レディース・アンド・ガールズウィメン

王谷 晶

レディース・アンド・ガールズウィメン

©nao

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陸のない海

 目が覚めたら失業していた。
 家から死ぬほど近いというその一点のみで選んだバイト先、時給は安いし店長はハゲなのにロン毛という理解し難いヘアスタイルだったがまかない食い放題だったありがたいバイト先、休憩中に全巻揃ってる『ドカベン』を読むのが楽しみだったバイト先、BGMがE.YAZAWA一択だったバイト先、ドリンクメニューになぜかMAXコーヒーが入っているバイト先......私の愛しい『ちょい呑み処 けんちゃん』の木造モルタル二階建て店舗兼住宅にでかいショベルカーがめりこんでいたのだ。
 事故じゃあないのはひと目で分かった。ショベルカーにはヤの付く自由業の方と思しき紳士がハコ乗りで数名乗り込んでおり、その一人が金属バットを携え飛び出てきたかと思うと腰の入ったいいフォームで『けんちゃん』のマスコットキャラである等身大けんちゃん人形にグワァラゴワカキーンとホームランを放ったからだ。
 私はその様子を道路一本挟んだ位置にあるアパートの自分の部屋から見ていた。店の二階で暮らしているはずの店長の副島良治(じゃあけんちゃんって誰だよって話だよな)は出てくる気配はなかった。死んだか、死んだフリをしているか、昨日のうちに逃げたか。
(三択目だな)
 いつも店の裏側に停めてあったなんたらいうデカいバイクが無くなっているので、店長はそれに乗って哀しみの彼方へ旅に出たのだろう。私の給料も払わずに。クソが。
(どうするべ)
 ハロワは二度とごめんだった。どうせロクな仕事が見つからないなら、近所をさまよって居酒屋やおしぼり工場の張り紙を見てまわり適当なバイトを探したほうがマシだ。
 殺すぞとか金返せとかのいまどき珍しいストレートなリリックを聞きながら私は煙草を吸い、とりあえず成り行きを見守っていた。
 すると、奇妙なことが起こった。
 広瀬川方面から一台の軽トラがやってきて、停まって、中からヘルメットを被った女子が出てきて『けんちゃん』に向かってじりじり歩きだしたのだ。それはまるで相撲の摺り足のような動きだった。手と足が一緒に出ているし、腰を曲げて尻を突き出すようなポーズで、破壊行為が続けられている『けんちゃん』に近づいていく。
 女子は『酒のマルトミ』のエプロンを着けていて、よく見るとガタガタ震えていた。ヤの皆さんは女子には気付かず真面目に正面玄関から店を破壊し続けている。
 聡明な私はここでピンと来て、ノーブラをごまかすため部屋着の上にダボダボのボマージャケットをひっかけるとサンダルばきで外に飛び出した。
 ヤのメンズに見つからないようにアパートの裏をぐるっと回って、背後からメット女子に近づく。
「へい、何してんの」
 の最後の「の」を言い終わらないうちに女子は摺り足姿勢のまま垂直に十センチほど飛び上がった。器用だ。
 振り向いた女子は真っ青な顔色をしていて、面(ツラ)の作画が楳図かずおになっていた。そんなにビビらなくても。
「回収?」
 そう言うと、女子は十秒くらい硬直してからゆっくりと頭を縦に振った。
田舎ネットワークの力ですでに『けんちゃん』がアレしたことが町内中に広まっているらしい。売掛金がなんぼのものかバイトの私には知る由もないが、金か商品を回収してくるように『酒のマルトミ』の親爺さんに命ぜられたのだろう。
「私も給料貰ってないんだ。一緒にディグろうぜ」
 人差し指を立てて「しー」のポーズを取ると、私は女子を手招きし『けんちゃん』の隣りにある空き家の敷地に入った。草ボーボーの庭をかき分け進むと錆びて壊れた鉄扉があり、それをギギギと開けると『けんちゃん』裏口へのショートカットになる。
 店長はいつも通りに鍵を植木鉢(というか魚屋のトロ箱に土詰めたやつ)の下に置いていた。手早く鍵を開け音を立てないようにそっと中に入る。女子はやはり小刻みに震えながら、それでもちゃんと着いてきてくれていた。
 知ってたけど、狭いバックヤードには金目のものなんてほとんど無かった。売りさばけそうなのは一斗缶に入ったサラダ油、未開封のいいちこ数本、ビール一ケース、ポリタンクに入った灯油、米十キロ、掃除に使ってたシンナーくらい。どれも運ぶにはクソ重いし全部売っぱらったって一月(ひとつき)分の食費にもならないだろう。
「これだけ......?」
 女子のかそけき声が聞こえた。
「厨房の冷蔵庫に、もうちょっとビールあるかも」
 つっても、慰めにもならないだろう。これっぽっち回収しても、たぶん配達のガソリン代にもならない。
 ばりん、と大きな音がした。ヤのみなさんが扉一枚向こうの厨房を漁っている。
「とりあえず酒持ってこう。手伝うよ」
 その辺にあったダンボール箱の中にいいちことシンナーを入れ女子に手渡し、私はビールケースを持って抜き足差し足で『けんちゃん』を出た。
しかし軽トラに回収品を積み込もうとしたとき、熱い視線を肌身に感じた。
「やべ......」
 気付かれた。ナニシテンダオラコラマテヤの声を聞き終わらないうちに私は助手席に飛び込んだ。
「出して出して出して!」
 予想に反して女子は即座に運転席に滑りこむと軽トラ(マニュアルだ)のエンジンスタート、ギア入れてアクセルベタ踏みで急発進させた。そして直列3気筒エンジンのエキゾーストノートを響かせドラクエの敵みたいに横並びになってるヤのみなさんに向かって一直線に突っ込んだかと思うと衝突直前まさかのサイドターン、ぎゃりぎゃりぎゃりぎゃりぎゃりとアスファルトタイヤを切りつけながら180度旋回しそこから直線道路を爆走、返す刀の見事な直ドリでT字路を曲がるとそのまま滑るように走りだした。
「すげえええええ! やるじゃん! かっこいー!」
 ぱちぱち拍手しながら女子を見ると、口を猫のフレーメン反応のように微妙に半開きにさせていた。よくよく耳を澄ますと、女子は人間の可聴域ギリギリなくらいの高音の悲鳴をずっと上げ続けていたのだった。


 ともあれ、いい日和である。
 車はそのままあちこち曲がりくねったあと、いつの間にか広瀬川沿いの道に入っていた。
 私は窓を開けた。肌寒いと涼しいの中間くらいの風が気持よく髪を掻き乱してくれる。杜の都の秋は美しくも短い。ドライブには最高の陽気だ。
 女子はもう悲鳴はあげていなかった。黙りこくってひたすら運転している。
「へい、どこ行くの。マルトミこっちじゃねえべ」
 かすかな声でブツブツ言うのが聞こえた。耳を寄せると「帰れない......帰れない......」と繰り返している。
「これしか回収できなかったから? しゃあないよ、ハゲ店長が悪いんだよ」
「叱られるんです!! 私が!!」
 突然の稲葉浩志なみのハイトーンシャウトに今度は私の顔が楳図作画になった。
「マルトミの親爺さん、そんなに怖いの」
 女子は答えない。ハンドルを握る指が真っ白になるほど力が入っている。
「辞めちゃえ辞めちゃえ。だいたいひどいよ、ヤクザいるの知ってて女の子一人で回収に行かせるなんてさ」
「辞められないんです!!」
「怒鳴らないでよお」
 車は東北新幹線の高架をくぐりひたすら進んだ。この先はあんまり行ったことがない。市の中心からどんどん離れていく。
「私は失業しちゃったよ。今年二回目」
 次第に建物の密度がスカスカしてきて、道も狭くなっていって、やがて畑と田んぼの平野が見えてくる。このまま進むと、たぶん名取川と合流するところに出るだろう。
「なんでマルトミ辞めらんないの」
「......実家なんです」
「実家かあー」
 懐かしい響きだ。
「ところでほんと、どこ行くの」
 答えはない。
 予想通り、車はいつの間にか広瀬川ではなく名取川沿いを走っていた。堤防があるので川は見えないけれど。
「......うち今、大変なんです。売上は下がりっぱなしだし、バイトは雇えないし、私が頑張らないといけないんです。商品が回収できるまで帰ってくるなって言われてるんです」
「でも、無いものはしょうがないじゃん。町内のみなさんwithハゲで飲んじゃったんだよ。どうすんの」
「知りませんよそんなの!!」
 再びのシャウト。なかなかいい喉してやがる。私の頭の中でMステのあの曲が流れ始めた。まいった。これ、一度流れると止まらないんだよね。
「......帰りたくない......」
 自分ならタモさんとの第一声をどう交わしてどう絡むかシミュレートしていると、女子がぼつんと呟いた。
「じゃあ帰るのやめようよ」
「無理です」
 なのに、マルトミからどんどん離れていっちゃってる。
 女子はまた黙り、まったく迷いのないウインカー&ハンドルさばきで車を走らせ続けた。
「帰りたくないけど、帰らなきゃいけないんです。だってみんなここで頑張ってるんだから。立て直さなきゃ。家族の一員で、街の一員だから......帰らなきゃ......」
 そう言いながら、街とは真逆の方向に走り続ける。
 空気の匂いが変わってきた。
 車はするするーっと静かに、舗装されていない道の行き止まりで停まった。目の前には小高い堤防があり、周りは短い下草がちょぼちょぼと生えているだけのだだっ広い空き地だ。女子はエンジンを切った。でもまたハンドルを握り、じいっと堤防の方を見ている。
 この向こうに何があるのか、分かっている眼だった。
 耳をすませる。風の音だけが聞こえた。
「......帰りたくなくなると、ここに来るんです」
「なんで」
「帰らなきゃだめだって、思えるから。私は生きてるから、帰って頑張らないと」
 近くには流されずに残った松の木が一列、互いに肩を組むようなシルエットで立っている。少し遠くには真新しい真っ白な小さな祠が風に吹かれている。
ここが にどうだったのか、私は知らない。女子は知っているのだろうか。
「そんなことのためにアレ思い出すの、やめようぜ。精神衛生に悪いよ」
 女子はうつむいた。泣くのかな、と思ったけど、泣きはしなかった。
 私はグローブボックスを開けて中に手を突っ込んだ。予想通りボロい集金袋が仕舞われていて、中にはだいたい五万円くらいの銭が入っていた。
「ねえ、逃げちゃおう」
「はあ?」
「この金で東京もしくは北海道あたりまで行けるじゃん。付き合うよ。気が向くところまで」
 女子はまたフレーメン反応みたいに口を半開きにして、感情のぜんぜんこもっていない眼で私を見つめた。
「頭、おかしいんじゃないですか」
「おかしかないよお。せっかく生きてんだから楽しくやろうよ」
「いい加減なこと言わないでください。どこに逃げるっていうんですか。行く所なんか無いです。ここ以外に友達も親戚もいないんです」
「いいじゃん。誰も知ってる人のいない土地へ行こうじゃないか。行き着いた場所が居場所になるよ」
「......」
 女子は黙って、ヘルメットを外した。ぼさぼさのショートボブの隙間から、けっこうでっかい円形脱毛症のミステリーサークルと、治りかけの青あざが見えた。
 生き残るのは大変だ。その後も生き伸びるのは、もっと大変だ。
 耳をすます。風の音がする。波の音はしない。
「名前は?」
 女子は小さな声で、なかなかにロマンチックな名前を口にした。私も名乗った。つまんない名前だけど。
 エンジンがかかる。ラジオのスイッチを入れた。ここでほんとはレディ・ガガのBornThis Wayなんかがかかると最高にかっこいいはずなんだけど、チャンネルはNHK-FMの『歌謡スクランブル』だったので、私と相棒はテレサ・テンの『愛人』をBGMに、海に背を向けて逃避行を始めた。

Profile

王谷 晶

東京都生まれ。小説家。著書に『探偵小説(ミステリー)には向かない探偵』『あやかしリストランテ 奇妙な客人のためのアラカルト』(ともに集英社オレンジ文庫)などがある。@tori7810

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お知らせ

Cov_Kuko_R.jpg『最高の空港の歩き方』の刊行を記念してトークイベント「夏休み、空の玄関で逢いましょう。」を7月23日(日)にジュンク堂書店大阪本店で開催いたします。いま空港がアミューズメントパーク化しています。ご当地グルメ、空港限定グッズ、お風呂、空港アート、飛行機撮影、工場見学ーー飛行機に乗る人も、乗らない人も楽しめる「空の玄関」の遊び方と、その背景にある「進化の理由」を『最高の空港の歩き方』の著者・齊藤成人さんと空港ファンであるイラストレーターの綱本武雄のふたりが熱く語ります。入場無料(先着40名)です。

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978-4-591-15498-4.jpgのサムネイル画像ポプラ文庫ピュアフル7月新刊『英国幻視の少年たち5 ブラッド・オーヴァ・ウォーター』発売を記念して、著者深沢仁さんから読者の皆さんに、抽選で、キーホルダーやコンパクトミラーなどの英国土産をプレゼントいたします。新刊オビの応募券にてご応募ください。詳細と英国旅行のミニレポートをこちらでご紹介しています。

『あざみ野高校女子送球部! 』(ポプラ文庫ピュアフル、680円+税)の刊行を記念して、小瀬木麻美さん トーク&サイン会を開催いたします。

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参加特典として、小瀬木麻美さんが今回のイベントのために書き下ろした「『あざみ野高校女子送球部!』番外編」をもれなくプレゼント!センター南が舞台になった短編小説です。

Cov_shigotoba_R.jpg佐藤ジュンコさんのコミックエッセイ『仕事場のちょっと奥までよろしいですか?』が刊行になりました。作家・伊坂幸太郎さん、漫画家・いがらしみきおさんから伝統工芸の職人さんまで「作ること」のプロ15名の仕事術をイラストでルポ!

達人たちの仕事場にお邪魔したら、楽しい驚きがいっぱい。まさに大人の社会科見学!ふむふむ、へーと読んでいるうちに、むくむくとやる気が湧いてくるお仕事エッセイです。

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