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第2回

36年目の修学旅行

 十一月になると夢を見る。

 私は空港にいる。出国審査の列に並ぼうとしたところで、パスポートを持ってきていないことに気づく。自分で取りに戻る時間はないが、母に持ってきてもらえばギリギリ飛行機の出発時間には間に合う。しかし、電話口で母はきっぱりとそれを拒否する。だめだめ、持って行くわけない、あんたを行かせたくなくてこっそり荷物から抜いておいたんだから。どうして、どうしてそんなことしたのお母さん、おねがいだから持ってきてよ。泣きながら訴える私の脇をすり抜け、紺のパスポートを手に出国ゲートをくぐっていくクラスメイトが向こう側から手を振っている。絶望的な気持ちで私はそれを見送る。

 途中から意識のすみでは夢だとわかりはじめているのに、毎回きちんとうなされる自分の律義さがうらめしい。この夢を見るときはいつもそうだけど、日が経ってカチカチになったフランスパンを突っ込まれたみたいな違和感が目が覚めてからも喉の奥に残る。

 今朝もそうだった。不快な余韻に顔をしかめながら枕もとのスマホに手をのばしたら、まだ早朝といっていい時間なのに母からLINEが入っていた。

【正月はどうするの?】

 まだ十一月だというのにずいぶん気の早いことだ。計ったようなタイミングで悪夢の元凶からのメッセージ。笑うしかなかった。

「あれ、おねえちゃん、もう起きてたの?」

 ベッドから這いあがってリビングダイニングに向かうと、ソファによりかかるように座っていた姉が全身からもんやりとした気配を発していた。それでなくとも普段から不健康オーラを放っているのにいつもに輪をかけて。

「もしかして、ずっと起きてた?」

「それが聞いてくれる?」

「え、やだ」

 即答し、浄水器をとおした水をコップに注いでごくごく飲む。渇きは癒えても、喉のつっかえはうまく流れていかなかった。

「そんなこと言わないで聞いてよう。あっ、コーヒー淹れてあげるから! 笑未はねえちゃんの淹れたコーヒーが好きだもんねえ?」

 上下揃っていないジャージを着た姉が手をすりあわせながらダイニングにやってくる。そこまでするかと思ったが、そこまでするのが我が姉なのだった。話を聞いてもらいたくて同居しているようなもんなのに、笑未はぜんぜん私の話を聞いてくれないとなにかといっては愚痴っている。

「わかった、わかったから。顔だけ洗ってくる」

 姉妹共用のターバンで髪をまとめて、私は顔を洗った。洗面台の右側が姉、左側が私のスペースだ。私のほうはヘアケアから歯磨き粉までヴェレダをライン使いしているのですっきりときれいに整っているが、姉のほうはSNSでバズったプチプラ化粧品やなんとかコスメランキング一位になったような流行りもの、韓国に行くたびに爆買いしてくる話題の韓国コスメなんかに片っぱしから手を出すので、統一感もなにもなくつねにごちゃついている。

 DTPデザインを生業にしているくせに、姉にはおよそ美意識というものが感じられない。私がそれを指摘するたびに、「っていうかむしろあんたが、こうあらねばならないって思い込みが強すぎるんだよ」と姉は反論するのだけど。

 洗面所から戻ってくると、コーヒーだけじゃなく食パンまで焼き、キウイを二つ割りにしたかんたんな朝食がテーブルに用意されていた。夢見が悪くて食欲なんてなかったが、香ばしいコーヒーのにおいとパンの焼けるにおいに、いやでも胃が反応してしまう。

「ん、豆変えた?」

 コーヒーを一口啜り、私は顔をあげた。果実っぽい酸味の中にほのかな甘みがある。姉はコーヒー豆にだけは妙なこだわりがあって、近くの自家焙煎の店でしか買わない。

「さすが、我が妹。イルガチェフェの浅煎りだ」

「めずらしいね、おねえちゃんが浅煎りを選ぶなんて」

「お店の人に勧められたから、たまにはいいかと思って。そんなことより、聞いてよ、昨日さ――」

 トーストに手をのばしながら、私は姉のくだらない話をてきとうに聞き流した。昨晩、仕事が一段落ついたのでちょっとずつ楽しんでいたNetflixの韓国ドラマ『秘密の森』の続きを一話だけ見ようとしたら、クライマックスに差しかかり面白くて止められずに、あと一話だけ、あと一話だけ、とやっているうちに朝を迎えていたのだという。どうせそんなことだろうと思っていたのでろくに相槌も打たずに聞いていたのだが、「いままで見た韓国ドラマの中でもいちばんぐらいに面白かった! 笑未も見なって。食わず嫌いなんてもったいないよ」と急に押し売りがはじまったので、トーストの最後のひとかけをコーヒーで流し込んで席を立った。そのまま使った食器を流しに運んで洗う。長年愛用しているファイヤーキングのマグカップ。

 韓国についての話題を避けることはもうあきらめた。韓国映画好きが高じて韓国語を習いはじめた姉にかぎらず、いまやK-POPや韓流ドラマ、韓国コスメに韓国フードなど韓国にまつわるもろもろは日本の若い世代の大きな関心事のひとつだ。高校教師をしているかぎり避けては通れない。そうかといって、押しつけられるのはかんべんしてくれってかんじだけど。

「そういや笑未、ぺ・ドゥナ好きだったよね? 『リンダ リンダ リンダ』とか『空気人形』とか出てたもんね。『秘密の森』にも刑事役で出ててさ、もう最高なんだよ。一時期ぺ・ドゥナがヴィトンの広告塔やってたからか、いつも超絶おしゃれな服着てて――たぶんぜんぶヴィトンだね――いやいや韓国の刑事そんな金持ってないでしょって思いつつも、いや待てよ、ああ見えて給料ぜんぶ服に注ぎ込んじゃうタイプなのかも? とかいろいろ考えちゃって」

 なおもめげずに押し売りしてこようとするのにうんざりして、濡れた手をわざと姉のほうに向かって払った。

「べつに、好きじゃないし、興味もない」

 でも、あの映画は好きだったな、と言ってからすぐに思った。なんていったっけ、タイトルが出てこない。たしかあの映画もぺ・ドゥナが主演で……。

 姉に訊けばすぐに出てくるんだろうけど、そんなことを訊こうものならものすごい勢いで押し売りが再開されるに決まっている。

「徹夜明けにコーヒーなんか飲んでいいの? 寝られなくなるんじゃない?」

 かわりに私は、なんの変哲もない白いマグカップでコーヒーを啜る姉に訊ねた。気をつけているつもりなのに、ついつい口調が教師っぽくなってしまう。あ、いいのいいの、とマグカップに口をつけたまま姉は顔の前で手を振った。

「今日はもう休みにして、朝イチでこのまんま映画観に行くことにしたから」

「ふうん、なに観に行くの?」

「『国家が破産する日』」

 わざわざ確認するまでもなく、韓国映画でしかないタイトルだった。おそらくIMF通貨危機を描いた作品なんだろう。韓国映画はポリティカルな題材を扱う社会派の作品が多い――ってこれもぜんぶ、姉からの長年にわたる押し売りで知りたくもないのにおぼえてしまったことだ。訊くんじゃなかったと後悔し、すぐさま私は話をそらした。

「あ、そうだ。お母さんから正月どうするかってLINEきてたけど。おせち注文するから早めに知らせろって」

「は? いま何月だと思ってんの?」

 姉が目を剝いて、ダイニングの壁に貼ってあるカレンダーをふりかえった。徹夜でテンションが昂っているのか、いちいち身ぶりが大げさだ。動くたびに頭の上で雑に括ったおだんごがひょこひょこ揺れる。

「なんとかっていう岐阜の有名な割烹? 料亭? の百個限定おせちだとかなんだとかって、すごい早口で朝からまくしたてられた」

「LINEなのになんで早口ってわかるの」

「わかるじゃん、文面で、お母さんのあのかんじ」

「まあ、わかるけど……」と姉は面白がっているような呆れているような中途半端な笑いを漏らし、私、今年はパス、と胸の前で×印を作った。「済州島(チエジユとう)で年越しようと思って、実はもうチケットも宿もとってあるんだ」

「えっ、ずるい」

 とっさに口をついて出た言葉に、姉の目がきらりと光った。

「おっ、だったら笑未もいっしょに行く?」

「いや、そうじゃなくて。私一人でお母さんの相手しろっていうの? おねえちゃんばっかり逃げるなんてずるいよ。年に一度の義務ぐらい果たしてよ」

「義務って」

 姉は、今度ははっきり苦笑した。

「そんなふうに言うくらいだったら、笑未もいっしょに国外逃亡しようよ。オフシーズンだからホテルも安いし、韓国は旧正月のほうがメインだからお店もけっこう開いてるっぽいんだよね」

「国外逃亡って……」

 気を引かれないかと言ったら噓になるが、韓国なんて論外だった。

「――いや、ない。ないから!」

 はねつけるように言って、逃げるように自分の部屋に戻った。やれやれ、と背後で姉が肩をすくめる気配がしたが、私だっていい年してこんな頑なな態度を取ってしまう自分がいやだった。

 家を出る時間には早かったが、通勤用に何枚も揃えてある丸襟の白シャツとひざ下まであるチェックのボックススカートに着替え、かんたんな化粧を済ませる。女教師というより女学生のような格好だと姉には言われるが、生徒たちには「なんでいつもそんなおばあちゃんみたいな格好してるの?」と言われる。

 トラディショナルでほどよくガーリー。組み合わせは自在だし、丈夫で飽きもこない。寒くなったらベストかカーディガンを重ねればいいし、行事や保護者会の際にはかっちりしたジャケットを羽織ればいい。合理的で機能的でなおかつ美意識にもかなっている。いまの自分にはこれ以上なくしっくりくる「制服」だった。

 済州島へ行こうよ~ドアを開けて~

 いっしょに行こう~どうして出てこないの~?

 玄関で通勤用のコインローファーに足を突っ込んでいると、ダイニングのほうから聞こえよがしに「雪だるまつくろう」の替え歌が聞こえてきた。私の意固地も大概ではあるが、姉は姉で人の気持ちを逆撫でするのが天才的にうまい。

 返事の代わりに玄関のドアを乱暴に閉め、「いってきます」も言わずに家を飛び出した。

 ――そうだ、『子猫をお願い』だ。

 人通りの少ない朝の住宅街を自転車で駆けているうちに、ふと思い出した。

 制服姿の女の子たちが、卒業証書を片手に記念撮影をする冒頭のシーン。とびきりの美人というわけではないのに、妙に目を引くどんぐり眼の女の子――それがぺ・ドゥナだった。

 まだ二十歳やそこらのころ、ポスターのヴィジュアルイメージに気を引かれてふらっと映画館に入ったら、まさかの韓国映画でしまったと思った。『シュリ』や『JSA』が評判になっていたものの、韓国映画は大味で泥臭く洗練されていない印象で、ヨーロッパのアート映画やアメリカのインディーズ映画を好んで観る私には合わないと思い込んでいた。民主化されてまだ日の浅い国が良質な映画など作れるわけがないという偏見もあったんだと思う。

 韓国人の女性監督が撮った『子猫をお願い』は、それまでうっすら想像していた韓国映画とは手つきも色合いもなにもかもがちがっていた。卒業式の帰り道、ひとつのかたまりみたいにくっつきあっていた女の子たちがそれぞれの道に別れ、それぞれの困難にぶちあたり、やがて避けようもなく離れていってしまう様子をたんたんと繊細に描いた青春映画で、当時その渦中にあるといっていい年頃だった私は、韓国の女の子たちも同じような経験をし、同じようなことを感じているんだということにまず驚き、こんなにもみずみずしく等身大の女の子の姿がフィルムにおさめられていることにさらに驚いた。日本の青春映画に登場する女の子たちは――それはそれで魅力的ではあるのだけれど――なにかいちまい余分なフィルターがかぶせられているみたいで、自分と同じ生き物のようには感じられなかったから。

「映画って一期一会だよね」

 とは姉がよく言ってることだけど、まさに私にとっては一期一会の出会いと言ってよかった。最初から韓国映画だとわかっていたら、きっと観ようとも思わなかっただろう。

「そのとき映画館でかかってるものを観なければ、そのあとどんなに観たくてもソフト化されなかったり配信されなかったりする。そういう意味でも一期一会だし、そのときの自分の年齢やコンディションによって受け取りかたが変わることもある。だから、ジャストミートの一本を逃さないためにせっせと映画館に通ってるようなとこ、あるかもしれない。数打ちゃ当たるじゃないけど、数打っとけばホームランの本数は確実に増えるじゃん? そのぶん凡打の数も増えるんだけどね」

 あ、でも、とそこで姉はなにかを思いついたように天井を見あげた。

「そんなの映画にかぎったことじゃないか。本もドラマもコンビニスイーツも、いまどきは期を逃すともう二度とお目にかかれなくなったりするもんね。どんどん目の前を流れていってしまうからそのときにつかまえておかないと。キャッチャー・イン・ザ・ワールドしないと」

 キャッチャー・イン・ザ・ワールドってなんだよと思ったけど、姉の言わんとしていることは実感としてよく理解できた。

 時代のサイクルが日毎に早くなって、どこもかしこもものや情報であふれているのに、なにか大事なものをつかみそこねているような不安がつねにうっすら張りついている。話題の映画やベストセラーの本ばかり手に取っているうちに、どんどん自分がなくなっていくんじゃないかという錯覚がするほどだ。自分の輪郭を際立たせるために物語を必要としているはずなのに、時代の大きなうねりに吞み込まれ、楽なほうへ、大勢がいるほうへと流されていってしまいそうになる。

 だから私は、ちいさな映画館でかかっている小品が好きなのかもしれない。小説でもドラマでもなんでもそうだ。私のために誂えられたような、私のための物語と思わせてくれるような作品に出会いたいという一心で、だから私もせっせと映画館に通っている。浜辺の砂からひとつぶの光る石を拾いあげるみたいに、虫取り網を天高く掲げて流れ星を追いかけるみたいに。

「私はちがうな。ちっちゃくまとまるなって訴えかけてくるような、既成概念をぶち壊してくれるような、これまでに観たこともないような映画が観たい」

 って姉は言うんだけれども。

 私たちは好きな音楽も映画も美意識もライフスタイルも男の趣味もぜんぜんちがう。だけど、まれに二人でいっしょに熱中できるようなものがあって――たとえば『マッドマックス 怒りのデス・ロード』や『ボージャック・ホースマン』やブルボンの新作菓子なんか――なにかよいものを見つけたらすぐさまシェアするのが姉妹のあいだで交わされた鉄の協定だった。

 ただし、ひとつだけ例外がある。韓国に関することだ。姉はなにかと話題を振ろうとしてくるが、私のほうで一方的にシャットアウトしているというのが現状だった。

 どうしても、だめなのだ。理屈じゃなかった。在日韓国人であるという自分の出自を知らされたときから変わらずずっと、朝鮮の「ち」を、韓国の「か」を耳にしただけで、条件反射で体がこわばってしまう。

 姉は姉でもう少しうまく立ちまわってくれればいいものを、文在寅(ムンジエイン)のように下手を打ち続けているのだからたまらなかった。ちょっとでも軟化した態度を見せるとたちまち色めき立ち、ここぞとばかりに境界線を乗り越えてこようとするので、こちらとしても強硬な姿勢を取らざるをえないようなところがあった。そんな私を、姉は「金正恩(キムジヨウウン)」と呼ぶ。冗談のつもりで言っているようだが、まさに火に油を注ぐような愚策である。ほんとうはいまの状態を改善したいなんて思ってないんじゃないかと疑ってしまうほどだ。

 おねえちゃんは、『子猫をお願い』を観たんだろうか。

 日本に入ってきた韓国映画という韓国映画はほとんどすべて観ていると豪語しているぐらいだ。観ていないわけがない。暴力的でアナーキーな映画が好きな姉は、あの映画を観てどんなふうに感じたんだろう。訊いてみたいのにそうするわけにはいかないじれったさにぐいぐいペダルを踏み込んでいるうちに、気づいたら職場である千早(ちはや)高校に到着していた。この学校に赴任して、もう七年になる。

 校門をくぐる前に自転車を降り、職員用の駐輪場まで押していく。朝の光に洗われた校庭では、一年生の運動部員たちが朝練の準備をはじめている。三年生はすでに引退し、二年生が修学旅行に行っているので、どこかがらんとしてさびしげだった。日に日に濃くなってきた秋のにおいがそう感じさせるのかもしれない。

 かさかさと乾いた風が頰を切り、落ち葉が舞う。この季節は、喉の奥がつねにきゅっと窄まっているようなかんじがする。少女のころ、胸に刺さった氷の杭が、いまもまだくっきりと存在感を放ったまま流れていかない。

「あっ、さとえみー!」

 朝のホームルームに向かう途中の廊下で、D組の窓から顔を出した女子生徒に声をかけられた。

 千早高校には現在、佐藤(さとう)という名字の教師が三人いて、それぞれ「さとけん」「さとまさ」「さとえみ」と呼ばれている。だが、私の知っているかぎり、さとけん先生もさとまさ先生も生徒たちから呼び捨てにはされていないはずだ。

「あっ、さとえみー、じゃないよ。建前でも先生の前では先生をつけなさいよ」

「さっき文芸部のみんなと話してたんだけど、ZINEの第二弾を作ろうと思って」

「ちゃんと先生の話を聞きなさい」

「先生こそ、生徒の話に耳を傾けてよ」

 ああ言えばこう言う。一事が万事この調子である。まったく、いまの子たちは口が達者なんだから。

 三十六歳の教師なんて、高校生からしてみたら何万光年も先の星の住人のように感じられるだろうが、それでも千早高校に在籍する教師の中では若手のうちに入る。よく言えば親しみを持たれている、悪く言えばなめられているのだろう。嫌われて遠巻きにされるよりはましかもしれないが、なにかと面倒事を持ち込まれるのが目下、私の最大の悩みであった。

「今日、編集会議するから、授業終わったら部室集合ね。二年生が修旅でいないけど、鉄は熱いうちに打てって言うじゃん?」

 その女子生徒――卒業式後に体育館でプロムを開催しろと訴える【Prom To Our School!】運動の首謀者でありZINEの編集長でもある滝沢葉月(たきざわはづき)が、体の半分を廊下側に乗り出して言ってのけた。

「ちょっと待って」

 第二弾なんて聞いてない。というかそもそもこのあいだ発行したZINEだって、文化祭のクラブ活動の一環としてなんとかお目こぼしをもらったのだ。センター試験まで二ヶ月を切っているのに、三年生にこんなことをさせているなんて知られたら学年主任のさとけん先生にどんないやみを言われるかわかったもんじゃない。

「だめだめ、第二弾なんてだめに決まってるでしょう」

「なんで? なんでだめに決まってるの? そもそもZINEを作ろうって言い出したのはさとえみじゃん」

「そ、それは……あのときといまとでは事情がちがうっていうか……」

「いまさらそんなのなしだよ。うちらの創作意欲に火をつけたのはさとえみなんだからね。それでさ、さとえみはドリュー・バリモアの『25年目のキス』って観たことある?」

「ああ、たしかドリュー・バリモアが記憶障害で……」

「それは『50回目のファースト・キス』」

「あれ、そうだっけ? あ、じゃああれか、ドリュー・バリモアが野球好きの彼氏に、”野球と私どっちが大事なの!?”って詰め寄……」

「ちがうちがう、そっちは『2番目のキス』」

「もう、なんなの? 25年目とか50回目とか2番目とか、ドリュー・バリモアのキスの回数なんていちいち数えてられ――じゃなくて! そんなことよりいまはやるべきことがあるでしょう」

「心配しなくても大丈夫だって、勉強ならちゃんとしてるから」

 ――いや、絶対しとらんだろ。

 ぱつんと切りそろえた前髪の下、いまにも光線を放ちそうなほど輝いた滝沢葉月の目を見て私は確信した。やばい。ぎんぎんにキマっている。昨日は夜遅くまで「ぼくのかんがえたさいきょうのZINE」企画を練っていましたと顔にはっきり書いてある。

 十年以上、高校教師をやっていればさすがにわかる。だるそうに制服を着崩し、わかりやすく反抗的な態度を取る生徒なんてかわいいもので、ほんとうに厄介なのはこの手のむやみにやる気あふれる優等生だ。いったんスイッチが入ると猛烈に突っ走って教師の言うことなんて聞きやしない。

「あのね、滝沢さん、なんべんでも言うけど、いまがいちばん大事なときなの。それ、ちゃんとわかってる?」

「先生はそう言うけどさ、人生に大事じゃないときなんてあるの?」

 滝沢葉月の黒目がちの瞳が正面から私を見据えた。この目だ。いつでも臆さずまっすぐに対象を捉えるふたつの目。大人があれこれ小細工したところで、視線をよそに向かせることなどできないことはあきらかだった。そうかといって、こちらとしてもおとなしく引き下がるわけにはいかない。

「話をすりかえようとしても無駄だよ。あなたも大人になればわかると思うけど、人生において大事じゃないときなんてぜんぜんある。いまこうしているこの瞬間だって、先生の人生にはそれほど重要でもない――とまでは言わないけど、まあそこそこってかんじ。だからこうやって、大事な時期を迎えているあなたたちのサポートにまわることができるの」

「でも、『25年目のキス』のジョジーは――あっ、ドリュー・バリモアの役名ね――大人になってからも高校時代に囚われてたよ。だから私、ぜったいにぜったいにぜったいに悔いを残さないようにしなきゃってあの映画を観て思ったんだ。いま私が最優先でやるべきことはZINEを作ることだって」

「待って。どうしてそうなるの? いままでの話聞いてた?」

「それでね、考えたんだけど、次のZINEのテーマは――」

「だから先生の話を聞きなさいって!」

「あっ、チャイム鳴ってる。じゃあねさとえみ、放課後、部室に集合だからね!」

 滝沢葉月の顔つきがさっと変わったのを見て振り返ると、D組の担任の大西(おおにし)先生がちらりと冷たい視線をよこし、すぐ脇を通り過ぎていくところだった。

 まずい。いまの会話、聞かれてしまっただろうか。

 真っ青になって、予鈴に追い立てられるように私も自分の担任するクラスに急いだ。

 どうして教師になろうと思ったのかと訊かれるたびに、答えに困る。

 みんな、なにかを期待しているから。

 わざわざ教師という職を選んだからにはなにか高邁な志望動機があってしかるべき、もしくは『金八先生』だか『教師びんびん物語』だか『GTO』だかわからないけど憧れの教師ドラマがあったはず、それかお世話になった恩師の影響とか? その手のドラマチックな物語を聞けるものだと期待に顔をテカらせて待ち構えている人たちに、「親がそう望んだから」なんて答えたらがっかりされるに決まっている。

「学校の先生なら結婚してからも続けられるし、産休育休もしっかり取れる。お給料も男と女で変わらんみたいだし、お母さんいいと思うんだわ」

 という母の言葉をそのまま鵜吞みにしたわけではなかったが、ほかにやりたい仕事もなかったし、なるほど教師か、いいかもしれない、と高校生の私は素直に思った。それで、大学で教職課程を取ることにした(「なぜそうなる」と姉には言われてしまったが)。

 帰化の手続きのため、母に言われるまま「教師になって日本社会に貢献したい」と作文に書いた。そういうのも、言霊のうちに含まれるんだろうか。

 日本ではごく一部の自治体を除き、日本国籍を有する者しか公立学校の正規職員にはなれない。

 それまで私はなんにも知らなかった。同じ国に生まれて同じ文化の中で育っても、国籍がちがうだけで枠から弾かれてしまうことがあるなんて。あなたの可能性は無限大だと、あきらめなければ夢は必ずかなう、あなたはなんにだってなれるんだというメッセージがそこらじゅうにあふれているこの国で。

 十七歳で帰化して日本国籍を取得した私は、ならば教師になろうと思った。日本人にしか得られない特権を、この手にしてやろうじゃないかとむきになった。当時の私みたいな生徒が担任するクラスにいたら、すぐさま取り扱い注意の札を貼りつけるだろう。わかりやすくぐれている生徒よりも、優等生の皮をかぶったレジスタンスのほうがずっとたちが悪い。

 もちろんそんな話をだれかれかまわずおおっぴらにするわけにはいかないから、どうして教師になろうと思ったのか訊かれるたびに、最近はこう答えるようにしている。

「私、高校の修学旅行に行けなかったんだよね。どこか欠けたまま高校を卒業しちゃったから、その欠けたピースを取り戻そうとしているのかもしれない」

 もっともらしい理由を渡してあげれば、たいていの人はそれ以上追求してこなかった。

「それって教師になったからって取り戻せるものなの?」

 という至極まっとうな疑問を返してきたのは一人だけだった。三十歳を過ぎてからはじめた婚活の一環で、読書会サークルに出入りしているうちに知り合った相手だった。

「修学旅行に行けなかったという無念は、修学旅行に行くことでしか解消されないんじゃないかと思うけど」

「いやでも、修学旅行のリベンジなんて不可能だし……」

「うん、だから、過ぎたことをいつまでも悔いていたってしょうがないってことを言いたかったんだけど」

「そ、」

 正論すぎて返す言葉もなかったが、それでもなんとか喉の奥から声をひねりだした。「そ?」と彼は首をかしげ、続きを聞き逃すまいとこちらに顔を寄せてきた。

「そんなことを言い出したら、『華麗なるギャツビー』も『源氏物語』も、『舞姫』だって『こころ』だってこの世に生まれていない。名作と呼ばれているものの大半が過去に囚われた人たちの話じゃない」

「たしかに、それは言えてるな」

 ふむ、と顎をつまんだ格好で大真面目に彼がうなずくのがおかしくて、思わず笑ってしまった。

 私より一つ年上の技術職で、葉介(ようすけ)という自分の名前を説明するときに、「葉脈の葉で葉介」と言ったのが印象的だった。人の良さそうな恵比寿顔をしてるのに人あたりはあまりいいほうとは言えず、村上春樹(むらかみはるき)やカポーティが好きなくせに徹頭徹尾リアリスティックな人で、なにもかも情緒でうやむやに流してしまいがちな私には逆に新鮮だった。

 葉介さんとは何度かいっしょに映画を観に行ったり美術館に行ったりした。映画のはしごにも本屋のはしごにも文句を言わずにつきあってくれたが、カフェのはしごだけは「意味がわからない」「腹がたぷたぷだ」とはっきり文句を言いながらつきあってくれた。

 いまでも読書会で顔を合わせるようなことがあれば話はするし、相手の好きそうな映画や本を見つけたらLINEで教えあったりもする。だけど、どうしてもその先に踏み込む勇気がなかった。私が及び腰になっているのを察してか、葉介さんのほうでもやさしく静かな隣人の顔を保ったままでいる。

 結婚願望があるのかちゃんと訊いてみたことはないけれど、葉介さんもいい年齢だし、なにかと保守的な名古屋生まれ名古屋育ちであるからには、つきあうとなったら結婚を意識せずにはいられないだろう。私自身、いつかは結婚し、出産することを望んでいたはずだった。

 しかし、もしそうなったら、自分の出自を告白しないわけにはいかなくなる。私の戸籍謄本には消したくても消せない傷のように実父の本名が刻まれている。婚姻届を提出するとなると、相手に隠し通すことは不可能だった。

 以前つきあっていた恋人と別れたのは七年前のことだ。三十歳を目前にし、そろそろ結婚しようかという話をしていた矢先のことだった。

「ちょっとへんな話を聞いたんだけど」と前置きしてから、「笑未が在日だっていう話、ほんとじゃないよね?」と彼は率直に訊ねた。まさかそんなことあるわけないよね、と言わんばかりに薄笑いを浮かべて。

 ああ、ついにきたか、と私は思った。このときがくるのをずっと怖れていたのだと、その段階になってはじめて気づいた。

「ほんとだよ」

 突然のことで、それだけ言うのがやっとだった。

「マジか……」

 とつぶやいて、それきり彼は黙り込んでしまった。

 一時期、姉は親しい友人たちに出自を隠すことなくオープンにしていた。姉とは共通の友人も多かったし、イベントごとや飲み会があるたびに彼とも引き合わせていたから、そのうちのだれかから耳にしてしまったのだろう。当然、すでに彼は知っているものだとして。

 だれのせいでもない。自分で伝える勇気がなくてずるずる引き延ばしてしまった、私の責任だった。

「結婚は無理だと思う」

 しばらくして、彼から別れを切り出された。笑未が在日だからってわけじゃないよ、と彼は言い訳するように言った。そんな大事なことをいまのいままで秘密にしていた、そのことがちょっと無理っていうか……とさらに急いでつけ加えた。

 なにごとも先回りして考える周到なところが彼にはあって、どう言えば自分が悪者にならずに済むのか、あらかじめ用意してきた言葉のように私には聞こえた。しかたないな、と思った。そういう彼のことが好きだったんだから。

 日本人だろうと在日だろうと、私が私であることには変わりないのに、彼にとっては「そんな大事なこと」になるのだ。私には彼を責める資格などなかった。私にとってもそれは、秘密にしておきたいぐらい「そんな大事なこと」だった。

 葉介さんのことだ。正直に話してみたところで「なるほど、了解した」と事実を事実としてあっさり受け入れてくれそうな気もするが、万が一にも出自を理由に拒絶されたら立ち直れそうになかった。その怖れが私に足踏みをさせているのだった。

「ほどほどに面倒見がよくて、ほどほどに薄情だから、笑未さんは教師に向いてると思うけど」

 ある時期、学校でちょっとした問題があって、あれこれ思い悩んでいた私に葉介さんはさらりと言ってのけた。へんに慰めようとするわけではなく、ごく客観的な事実を述べているだけという彼の態度にどれだけ救われたことだろう。

 得がたい人だと、彼のことを思う。

 若いころの恋愛のように燃えあがりはしない。しみじみと染み入るような友愛の気持ちで彼のことを思っている。ときどきふと思い出したりすると、いやでも口元に笑いが浮かぶ。そういう相手だった。自分にも、そういう相手がいることがうれしかった。

 そのぬるたい甘やかさに酔っているうちに婚活にも身が入らなくなり、その結果、いまでも私は姉とふたりで暮らしている。相手を見つけたらすぐに同居は解散するからって、最初に言っておいたはずなのに。

 二泊三日の修学旅行期間は、奇妙な心もとなさに学校中が包まれる。

 いつもより静かなのに落ち着かなくて、ぽっかりとした空白がむやみになにかを訴えかけてくる。三百五十人分の体温と質量がいっぺんに校内から消えたせいで、湿度や気温まで急にぐっと下がった気がする。

 そんなふうに感じるのは私だけかと思っていたが、残された生徒たちの様子を見ているかぎり、少なからず影響を受けているようだ。高校生なんていつもそうだといえばそうだけど、どことなく浮わついてふわふわと足もとがさだまってないかんじがする。

「なーにをやっとんだ、まったく」

 三年生の生徒たちが昼休みにわざわざ二年生の教室に押し入って弁当を食べているのを見つけたと、さとけん先生が職員室で声を張りあげていた。「明日も見回りせんと。先生方も気をつけて見とってくださいよ」と鼻息も荒くわあわあ喚きたてるさとけん先生の話を聞きながら、うちのクラスの生徒じゃなくてよかったとほっと胸をなでおろし、すぐにそんな自分を恥じた。

 火の粉を振りはらい、面倒事を避け、迅速にタスクをこなして、いかに一分一秒でも早く帰宅するか。いつのころからか、それしか頭になくなっている。高邁な理想や憧れを抱いて教師になった人は、きっともっと真摯に全力で生徒たちと向き合ってるんだろう――とそこまで考えたところで、疲れそうだな、と思ってしまった。私はそんなのごめんだった。

 文芸部の顧問になったのだって、消極的な理由からである。ドがつく文化系人間の私に運動部の顧問なんて務まるわけがない、そうかといって専門的な知識を必要とされる演劇部や吹奏楽部なんてもっと無理、文芸部の顧問なら楽そうだしなんとかなりそう、仮にも国語の教師だし……と七年前、安易に考えたことをいまになって後悔することになるとは。

 まさか、文芸部の生徒たちがこんな問題行動を起こすなんて思ってもみなかった――いや、厳密には文芸部の生徒ではなく、今年に入ってから文芸部をのっとった滝沢葉月をはじめとする【Prom To Our School!】のメンバーだ。彼らがやってくるまでは、週三日ほど十人にも満たない部員たちとこっそり持ち寄ったお菓子を食べながら部室でマンガを読んだり、ごくまれに課題本を設定して読書会をしたり、短編やイラストを書かせ、編集や校正なども自分たちでやらせて年に三冊部誌を発行したりと、ごくささやかな活動をしながら平和そのものの顧問生活を送れていたのに。

 のっとられた文芸部員たちのほうでも、ひっそりとこれまでどおりの活動を続けてはいるものの、滝沢葉月の猛烈な勢いに吞み込まれ、徐々に感化されつつある。日本の少年少女マンガ、ライトノベルやYA(ヤングアダルト)小説を愛好する文芸部員たちに、いきなりアメリカ学園映画を次から次に見せるなんて、かっぱえびせんやかりんとうをぽりぽり食べていた子どもの口に人工着色料で色付けされたカラフルなジェリービーンズやベアグミを押し込むような蛮行である。

「ええですか、センター試験まであと二ヶ月も残っとらんのですよ。文化祭が終わったこの時期、毎年生徒たちにゆるみが出るころです。三年生を受け持つ先生方にはしっかりとした指導をお願いしたい。多少うるさがられるぐらいでちょうどええんですわ。うるさがられるのがわしらの仕事なんだでね」

 さとけん先生が口から唾を飛ばす勢いでなにやらまくし立てている。なぜか私のほうにしきりに視線を送ってくる気がするが、気のせいではないだろう。

 近ごろ、職員室での私への風当たりが強くなっているのは、まちがいなく【Prom To Our School!】のせいだ。昨年までなんの問題も起こさなかったどころか模範生といってもいいほど優秀だった滝沢葉月が文芸部に入部したとたん、毎日のように校門に立って登下校中の生徒たちにアジビラをバラまいたり、お昼の校内放送をジャックしてプロムの必要性を説いたり、近隣の映画館や古書店やパン屋や喫茶店などあたりかまわず広告を募ってZINEに載せ、さらにはパーティー券を売りさばくひと昔前のチーマーのようにだれかれかまわずZINEを売りつけたりと、数々の奇行をくりかえしているのだから無理もない。最初のうちは私も面白がって学校側と【Prom To Our School!】の折衝役を買って出ていたようなところがあったが、いいかげん面倒が見切れなくなっていた。さらにはどこから漏れたのか、プロムをテーマにしたZINEを作ってはどうかと生徒たちに提案したのがこの私であると、ほかの職員たちにバレてしまっているようなのだ。針のむしろというほどではないけれど、もの言わぬ冷たい視線が四方八方から突き刺さり、日に日に職員室に居づらくなっている。

 火の粉を振りはらい、面倒事を避け、迅速にタスクをこなして、一分一秒でも早く帰宅する。教師の過重労働が社会問題として叫ばれている昨今、それこそがすこやかに平穏に教師生活を過ごすための私の信条である。

 となれば、いまやるべきことはひとつ。なにがなんでも【Prom To Our School!】第二号の制作を阻止することだった。

 固い決意を胸に職員室を出て文芸部の部室に向かう途中で、図書室から出てきた小柄な男子生徒とすれちがった。

「……なら」

 こちらに届くか届かないかぐらいの声でぼそりと挨拶した彼に、「さようなら」とはっきり返すと、ぺこりと頭だけ下げてほとんど足音も立てずに廊下を駆けていった。群れからはぐれたシマウマのような頼りなげな背中が、どことなくうちのクラスの小倉晴斗(おぐらはると)に重なる。緑色の上履きということは二年生か。

 今年、修学旅行に不参加の生徒は二人だった。そのうちの一人は普段から保健室登校をしているので旅行期間中も同じように保健室登校し、もう一人の生徒は図書室で自習することになっていると朝の職員集会で通達があった。

 毎年のこととはいえ、彼らの姿を目に入れるのは私には酷なことだった。経済的な理由や健康上の理由など不参加の理由はさまざまだが、千早高校の修学旅行は国内と決まっているので、パスポートの色を理由にする生徒がいないことだけがさいわいだった。

 いまも日本のどこかに、朝鮮籍であることを周囲に知られないために修学旅行に行けないでいる子どもがいるのだろうか。

 在日韓国人はパスポートの色も出国の際に通るゲートも日本人とはなにもかも異なる。普段は通名で通していても、国外への修学旅行に参加するとなると隠しようもない。異端であるということをいやでも思い知らされ、同時に周囲に知らしめることにもなる。

 そのことを考えると、知らず知らずのうちに奥歯や眉間のあたりにぐっと力が入ってしまう。なにもできない――なにをすればいいのかもわからない自分がもどかしかった。

 これまでに受け持った生徒たちの中にも、おそらくそうだろうな、と思いあたる生徒は何人かいた。戸籍に記載された「本名」で通している生徒はごくわずかで、たいていは通名を使っているけれど、在日韓国人が使用する日本名にはなんとなく傾向のようなものがあって、字面を見ただけでぴんとくるときにはぴんとくるものなのだ。だからといって、こちらから特別な働きかけをすることはなかったが。

 K‐POPだ、パッピンスだと教室で能天気に騒いでいる生徒たちを見ていると、ときどき、いいかげんにしろと叫び出しそうになる。教室の片隅でそれを聞かされる「彼ら」の身にもなってみろ、と。

 韓国の文化が流行しているからといって、在日韓国人への差別がなくなったわけではない。いまもって職業差別も結婚差別も歴然と残っているし、外国籍では部屋を借りることすら難しいと聞く。ネトウヨと呼ばれる人たちの出現により、むしろ年々激化しているような気さえする。「韓国のアイドルは好きだけど韓国は嫌い」と平然とのたまう生徒を見かけたことも一度や二度じゃない。学校で正しい近現代史を教えないことに問題があるというのは大前提としても、韓国の文化が好きだというのに進んで歴史を学ぼうとしない姿勢に暗澹たる気持ちになってしまう。実家の養父の本棚に嫌韓本が並んでいたときはさすがに眩暈をおぼえたが、見なかったことにしてやりすごした。やたらと韓国に傾倒し、すきあらば格安航空券でしょっちゅう韓国に飛んでいる姉だって、私からすれば同類だった。

 見たくないし、知りたくなかった。「韓国」という二文字すらできることなら目に入れたくない。「彼ら」と自分を切り離し、距離を取ることしか、私には――――。

「ねえ、さとえみ、聞いてる?」

 名前を呼ばれて、我に返った。

 両側の壁をスチール棚に挟まれ、十人も入ればいっぱいになってしまう狭い部室に、文芸部兼【Prom To Our School!】のメンバーが顔を並べている。うちのクラスの大沢美鈴(おおさわみすず)もその一員で、向かい合わせに組んだ机の向こう側からくりんと見開いたような目をこちらに向けている。ふつうにしていても驚いているようなニュアンスの顔立ちで、少しぺ・ドゥナに似てるかもしれない。

「ああ、ごめん、考えごとしてた。ええっと、なんだっけ?」

 私が謝ると、ぐえー、これだから、ちゃんと聞いてよ、もーさとえみーといっせいに生徒たちが喚きたてた。猛獣の巣に放り込まれたような騒がしさに、思わず耳を塞ぎそうになる。そんなことをしようものなら、いま以上に非難ごうごうになることは目に見えていたのでなんとか堪えた。

「ごめん、ごめんって」

「第二号のテーマは【タイムマシンにおねがい】ってことで、決を採ろうって話になったんだけど」

「え、待って待って、聞いてない。なんでもうそこまで話が進んでるの?」

「だーかーらっ!」

「いまのいままで、そのことについてさんざん話してたんだけど!」

「もおおお、さとえみ、しっかりしてよぉ」

 生徒たちが手足をばたつかせるたびに盛大に埃が舞いあがった。古い木材とワックス、十代の生徒たちからもうもうと発せられる青い体臭の入り混じったような、学校でしか嗅げないにおい。

「もし時間を巻き戻せるならやり直したいことはあるかってテーマで、各自一ページずつ担当しようって話してたの! エッセイでも創作でもイラストでも映画のレビューでもなんでもいいからって。今日、授業中に台割作ってみたんだけど一ページ余りそうだったから、さとえみもなんか書いてきてよ」

「はあ……」

 早口に説明する滝沢葉月の声を聞きながら、私はなんだかぼんやりしてしまった。まだ十八歳やそこらのくせに、時間を巻き戻せるならって、なにを言ってるんだろうこの子たちは。途中、「授業中に台割」などという聞き捨てならない語句が差し挟まれた気がしたが、そこだけきれいに脳が受け入れを拒否した。

「そのことだけど、第二号を作るのは無理だよ。本来なら三年生は部活を引退している時期だし、それに第一号の制作費で予算をかなり使っちゃったから、許可するわけにいかない。文芸部の部誌を作るお金がなくなっちゃったら元も子もないでしょう?」

 言うだけ無駄だろうとあきらめ半分になりながら、力なく私は言った。職員室からここにくるまでは、なんとしてでも阻止しなければという思いでいたが、いざ彼らを前にするとエネルギーに押されてしまう。これぐらいで引き下がるような子たちなら、最初からこんなに苦労はしていない。

「えっ、でも学校のコピー機を使っただけじゃん」

「予算もくそもなくない?」

 案の定、すぐさま反論が飛んできた。

「あのね、コピーだってただじゃないんだから。トナーってけっこう高いんだよ。それに電気代だって紙代だってバカにならないし……」

 ごにょごにょ言い返してみるも、筋が悪いことは自分でも承知していた。

「わかった」

 きっぱりと言って、滝沢葉月が両手で机の天板を叩いて立ちあがった。強い眼差しと日本人形みたいなきれいな黒髪があいまって、くやしいけど青春映画のワンシーンみたいだった。

「じゃあ文芸部とはなんの関係もない、個人の課外活動ってことにする。だったら文句ないよね? それに、やっぱり白黒のコピー誌じゃ物足りないって思ってたんだよね。せっかく雑誌を切り貼りしてカラフルにコラージュしてもかわいさ半減しちゃうなって。第一号を作ったときの売上や広告料もあるし、いざとなったらクラウドファンディングすればいいし、自費出版で作ることにする!」

 ――なぜそうなる?!

 呆気にとられる私などそっちのけで、部室に生徒たちの歓声が轟いた。

「千早高校にプロムを!」

「我らにプロムを!」

 しまいにはシュプレヒコールまではじまってしまった。上履きで床を踏み鳴らし、拳を振りあげるさまは、『レ・ミゼラブル』の群衆シーンさながらだ。

 だめだこりゃ。いったんこうなってしまったら、なにを言ったところで聞きやしない。

 私はうなだれるように頰杖をついた。飛び跳ねる生徒たちの向こう側、スチール棚にずらりと並んだ本の背表紙を見ともなく眺める。これまでに発行した部誌のバックナンバーや、部員たちが持ち寄った文庫本やマンガの数々。そこに一冊だけ、わずか十六ページのうすっぺらいコピー誌【Prom To Our School!】もしっかりというかちゃっかり収まっている。大まかなデザインやフォーマットだけ姉にととのえてもらったが、基本的には彼らの自作のコラージュがメインの手作り感あふれる一冊だ。

 いまここにいる生徒たちは、数年もしないうちに全員卒業していく。赴任してだいぶ経つから、私だっていつ他校に転任になるかわからない。この学校の片隅で、ちっぽけながらも熱い、こんなムーブメントが起こっていたことなど、ろうそくの火を吹き消すみたいにたやすく忘れ去られてしまうだろう。

 いつか――十年後か二十年後かはわからないけれど、新しく文芸部に入ってきた生徒がこのZINEを見つけたときに、いったいどんな経緯でどんな思いで作られたものなのか、教えてくれる人はそのときにはもういないのだ。

 なんと儚い。ため息がこぼれるようでもあり、時限爆弾をしかけるみたいな愉快さもある。

「あー、もうわかった、わかったから、ちょっと落ち着いて」

 鳴りやまない上履きのステップを制止するため、私も机の天板を叩いたが、滝沢葉月みたいにはきれいに音が鳴らなくて、いまいち格好がつかなかった。

「いくつか約束してほしい。授業中に原稿をやらないこと。三年生は放課後、部室に残らないこと。もうすぐ期末テストもあるし、編集作業はテストが終わってからにすること」

 いましかないということを、この子たちは痛いぐらいにわかっているのだ。いましかないから、いまやるしかないんだと。だったらもう、背中を押してやるしかないじゃないか。

「これさえ守ってくれるなら、いいよもう、好きにしなさい」

 高校時代に思いを残したまま大人になってしまった私に、この子たちを止められるはずがなかった。

「ぎゃー!」

「さすがさとえみ!」

「おすみつきもらった!」

「さとえみあいしてる!」

「ぎゃー!」

 今日いちばんの校舎をつんざくような歓声があがり、

「しーっ、しずかに。なるべく隠密行動でね、ほかの先生にバレたらまずいから……」

 私は大急ぎでいちばん大事な約束事をつけ加えなければならなかった。日和ってんじゃねえよさとえみぃ、とだれかが言って、また部室いっぱいに笑い声がはじけた。

 その晩も、十七歳に戻る夢を見た。

 今日、部室で生徒たちとあんな話をしていたせいかもしれない。はじまった瞬間から、ああ、はいはい、夢ね、夢ですね、と頭の片隅でわかってる。そういう夢だった。

 昼休みの教室で、私は仲良しグループの女の子たちとグアムのガイドブックを開いている。ナイトマーケットで貝殻のアクセサリーを買いたいな。私は屋台グルメを満喫したい! 修学旅行を来月に控え、私たちはチャモロビレッジでの自由行動に思いを馳せていた。私、海外はじめてだから緊張する。スリに遭ったらどうしよう。お母さんがパスポートと大きなお金は腹巻バッグに入れておけって。えー、でもグアムって暑いんでしょ? 蒸れないかな? あせもになっちゃいそう。やーだー。そこでみんな、いっせいに声をあげて笑う。

 あのころはいつもそうだった。教室の中、不思議な一体感で、私たちはひとつのかたまりみたいになってはしゃいでいた。いまではもう連絡を取り合うこともなくなってしまったあの子たち。私は高校が好きだった。

 帰化申請の許可が降りそうにないから、修学旅行に参加するのははあきらめなさいと母に言い渡されたのは、修学旅行の直前になってからのことだった。夜遅くに私の部屋にやってきた母は、二年近く前から書類をそろえて準備をしていたがどうやら間に合いそうにないのだと、𠮟りつけるような口調で言った。

 後ろめたいことや自分に落ち度があるとき、「ごめんね」と言ってくれさえすれば済むはずなのに、なぜか母は高圧的になる。十代のころはそんな母をひたすら恐れ、従順でいるばかりだったが、さすがにこのときだけは納得がいかずに食い下がった。

「私は平気だから修学旅行に行かせて。みんなそんなことぐらいで仲間外れにするような子たちじゃない」

そんなことぐらい、、、、、、、、

 私の言葉をそのままくりかえして母は笑った。母がよくやる「あんたはなんにもわかってない」と暗に含んだ笑いかた。

「これはそんな軽い問題じゃない。在日韓国人だってことは犯罪歴と同じようなことなんだから、だれにも知られたらいかんの。一時の感情で勝手に動かれたらかなわんのよ。お母さんやおねえちゃんにもかかわってくる問題なんだから」

 無茶苦茶なことを言っている。大人になったいまこそわかるようになったが、十七歳の私にとって母は絶対だった。自分の中に流れているこの血は、そんなにも禁忌なのか。母の言葉は十七歳の私を打ちのめし、呪いとなって氷の杭を突き刺した。

 この夜だ。ぜんぶこの夜からはじまっている。

 私はすっかり醒めた。私とあの子たちとはちがう。思春期の女の子がひそやかに胸に咲かせる甘やかな特権意識などではなく、陶酔の余地などいっさいない寒々しいほどの異端者意識が私の中にはあった。

 修学旅行に参加しなかったことで、仲のよかった友人たちとはなんとなく距離ができ、高校を卒業しそれぞれ別の大学に進学したときはほっとした。ほっとしてしまったということがショックだった。結婚を考えていた恋人に別れを切り出されてもしょうがないと思ってあきらめ、三十六歳になったいまでさえ、好きな人に手を伸ばすことができないでいる。街を歩いていると聞こえてくるK-POPにひどく心をかき乱され、決して踏み入ってはならない永久凍土のように韓国という国に背を向け続けている。

 もし時間を巻き戻せるのなら――。

 何度考えてみても答えは同じだった。ほんとうにそんなことができるなら、迷うことなく私はこの夜に時間を巻き戻すだろう。

「一時の感情なんかじゃないよ」

 ぐうっと喉の圧迫が強まるのを感じた。でも、私はその続きを言わなければならなかった。

「ここで修学旅行をあきらめたら、私はこの先ずっと高校時代に心を残して生きていかなきゃならなくなる。それがどんなにつらいことか、お母さんにはわからないでしょう? 十一月がくるたびに修学旅行に行けない夢を見てうなされる私の気持ちなんて」

 岐阜のちいさな田舎町で生まれ育った母は、おそらく私が想像もつかないほどひどい差別を受けてきたのだろう。まだインターネットも普及していない時代に、ハングルの読み書きのできない母が帰化申請の書類を集めるのがどれだけたいへんだったか。何度も法務局に通いつめ、そのたびに職員から差別的な扱いを受けるのだといつだったか疲れきった顔でぼやいていた。

 朝鮮籍のままでは日本の企業に就職もできず、日本人との結婚もかなわず、在日韓国人同士のお見合いで父と結婚するしかなかった母がこれまで歩んできた道を思えば、これだけ強権的な態度に出ることも理解はできる。自分や娘たちに流れる血を忌み続けなければならないほど、母の絶望は深かったのだ。

「お母さんが私たちのことを思ってそうしてくれたことはわかってる。私たちがつらい目に遭わないようにと思って、在日韓国人であることをひた隠しにしてきたこともわかる」

 どれだけ言葉を重ねても、私には母を救ってあげられそうになかった。私にできることといえば、自分で自分を救い出すことだけだった。

「でも私、三十六年の人生でこの夜がいちばんつらかった。こんなにつらかったことは後にも先にも一度もなかった。三十歳を目前にして失恋したときだってこんなには泣かなかった」

 最後のほうは、ほとんど泣き出していた。

「在日だって知られてもいいから、私は修学旅行に行きたかった」

 うわーんと泣き伏す私を、母はおろおろと見下ろしていた。ついさっきまで、ここから一歩も出さないとばかりに部屋の入口に立ちふさがっていたのに。

「もう好きにしなさい!」

 やっぱり怒鳴りつけるように言って、母はなにかをこちらに投げつけて部屋を出ていった。いつのまに申請したのか、それは、在日韓国人用の緑色のパスポートだった。

 開いて中を見ると、十七歳の私の写真ではなく三十六歳のいまの私の写真が使われていて、これじゃ出国審査で引っかかってしまう、と急に現実的な心配が頭をよぎった。名前の欄に「김에미」と書かれているのを見つけ、

「なにこれ、読めんし」

 とつぶやいて私はまた泣いた。

 自分の泣き声で目が覚めた。

 夢の中でも修学旅行に行けないままなんてひどすぎると思ってすぐに目を閉じ、緑色のパスポートに手を伸ばしてみたが無駄だった。もう十七歳には戻れない。

 パジャマの袖で濡れた頰を拭って部屋を出ていくと、徹夜で体内時計がくるってしまったらしい姉がリビングで韓国の映画だかドラマだかを観ていた。

「あれ、どうした?」

「怖い夢見ちゃって」

 言ってから、怖いっていうのとはちょっとちがうかなと思った。昔は怖いばかりだった母のことを、いまは憐れだと思う。私にそんなふうに思われてると知ったら、プライドの高い母のことだ。屈辱に耐えられないだろう。

「そっか」と気のないふうにつぶやいて、姉は画面に目を戻した。韓国語の音声にハングルの字幕が流れている。ほんの一、二年やそこら韓国語を勉強したぐらいでここまで上達するものかと驚いた。

「おねえちゃん、それ見てわかるの?」

「ぜんぜん」

「じゃあなんで」

「韓国語の文字を見ながら韓国語の音声を聴くのがいちばん勉強になるって前になにかで読んだことあったから。でも、ぜんぜんだめ。私のレベルじゃついていけない。シバルぐらいしかわかんない」

「シバルって? どういう意味?」

「英語でいうファックみたいなかんじ」

「うわあ、ヤクザ映画ばっかり観てるからだよ。どうするの、そんな言葉ばっかりおぼえて、韓国で危ない目に遭ったりでもしたら」

 本気で心配して言っているのに、なぜか姉は爆笑してソファの上に寝転がった。コーヒーテーブルの上にはやりかけの韓国語のテキストが広げられている。昔から姉はあっちにこっちに手を出してはそのままにして、しょっちゅう母に𠮟られていた。

「おねえちゃん、私の名前、ハングルでどう書くの?」

 え、なに、どうしたの、急にそんなこと言い出して、どういう風の吹きまわし? ついに笑未も韓国に目覚めちゃった?

 どんな反応がくるかと身構えていたが、姉は無言のまま手近なところに転がっていたノートを拾いあげると、大きく「김에미」と書いた。いかにも書きなれてるといった手つきで、一瞬の迷いもなく。

「これでキムエミって読む。佐藤をハングルで書くと……」

「佐藤はいいや、こっちで」

「そう?」

 雑にノートをちぎり、もう一つの私の名前を姉は手渡してくれた。夢で見た自分の名前と似ているような気もするし、ぜんぜんちがうような気もした。

「ハングルはその気になりさえすれば一日で読めるようになるよ」

「そっか。読み方ぐらいなら、おぼえておいてもいいかも」

 解読不能な記号をしげしげ眺めながらいつになく素直に答える私に、姉は少しばかり面食らっているようだった。いつもならこんなとき、この機を逃すなとばかりにぐいぐい押し売りしてくるのに、今朝のことをまだ気にしているのかもしれない。

「ワールドカップのとき、おねえちゃんどっち応援してた?」

 なんとなくこのまま部屋に戻る気になれなくて、ハングルで書かれた自分の名前を見下ろしたまま私は訊ねた。

「ワールドカップ?」

「二〇〇二年の日韓ワールドカップ」

「どっちも」

「どっちも? そんなのずるくない?」

「いや、ちがうちがう、そうじゃなくて、どっちも応援してないって意味。サッカーなんか興味ないもん」

「えっ」

 私はびっくりして顔をあげた。

「そっか、どっちも応援しないって、そういうのもありなのか……」

 当時、大学に入学したばかりだった私は周囲の盛りあがりに置き去りにされまいと、あの熱狂の渦の中に飛び込んだ。さすがに青いユニフォームを着たり、顔に日の丸のペイントをしたりまではしなかったけど、ドがつく文化系人間の私にしてはがんばったほうだと思う。おかげで学内に親しい友人を何人も得た。

「あのとき私、韓国が勝ちあがるたびにムカついてた。日本はベスト16止まりだったのに、韓国はベスト4までいって、なんなのって思ってた」

 周囲にそういう雰囲気があったわけじゃない。むしろみんな、「韓国すげえ!」と賞賛ムードだった。私だけが、それに乗れないでいた。三位決定戦でトルコと韓国が対戦したときも、むきになってトルコを応援していたぐらいだ。あのころメディアでにわかに騒がれていた、日本人好みの甘い顔立ちのトルコ選手を応援するふりをして。

「へえ、韓国ってそんなにサッカー強いんだ?」

「おねえちゃんほんとになんにも知らないの? あの時期、日本にいてそんなことありえる?」

 あんまりのことに笑い出してしまった私に、「いやマジで、心の底から興味なくて」と姉もつられるように笑っている。

「ある意味うらやましいよ、そんなに無頓着でいられるなんて」

 七年前、私が恋人と別れたほんとうの理由を姉は知らない。このまま能天気に無頓着でいてほしいから、この先、知らせる気もない。母のように氷の城に立てこもられるぐらいなら、そのほうがずっといい。

「いつかさ、笑未がその気になったらでいいんだけど、いっしょに行こうよ、韓国」

 テレビの画面に視線を戻し、そっけないふうを装って姉が言った。

「うん」と私はうなずく。「そうだね、韓国、いつかは」

「じゃあ今年の正月――」

「だめだよ、正月は年に一度の義務を果たさなきゃ」

 ギムという二音を耳にしただけで、姉はげえっとえずくように舌を突き出した。

「いやあ、ご立派。親孝行でやさしいね、笑未は」

「そうかあ?」

 ちゃんと距離を取ってあげるおねえちゃんのほうがよっぽどやさしいんじゃないかと思ったけど、うまく説明できる気がしなくて口にしないでおいた。こういうところが、ほんとに自分でも薄情だと思う。

「今日、おねえちゃんのせいで、『雪だるまつくろう』がずっと頭の中で鳴ってた」

「韓国へ行こうよ~ドアを開けて~」

「こんな夜中なのによくそんな声出るね?」

「逆だよ逆、夜中だからだよ」

「なにそれ」

 私はけらけらと笑い、じゃあね、おやすみ、と言って自分の部屋に戻った。

「あっ、さとえみー!」

 期末テストも終わり、どことなく弛緩した空気が漂う朝の廊下で、D組の窓から顔を出した滝沢葉月に声をかけられた。

「だから、さとえみーじゃないよ、さとえみーじゃ。なんべん言わせるの。たまには先生って呼んでくれたって罰当たらないと思うよ」

「昨日、さとえみがGoogleドキュメントにあげてた原稿読んだよ。めっちゃよかった。泣けた。さすが、だてに現文の教師やってないね」

 直球すぎる誉め言葉に、うれしい気持ちと照れくさいような気持ち、いったいおまえは何様だという気持ちが、それぞれ等分にこみあげた。

「お褒めにあずかり光栄です、編集長」

 いやみのつもりで言ったのに、滝沢葉月は気にするふうでもなく、「これゲラね」と家でプリントアウトしてきたとおぼしきA4の紙を差し出した。編集作業は期末テストが終わってからという約束を律義に守っていたようだ。【K‐POPが好きなみんなに知ってほしい先生の話】。太字のタイトルがぱっと目に飛び込んできて、自分が書いたものとはいえ少し気恥ずかしくなる。でも、不思議と怖くはなかった。

「内容はとくに直すとこないんだけど、タイトルがちょっと、このままだとどうかなって」

 言いながら、滝沢葉月は手に持っていた青い色鉛筆で、【みんな】と【先生】の部分に二重線を引き、すぐとなりに新しく文字を書き入れた。

「うん、こっちのほうがよくない?」

【K‐POPが好きな君に知ってほしい私の話】

 廊下の窓から射し込む朝の光が、ちらちらとフラッシュのように瞬いて、あれ? と私は眼鏡の下に指を滑り込ませ、マスカラもなにも塗っていない右目をこすった。

「どうしたの、さとえみ」

「いや、びっくりして。急に世界が輝き出したから」

「なにそれ、詩人かよ」

 朝のチャイムが鳴り響く廊下に、滝沢葉月の笑い声もころころと鳴った。かぶせるように背後から、なんとしてでも担任教師より先に教室に滑り込んでやろうと駆け出した生徒たちの軽やかな足音が迫ってくる。

「コラー! 廊下は走らない!」

 わ、いますごく先生っぽい、と思って、注意しながら笑い出してしまった。

 こんな景色を見るために私は教師になったのかもしれない。

 そう言ったら、あの人はなんて答えるだろう?

Profile

吉川トリコ(よしかわ・とりこ)

1977年生まれ。名古屋市在住。2004年「ねむりひめ」で「女による女のためのR-18文学賞」第3回大賞および読者賞を受賞。同年、同作が入った短編集『しゃぼん』にてデビュー。主な著書に映画化された『グッモーエビアン!』のほか、『少女病』『ミドリのミ』『ずっと名古屋』『光の庭』『マリー・アントワネットの日記』シリーズ、『夢で逢えたら』『余命一年、男をかう』など多数。最新刊はエッセイ『おんなのじかん』。

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