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第1回

私はそれを待っている

 いつだっただろう。こういう映画、観たことがある。いつ、どこで、なんてタイトルの映画だったかも忘れてしまったけど、産婦人科の病室に女たちが集まってきて、泣いたり喚いたり嘆いたりしているだけの映画。流産した女と出産を待っている女、望まない妊娠をした女。

「予定日一週間も過ぎとるのにぜんぜん出てくる様子がないもんで、ついにしびれをきらして今日から入院ってことになったんだわ。朝から陣痛促進剤かましとるんだけど、まだぜんぜん、子宮口、ほんのこれっぽっちしか開いとらんって。こりゃ長丁場になるね」

 そう言ってデラさんは、口の中の飴をばりばり嚙み砕いた。高校生のころからそうだ。最後まで飴をなめきるということがない。

「まだほんのこれっぽっちって、見てきたみたいに言わないでよ」

 デラさんのすぐ隣のパイプ椅子に腰かけたみやっちが、マイボトルのキャップを閉めながらあきれたように言う。こうして見くらべてみると、デラさんの『VERY』のグラビアからそのまま抜け出してきたようなみやっちと、紺色のジャージーの上下を着た、古い学園ドラマに出てくる体育教師のようなデラさんとの対比がいつ見てもおかしい。

「デラさん、すぐ話を盛るから。それにしても、デラさんももうおばあちゃんかあ……私も年を取るはずよねえ」

 しみじみ私がつぶやくと、

「やだ、ババくさい。やめてくれない? そういう発言こそが老いを招くんだよ」

 そう言ってみやっちが鼻に皺を寄せ、

「ババくさいもなにも、うちらもう五十過ぎの立派なババアだが」

 とデラさんが言ってがははと笑う。

「だからいっしょくたにしないでって。二人はアラフィフでも、私はまだアラフォーなんだから」

「え、あんたまだそんなもん? 態度がでかいからてっきり同じぐらいかと思っとった。もうこの際、四十過ぎたらみんなひっくるめてババアでええが」

「雑!」

「あんまり往生際悪いのもみっともねえよ? 美魔女だかなんだか知らんけどさあ」

「美魔女じゃなくてただの美女! 私はババアと呼ばれるのと同じぐらい美魔女って呼ばれるのが嫌いなの!」

「ちょっと、しずかに」

 向かいのベッドのほうを視線で指し示して、私は人差し指を唇にあてた。

 婦人科病棟の二人部屋、向かいに一人、患者がいるが、カーテンを閉め切っていて中の様子はわからない。看護師との会話を聞くかぎり、どうやら切迫早産で入院しているようだ。産科病棟に入るのは気の毒だという病院側の配慮からか、それとも単にベッドが空いていなくて婦人科病棟にまわされたのだろうか。

 一度、点滴の針を刺したままトイレに出てきたときに、「今日から入院する甘利(あまり)です」と軽く挨拶したら、無言でぺこんと首だけ折って会釈を返した。明るく染めた髪の先が丸くカーブしている女の子。血の気の失せた顔色をしているのに、それでも全身から揮発される、若くはじけるようなみずみずしさは隠しようもなかった。へたしたらまだ十代の可能性もある。

「まったくこれだから」と私は嘆息した。「あれだけ内緒にしといてって言ったのに、黙ってるってことができないんだから」

 咎めるようにみやっちをにらみつけると、ぺろりと舌を出して首をすくめた。若作りしていても、こういうちょっとした動作に隠しようもなく年齢があらわれている。

 もともと子宮筋腫があることは婦人科検診でわかっていたけれど、あるときそれがお腹の中で爆発したみたいに大量出血を引き起こした。下半身の違和感で目覚めたら、シーツもなにもかもが血まみれで、夫にも浩平にも見つからないように朝早くから洗濯機をまわした。そうしているあいだにも、脚のあいだからはたらたらと血があふれだし、重たい生理痛のような鈍痛が続いていた。その日のうちにかかりつけの婦人科医院に飛び込んだら、大きな病院で手術することを勧められた。

 子宮全摘手術を受けることになった――なんてデラさんやみやっちをはじめとする【HIPS】のメンバーに知られたら大騒ぎになるのは目に見えていたから、だれにも知らせず一人で入院し、一人で退院するつもりだった。しかし、ネイルの予約をしようと連絡をしてきたみやっちに、「その日はごめん。ちょっと入院することになっちゃって」と漏らしてしまったのが運のつきだった。入院はいつだ、付き添いはいるのか、どうせ夕子(ゆうこ)さんとこのダンナは仕事が忙しくてなにもしてくれないんでしょう、とやいのやいの言われ、気づいたら入院当日、みやっちが車を出してくれることになっていた。若作りの派手好きで、アメリカ学園ものに登場するところの女王蜂(クイーンビー)キャラだと最初のうちはみんなに敬遠されていたが、それは彼女の表層に過ぎず、じっくり腰を据えてつきあってみればなんのことはない、やたらと他人の世話を焼きたがる、古今東西どこにでもいるおせっかいなおばさんだということがわかってきた(こんなこと、本人に言ったら殺されそうだけど)。

 そこへ、ちょうどタイミングよく、デラさんちの上の子のお産が重なり、同じ病院に入院することが【HIPS】のLINEグループに流れてきたのが昨日のことだった。

【すごい偶然。夕子さんも明日から同じ病院に入院だよ】【入院ってなんで?】【どっか悪いの?】【子宮筋腫の手術だって】【えっ、まさか子宮とってまうの?】【そうみたい。私、付き添いで病院行くことになってて】【たいへんじゃん!】【どうしよう、私シフト入れちゃっててお見舞い行けんわ】【面会時間何時まで? 夕方過ぎならなんとかなりそう】【あんまり大勢で押しかけるのも迷惑じゃない?】【それもそうか】【でもデラさんちの赤ちゃんも見たいし】【だでまだ生まれとらんて。いつ生まれるかもわからんし】【おうち、どうするの? ご主人や浩平くんのごはんは?】【もしよかったら私、なにか差し入れしようか?】【そこまでせんでも、もう浩平も高校生なんだし、自分でなんとかするら】【そうそう、甘やかしすぎるのもよくないって】

 自宅で開いているネイルサロンの客を送り出し、入院用の荷造りを済ませ、冷蔵庫にある野菜を使い切ってしまわないと、とレシピを調べるためになにげなくスマホを手に取ったら、未読メッセージが三百件にも及んでいた。八人からなる【HIPS】のLINEグループは一度まわりはじめると、全員が眠りにつくまで際限なくおしゃべりが続く。

 二年前、中日ドラゴンズのイベントに出演するためにかき集められた凸凹ママチアチーム【HIPS】は、その後もリーダーのなっちがショッピングモールや自治体のイベントなどをあちこちから見つけてきて、不定期ながら活動を続けてきた。直近では、にっぽんど真ん中祭りのU-40大会にもエントリーした。イベントが控えているときは練習で毎日のように顔を合わせ、だれかが作ってきたおにぎりを頰ばり、だれかが焼いてきたクッキーをかじり、だれかが淹れてきたコーヒーをすすり、まさに「同じ釜の飯を食う」ように過ごしているが、あんまり四六時中顔を合わせていると次第にみんなうんざりしてくるのか(半数のメンバーは、なんとパート先まで同じなのだ!)、イベントのないときはLINEグループの動きも緩慢で、ネイルサロンに足しげく通ってきてくれるみやっちぐらいとしか連絡を取り合うことはない。

 この年になって新しい友人ができるなんて思ってもみなかった。若いころのべったりと甘く、それでいて鋭利な針を突き出してたがいを傷つけあうような女の子同士の友情に苦手意識のあった私にとって、年を取ってからの女同士の適度にドライな距離を保ちながら、思いやりを出し惜しみしない、友情というより互助会のような関係は存外に気持ちのいいものだった。みんな子どもを育てたことがあるから知っているのだ。自分以外のだれかに尽くすこと、振りまわされること、そのままならなさと胸の張り裂けそうな喜びを。

「ウケるよな、おばさんたち、うちの子の出産と夕子の入院にはしゃいでまって。毎日パートと家事に明け暮れて、ろくに刺激もないから話題に飢えとんだわ」

「だからそうやって人のことを気安くおばさんって呼ぶのやめなって。みんなデラさんより若い子ばっかりなのに」

「子ってなんなん子って、気色わる。平均年齢四十超えてんのに子はねえだろ、みんな立派なおばさんだが」

「またそうやって雑なことを」

 先ほどよりは抑えた声音で言い争う二人を見て、私は苦笑した。思いがけず顔が見られてうれしい反面、まったく煩わしさを感じないといったら噓になる。せっかくひさしぶりに家事から解放されるのだから、ゆっくり本でも読んで過ごそうと思っていたのに。

「おっ」手元のスマホに目を落とし、デラさんが声をあげた。「そろそろ始まりそうだって言っとるで、ちょっくら見に行ってくるわ」

「娘の初のお産だっていうのに、そんなお祭り見学みたいな言いかたして……」

「そうは言うけど、実際のとこ、見てるだけでなんもしてやれんし、へたにアドバイスでもしようもんなら、”お母さんのときとは時代がちがう!”とかなんとかすごい剣幕で言い返してくるから口出しもできんのだって。そもそも自分のときのことなんてはるか昔すぎて覚えとらんけど。どうせあんたらだってろくに覚えとらんのやろ?」

「どうだったかな」

 曖昧に首を傾げる私の横で、「デラさんといっしょにしないでよ」と本気で言い返すというよりは、言い合いを楽しんでいるみたいな軽い口調でみやっちが答える。この二人は寄ると触るといつもこの調子である。ときどき周囲が心配になるほどエスカレートすることもあるが、次の瞬間には二人にしかわからない間合いで、たがいを指差しあってげらげら笑っていたりする。

「ま、みやっちも、いざ自分んとこの子が出産することになったらわかるようになるって」

 椅子とベッドのわずかな隙間を蟹歩きで横切りながらデラさんが諭すように言うと、うーん、とみやっちが眉間にしわを寄せた。

「美鈴(みすず)が子ども産むかどうかなんてまだわかんないから、してあたりまえみたいに言わないで」

 はっとしたようにデラさんが立ち止まり、私も思わず二人の顔を見くらべる。

「やだ、なにその反応。だってそうじゃん。本人が産みたいともなんとも言ってないうちから、勝手にこっちがそういうつもりでおったらプレッシャーになるでしょう。身体的に産めるかどうかもわかんないし、ひょっとしたら女が好きって可能性もあるじゃない」

「たしかに、言われてみたらそうかもしれんけど、自分んちの娘にあてはめて考えたことはなかったな」

「デラさんちの下の子たちだって、必ず子どもを産むとはかぎらないんだから、そういうつもりでいたほうがいいよ」

「はあ、そんなこと、考えたこともなかったわ。つまりなんだ、多様性ってやつ? やっぱりこういう価値観のちがいみたいなもんは、世代のちがいにあらわれんのかね」

「それもどうかと思うよ。私となっちは同い年だけど、ぜんぜん価値観ちがうなあって話してて思うもん」

「でも、美鈴ちゃんは――」

 思いがけず大きな声が出てしまい、驚いたようにデラさんとみやっちがこちらを向いた。向かいのベッドのほうを見やりながら、私は口元に手をあてた。「女が好きとか、そんな、だって、美鈴ちゃんはうちの浩平と……」決まり悪さをごまかすようにもごもごと早口に言う。

「それよ」

 つい数日前に施術したばかりのぴかぴかした爪で、みやっちは私の鼻先を指した。真珠色のベースに青や紫や緑のレースフラワーを散らしてある。指先のハーバリウム。我ながらうっとりするような出来栄えだ。

「だからなんべんも言ってるけど、あの子たち、つきあってるとかそういうんじゃないから」

「でも、夏休みだって毎日のようにいっしょに……」

「あのねえ、男と女がいつもくっついているからってすぐ恋愛に結びつけようとするの、それこそうちらの世代までの感覚だから。いまの子たちはもっとフラットだよ」

「……そうなのかな」

 でもだって、美鈴ちゃんが浩平に向けるあの視線、あれはまちがいなく恋する女の子のものだ。私だってあれぐらいの年齢だったことがあるからわかる。さっぱりとした性格や外見とは裏腹に、しめりけを帯びて揺れ動く視線、リップもなにも塗っていないのに若葉のように光る唇、体ぜんぶで浩平の一挙手一投足に反応しようとつねに神経を研ぎすましている。浩平のほうがどう思っているのかは母親の私にもいまいち摑みかねるが、少なくとも美鈴ちゃんのほうでは浩平を好いていると見てまちがいないだろう。

 みやっちは、本気で二人がただの友人同士だと思ってるんだろうか。自分の娘のことなのに、どうしてそんな無頓着でいられるんだろう――それとも血のつながった娘だからこそ、だろうか。

 そんじゃまた顔出すわ、と言って病室を後にしたデラさんを追いかけるように、私もそろそろ行こっかな、とみやっちが立ちあがった。

「あ、そうだ、これ」

 去り際にそう言って、ベッドの上にぽんと紙袋を置く。中には、モーヴピンクのカーネーションが、グリーンの葉や実とともにセンスよくまとめられたブーケが入っていた。

「最近、生花はだめっていう病院も多いみたいだから、アートフラワーやってる知り合いにお願いして作ってもらったの。手術でネイルもできないって言ってたでしょ? 作り物でも病室にお花はあったほうがいいじゃない」

「えっ、これ本物じゃないの?」

 こんな季節にカーネーション? と一瞬驚いたものの、まさか造花だとは思わなかった。これほど手の込んだものを用意しておきながら、いまのいままで忘れていたみたいな小芝居を入れるところがいかにもみやっちだった。

「ありがとう、きれい……」

 ため息のように言って、私は紙袋の中をじっと覗き込んだ。指で触れてしまったら偽物だとはっきりしてしまいそうで、こわくて手が出せなかった。

「じゃあ、また退院の日程わかったらLINEで教えて」

 本物の花を閉じ込めた指の先をひらひらさせながら、軽やかにみやっちは病室を出て行った。向かい側で閉ざされたクリーム色のカーテンが、空気の動きに引っぱられるようにかすかに揺れている。

 明日の手術は十三時スタートに決まったから、付き添いの家族に伝えておいてね、としばらくして看護師が伝えにきた。

「どれぐらいの時間、待機してもらってたらいいんでしょうか」

「うーん、そうだなあ、人にもよるけどだいたい三時間ぐらいみといてもらったら。手術後に先生からの説明があるから、そこまで含めると四時間でお釣りがくるぐらいかな」

 私よりいくらか年嵩に見えるが、どこか少女の面影を残したような雰囲気の看護師で、ため口をきかれてもなんとなくそういうものかと吞み込めてしまう。さっぱりとした学級委員の女子と話しているみたいだ。名札には「志川(しかわ)」とある。

「四時間……」

 スマホに手を伸ばしながら、私は嘆息した。また夫にいやみを言われてしまうかもしれない。

 手術の日程が決まってすぐ、付き添いが必要だと伝えたら、ダイニングテーブルで新聞を広げていた夫が迷惑そうに片眉をあげた。俺仕事抜けらんないよ、お義母さんに頼めないの? と私の体を心配するより先に言ってのけた。それからすぐに、そうだ、浩平がいるじゃん、こないだ十八歳になったばかりだし付き添いぐらいできるだろ、と名案を思いついたみたいに顔をほころばせた。浩平は学校があるし、未成年の子どもに一人で付き添いなんてさせたくない、こんなときぐらい仕事を休めないのか、と諭すように私は言い返した。はいはい、もうわかったよ、調整するからあとで携帯にスケジュールくださーい、とふてくされたように夫は言って、私が淹れたコーヒーに口をつけずに家を出て行った。

 結婚して二十年になるが、ほんとうにいつまでも子どもみたいな人だ。なんの責任も負おうとせず、逃げてばかりで、私ばかり老け込んでいる気がする。

「香月(かづき)さん、まだネイル落としてないの? 爪の色が見えないと診察のとき困るからって先生言ってたでしょ」

 そのまま向かいのベッドのほうへ移動していった志川さんの声が、カーテンをとおして聞こえてきた。

「出張できてくれるネイリストさんを探してるんですけど、なかなか見つからなくて……」

 くぐもった声で向かいの患者が答えているのが、かろうじて聞き取れた。

「困ったねえ。それ、普通の除光液じゃ取れないんでしょ?」

「あのう」

 カーテン越しに、思わず声をかけてしまった。さすがにこれは黙って見ているわけにはいかなかった。

「アセトンがあれば――エタノールでも、できないこともないですけど。それと、コットンとアルミホイルを用意してもらえたら……」

 荷物の中に入れておいた布製のツールバッグを取り出し、そのままの勢いでカーテンを開いたら、ちょうど向かいのカーテンをのれんのようにたくしあげて、志川さんが顔を出したところだった。

「私、ネイリストの資格持ってて、家でサロンもやってるんです。よかったら、私にやらせてください」

 志川さんが材料をそろえにナースステーションに行っているあいだに、私は向かいの患者――香月さんの爪に施されたネイルの表面をやすりで削っておくことにした。窓を全開にし、ダストの始末をしやすいようにテーブルとベッドの上に新聞紙を広げる。その上に載せられた香月さんの爪はちんまりと丸く整えられ、つやつやしたチェリーレッドに塗られていた。ストーンの一つも載っていないシンプルなワンカラーネイルだが、かわいらしい彼女の雰囲気によく合っている。

「すいません、なんか……」

 か細い声で謝る香月さんに、いいのいいの、と私は笑ってみせた。【HIPS】のみんながいつもしているみたいに、明るく陽気なおばさんぶって。

「こういうときはおたがいさまでしょ。せっかく身につけた技術だもん。それで人助けできるなら、惜しまず使わなくちゃね」

 ネイリストの資格を取ってからもう十年近くになる。もともと浩平は手のかからない子どもだったけれど、小学校にあがってからはなおさらで、急に手持ち無沙汰になってしまった。最初のうちは、ありあまるエネルギーをガーデニングや手芸に費やしていたが、それにも飽きてしまって、なにか手に職をつけようと思ったのがきっかけだった。

 まさか自宅でサロンまで開いてしまうとは夫は思っていなかったようだが、積極的に宣伝しているわけでもないのに、近所の奥さんやママ友、【HIPS】のメンバーなんかを中心に口コミで広がり、当初の想定よりは繁盛している。夫と離婚して食っていけるほど、ましてや女手ひとつで浩平を大学に行かせてやれるほどの収入はないけれど、私にはそれで十分だった。同年代の女性たち――ときには娘ぐらい年の離れた若い女の子や、最近ではまれに男の子も――の爪を整えながら、ほんの数十分、たわいもないおしゃべりをしたりしなかったりしてすごす時間はなによりかけがえのないものだった。

「ジェル、よくやるの?」

「あ、はい、栄の安いとことかで。お金、ないから……」

「根本、そんなに伸びてないね。塗ってからまだそんなに経ってないでしょう? もったいなかったね」

「あ、はい、でも、しょうがない、から……」

 病院でレンタルしている水色のパジャマの袖がたくしあげられ、点滴のチューブにつながれている。緊急入院でパジャマを用意する時間もなかったのだろう。新聞紙越しにかろうじてお腹のふくらみが見て取れる。二十週ぐらいだろうか。痛ましい気持ちをおぼえてしまったことを悟られまいと、私は無理に明るい声を出した。

「私もほら、明日手術だから、ひさしぶりになんにも塗ってない爪。この年になるとどうしてもね、爪が弱くなるから、ジェルしてないとちょっとしたことで欠けちゃって。念のために道具を持ってきておいてよかった」

 なんでだろう。言葉数の少ないお客さんを相手にしているときほど、「いいおばさん」ぶって、べらべらとどうでもいいことをしゃべってしまう。

「言われたもの、かき集めてきたけど、これでよかった?」

 両腕に荷物を抱えた志川さんが戻ってきて、内心ほっとした。アセトンを染みこませたコットンを爪にのせ、上からアルミホイルを巻いていく。手早く作業する私の手元を、志川さんが感心したように覗き込む。

「ラッキーだったね、甘利さんが同室で」

 はあ、と息を吐くみたいに曖昧に香月さんが笑った。オフだけだとしても出張でここまでネイリストにきてもらったら、けっこうな額を取られただろう。

「よし、これで二十分置いたらオフするから、タイマー入れておくね」

 待っているあいだ退屈だろうからと、志川さんが動画の再生ボタンを押してやっているのを横目に、私は自分のベッドへ戻った。

 タイマーをセットしてから、夫にLINEを送る。明日の手術の開始時間と所要時間を伝えるだけで済まそうと思っていたが、ふと思いついてメッセージを打ち込む。あの映画のタイトル、なんていったっけ。いつだったかどこかで観たおぼえがあるんだけど、あなたもいっしょじゃなかったかしら。産婦人科の病室で女たちがしゃべっているだけの。流産して安心したと言いながら泣いてる女が出てきて……。

【さあ? そんな映画観たっけ? 明日のこと了解です。なんとか調整します】

 夫にしてはめずらしく、すぐに返信がきた。期待はしていなかったが、あまりにあっさりした返答にがっかりしてしまう。

 陽の傾きはじめた窓の外、街路樹の葉がこすれあう音がして、埃っぽくかわいた風がざらりと流れ込んでくる。アセトンの尖ったにおいにまぎれて、かすかに秋のにおいがした。

 くるぶしまであるフレアスカートがうまくさばけない。

 たっぷりとした布が脚にまとわりついて、重たく引きずられる。ぽたり、ぽたりと裾から雫が垂れ落ちて、白い床の上にしみを作る。ああ、濡れているのか、それでこんなに歩きづらいのか。そう納得しかけたところで、みぞおちのあたりにひやっとした重力を感じて目が覚めた。すぐさま手を伸ばして、お尻のあたりを確認する。よかった、お漏らしはしていない。

 見慣れない天井がうすぐらい視界に浮かびあがり、入院中だということを遅れて思い出した。ひどく喉がかわいていたが、手術が終わるまでは飲食を禁じられているのだった。夕飯後に飲んだ下剤の影響か、腹がぐるぐる鳴っている。重たい体でベッドを抜け出しトイレで用を済ませると、ペットボトルの水で軽くうがいした。鏡に映った自分の顔があまりに老け込んでいることに驚いて、わあ、と声が出る。ずいぶん間の抜けた響きで、この場とか、いまの気分とか、この時間帯にはそぐわない気がした。

 さっき見た夢を引きずって、なんとなくまだ自分が若いようなつもりになっていた。

 向かいのベッドのカーテンを透かし、薄暗がりに青いスマホの光が火の玉のように浮かんでいる。私が起こしてしまったんだろうか。それとも、あれからずっと起きてたんだろうか。消灯時間を過ぎてから、すすり泣くような声が向かいから漏れ聞こえてきて、声をかけようかどうしようか迷ってるうちに眠りに落ちていた。それで、引きずられるようにあんな夢を見てしまったのかもしれない。

 ベッドに戻りスマホで時間を確認すると、日付が変わったばかりだった。眠れなくなったら困ると思ったが、LINEの未読が気になってつい開いてしまう。未読数十件のうちのほとんどは【HIPS】のグループトークで、【生まれた?】【まだ】【ずいぶんかかってるね】【眠い】【寝ちゃえば?】【ひどい】【母親失格】といったやりとりで埋められている。【母親失格】なんて強い言葉に一瞬ぎくりとしたが、当のデラさんはけろりとしたもので【それな!】とこちらを力強く指差すスタンプを返している。

 浩平からは【了解】の意を示す親指を立てたスタンプが一つだけ送られてきていた。冷蔵庫にピクルスとひじきの五目煮ときのこのバルサミコ酢炒め、冷凍庫にひき肉と豆のカレーと鶏肉のトマト煮込み、それから下味をつけた豚肉があるから、野菜室のジップロックに入ってるカット野菜といっしょに炒めて食べるようにと、キッチンのホワイトボードにもメモを残してきたし、念のため浩平にLINEもしておいたけれど、ちゃんと夕飯は食べただろうか。ごはんも多めに炊いて冷凍してきたが、足りなかったらどうしようと思うと気が気じゃなかった。どうせ夫はまだ家に帰ってもいないだろう。もう高校生なんだし自分でなんとかするらと【HIPS】のグループトークでだれかが言っていたけど、氷が解けて二層になったオレンジジュースが頭に浮かんで、どうしても離れてくれないのだった。

 いまでは一日五食じゃきかないほどの大食らいになったが、うちにきたばかりのころの浩平は、私があたえるものになかなか手をつけてくれなかった。遠慮しているのか警戒しているのか、それとも子どもが大人の愛情を確認しようとする「試し行動」というやつだろうかと、養子について書かれた本や児童心理学の本を読んだりもしたが、結局は辛抱づよく見守るしかなかった。空腹に耐えきれずにやっとごはんを口に入れることはあっても、おやつの類――とくに手作りのケーキや家で蒸した鬼まんじゅうなんかはいやがられ、市販のスナック菓子のほうがまだましだった。

 口をつけないまま放置されたオレンジジュースをいったいどれだけ流しに捨てたことか。ぜんぶ溜めておいたら、オレンジジュースのお風呂に浸かれただろう。

「そうやってずっと見張ってるから、浩平も息がつまるんだよ」と夫には言われた。

「見張ってるだなんて。子どもが家にいたら――いいえ、いないときだって気にかけてやるのが親として当然のつとめでしょう。あなたが気にかけなすぎなんじゃないの」

「だからそうやって気負いすぎるのがよくないんだって。もうちょっと気楽にやろうよ。あの子とはこれから長いつきあいになるんだから、そんなに気を張ってたらそのうちガス欠になるよ」

 バブルの真っ只中に地元のテレビ局に入社した夫は、物腰もフットワークもついでにいえばものの考え方も捉え方もひたすらに軽い。私がそれを指摘すると、君がなんでも重く深刻に捉えすぎなんだよと笑う。

 私だって若いころはこんなじゃなかった。もっといいかげんで、てきとうで、ふらふらと遊びまわってばかりいる軽薄な女の子だった。新聞も読まず、本も読まず、ニュースも見ないで、テレビをつけたらドラマかバラエティに迷わずチャンネルを合わせる。社会や環境のことになんかなんにも興味がなくて、明日遊びに着ていく服のことや、新しい髪型や化粧品、つきあいはじめた男の子のことばかり考え、欠けた爪のことでいつまでもうじうじ思い悩んでいた。

 高校の同級生だったデラさんが仲間内でいちばん最初に結婚し出産したときも、あんな若いうちに子どもなんか産んじゃってもったいないとすら思っていた。香港、ニューヨーク、パリ、まだ行ったことのない海外の都市は数えあげたらきりがなかったし、行ったことのないレストランもまだ食べたことのない食べ物も無限にあった。時間もお金もいくらあったって足りないぐらいだった。

 夫と出会ったのは、もうすぐ三十歳という年齢に差しかかったころだった。二十代をいっしょになって遊びまわっていた友人たちが一人、二人と順に片づいていき、気づけばまわりに独身の友人はほとんどいなくなっていた。勤め先の会社でも、女子事務員の中では年長になっていた。

 当時、女にとって三十歳という年齢は大きな節目だった。二つ年上の夫は実家も裕福だし、高学歴で高収入、仕事が忙しくてほとんど家に帰ってこないことと少々女癖が悪いことにさえ目をつぶれば結婚相手として申し分なかった。このままでは会社で「お局」と呼ばれかねない、そろそろ年貢の納め時かもしれないと二十九歳で滑り込みのように結婚し、専業主婦になった。あとは男の子と女の子を一人ずつ産み、夫の世話をしながら子育てに専念する心積もりでいた。

 最初の流産は八週目だった。夜、眠っているときに生温かい広がりを腰のあたりに感じて目を覚ますと、シーツが血まみれになっていた。二回目は二十週目に差しかかろうかというころ、昼過ぎにお腹の張りを感じてソファで安静にしていたらやっぱり血が降りてきて、自分で救急車を呼んだが間に合わなかった。心拍が確認できないと医師に告げられ、点滴のチューブにつながれて身動きの取れない体で一人で泣いた。携帯に何度かけても夫は電話に出なかった。

 古い記憶を掘り起こしているうちに涙がにじんできて、ぱりんと清潔なシーツに顔を押しつけた。

 あれから二十年近くが経ち、すっかり色褪せたとばかり思っていたけれど、心のどこかに冷凍保存でもしてあったみたいに、いまなお鮮血のようなかなしみが居座っていたことに自分でも驚く。いなくなってしまった赤ちゃんを思ってというよりは、自分がかわいそうで泣いていることを、はっきり私はわかっていた。

 まだ正午前だというのに昼食の配膳のワゴンの音が遠くから聞こえる。入院なんて数えるほどしかしたことはないが、食事時のこの匂いは何度嗅いでも慣れることはなさそうだ。空腹であればなおさらだった。

 朝からなにも食べておらず、下剤でお腹の中のものもぜんぶ出してしまって、体が紙のようにぺらぺらになったような気がする。

 そうはいっても、五十も過ぎれば肩や背中にみっしりと贅肉がこびりついて、自分で思っているより体に厚みが出てきていることが上着の突っぱりで理解できるのだが、いつまでもイメージの中の自分との差が埋まらない。

「甘利さーん、あれえ、付き添いのご家族の方、まだ来てない?」

 志川さんがカーテンをくぐって顔を出した。

「あ、はい。手術がはじまるころには、主人が来ると思うんですけど、まだ……」

「あら、そう? 手術の一時間前には移動しちゃうけど、それだと顔見られないかもよ」

「顔は別に、見なくてもいいかな」

 ぼそりと答えると、あはははと声をあげて志川さんは笑った。

「あなたはよくても、向こうが見たいかもしれないでしょ」

「いやあ、どうだろう」

 曖昧に首をかしげ、苦笑してみせる。流産の掻爬手術のときだって、夫は付き添いにこなかった。

「大丈夫?」と志川さんが顔を覗き込むようにして訊ねてきた。私の投げやりな態度を別の意味に取ったらしい。

「子宮とるの、人によってはけっこう堪えるみたいだから、話せる相手がいるなら甘えたほうがいいと思うよ」

「だって、そんな、いまさら」

 ――子どもも産めないのに、必要ないじゃない。

 軽く笑い飛ばせてしまえたらよかったのだけれど、意図せず重々しい響きになってしまいそうで、その先を口にするのがためらわれた。

「毎月のものがなくなるかと思ったら、いっそ清々するかな」

「あはは、言えてる。私はもう閉まったけど、ほんと、楽ちんよ。こんなことならさっさと閉まっておけばよかった」

「そんな、自分で開け閉めできるようなものなの?」

「いまはいろいろやりようがあるからね」

「早く知りたかったな」

 よく知らない相手と閉経の話でこんなふうに盛りあがるなんて、若いころは考えもしなかった。親しい友人とだって、生理の話なんてほとんどしたことがなかった。ましてや、流産のことなど。

時間になったらまた呼びにくるねといったん出ていった志川さんは、宣言どおり、手術のきっかり一時間前に迎えにきた。言われるままにミントグリーン色の手術着に着替え、志川さんにつき従って廊下を歩いていく途中で、ガラス張りの新生児室の前を通りかかった。

「あ」と思わずつぶやいて立ち止まる。ベッドに横たわるいくつかの赤ちゃん。あの中に、デラさんの孫がいるのかもしれない。朝方、デラさんちの赤ちゃんが生まれたとグループトークが一盛りあがりしたところだった。【十八時間だよ、十八時間!】とデラさんがしつこいぐらいに大騒ぎしていた。

「手術室に向かうときは、必ずここの前を通らなきゃいけないんですか」

「そうね、この先に直通のエレベーターがあるから」

「どこの病院もそうなのかな」

「さあ? 病院によっては構造がちがうと思うけど」

「そっか」

 志川さんは私の言ったことなどさして気に留めていないようで、さっさとエレベーターのボタンを押している。

 流産したときに入院した病院もそうだった。病棟から掻爬手術に向かう途中で、新生児室の前を通らなければならないようになっていた。どうしてそんなむごいことができるのかと驚いて、非難を込めて新生児室のガラスをにらみつけたが、ベッドはすべて空っぽだった。一人でもそこに赤ちゃんがいたら、耐えられなかっただろう。

 医者に勧められるままに不妊治療専門のクリニックで検査を受けてみたが、流産の原因ははっきりしないままだった。

「そこまで無理して子どもを作らなくてもいいんじゃないかな。君の体のほうが心配だし、夫婦二人だけで暮らしていくのも悪くないと思うけど」

 いつもの軽い調子で夫は言い、忙しいことを理由に検査を拒んだ。二回も妊娠させているんだから自分のほうに問題はないはずだ、とはっきり言葉にはしなくとも態度ににじんでいた。「不妊」の烙印を捺されることを、とにかく怖れているみたいだった。

 笑わせないで、なにが夫婦二人で暮らしていくよ。毎晩どこをほっつき歩いてるんだか知らないけど、あなた家に帰ってもこないじゃない。

 喉元まで出かかった言葉を吐き出してしまったら終わりだとわかっていた。さして若くもなく、なんの資格も技術もない女が一人で生きていけるほど甘い世の中じゃない。しかも、二回も流産しているのだ。女としての価値が自分にまったくないことを、私は自分でよく理解していた。

 夫に対してまったく愛情がなかったわけではないが、同じぐらい打算もあった。でなかったら、だれがわざわざ結婚しようなんて思うだろう。

 結婚する前は忙しい仕事の合間をぬって、二人でよく映画を観に行った。映画好きの夫は、いまではもうなくなってしまった名駅のゴールド・シルバー劇場や矢場町のヘラルドシネプラザがとくにお気に入りだったようで、上映後、近くのレストランでパンフレットを開きながら、あのカットがどうだの、女優の表情がどうだの、監督の意図がどうだのと熱のこもった話を聞かせてくれた。

 一度、たまたまそこに居合わせた友人が、うんちくをべらべら並べ立てる夫に目を丸くしていたことがある。

「あなた、よく平気でいられるね?」

 夫がトイレに立った隙に、友人が耳打ちしてきた。

 なんのことを言われているのかわからなくて、私は首をかしげた。

「だって、あんな、知識をひけらかすみたいな……」

 まずいことを言ってしまったとばかりに友人がもぞもぞとつけ加え、なあんだ、と私は笑った。

「どうして? ぜんぶ解説してくれるんだもの、便利じゃない」

 そう言って、私はワイングラスをゆっくり傾けた。友人が絶句する気配が伝わってきたが、気にしなかった。

 友人にとってはただただ退屈なだけのようだったが、私は夫の話を聞くのが好きだった。彼に教わった監督の名前や映画の題名はちっともおぼえられなかったけれど、情熱の所在を知らせてくれることがうれしかった。「泣けた」とか「きれいだった」とかただぼんやりと情緒的な感想しか湧いてこない自分とは、同じ映画を観たはずなのにぜんぜんちがうものを観てきたみたいな驚きがあった。自分とはちがう人間なんだと思えば思うほど夫のことがいとしくなった。自分とはちがう人間なのに、愛し愛されていることが奇跡のように思えた。

 いまから思えば、それも錯覚だったのかもしれないけれど。

 結婚してからは、二人で映画を観に行くこともなくなった。夫は一人でも時間を見つけては映画館に飛び込んでいたようだけれど、それでも以前とくらべたら鑑賞本数は減っているようだった。たまの休みには家でごろごろしているか、仕事の資料を読んでいるかで、二人で連れ立って出かけることなんて数えるほどしかなかった。忙しさにかまけて情熱を失い、生活に埋没していく夫のために毎日家の中をきれいに整え、食事を用意する。そんな新婚生活のはてに、立て続けの流産を経験した。

 私だってべつに、なにがなんでも子どもがほしかったわけじゃない。結婚して、子どもを産む。みんなそうしてるから私もそうするんだと、深く考えもせずに思い込んでいたまでのことだった。

 だけど、いざ子どもが持てないという事実を突きつけられると、いてもたってもいられないような気持ちになった。どうして私だけがこんな目に遭わなきゃいけないの。大した考えもなく子どもを産んでる若い母親なんていくらでもいる。なのに、どうして私だけ。

 ネグレクトや虐待で小さな子どもが死んだニュースがテレビから流れてくると、呼吸困難に陥るほど動悸がはげしくなった。どうして、どうして、どうして――死なせてしまうぐらいなら私にくれればいいのに。私だったら子どもを死なせたりなんかしない。うっとうしいぐらい愛情を注いで、あれもこれもと世話を焼き、かまってかまってかまって、ぜったい一人になんかしない。私のところにきたらしあわせにしてあげたのに――。

 ほんとうに自分がそれを望んでいるのか、みんなが持っているからほしいのか、わからないまま焦がれていた。お金と手間さえ惜しまなければ手に入るブランドもののバッグや季節限定のコフレとはわけがちがった。同世代の一般的な子育て家庭とくらべたら経済的な余裕だってあるし、専業主婦の私には時間もエネルギーもあり余るほどあるというのに、子どもだけがいない。考えれば考えるほど、理不尽さに頭が煮えたぎるような怒りをおぼえた。ただただもう、取り憑かれたようにそのことばかりになっていた。

 養子を迎えたいと私が言い出したとき、夫は最初、冗談だと思ったらしかった。君好きだよね、赤毛のアンとかポリアンナとかその手のやつ、と笑ってまともに取り合ってもくれなかった。

「俺、自信ないよ」

 何度もくりかえし希望を伝えているうちに、私が本気だということをようやく悟った夫は、弱々しい声でそう言った。

「血のつながりのない子どもを育てるなんて、俺には無理だと思う」

「大丈夫、私が育てるから」

 だれか、知らない人を見るような目で夫は私を見た。

「いいお母さんになりそうだって、あなた前に言ってくれたでしょ。私、やれると思う。自信があるの」

 せつせつと夫に訴えかける一方で、ほんとうに? と鋭い閃光のような想念がすっと頭に差し込まれた。子どもを育てたこともないのに、どうしてそんなふうに言い切れるの? たいした自信だね? どこから聞こえてくるのかもわからない意地悪なその声を、すぐさま私は追い払った。大丈夫。私は大丈夫。

「あなたと私だって他人じゃない。他人なのにいっしょに暮らしてるじゃない。子どもだけが血縁でなきゃいけない道理なんてないでしょう?」

 自分でも、どうしてあんな強い気持ちで子どもを望んだのかわからない。自分の中にたしかに兆していた不安も恐怖も、ただ子どもがほしいという強い気持ちでねじ伏せて、見ないふりをした。理屈じゃなかった。

 赤ちゃんを、私は待っていた。

 かわいい女の子の赤ちゃん、私だけの赤ちゃんを、すぐにでも胸に抱きたかった。

 だけど、私のところにきてくれたのは、もうすぐ三歳になろうとする依怙地な男の子だった。

 病室で目覚めたときには、手術開始から五時間が経過していた。薄暗い視界に、青白い光がぼんやり浮かんでいる。

「浩平」

 呼びかけたつもりだったのに、喉元に声がからんで、ため息のようになった。ベッド脇のパイプ椅子に腰かけてスマホに目を落としていた浩平が、気配に気づいて顔をあげる。学校から直接きたのか、半袖のポロシャツに制服の黒いズボンを穿いている。もう十月に入ったというのにいまだに夏服のままだ。九月の半ばには、クリーニング済みの冬服を浩平の部屋のクロゼットに揃えておいたのに。

「お父さんは?」

「仕事戻った。俺が来るなり、後はまかせたってすぐ出てった」

「また、いいかげんな……」

 それでもいちおう顔を出すには出してくれたんだ、と呆れながらもほっとする。

 甘利さん、甘利さんと手術室で肩を叩かれて一度は目覚めたものの、またうつらうつらと眠ってしまっていたようだ。病室に運ばれてくる途中だったか、どこかで夫の顔を見たような気もするが、夢と現実のさかいが曖昧で、つい疑ってしまった。

「浩平も、もういいよ。お腹空いたでしょう? 帰ってごはん食べて。冷蔵庫のおかず、わかるよね? 足りなかったら外で食べるか、コンビニでなにか買いなね。あとでお金あげるから。インスタントでいいからお味噌汁飲んで、野菜も食べるようにしてね」

 かわいた唇を動かして、あれもこれもと急くように伝える。喉がからからで、最後のほうはほとんど息が漏れる音だけになった。

「ん」

 短く頷いたものの、立ちあがろうとする気配もなく、浩平はじっとスマホに目を落としている。まったくだれに似たんだか、素直に言うことを聞かないんだから。甘い喜びが胸をかすめ、私は息子に気取られないように微笑んだ。

 軽く潤すぐらいの水なら飲んでもいいと志川さんから言われていたので、おみず、と浩平にねだって、水差しで唇に水を差してもらい、

「全身麻酔、やっぱりびっくりする。ほんとに、落ちるってかんじ」

 天井を見あげたまま、私はぽつぽつと言葉を発した。体のあちこちがチューブにつながれていて、身動きが取れない。下っ腹を中心に、重たく地中に埋め込まれていくような鈍痛がある。病室の向こう側、半分だけ照明がついているのが、ほのかに流れてくる光の気配で感じ取れた。

「手術、はじまる前に麻酔のお医者さんがね、声かけてくれるの。入りますよーって。で、数を数えはじめるんだけど、いやいやぜんぜん眠くならないし、麻酔なんてかかりっこない、無理無理って思ってるのに、もう六とか七ぐらいで強制終了されたみたいにぷつんと意識が途絶えちゃうんだよ」

 流産後の掻爬手術をしたときもそうだった。あのときは全身麻酔をうけるのがはじめてだったからほんとうに驚いて、夫にくりかえしその話ばかりして、「それもうなんべんも聞いた」とうんざりされたっけ。

「いつか浩平もすることになるかもね。できればしてほしくないけど」

 夫も一度、虫垂炎で全身麻酔をしたことがあった。あのときも、俺仕事休めないよ、どうしても入院しなきゃだめかと大騒ぎしていたことを思い出す。手術室から夫が出てくるまでのほんの一時間、本を開いても頭に入ってこなくて、ひたすら時計の秒針が動くのを眺めていた。もし万が一のことがあったらどうしようと思うと気が気じゃなかった。

「それ、努力で回避できるものなの?」

「うーん、どうだろう、ある程度は?」

「じゃあ、がんばるわ」

 私は笑った。引きつれるような鋭い痛みが一瞬、体を走る。

「やめて、痛いんだから、笑わせないでよ」

「笑わせたつもり、ないけど」

 そっけなくそう言って、浩平は重い腰をあげた。急に顔が遠のいて、あ、と声が漏れる。中学からはじめたバレーボールの影響か、あんなにちいさかった男の子が若竹みたいにぐんぐん伸びだして、いまではゆうに一八〇センチを超えている。私も夫も小柄なほうだから、隣に並ぶと、頭のずっと上のほうを見あげる形になる。

「そんなに大きくなっちゃって」

 うらめしさから思わずつぶやいたら、またそれか、と声には出さず、片眉だけひそめてみせた。そんなこと言われても、努力で止められるもんでもないし。ふてくされたような声がいまにも聞こえてきそうだ。

 我が息子ながらいい子に育ったな、と思う。養子を迎えるというあのときの選択は間違っていなかったのだとうれしく思う反面、ときどき不安にもなる。この子をそうさせているのは私なんじゃないかって。ぼんやりしているように見えて賢い子だから、私の望みをはしこく汲み取って、そう振る舞っているだけなんじゃないかって。

 ぷんと甘い花のにおいが香った気がして、出所を探して視線をさまよわせる。みやっちが置いていった作りもののブーケは、紙袋に入れたままベッド脇のキャビネットの上に置いてあった。香料でも染みこませてあるのだろうか。偽物なのに、においまでするなんて。

「あ、そうだ、これ」

 浩平は通学用に使っているスポーツバッグから薄い冊子を取り出して、私のお腹の上にぽんとのせた。薄い掛布団をとおして、かすかな振動がお腹に響く。表紙には、英字新聞や洋雑誌のアルファベットを切り張りしたようなレイアウトで、【Prom To Our School!】という文字が躍っている。プロムをわが校に!

「美鈴が持ってけって言うから。見舞いについてこようとするのを阻止したら、かわりに押しつけられた」

「ああこれ、文芸部で作るって言ってたやつ?」

「うん、たぶん、そう。欲しいともなんとも言ってないのに、いちおう売り物だからって二百円ぶんどられた」

「ちゃっかりしてるわねえ」

 みやっちの娘の美鈴ちゃんは、浩平と同じ千早(ちはや)高校に通っている。【HIPS】のリーダーであるなっちの娘――葉月ちゃんも同学年にいて、葉月ちゃんに無理やり引きずり込まれる形で文芸部に入部することになったと一学期のなかばぐらいに話していた。三年生になってから部活動に参加するなんてそんなことがあるのかと驚いたら、なんでも卒業式の午後に学校の体育館でプロムを開催しようとしているらしく、文芸部を乗っ取る勢いで一人でも多く同好の士をかき集めているのだとか。浩平も危うく引きずり込まれるところだったが、バレーボール部に所属していたおかげで難を逃れたそうだ。

「昔から葉月ってそうなんだ。真面目な優等生のくせに一度言い出したら聞かないっていうか、真面目が行き過ぎた末に暴走しちゃうっていうか、とにかく猛烈なんだから」

 というのは美鈴ちゃんの弁だ。

 葉月ちゃんとは【HIPS】で参加したイベントのときに何度か顔を合わせたことがあるぐらいだけれど、そう言われてみればきっちり定規をあてて切ったようなぱっつん前髪に、生真面目さとかたくなさがよくあらわれていた。なんというか、あの親にしてこの子ありというかんじである。

 二年前にデラさんを介して知り合ったときは、子どもたちが同じ高校でしかも同学年だなんて、こんな偶然あるところにはあるのねと驚いたものだけど、まさか家族ぐるみのつきあいになるとは思ってもいなかった。いくら母親同士が仲良しだとしても、多感な年頃の男の子と女の子がそうやすやすと打ち解けられるはずもないと思っていたのに、ボーイッシュな美鈴ちゃんの雰囲気がそうさせるのか、それともみやっちの言うとおり、ほんとうにいまの子たちは男とか女とか、そんな括りなど気にしなくなっているのだろうか。いまや美鈴ちゃんは浩平と四六時中いっしょにいて、塾まで同じところに通い、宿題をやるとか映画を観るとか、なにかといってはうちに入り浸っている。へたしたら親より長い時間を二人ですごしているんじゃないだろうか。私としては、娘ができたみたいで大歓迎なんだけれど。

「うわあ、目がチカチカする。だめだ、これは。ちゃんと明るいとこで老眼鏡かけて見ないと、私には読めないや」

 点滴の管がついたままぱらぱら冊子をめくってみたが、弱った体には少々刺激が強く、エネルギーにあてられてしまいそうだった。洋雑誌のグラビアやアニメのキャラクターの切り抜きが敷き詰められていたり、手書きの文字でぎっしりとアメリカ学園映画についての愛を語っていたり、あふれんばかりの情熱が台風のようにぐるぐる渦を巻いている。まさに「猛烈」と呼ぶにふさわしい。

「そういえば、あの子、どうしたの。夏休みに毎週うちでいっしょに映画観てた男の子。小倉(おぐら)くんだっけ?」

 スポーツバッグを肩に下げ、出て行くばかりの格好になった浩平にふと訊ねると、

「え? あ、なんで?」

 バッグのストラップ位置をやたらと気にしながら、ぎくしゃくと浩平が訊き返した。

 やっぱりあの日、なにかあったんだろうか。

 夏休み最後の日曜日、文芸部の活動があるとかで美鈴ちゃんはきていなくて、小倉くんが一人でうちにやってきたことがあった。ほんの数時間、家を空けているあいだに浩平とケンカでもしたのか、私が帰ってくるのとすれちがいに、真っ赤な顔で飛び出していったあの可哀想な男の子。

「なんでっていうか、急にこなくなったから、ちょっと気になっただけ」

 母親にいたずらでジェルネイルを塗られたといって、オフしてあげてと美鈴ちゃんに連れられてうちにやってきたのが最初だった。目つきや姿勢の悪さから、千早高校に通っているわりにはあまり毛並みの良さそうな子じゃないなと率直に思ったが、名古屋でもあまり治安がいいとは言えない区域に住んでいると聞いて納得した。ちょっと話してみれば悪い子でないことはすぐにわかったし、人間に馴れていない臆病な仔犬みたいで、いじらしく憐れを誘いもした。

 浩平にくらべると背も低くて体もうすっぺらで、Tシャツの襟ぐりは伸びきり、ズボンの裾は擦り切れている。髪の毛もぱさついているし、肌つやもあんまりよくない。ちゃんと野菜を食べてるんだろうか。それどころかごはんすらちゃんと食べていないかもしれない。そう思ってあの子がくるたびに、あれやこれや、ついはりきっておやつを作りすぎてしまった。受験生なのにバイトしてると言っていたっけ。いったい親はなにをしているんだろう。うちの子にしてあげられるものならすぐにでもしてあげたいぐらいだった。大事にしないなら私にちょうだいよ。母親と顔を合わせるようなことがあったら、そう言ってやりたかった。

 こみあげるものがあって、目の表面に涙が勝手に膜を張る。子どもが可哀想な目に遭っていることが、なにより私はつらかった。

「べつに、もともと俺は、よく知らないっていうか、美鈴のクラスのやつだし……」

 訊かれたくないことを訊かれたときはいつもそうするように、目も合わせずにぶつ切りの口調で言うと、「もう、行くわ」とそのまま逃げるように浩平は病室を出て行った。目に浮かんできた涙をなんとなく浩平には見られたくなかったから、ちょうどよかった。

「甘利さん、そろそろ目ぇ覚めた?」

 浩平と入れ違いに病室に入ってきた志川さんの声が、やけに大きく耳に響いた。

「いま出てったの、息子さん? すごい、イケメンじゃない。どっちかっていうとお父さん似かな?」

 えー、そうかなあ、と言って、かすかに私は笑った。

 一重の目は夫に、富士山形の唇は私に、まっすぐで黒々した髪は夫に、箸の持ち方は私に、靴ひもの独特な結び方は夫に、「いちご」の「い」にアクセントを置くのは私に、放っておくとすぐ寝ちゃうところは夫に、飄々としているように見せかけてなんでも内に溜め込むところは私に。

 浩平の中に、私や夫のかけらを見つけるのがくせみたいになっている。それは最初から浩平が持っている性質でもあったし、いっしょに暮らしていくうちにいつのまにか身についていったものでもあった。うちにくる前、浩平がどのような親のもとでどのような生活をしていたのか詳しくは知らないけれど、私たちの習慣が浩平の伝統になっていくことにいちいち安堵し、胸を震わせていた。かつて夫に恋していたときは、自分とちがう部分を見つけて胸ときめかしていたものだったが、浩平が私たちに似てくればくるほど、親子の実感が持てるようになってうれしかった。

 浩平が里子としてうちにきてからきっかり半年後に特別養子縁組をして、私たちは正式な親子になった。そのころには少しずつ、浩平も私たちとの暮らしになじんで、私の作ったものを口にするようになっていた。

 家を建てようと夫が言い出したのはちょうどそのころだった。当時、私たちは夫の親が所有する分譲マンションの一室で暮らしていた。覚王山(かくおうざん)の駅から歩いてすぐの、2LDKのマンション。

 ようやく浩平が私たちとの暮らしに馴れてきたところだというのに、このタイミングで環境を変えるのは気が進まないと私が反対すると、「だってもう、土地買っちゃったもん」と悪びれずに夫は言った。千種と今池の中間に位置する住宅地に、ちょうどいい土地を見つけて、すでに契約も済ませてあるという。

「どうしてそんな大事なことを一言の相談もなしに決めちゃうの」

「だって君、俺のすることにはだいたい反対するじゃん」

「それは、だってあなたが、あまりに考えなしに行動してるように見えるから」

「俺だってそれなりに考えてはいるよ。家建てるの、昔からの夢だったんだ。なあ、いいだろ? 浩平が大きくなったらどのみちいまのマンションじゃ手狭になるし、一軒家のほうが浩平ものびのびと暮らせると思うけど」

 養子を迎えることを受け入れたんだから、家を建てることだって受け入れろ。はっきり口にしたわけじゃなかったが、私にはそう聞こえた。

 最初のうちは乗り気じゃなかったのに、いざ浩平がやってくると、夫はびっくりするほど子育てに協力的になった。早く家に帰ってこられた日には浩平を風呂に入れて寝かしつけ、休みの日にはあちこち遊びに連れ出した。近くに住む夫の両親もいろいろ思うところはあっただろうに、あらかじめ夫に釘を刺されていたのか、あたたかく浩平を受け入れてくれた。今度は私の番だった。

「もう土地を買っちゃったんなら、家を建てるほかないわね……」

 それからはあっというまだった。夫の知り合いの建築士にお願いして設計図を引いてもらい、ああでもないこうでもないと打ち合わせを重ねた末に、もろもろの手続きやら地鎮祭やらを済ませて、ようやく着工となった。

 夫の希望は二階の一室をホームシアターにすることだった。書斎なんかいらないし二階にトイレもいらないから、これだけはぜったいに譲れない。大きなスクリーンを置いて、一方の壁はライブラリーにする。そう言ってこのころから夫は、もともと家にあったDVDやVHSに加え、ほうぼうから映画のソフトをかき集めるようになった。あれもこれも浩平に見せてやりたいからと、新品中古関係なくあちこちの店を見てまわり、どうしても見つからないソフトは高値を出してインターネットで取り寄せた。

 毎週日曜日は外食して、ホームシアターで映画を観る。いつのころからか、それが私たち家族の伝統になった。長らく映画を選ぶのは夫の役目だったが、巨匠と呼ばれる監督の作品か、パッケージに名だたる映画賞の冠が連なるような、いわゆる「名画」ばかり好んで観たがるので、そのうちローテーション制になった。浩平はSFやアクション大作、私はオードリー・ヘップバーンが出演している映画か、ロマンティックコメディを選ぶことが多かった。

「こんな映画ばかり観てたらバカになる」

 自分の望むようなシネフィルに息子が育ってくれないことが、夫は気に入らないようだった。

 もともと夫は自分が卒業した千早高校に浩平が入学することを望んでいた。できれば大学も同じところにと考えていたようだが、浩平なりにいろいろ思うところがあったのだろう。最初の進路希望調査のときから一貫して、夫が卒業した私立大学ではなく、国公立大学を第一志望にしている。お金の心配ならしなくていいからと何度言っても、考えは変わらないようだ。

 親の望んでいる以上のことを先回りして汲み取り、そのとおりに行動するようなできすぎた子どもだったが、映画の好みに関してだけは浩平はかたくなだった。そのことに私はほっとしていたし、B級映画だとか低俗だとか文句を言いながらも夫だってほんとうはそのかたくなさに救われていたんじゃないかと思う。二層になったオレンジジュースが、封も開けずに放置されたフェリーニやタルコフスキーのDVDコレクションに形を変えただけだ。

「映画は映画でしょ。目の前を流れていく映像を楽しめばいいだけなのに、むずかしく考えすぎなのよ」

 バカを言うんじゃない、ほんとうの意味で映画を楽しむにはそれなりの素養が必要であってうんぬんかんぬん……。夫が講釈をたれるのを聞き流しながら、私と浩平は夫のライブラリーにずらりと並んだソフトのタイトルから好きなものを選び取る。そこに観たいものがなければ、わざわざレンタルしに行ったりもする。CSの映画チャンネルで放映されていたものをまめに録画したり、配信サービスが普及してからは「浩平に観せたいリスト」を作ったりと涙ぐましい努力を夫は続けていたが、浩平が成長するにつれ、部活の遠征があったり、友人との約束があったりで、だんだんと日曜日に家族そろって映画を観る機会が少なくなっていった。

「もう一人、養子がほしい。今度こそ赤ちゃんから育てたい」

 三人のあいだにきゅっと働いていた求心力が弱まっていくことがさびしくて、そんなことを言い出した私に夫はぎょっとしていた。

「俺も君ももういい年だし、そんな体力ないだろ。もう一人子どもがきたところでいずれはその子も成長して親の手を離れるときがくるんだし、そんなことやり出したらきりがないよ」

 夫の「正論」にねじ伏せられたわけではない。養親と養子の年齢の差は原則四十五歳までと定められており、そのころにはもう年齢的に新生児が望めなくなっていたのだ。

 体の中心にぽっかり穴が開いたようなうすさびしさと、なにかを持て余しているようなじれったさを抱えながら、せめていまのうちだけと、手の込んだ食事やおやつを毎日せっせと作って浩平に食べさせているうちに、今度は夫が私の作ったものに手をつけようとしなくなった。トーストとコーヒーのかんたんな朝食だけ家でとり、夕飯はほとんど外で済ませてくる。そのせいか、日に日に腹まわりがたっぷりしてきているようだ。

 家を建てたとき、なにかシンボルツリーがほしいという私の希望で、ソヨゴの木を植えた。生長がゆるやかで手入れが楽だというのが気に入って、当時の浩平と同じ背丈ぐらいのものを選んだ。いまでは私や夫の背丈をはるかに超え、玄関の一角に植えておくには少々窮屈に見えるぐらいだ。

 同じことを、私たちは浩平にしているのかもしれない。

 いつだったか、ソヨゴの枝を剪定するときに、そんな思いがふとよぎったが、それ以上突き詰めて考えてしまうのがこわくてすぐに頭から追い払った。ゆうゆうと枝を広げ、どこまでも野放図に伸びていく姿を見てみたいと思うのと同じぐらい、どうかちいさいままで、おとなしくここに収まっていてほしいという気持ちが私の中にある。

「あれあれ、左から三番目の、ほら、あのひときわ大きな子」

「ほんとだ、ばあばゆずりの体のでかさ! すでに生後一ヶ月ぐらいの貫禄がない? ウケるんだけど」

「ウケとんじゃねえよ。お腹の中であんなに育ってまって、おかげでうちの娘、たいへんだったんだで。十八時間だよ、十八時間」

「ぶじ生まれてきたんだからいいじゃん。赤ちゃんもお母さんも元気でなによりよ」

「かわいい……赤ちゃんってほんとにかわいいわね……」

 感情があふれすぎて、つい心の底から声を発してしまった。新生児室のガラスに張りつくようにして、私とデラさんとみやっちは赤ちゃんを眺めていた。午前中の白くきよらかな光が病棟の廊下を染め抜いて、目に沁みるほどまぶしい。

 手術から三日経ち、術後経過もまずまずで、最後の診察を先ほど終えて、あとは退院の手続きをするばかりだった。病室の荷物をまとめて旅行用のバッグに詰めていたらみやっちが迎えにきて、「病人に重いもの持たせられんでしょ」と有無を言わさず私の手から荷物を奪っていった。お見舞いにもらったアートフラワーを紙袋に入れっぱなしにしておいた気まずさから、「埃かぶったらいけないと思って……」ともごもご言い訳をしたが、「忘れ物ない? ちゃんと確認した?」とみやっちはさっぱりしたものだった。

「あ、待って」

 そう言って私は、みやっちが手に持ったバッグから名刺入れを抜き取った。サロンの名前と電話番号とLINEのIDのみが記された簡素なものだが、念のため荷物に忍ばせておいてよかった。

「香月さん、甘利です。今日、退院なので挨拶だけでもいいかしら」

 カーテン越しに呼びかけると、あ、はい、とあいかわらず、か細い声が応じた。

「これ、私の名刺。退院して元気になったら、ネイルしにきて。本物の花をね、ジェルで閉じ込めたりもできるの」

 大丈夫よ、赤ちゃんきっと元気に生まれてくるから。ほかにもっと、彼女を安心させられるような言葉をかけてやるべきかもしれないと思いながら、私に言えるそれが精一杯だった。赤ちゃんがいつも元気で生まれてくるとはかぎらないことを、私はすでに知っていた。気やすく「大丈夫」なんてとても言えない。

「トワイライト……」

 点滴につながれたままの手を伸ばして、香月さんは名刺を受け取った。白っぽくかわいた爪が、彼女の健康状態をそのままあらわしているようだ。

「私の名前、夕子っていって、それでサロン名をトワイライトにしたの。相室になったよしみで特別にサービスするから、よかったら連絡して」

 じゃあね、とだけ言ってカーテンを閉めなおした。入院中、何度か母親とおぼしき人物が様子を見にきていたが、最後まで彼女の夫らしき人物が見舞いに来た様子はなかった。もしかしたら未婚の母というやつなのかもしれない。ますますあの映画みたいだ。結局なんというタイトルだったかわからずじまいの、あの映画。帰ったら二階のライブラリーを改めてみよう。

「あ、よかった、まだおった。退院だっていうから、見送りにきたったわ」

 そこへ、初孫を見せびらかしたいばかりのデラさんが顔を出し、三人で新生児室に流れることになったのだった。

「いいなあ、デラさん、これから赤ちゃんのお世話しほうだいなんて」

「やめたって。うちの娘、甘えただで、子連れで遠慮なくうちに入り浸りそうでいまからぞっとしとるんだから」

 口ではそんなことを言いながら、デラさんの顔はいつになくふやけている。

「えー、だったら私にちょうだいよ。私も赤ちゃん育てたい」

 身をよじらんばかりに羨ましがる私に、呆れたようにみやっちが笑う。

「美鈴がまだ赤ちゃんだったころのあの一体感はなかなか得がたい体験ではあったけど、もう一度やれって言われたら私はパスだな。だって、赤ちゃん、たいへんじゃん」

「思い出すだけで吐きそうになるよな。うちは連続して三人だったから、よけいに」

 二人とも若いときに赤ちゃんを産んだから、遠い記憶を掘り起こすような顔つきになっている。たいへんでも、経験できただけよかったじゃない。恨み言を吐き出してしまいそうになるのをこらえ、私はうっそりと笑う。浩平が養子だということを、この二人は知らないのだ。いまここで打ち明けたら、どんな顔をするだろう。

「痛い?」

 無意識のうちに空っぽになったお腹をさすっていた私をふりかえり、いたわるようにみやっちが訊ねた。ううん、大丈夫、と私は首を振る。

「いいもん。いつか浩平が赤ちゃんを連れてきてくれるのを、いまから私は楽しみにしてるんだから」

 ぷっくり太った手脚を空に向かって投げ出して、濡れた瞳でどこか一点を見つめている。生まれたばかりのちいさな赤ちゃんを眺めながら、夢見るように私はつぶやいた。

Profile

吉川トリコ(よしかわ・とりこ)

1977年生まれ。名古屋市在住。2004年「ねむりひめ」で「女による女のためのR-18文学賞」第3回大賞および読者賞を受賞。同年、同作が入った短編集『しゃぼん』にてデビュー。主な著書に映画化された『グッモーエビアン!』のほか、『少女病』『ミドリのミ』『ずっと名古屋』『光の庭』『マリー・アントワネットの日記Rose』『マリー・アントワネットの日記BLeu』『夢で逢えたら』『余命一年、男をかう』など多数。最新刊はエッセイ『おんなのじかん』。

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