私は急に言いようのない恐怖に襲われた。帰りの航路は眠ったほうがいいのかもしれない。孤独の慣れの果てを死体袋に詰めて運んでいる中で正気を保てるかどうか......今は少しだけ、自信がない。

Profile

王谷 晶

東京都生まれ。小説家。著書に『探偵小説(ミステリー)には向かない探偵』『あやかしリストランテ 奇妙な客人のためのアラカルト』(ともに集英社オレンジ文庫)などがある。@tori7810

Pick Up Book

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