<絶景・聖地巡礼>

増田ユリヤ

<絶景・聖地巡礼>

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人生観が変わるエルサレム

「世界史で読み解く現代ニュース」(ポプラ新書)シリーズで世界史の解説を担当するジャーナリストの増田ユリヤさんが、取材で訪れた"聖地"を美しい写真と歴史的観点からひもとく<絶景・聖地巡礼>。これまで60あまりの都市を取材してきた増田さんの、最も印象に残った場所が、エルサレムだといいます。今回はユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの聖地であり、ニュースにもたびたび登場する「エルサレム」をご案内します。

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人生観が変わる「エルサレム」
3つの宗教の聖地を訪ねて

 「これまで旅した国で、一番印象に残っている場所はどこですか?」

と聞かれたら、このwebの読者の皆さんは、どう答えるだろうか。

 私の場合は、「エルサレム」。地中海に面した中東の国、イスラエルにある聖地だ。

https://www.google.co.jp/maps/place/Church+of+Nativity/@31.414418,34.8396524,8.75z/data=!4m2!3m1!1s0x1502d87be687c8f9:0xd060c37bd524261c

(エルサレムの場所)

 

 大学卒業後、高校で歴史や現代社会の講師をつとめるのと同時に、NHKでリポーターや番組制作の仕事にかかわってきた。こうした経験が、私をジャーナリストという仕事へ導いてくれたのだが、海外デビューは遅く、初めてパスポートを取ったのは、2002年の春。教育問題の取材で、米国ニューヨークとボストンを訪れたときのことだった。このときすでに37歳!になっていた私は、以後、大した語学力もないのに、好奇心と野性のカンだけを頼りに海外取材を続け、今日までにおよそ30か国、60都市を訪問した。その成果を書籍にまとめたり、テレビをはじめ様々な媒体を通じて発表したりすることが、現在の私の生業だ。

 そんな私の人生観をも変えたのが、聖地エルサレムである。

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城壁で囲まれたエルサレム旧市街 イスラム教の聖地「黄金のドーム」の周囲には、乾燥したこの地には珍しいほどの豊かな緑が広がっている



 エルサレムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、という3つの宗教の聖地である。第二次世界大戦後にユダヤ人のために建国されたイスラエルの中に位置し、わずか1キロ四方、東京ディズニーランドと同じくらいの大きさの敷地の中に、3つの宗教の聖地が集まっている。それゆえ、「聖地奪回」をスローガンに掲げた十字軍の遠征(11世紀)から、今なお続くイスラエルとパレスチナの対立まで、長きにわたり宗教間の対立と紛争の火種になってきた・・・などという知識を高校生に教えることは私にもできたが、なぜそれほどまでに人々がこの地にこだわるのか、ということを、私は理解できていなかった。私自身、親がキリスト教徒(東方正教会)だったという理由で洗礼を受けている上、ご丁寧に名前までクリスチャンネームをつけられているので、ごく普通の日本人から比べたら、宗教に対する抵抗感が少ないのかもしれない。いや、だからこそ、余計に、宗教同士がなぜ対立するのかということを解りたいという気持ちが強かったのかもしれないと思う。

宗教対立と紛争の火種......?
エルサレムはこんな場所

 しばしばテロ事件が起きたり、和平交渉を進めようとした首相が暗殺されたりと、決して治安がいいとはいえないイスラエルに私が初めて足を踏み入れたのは、2007年夏のこと。この前後の年は、比較的落ち着いていた時期で、自爆テロなどもしばらく起こっていなかった。また、「聖地」であるエルサレム旧市街でテロが起きることはない、ということも聞いていた。とはいえ、取材をするにあたっては、現地在住期間の長い日本人に取材の通訳・コーディネートをお願いし、交通手段も路線バスなどではなく(公共交通機関では、これまでしばしば自爆テロが起きていたので)、タクシーや通訳の方が運転する乗用車で移動することにした。

 お昼過ぎにテルアビブ空港に到着し、タクシーでエルサレムに向かった。紛争とテロが多発する怖い国、というイメージを抱いていた私は、舗装されて広々とした道路とコンクリート造りの住宅が立ち並ぶ光景に唖然とした。ベランダには洗濯物がはためいている。ごく普通の街並み、ごく普通に暮らす人々の生活が垣間見えた瞬間だった。

 ホテルでチェックインを済ませ、徒歩数分のところにあるという「聖地」に向かう。エルサレムは旧市街と新市街に分かれていて、聖地があるのは旧市街だ。取材は翌日から始めることになっていたが、好奇心旺盛!の私は我慢しきれず(笑)、ひとり地図を片手に旧市街を目指した。

 旧市街は四方が塀で囲まれていて、11ある門のうち、7か所から出入りすることができる。期待と不安がひとつになって、手に汗を握り緊張しながら門をくぐり中へ入っていくと、すでに夕暮れ時を迎えていた聖地は、真夏だというのにひんやりとした空気に包まれていた。

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エルサレム旧市街の様子 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、アルメニア人自治区の四つに分かれているが、特別な境はなく、縦横にのびる道を人々は自由に行き来する


旧市街をぬけて、
いざ、キリスト教の聖地へ

 重々しい厳戒態勢が敷かれているような場所だろうなどと、私自身、勝手に「聖地」を想像(妄想)していたが、それとは全く違っていた。道の両側には店舗や住宅が立ち並び、静寂の中にも人々が生活している息遣いが聞こえてくるようだ。そんな風景に気をとられているうちに、自分がどこを歩いているかわからなくなってしまった私は、仕方がないので、人の気配を感じる方に向かって歩いていった。

 すると、大きな教会のような建物の前に、観光客と思しき人たちの姿が見えた。地図を広げ拙い英語で、ここはどこかとたずねてみる。かえってきた言葉に私は絶句し、もう一度確認のために聞いてみた。答えは一緒だった。

 

「聖墳墓教会ですよ」

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イエスが十字架の刑に処せられたゴルゴタの丘に建てられた、聖墳墓教会 
ゴルゴタとはしゃれこうべ(骸骨)という意味 



 えーっ、ここがイエス・キリストが十字架の刑に処せられたゴルゴタの丘に建てられた教会!?キリスト教の聖地にもう来てしまったの!?ヨーロッパの美術館でしばしば見かける「イエスの磔刑(十字架の刑)」を描いた絵画のイメージそのままに、聖墳墓教会の周囲には何もなく、荒涼とした丘の上にひっそりと建っている教会、だと勝手に思い込んでいた私......。しかし、実際には、石造りの建物が連なる旧市街の街並みに溶け込みながらも、堂々とした大きな聖堂だったのだ。

 ものすごい期待と緊張とで汗だくになっていた私は、あっけなく到着してしまったキリスト教の聖地の前で、しばし呆然と立ち尽くしてしまった。

つづく

Profile

増田ユリヤ

神奈川県生まれ。国学院大学卒業。27年あまりにわたり、高校で世界史・日本史・現代社会を教えながら、NHKラジオ・テレビのリポーターを務める。日本テレビ「世界一受けたい授業」に歴史や地理の先生として出演のほか、現在コメンテーターとしても活躍。日本と世界のさまざまな問題の現場を幅広く取材・執筆している。主な著書に『新しい「教育格差」』(講談社現代新書)、『移民社会フランスで生きる子どもたち』(岩波書店)など。池上彰とテレビ朝日「ワイド!スクランブル」のニュース解説コーナーを担当。また共著に『世界史で読み解く現代ニュース』シリーズ(ポプラ新書)がある。

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