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第3回

プロムへようこそ(原題:Prom)

What is prom?(プロムって何?)

 Promenade(フランス語で「散歩」「遊歩道」の意)の略で、アメリカやカナダ、イギリスのハイスクールで卒業前に開かれるダンスパーティーのこと。映画やドラマでよく題材に使われているので聞いたことがある人も多いはず!

 ちょっと古い映画になるけど、プロムを題材にした映画といえば必ずといっていいほど名前があがる「プリティ・イン・ピンク」とか「シーズ・オール・ザット」とか、最近の映画だと「ウォールフラワー」もすっごくよかったよね(エズラ・ミラーが人類でいちばんかわいいっていうのはまさしく真理だと思う)。あとは、ドラマだと「ゴシップガール」や「glee」、「セックス・エデュケーション」「リバーデイル」なんかでもちらっと登場してた。

 そうそう2017年に製作されたアメリカ映画「オタク・レボリューション(原題:OUTCASTS)」はプロムを題材にしながら、これまでとは一味も二味もちがったひねりの利いたものになってるから、ぜひ見てほしいな。タイトルのとおりオタクたちナードが結託してスクールカーストを転覆するんだけど……おっとこれ以上はネタバレになっちゃう。Netflixで見られるから、今日家に帰ったらすぐ見て!!!

 長いあいだアメリカでは男女ペアでプロムに参加するのが基本で、男子が女子を誘うのがルールってことになってたみたいだけど、最近じゃ友だち同士や同性のカップルの参加も増えてるらしいよ。そう、多様性ってやつ!!!!

 今回この記事を書くためにいろいろネットで調べていたら、なんと1994年のアラバマ州では異人種カップルの参加を許可しなかっただとか、2010年のミシシッピ州ではレズビアンカップルのプロム参加を阻止するためにプロム自体を中止にしたなんて事件があったみたい。とんでもない話でびっくりしちゃった。同性はもちろん異人種のカップルがだめだなんて、中世のおとぎ話かなんかかと思ってたけど、二十世紀ヤバすぎるもちろん悪い意味で!!!!!

 でも安心して! 我が千早高校でプロムを開催することになったあかつきには、そんなルールは設けないから!! カップル制度もなしにして、ひとりでも参加OKにするつもりだけど、カップルで参加したい人は古き良きプロムの慣習にしたがって気になるあの子を誘っちゃってもいい!!!(もちろん二十一世紀の日本を生きるガールズはボーイズの誘いを待ってるだけじゃないよね?) もちろん異人種がどうしたとかそんなへんなルールは蹴っ飛ばす!!!! 国籍・セクシュアリティ・人種・民族・宗教・階級・障害・その他いかなる属性も問いません!!!!! 学園の人気者ジョック&クイーンビーだろうとのけ者outcastsだろうとクィアだろうとポッシュだろうとワーキングクラスだろうとネグロイドだろうとモンゴロイドだろうとロマだろうとアボリジニだろうとクリスチャンだろうとブッディストだろうとバッドな周期だろうと車椅子ユーザーだろうと宇宙人だろうとオールOK!!!!!! 私たちは自由アーンド平等だ!!!!!!!!

 まだまだプロムについては語り足りないけど、そろそろスペースが尽きそうなので、また別のコラムで書くね!!!!!!!!! お楽しみはこれからだよXOXO prom gril.

(参考サイト「PromJAPAN」https://prom.co.jp/)

 

 

「なにが言いたいのか、何度読んでもさっぱりわからん!」

 私たちの記念すべき最初のZINEである【Prom To Our School!】vol.1をばさりと机の上に放ると、学年主任のさとけんは頭をばりばりと搔きむしった。いまにもこっちにまでフケが飛んできそうで(ごめんね、完全な偏見)、思わず私は息を止めた。

 冬休みを目前に控えた放課後、【Prom To Our School!】を代表して私と美鈴、千佳の三人は生活指導室の机を挟んでさとけんと向き合っていた。

【Prom To Our School!】という名前が示すとおり、「我が千早高校でプロムを開催しよう!」という目的のもとに今年の春から私たちは活動を続けている。主な活動内容としては、校門前でアジビラを配ったり、プロムを題材にした映画の上映会をホームシアターのある浩平の家に押しかけて開催したり、文芸部とタッグを組んでZINEを作ったり――といった生徒たちへの啓蒙活動だ。署名運動もしたにはしたんだけど、内申に響くんじゃないかと気にする生徒が多くて思うようには集まらなかった(やれやれ、これだから進学校のいい子ちゃんたちは!)。

 しかし、学校側から一向に許可が下りる気配がないので、こうして直談判にきたってわけ。もういっそトップ・オブ・トップである校長を落とすため、我が校の本丸ともいえる校長室に直に攻め入ってもよかったんだけど、「それはまずい! まずは学年主任のさとけん先生に話を通すのが筋でしょ!」と文芸部の顧問のさとえみが血相を変えて止めにかかった。「筋?」「筋ってなに?」「意味わかんない」と口々に反論する私たちの前に、「意味なんてわからなくてけっこう。大人の世界にはいろいろあるの。とにかくだめ! なにがなんでもぜえええったいにだめ! さとけん先生をスキップするなんて、だれが許しても私が許しませんからね!」と教師にはあるまじき、生徒に理解を促すことをまるきり放棄した態度で立ちふさがったのだった。

「この文章、滝沢が書いたのか? 無駄に『!』が多くてやかましいし、仏教徒ぐらい日本語で書けんのか。それに、最後の、なんだこの、ばつ、まる……?」

「もしかして先生、エックスオーエックスオーのこと言ってる?」

 困惑のあまりつぶやいた私の腕を、すぐ隣に座っていた美鈴が突っついた。

「ちょっと葉月、やめなって、先生に恥かかせちゃだめだよ」

 わざわざそんなことを口にするほうが恥をかかせることになると思うんだけど。我が幼なじみながらなんて無神経なやつ。

「先生、それ、うちも最近知ったんだけど、欧米っていうか、たぶん英語圏のスラングでハグ&キスの意味なんだって。Xがキスで、Oがハグ。一説によると、Xは十字架をあらわしていて、中世ではそこにキスすることで誓いの儀式をしていたらしくって……」

 フォローしようとしてというよりは、仕入れたばかりの知識を披露したいだけといったようなそっけない口調で千佳が口を挟んだ。ジョン・レノンみたいな丸眼鏡のレンズがきらりと光って、知的なんだかおたくっぽいんだかよくわからない(やば、これもステレオタイプだね)。

 このメンバーで直談判にきてよかったんだろうか。

 さとけんを前にしても物怖じしなさそうなメンバーを選んだつもりだったが、もしかしたら人選を誤ったかもしれない。

「スラングだかジャーゴンだかなんだか知らんが、日本語で書かれている部分だって、ようわからせんわ」

 ううむ、と腕を組むさとけんに、思わず私は身を乗り出した。

「そうは言うけど先生、これぜんぶさとえみの――じゃなくてさとえみ先生の校正を通してるから、問題ないはずだよ。国語教師のおすみつきだよ?」

「俺が言っとるのはそういうことじゃあらせんわ!」

「だったらどういうこと? 私にもわかるように説明してください。すいません、私バカだからわかりみが至らなくて。忖度とか親に教えられて育ってないんで」

「わかりみってなんだ、わかりみって。ちゃんとした日本語を使えと言っとるそばからなんなんだ。それに、自分のことをバカだとか、そんなことむやみに言うもんじゃない」

「あ、それはもちろんそうなんですが、いちおう謙遜的な?」

「高校生のうちからいらんことをおぼえるな! 少なくとも、この学校におるうちは忖度も謙遜もいらんわ!」

 どうやらさとけんを見くびっていたようだ。生徒に忖度を強いるさとえみなんかよりよっぽどまともな教師らしいことを言うのでびっくりした。同じことを美鈴と千佳も思ったのか、さりげなく目を見かわして、むにゅむにゅと唇を動かしている。

「あのなあ、俺だってなんでもかんでもやったらいかんと言っとるわけじゃないぞ。卒業式のあとに入試をひかえとる生徒もおるし、こんなこと大々的にやれーせんと言っとるだけで……」

「でも卒業式は大々的にやるじゃないですか? 言ってることと矛盾しません?」

「卒業式は高校生活三年間を締めくくる大事な学校行事だぞ。それとこれとは別の話だろうが」

「なにが? なにが別の話なんですか?」

「同じことだと思うけど?」

「卒業式終わったあとなんてみんなどうせ個別にカラオケ行ったり、ドリンクバーを飲み干す勢いでファミレスに居座ったりするじゃないですか。そういうことを個別にするぐらいだったら、学年みんなで体育館に集まってプロムをしたほうが一生の思い出になるし、受験生にとってもいい息抜きになると思うんですけど。へたにハメ外されるより、目の届くところで遊んでるほうが先生たちも安心じゃない?」

「本来ならプロムは卒業式前の夜にどんちゃんやるものだけど、卒業式が終わった日の午後に体育館で集まるぐらいかわいいもんじゃないですか」

「さすがにフルーツパンチにウォッカを混ぜるようないたずらをする生徒はうちの学校にはいないだろうし――って、痛っ!」

 調子に乗って口を滑らせた私の脇を、美鈴が肘で突いた。

「ウォッカ!?」

 女子生徒三人に息もつかせぬ勢いで詰められてあわあわしていたさとけんが、そこで急にはっとしたように目を剝いた。

「や、やだなあ。もののたとえっていうか、そういういたずらがお約束みたいに映画やドラマに描かれてるってだけのことですよ」

 すかさず美鈴が早口に説明し、

「むしろ個別に街に放ったほうが飲酒の危険性は増えるよね。万が一、補導されたりしたらそういうときってどうなるの? 内定取り消し?」

 今度は正真正銘ナイスなフォローを千佳が入れる。

 やはり私の目にくるいはなかったようだ。この人選で正解だった。むしろリーダーの私が率先して失言してるんだから世話がない。

「しかし、そうは言ってもだなあ……」広い額にうっすら浮かんだ汗をハンカチで拭いながら、さとけんがなおもぶつぶつ言う。「このなんだ、プロム? それがどういうものなのか、これだけじゃなんも伝わってこんし、そもそも開催する意義ってもんが……」

「あ、それについてはこちらの記事を参照していただければ」

 すかさず私はできたてほやほや、オールカラーの【Prom To Our School!】vol.2をずずいと差し出した。ページ数も倍増して三十二ページ。第一号の売上と広告費、生徒やママたちにカンパをたかってできあがった、うちらのZINE第二号である。卒業式までにできればもう一冊作りたいぐらいだが、三年生は三学期に入ると自由登校になるし、原稿は各自で進められたとしても、編集作業まで行うのは難しいかもしれない――とそこまで考えたところで、「ちょっとちょっとそこの受験生、その前になにか大事なことを忘れてない?」というさとえみのお小言がどこからともなく聞こえてきて、私は内心で舌を出した。

【Prom To Our School!】のメンバーの多くが、私立文系の大学を志望している。推薦入試ですでに合格内定をもらっている子もいるけれど、ほとんどが来年の二月に受験を控えていた。中にはセンター利用を予定している子もいる。そう、本来であればZINEなど作っている場合じゃないのだ。

「なんやもう、目が滑ってぜんぜん入ってこーせんわ。新聞記事までとはいわんが、ふつうの日本語で書けんのか」

ふつう、、、の日本語ってなんですか?」

 窓の外、教室に置きっぱなしにしてある教科書やら辞書やらを持ち帰るため大荷物になった生徒たちが、重たい足取りで横切っていくのを眺めていた千佳が、そこで急に糾弾するような視線をさとけんに向けた。出た、千佳の「ふつう」狩り。

「先生のふつうとうちらのふつうはちがうし、うちらのふつうだって一人一人ちょっとずつちがってて、まったく同じでぴったり重なる”ふつう”なんてどこにもない。そういうことを、うちらはこのZINEで表現したつもりなんだけど」

 うちはうち、まわりになんか合わせず好きにやらせてもらう、徹頭徹尾ゴーイングマイウェイ。それが千佳の基本スタイルだ。さすが、千早高校でいちばん最初に制服のリボンをネクタイに付け替え、スカートではなくスラックスを穿いて登校した女子生徒だけのことはある。

 しかし、そんな千佳がどうしても見過ごせないワードがひとつだけある。それが「ふつう」だ。「ふつう」というワードを雑に扱う人間がいたら、たとえそれが親より年の離れた学年主任の教師相手でもタダでは済まされない。忖度も謙遜もいらんと言ったからには、しっかり受け止めてよねさとけん!!!

「いや、まあ、建前はそうなんだろうが、俺が言ってるふつうっていうのはだな……」

「先生が言ってるふつうは先生にとってのふつうであって、うちらにとっては特別。それ以上でも以下でもない。それで話は終わりだと思うけど?」

「おい、待て木下、そんな揚げ足を取るようなことしとったら話し合いにもならんじゃないか」

 たじたじになりながらも、なんとか教師の威厳を保とうとするさとけんがあわれに見えてきた。私がセコンドだったらとっくにタオルを投げているところだ。

「さっき先生、忖度も謙遜もこの学校におるうちはいらんって言ってくれたよね。うち、ちょっと感動したんだけど」

 タオルの代わりに美鈴が横から口を挟むと、お、おう、と弱々しくさとけんがうなずいた。

千早高ちはこうは自由な校風って言われてるし、実際うちらもみんなそう思ってる。でも社会に出たらそういうわけにはいかないってことも、たぶんみんな薄々わかってる。いつかは忖度や謙遜をおぼえ、上司や取引先のお偉いさんの顔色をうかがい、だれかの靴を舐めなきゃいけなくなるようなこともあるかもしれないって」

 いや、そこまでのことになったらすぐにでもその会社は辞めたほうがいいぞ、というごくまっとうなさとけんのツッコミをきれいにスルーして、だからね、先生、と美鈴は続けた。

「うちら最後にプロムで自由の味をぞんぶんに味わっておきたいんだ。最高だったね千早高、あのころのうちら、最強で無敵で自由だったねって」

「なにいまの、録音しておけばよかった!」私は思わず叫んで立ちあがった。「美鈴、あとで一言一句、まちがえずにテキストに打ち直してよね!! 次のZINEの巻頭に載せるから!!!」

 こんなエモいスピーチを聞かされて心が動かされないんだったら、さとけんは人間じゃない。これでプロム開催の許可はもらったも同然だ、とばかりに私は期待に潤んだ目でさとけんに向き直った。

「おい、いま聞き捨てならんことを言ったな。次のZINEってなんだ次のZINEって」

 しかし、さとけんの反応は期待していたものとは違っていた。やれやれとばかりにため息をつくと、できればこの話は持ち出したくはなかったんだがなと前置きしてから、美鈴と千佳に向かって出口を顎でしゃくって見せた。「ちょっと滝沢に話があるから、大沢と木下は席を外してくれるか?」

 急にシリアスなトーンになったさとけんに、戸惑った様子を見せながらも二人はおとなしく従った。さとけんがなんの話を持ち出そうとしているのか、その時点で私にはもうわかっていた。

「担任の大西先生から聞いてるぞ。滝沢、おまえこのあいだの期末テストの数学、赤点だったそうだな」

「それはそうですけど……」と私は唇をとがらせた。試験前、数学の勉強なんてひとつもしなかったんだから当然の結果だった。「でも先生、私立文系の受験に数学なんて必要ないし、受験に向けて勉強しろ勉強しろって言うんだったら、それこそ数学の試験なんか免除してくれてもよくない?」

「あーやだやだ、毎年おるんだよな、そういうこと言い出す生徒が。あのな、おまえらには高校を卒業するのに必要な最低限の勉強をする義務っちゅうもんがあんだわ。受験どうこうの前に卒業できんかもしれんって話をしとるんだ」

「でも追試も受けたし……まあ及第点ギリギリだったけど、卒業資格は満たしてるはずだよ。英語と世界史は学年トップだし」

「でもでもって、おまえ、俺がなに言ってもはなから聞く気あらせんが」

 そう言ってさとけんは、頭を搔きむしる気力も抜け落ちてしまったみたいにだらんと両腕を垂らした。

「俺だってできることなら許可したりたいよ? 高校生活の最後に、生徒たちにいい思い出を作らせてやりたいのはやまやまだ。でもな、もし開催を許可したりでもしたら、おまえ受験なんかそっちのけでそのプロムとかいうのに全力集中するだろ。俺や大西先生が怖れとるのはそのことだ。プロムのせいで受験に失敗でもしたら元も子もあらせんだろ」

 さすが学年主任&担任。生徒のことをよくわかってる。

 もしプロム開催の許可が下りたら、たぶん――いやぜったい受験どころじゃなくなるだろう。

 予算がないから生演奏のバンドが呼べないのはしかたないとしてもせめてDJブースはほしいよね。機材を借りようと思ったらどれぐらいするんだろう? っていうか、浩平んちにないかな? あそこんちのパパ、家にホームシアター作っちゃうぐらいだもん、DJ用のターンテーブルぐらい持ってそうじゃん? 体育館のカーテンをぜんぶ閉め切ったところでどうしたって体育館は体育館、百円ショップでかき集めてきたパーティーグッズで飾りつけをしたところでどうしたって体育館は体育館、だったらいっそ一点豪華主義でミラーボールをレンタルするってのはどう? っていうかミラーボールも浩平んちにないかな? あーだめだめ、ペットボトルのジュースじゃなくて特製フルーツパンチをガラスのパンチボウルになみなみ注いでレードルですくうのでなくっちゃ! 紙コップはコンビニで売ってるような味もそっけもないやつなんかじゃなくて、フライングタイガーのパーティー仕様のやつで決まり! お菓子はもちろん、ピンクやブルーのアイシングがたっぷりかかったカップケーキでなくっちゃ! だめだよそんなドンキで売ってるようなファミリーパックのお菓子を並べたところで気分が出ないでしょ! お昼食べに家に戻る時間がない子もいるだろうから、フィンガーフードもあったほうがいいかな。家庭科調理室を借りられたらママたちにヘルプを頼んで仕込んでもいいかもしれない――え? フィンガーフードってなにかって? それはあれだよ、カナッペとかミニタルトとかひとくちで軽くつまめるような……え? おにぎりじゃだめかって? 無理無理無理、おにぎりなんてだめに決まってんじゃん! せめてカリフォルニアロール、もしくはライスボールにして! 助六寿司なんて論外だからね!!!

 ちょっと想像しただけでも、毎日めまぐるしく飛びまわっている自分の姿が見えるようだった。受験どころか、ZINEさえ作ってる場合ではないかもしれない。

「ま、まさか、そんなことあるわけないじゃないですかあ。私だってバカじゃないんだから人生棒に振ってまでプロムを開催したいなんて思わないですよ」

 耳から入ってくる自分の声がこんなに白々しく響いたことはなかった。

「そうだよな。さすがに人生棒に振ってまでプロムを開催したいわけないよな?」

 先ほどまでの意気消沈した様子から一転、広い額をてかてか光らせてさとけんがにやりと笑った。

「だったら、今回はあきらめてくれるな?」

 しまった! と思ったときには遅かった。反論する言葉がとっさに出てこなくて、金魚みたいに口をぱくぱくさせるしかなかった。

 

 

文芸部LINE

 〈2019年12月19日〉

はづき:さとけんにまんまとハメられた! あのくそだぬき!!!! 17:12

美鈴:しかし葉月もよく勉強せずに試験受けたよね。昔から数学苦手だったくせに。 17:14

はづき:苦手だからこそじゃん!! どうせ勉強したところでたいした点数取れないし!!! 17:14

ぶっちょー:lolololololol 17:18

美鈴:そんでも最低限の復習ぐらいしとけば、さすがに赤点はまぬがれたんじゃないの? 17:20

chika:終わったことを言っててもしょうがないよ。これからのことを考えよう。 17:45

にしおうみ:さて、どうしようね? 18:21

佐藤 笑未:待って? 「どうしようね?」ってなに? さとけん先生がそう言うなら、もうあきらめるしかないでしょう。 18:22

佳奈美:で、どうする? 18:23

いず美:終業式は明日だよ 18:23

ひー:明日までになんとかして許可をとりつけないとですね 18:23

佐藤 笑未:ちょっとあなたたち、先生の話を聞きなさい! 18:23

 

 

Why do you prom?(なんでプロムを?)

 前回のZINEを出してから、みんなにくりかえし聞かれたこの質問に、いまこそお答えするね!

 Because I want to do it!!

 そう、やりたいからやるんだよ!!!

 って、そんなんじゃ答えになってないって? でも実際のところこれがいちばんシンプルで正直な答えなんだけど。

 そうだなあ、じゃあ、prom grilこと私がどうしてこんなにもプロムに焦がれるようになったのか、その最初のきっかけからお話しするね。

 高校に入学したばかりのころ、私とママとの関係はうまくいってなかった――って書くと、いきなりシリアスっぽくなっちゃうけど、べつに虐待を受けてたとかそういうことじゃなくて、なんていうのかな、うん、まあ、いまとなっては恥ずかしいんだけど、ちょっと遅めの反抗期みたいな? うちのママ、いまでは最高にファビュラス&ゴージャスなダンスクイーンだけど(【HIPS】ってチーム名でチアリーディングをやってるの!!!!)、当時は化粧もろくにしないわ髪もぼさぼさだわで、モロにおばさん!!!!!!ってかんじだった。私もまだ若かったからlol(←笑の意味ね)、そういうのが許せない時期だったんだよね。

 でもいまから考えると、私が許せなかったのはストレッチの利きまくったウエストゴムのジーンズとか体型隠しのためのチュニックとかそういうことじゃなくて(ビイシキ的にはどうかと思うけど)、家族やまわりの人たちの顔色をうかがってびくびくしてるママの姿だったのかもしれない。どうせ私なんかこんなもんだって、ママ自身が自分のことを見かぎっていた。それが私にはたまらなかった。いまのママは、あのころよりずっと自由でいきいきしてて最高だなって思う。

 ここで本題に戻るんだけど、最近じゃママとの関係も良好で、結婚する前からママが集めていた海外の学園映画やドラマのDVDをいっしょに観ているうちに私もすっかりハマっちゃって、どうして日本にはプロムがないの? 日本でもプロムをやったらいいのに! よし、それじゃうちの高校でプロムを開催しよう!!!!!!って思いついたってわけ。

「日本にプロムがなくて命拾いした」

 ――って、高校時代、スクールカーストの底辺にいたママはいつも言ってるんだけどねlololol

 たしかに、スクールカーストや差別を助長する側面がプロムにあるのは否めない。資本主義に首までどっぷり浸かった裕福なおぼっちゃん&おじょうちゃんたちが大人への第一歩を踏むためのセレモニー(それでいったら日本のプロムは成人式にあたるのかもしれないね?)。そんな浮かれたダンスパーティーに参加なんかしなくても、人生のずいぶん早い段階から否応なく大人にさせられる子どもだっているし、プロムのドレスが買えなくて泣いてる子だっている。プロムなんか行ったところでぜんぜん楽しめないから、静かに家で本でも読んでるほうがマシって子もいると思う(うーん、ますます成人式っぽい)。

 実際、映画やドラマではスクールカースト上位の視点からプロムを描いたものって少なくて、むしろ「負け犬」側から描いたもののほうが圧倒的に多いし、支持を集めてるんだ。スクールカースト上位の人なんてほんのひとにぎりで、ほとんどの人が「それ以外」に該当するんだもん、当然のキケツってやつだよね。映画製作に携わる人たちの多くが、学生時代「負け犬」側だったっていうのも大きいと思う。やっぱり80年代に一世を風靡したジョン・ヒューズの前後で大きく変わっちゃったかんじがあるけど、忘れちゃいけないのが「キャリー」だよ!!! 主人公のキャリーが勇気を出して参加したプロムのステージでいじめっ子たちに豚の血を浴びせられる恐怖のプロム映画!!!!!(クロエ・グレース・モレッツ主演のリメイク版も悪くはないけど、やっぱり1976年のオリジナル版がエグくておすすめ!)

「みんな『プリティ・イン・ピンク』を期待してプロムに臨むけど、結局『キャリー』で終わるのよ」

 ――って、「awkward. 不器用ジェナのはみだし青春日記」でも言ってたもんね。ぎゃーーーーーーー!!!!!!

 そうそう、プロム文化が根付いたアメリカでは、同時にアンチプロムってのが生まれてきてるってこともお伝えしとかなくちゃね。それってすごく健全なことだとは思うんだけど、ドラマや映画で描かれるアンチプロムは「プロムに憧れはあるけど、負け犬だから行っても楽しめない。だったらもういっそプロムなんてなくなってしまえ!」ってふうに描かれちゃうのが、なんだかなあってかんじ――はっ、いけない、プロム推進派の私としたことが、アンチプロムの肩を持つようなこと書いちゃった!

 つまりなにが言いたいかっていうと、プロムにはいろんな問題点があるし、アンチ派の気持ちもわかんないでもない。でもでもでもさ、日本ではまだまったく芽吹きも根付きもしていないこの文化、とりあえずやってみなくちゃわかんないよね? ってこと。

 欧米のプロムをそのまま日本に持ってきたところで無理があるのはわかってる。いくら親が超リッチでも、そうやすやすとリムジンを呼べるティーンなんか日本にはそうはいないでしょ(いま一瞬、松本潤演じる道明寺司の顔が浮かんじゃったけどlol)。プロムの伝統にならっておそろいのコサージュを用意したり、ドレスアップしたりしたい人はすればいいし、制服や体操着で参加したい人はそれでもぜんぜんかまわない。だれも置いてけぼりにしない、千早高の卒業生全員が気軽に参加できて(ワンコインのチケット制にする予定)、心ゆくまで楽しめるような最高のパーティーを最後にどーんと打ち上げたいって思うんです。

 それと、シンプルかつプリミティブな理由がもうひとつある。

 爆音で音楽を流しながら踊るのって最高に気持ちいい!!!!!!ってこと。

 うちらまだクラブに出入りできる年齢じゃないから、みんなで体育館をクラブにしちゃおうよ!!!!!!! XOXO prom gril.

 

 

【プロム開催までの道】卒業式まであと七十三日!

 ・授業をボイコットする

 却下! 終業式を明日に控え、三学期からは自由登校。授業をボイコットしようにも、ボイコットする授業がないんじゃどうしようもない。

 ・ハンスト

 さすがに過激すぎる。なによりいまから始めたんじゃクリスマスやお正月のごちそうを食べそこねる! ぜったい無理!

 ・思いきってゲリラ開催

 内定取り消しを恐れて参加する人が少なくなりそう。なにより機材の搬入や会場のセッティングをしてるあいだに見つかっちゃいそう。

 

 どうしようどうしようどうしたらいいんだろう。頭をぞうきんみたいにしぼっても、ちっとも名案が浮かばない。文芸部のグループLINEにもろくなアイディアがおりてこないし、万事休すだ。

 夕食後、ダイニングテーブルでああでもないこうでもないとぶつぶつ言いながら、【Prom To Our School!】と表紙に大きくレタリングしたノートに文字を書いては塗りつぶし、書いては塗りつぶししていると、食洗機(結婚二十年目のパパからのプレゼント。「これで少しはママも楽になるかな」っていい夫ぶっててマジかって思った)に食器をぶちこみ終えたママが、「葉月って我が娘ながらほんとにいい子だよね」と感心したような呆れたような、どっちともつかない調子で言った。

「子どもがなにか悪さしようとするときは、ふつう親に隠れてこそこそやるもんだと思うんだけど、こんな親の目の届くところで堂々と……」

「あ、ママ、いまふつうって言ったね? だめだよ、そんな雑にふつうなんて言ったら。それに、これは悪さなんかじゃないし! こちら側の要求を通すために学校側にどういった働きかけが有効なのか考えてるの! これは正当な学生運動なの! 学内闘争なの!」

「ママときどき、葉月の未来が楽しみなような怖いような気持ちでいっぱいになる。どうか逮捕だけはされないでね……」

 と、そこまで口にしたところで、「あ」となにか思い出したように声をあげる。そうだ、「ビバリーヒルズ高校白書」シーズン3のドナ・マーティン卒業の回、ええっとたしか前にレンタル落ちのDVDをまとめて安く買ったのがあったはず……となにごとかぶつぶつつぶやきながら、和室の押し入れの一角にある「ママのコレクション」から一枚のDVDを抜き取ってきた。

「ブランドンのパパが、息子に向かって言う台詞。”逮捕だけはされるなよ”ってね」

 そう言って、まだ私が観るともなんとも言っていないのに勝手にDVDプレイヤーにセットする。以前は家族がいない隙を狙ってこそこそ一人で楽しんでいただけだったのに、このごろじゃなにかあるごとに私といっしょにコレクションを鑑賞しようとしてくる。今日、パパは会社の忘年会で遅いと言ってたし、弟の隆信は夕食を終えると、すぐ自室に直行した。クリスマスプレゼントに買ってもらったゲームに目下夢中らしい。

「むしろ私はママのほうがクレイジーだって思うけど。受験を控えた娘がほかごとにうつつを抜かしてるのに、止めようとするどころか応援するようなことを言ったりやったりするんだから」

 クレイジーって最高の誉め言葉じゃない、とママはくすくす笑いながらリモコンを操作している。まったく真に受けていないどころか光栄だとか言い出しててますますヤバさが極まってる。

「一度こうだって決めたら、葉月、ママがなに言ったって聞かないでしょ」と理解があるんだか投げ出してるんだかよくわからないことを言いつつ、一貫してママは【Prom To Our School!】運動を応援してくれてる。上映会のプログラムを作ったときも、アジビラを作ったときも、ZINEの原稿を書いていたときも、あれこれアドバイスをくれてものすごく頼りになった。

 一度、プロムのためのプレイリストを考えているときに、「だめだめ、シャキーラとかリゾとかビリー・アイリッシュとか、そんなプレイリスト、だれが許してもママが絶対許さない! チークタイムはシンディ・ローパーの『タイム・アフター・タイム』でなくっちゃ!!」と口を出してきたのだけはかんべんしてほしかったけど。「ママ、いまはチークタイムなんて言わないよ、スローダンスだよ!」と訂正しつつ、ママがあんまりぎゃあぎゃあうるさく言うので、プレイリストの何曲か(というかほとんど)を書き換えなければならなかった。

 こんなふうになんでも話し合える「ギルモア・ガールズ」みたいな母娘がずっと憧れだったとママは言うんだけど、娘よりもむしろ母親のほうが大人げなく駄々をこねるところまでドラマの真似しなくたっていいのに。

「あ、きたきた、これよこれ、ママの原点」

 テレビに古い映像が映し出され、印象的なイントロのオープニング曲が流れはじめた。すごい。全員、ハイウエストのジーンズを穿いてて、めちゃくちゃ時代を感じる。当時、NHKで放送されていた「ビバリーヒルズ高校白書」(シーズン4からは「ビバリーヒルズ青春白書」)は日本でも一世を風靡するほどの大人気で、ママの海外ドラマ好きはここからはじまったのだそうだ。

「もちろん吹替で観なくちゃね。この声優さんとっても好きだったんだあ。みんなディラン派で、ママだけブランドン派だったから肩身が狭くて」

 新しくキャラが登場するたびに、「あっ、ケリー!」「ブレンダかわいい」と隣でママが大騒ぎするから話なんかちっとも入ってこなかったが、仲良しメンバーの一人がプロムで飲酒したことが学校にバレてしまい、卒業を危ぶまれているということはかろうじて理解できた。

「そんなに好きなら、なんでいままで私に勧めてこなかったの?」

「そりゃあ、昔のドラマだし、最近のドラマとちがっていろいろゆるいから積極的にはおすすめできないかなって。途中からは身内でくっついたり別れたりをくりかえしてるだけだったしね。でもこの回だけはほんとに好きだったな。なんべん観ても最後で泣いちゃう……」

 画面に目をやったままごにょごにょ言い訳していたママが、「あっ、ほら、ここ!」と声をあげた。主人公の男の子――ブランドンが父親のオフィスを訪ねるシーンで、ママが最初に言ったとおりの台詞が出てきた。「逮捕だけはされるなよ」しゃべりながら観ていたので、どういう話の流れでその台詞が出てきたのかさっぱりわからなかったが、すぐに場面が転換し、ブランドンがなにを企てているのか判明する。生徒全員で期末試験をボイコットし、「ドナ・マーティン卒業!」「ドナ・マーティン卒業!」とシュプレヒコールをあげながらのデモ行進だ!

「ママ、ありがとう」

 まばたきもしないで画面を凝視し、私はつぶやいた。これだ、これしかない。

「先に謝っとく。逮捕まではいかなくても、卒業できなくなったら、ごめん」

「えーっ、ちょっとやめてよう」

 と言って振りかえったママの目には、うっすら涙の膜が張っていた。

 

 

文芸部LINE

 〈2019年12月19日〉

はづき:明日、終業式をボイコットしてデモ行進をしよう!  20:32

ぶっちょー:lolololololol 20:32

美鈴:次から次へと、どこからそんなアイディア思いつくの? 20:33 

佐藤 笑未:待っt 20:33

はづき:さっきママにビバヒルって昔のドラマ観せてもらって、これだ! と思って。 20:34

ひー:でもそれ、小人数だと意味ないですよね。ほかの生徒たちも参加してくれるでしょうか? 20:34

ぶっちょー:署名ですらいやがってたぐらいだから厳しくない? 20:35

chika:いや、署名は証拠が残るけど、デモなら逆に参加しやすいかもよ? 20:35

にしおうみ:たしかに 20:35

ぶっちょー:あらかじめ今日のうちにクラスLINEで協力要請してもいいし、仲のいい子には個別にお願いしとくのもいいかもね 20:36

はづき:ビバヒルでも前日にクラスメイトに電話しまくって事前工作してた 20:36

ひー:一、二年生への根回しはまかせてください! 20:36

美鈴:デモって具体的になにするの? 「アデル、ブルーは熱い色」のプライドみたいなこと? 「パレードへようこそ」みたいな?  20:37

はづき:そうそう、そういうこと! みんなで校長室に向かって行進するの! 20:37

佐藤 笑未:ねえ、待って? 20:37

ひー:校長って学校にいないことが多いけど、終業式の日なら確実にいますもんね 20:38

chika:ナイスタイミング! 20:38

佳奈美:レインボーフラッグならうちにあるよ。あと必要なのは、プラカードとか横断幕とかお揃いのTシャツとか? 20:38

にしおうみ:さすがにいまから準備するのは無理だよね 20:38

ぶっちょー:体育祭のときのクラスTシャツならまだみんな持ってない? 20:39

佳奈美:いいね! 20:39

いず美:うちと佳奈美はピンクトライアングルTシャツにしよ 20:40

chika:音楽はどうする? iPhoneにスピーカーつなげるだけじゃ校舎全体には届かないよね 20:40

ぶっちょー:吹奏楽部の子に話つけて、マーチング用のドラム借りれないか聞いてみる 20:40

にしおうみ:じゃ、ぼく、放送部の子に放送室をジャックできないか聞いとくね 20:40

美鈴:うち、ホイッスルあるよ、ママがチアで使ってるやつ 20:41

いず美:ホイッスル? 20:41

美鈴:「BPM」観てない? パレードのシーンでめっちゃ吹いてた。20:41

佐藤 笑未:ねえ、もはやパレードやりたいだけになってるよね? 20:41

佐藤 笑未:ZINEもそうだったよね? 途中からプロム関係なくZINE作りたいだけになってたよね? 20:41

はづき:いざとなったら校長室の前に座り込むか、教室に立てこもるのも辞さないかまえでいこう 20:42

にしおうみ:バリ封ってやつだね、本で読んだことある 20:42

chika:じゃあうちは置き勉持って帰らないかまえでいく 20:42

美鈴:千佳のそれは持って帰りたくないだけじゃん 20:42

佐藤 笑未:やだもうなんにも聞こえない。20:43

佐藤 笑未:あーあーあーあー 20:43

佐藤 笑未:先生はなにも見てないし聞いてませんからね! 20:43

〈佐藤 笑未は退室しました〉

 

 

Stand up for prom!(プロムのために立ちあがれ!)

 号外! 号外だよ!

 おねがい、みんなの力を貸して!

 決行は明日、終業式がはじまる前に。

 目的地は校長室。

 千早高生たちよ、いまこそ立ちあがれ!

 革命の足音を響かせろ!

 

 

 終業式当日。

 朝のホームルームが終わり、大掃除を済ませると、終業式のため全校生徒に体育館への移動を促す放送が流れた。

 ここまでは通常通りだ。同じクラスの西尾がちらりとこちらを見た。私は黙ってうなずきかえし、体育館シューズ入れを片手に、塗りたてのワックスの匂いが満ちる教室を出た。そのまま西尾は放送室に向かって駆け出していく。

 他のクラスの生徒たちがぞくぞくと廊下に吐き出される中で、マーチング用のドラムを肩から提げた千佳が隣の教室から出てくるのが見えた。制服のシャツの上からキミドリ色のクラスTシャツを着ている。どぉん、と窓を震わせる低い音がして、マレットを握った手を振りあげる。

 ――よし、決行だ。

 手早くブレザーを脱いで水色のクラスTシャツ姿になると、体育館シューズ入れから子ども用の拡声器を取り出してスイッチを入れる。軽いハウリング音。今朝、いつもより早い時間に家を出て、今池のドン・キホーテで買ってきたものだ。

「千早高校にプロムを!」

 拡声器をとおして私が声をあげると、戸惑うような空気が廊下に流れた。「千早高校にプロムを……」ごくひかえめに、ぱらぱらと声が返ってくる。

「我らにプロムを!」

 めげずに私は続けた。すぐに千佳と合流し、どぉん、どぉん、というドラムの音に合わせて校長室に向かって歩き出す。遠くのほうから美鈴が吹き鳴らすホイッスルの音も聞こえてくる。

「我らにプロムを!」

 離れた教室から駆けつけた部長がすぐ隣で拳を振りあげたが、他の生徒たちははにかむように笑って顔を見合わせている。昨晩のうちにクラスLINEやSNSでデモ行進のことは告知してあったけど、みんな周囲の出方をうかがうばかりで、みずから率先して加わろうという気はないらしい。中にはブレザーの下にクラスTシャツを着込んでいる生徒もいたけれど、飛び出すタイミングを計りかねているようだ。

 ここまでは想定内といえば想定内だった。

 私が校門に一人で立ち、ビラを配りはじめたとき、まわりの反応は冷ややかなものだった。プロムってなに? 本気でそんなことできると思ってる? それでもあきらめずに校門に立ち続けていたら、やがて一人、二人と賛同してくれる仲間が増えていった。しかし、依然として、多くの生徒は私たちのこのバカげた運動を遠巻きに眺めているだけだ。まだやってんの? すごいね。プロムなんてほんとにやるつもり? うーん、行けたら行くわ。彼らを責めることはできない。もしだれかが「千早高校で相撲大会を!」とか言い出したら、私もきっと同じような反応をしただろうから。

 それでもだれかが声をあげないかぎり、なんにもはじまらないってことだけは確かだった。

 そして、少なくとも私たちは行動に出た。

「千早高校にプロムを!」

 もう一度、喉をしぼりあげるように叫ぶ。

「千早高校にプロムを!」

 背中からだれかに飛びつかれて、思わずバランスを崩す。振りかえると、佳奈美といず美がしっかりと手をつないで行進に加わっていた。学祭のときもクラスTシャツを拒否しておそろいのピンクトライアングルTシャツを着ていたけど、もちろん今日も二人の胸にはセクシュアルマイノリティのプライドと解放のシンボルであるピンクの逆三角形が輝いている。

 夏休みのあいだにつきあうようになった二人に、新学期早々、私は相談を受けた。

「つきあうって、具体的になにすればいいの?」

「そんなこと私に訊かれても、だれともつきあったことないのに、わかるわけないじゃん」

「でも葉月、恋愛映画とかいっぱい観てるんでしょ」

「うーん、いっしょに下校したり、映画を観に行ったり、カラオケ行ったりとか……?」

「そんなのつきあう前からやってるし」

「なんかないの? つきあってる二人にしかできないようなこと」

 二人に詰められて、私はあっと声をあげた。

「あるよ! 二人でおそろいのコサージュをつけてプロムに行くこと!」

 そうして【Prom To Our School!】に新たなメンバーが加わったというわけだ。

 あれから四ヶ月が経ち、いまや二人は我が校でもっとも有名なカップルとなっている。いつも教室や廊下、階段や屋上の手前の踊り場、校内のあちこちでところ構わずいちゃいちゃしてるので、教師からも生徒からもたびたび苦情が出るほどだ。「これは決して同性愛差別などではなく、目のやり場に困るからやめてほしい!」のだとみんな口をそろえて言ってる。

「我らにプロムを!」

 私が声をあげると、

「我らにプロムを!」

 レインボーフラッグを片手に、佳奈美といず美が叫んだ。少し遅れて、「我らにプロムを!」ぱらぱらとあちこちから声が返ってくる。校内でいちばん有名かつホットなカップルがデモ行進に参加したことで、なんとなく風向きが変わる気配があった。そりゃあだれだって差別主義者の烙印を捺されるよりは、LGBTQフレンドリーだって思われたいもんね。

「千早高校にプロムを!」

「千早高校にプロムを!」

 そのとき、プレイリストの一曲目アバの「ダンシング・クイーン」がスピーカーから大音量で流れ出した。どうやら西尾が放送室のジャックに成功したようだ。そこへ、文芸部の一、二年生たちが下級生の集団を率いて合流し、私たちは巨大な蛇のようになって学校の廊下をじりじりと進んでいく。

「我らにプロムを!」

「我らにプロムを!」

 いいかんじに追い風が吹いて、少しずつ生徒たちの声がまとまり出したけど、熱狂にはまだ遠かった。あともう一押しがほしい。このままだと異変に気づいた教師が飛んできただけでかんたんに蹴散らされてしまう。

「葉月! 浩平連れてきたよ!」

 ホイッスルを吹き鳴らしながら、美鈴がひときわ大きな図体の浩平をぐいぐい廊下の向こうから押してくる。

「ナイス!」

 私は飛びあがって、拡声器を浩平に押しつけた。

 うちらのプロムでは「だれもがキング&クイーン」をモットーにプロムキングとプロムクイーンの投票を実施するつもりはないけれど、この学校のキングを選ぶとしたらまちがいなく浩平になるだろう。文武両道、才色兼備、どこをとっても文句のつけどころのない男子生徒。ちょっとした仕草や物言いに育ちのよさが滲み出てるのに、いつもなんとなくうわの空でそっぽを向いてるようなところが、いかにも王道青春映画の主人公ってかんじ。

「なんなんだよ、いったい」

 まさか自分が駆り出されるとは思っていなかったらしい。戸惑ったように浩平は私と美鈴を交互に見た。

「いいから、ほら、コールして」

「うちらの声は聞かなくても、あんたの言うことならみんな聞くから!」

「人を客寄せパンダみたいに……っていうか、おまえらそれでいいのかよ」

「は?」

「ぜんぜんいいけど?」

「それでプロムができるんならまったくかまわんが?」

「うちらが見てんの、大局だし」

 私と美鈴は真顔でうなずきあった。ここで男子にイニシアチブを譲らなきゃいけないのは正直口惜しいけど、使えるものはなんでも有効活用しないと。

「ああ、もう、後でぜったいなんか奢ってもらうからな!」

 吐き捨てるように言うと、浩平が拡声器をかまえた。人からものを頼まれたら断れないこの性分こそが、浩平のキングたるゆえんだった。

「おーい、おまえら、いくぞー!」

 浩平のかけ声に、先ほどまでの比ではない、怒号のような声が返ってくる。

 キングが先頭に立ってしまえば、あとは蛇が龍に進化するのを待つだけでよかった。後れを取るなとばかりに、次から次にみんな、このビッグウェーブに乗っかろうとした。プロムなんてどうでもいいけど置いてけぼりだけは避けたい。騒げればなんでもいい。祭りだ祭りだワッショイ! 集団心理とはそういうものだと、私たちはすでに世界史の授業で学習済みだった。

「あ、小倉くん」

 だれもいない教室にぽつんと取り残され、このお祭り騒ぎを眺めている男子生徒を発見し、すぐさま美鈴が駆け寄っていった。美鈴からその名前を聞くのはひさしぶりだった。夏休みに毎週のように浩平の家に集まって、三人で映画の鑑賞会をしていたのだと前に話していたことがある。

 いっしょにデモに参加しようと美鈴は彼に声をかけたようだったが、二言、三言かわしただけで交渉が決裂したようだ。すぐにあきらめたように首を振って、こちらに戻ってきた。大丈夫? と目だけで問いかけると、美鈴も目だけでうなずきかえした。

「おい、なにやっとんだ!」

 三年生を中心に、大多数の生徒が体育館ではなく校長室に向かっていることを察知したさとけんが、体育館と教室棟をつなぐ渡り廊下を走ってくるのが見えた。近くにいた生徒たちが、渡り廊下と教室棟を仕切るドアを閉めて素早く鍵をかける。

「おい! おまえら、ええかげんにせんか!」

 ガラス越しにさとけんに手を振ると、私たちはいよいよ、管理棟の一階にある本丸に向かって大きく舵を切った。このとき、私たちはたしかに、一体感に酔っていた。

「千早高校にプロムを!」

「千早高校にプロムを!」

「我らにプロムを!」

「我らにプロムを!」

 教室棟と管理棟をつなぐ渡り廊下を進み、校長室の扉はもう目の前というところで、スピーカーから流れていた音楽がふつりと途絶えた。あ、いやな予感、と思う間もなく、

「そうはさせるかーーーー!」

 中庭を突っ切り、猛ダッシュでここまでやってきたらしいさとけんが、息を切らして目の前に立ちはだかった。事態を察知して体育館から引き返してきた教師たちもその後ろにずらりと並んでいる。その端にちゃっかりさとえみが顔を並べてるのを見つけて、私は思わず舌打ちした。しかも、こちらと目を合わせようとしない。文芸部LINEをスクショして職員室にばらまいてやろうか!

「どうする?」

 戸惑った表情でこちらを振りかえった浩平に、

「いいから! ひるまずそのまま続けて!」

 私はきっぱりと言い切った。行く手を阻まれてもシュプレヒコールだけは止めない。私たちにできることは、もはやそれしか残されていなかった。

「千早高校にプロムを!」「やめなさい!」

「千早高校にプロムを!」「全員体育館に移動しなさい!」

「我らにプロムを!」「バカなことはやめるんだ!」

「我らにプロムを!」「早く体育館に移動しろ!」

 両者一歩も譲らず、その場でたがいに声を張りあげながら睨みあいを続けていると、校長室の扉が開いて、中から校長があらわれた。その場にいた全員が、あっと息を 吞んだ。波が引くように静まりかえった場の空気をものともせず、校長は教師たちのバリケードを二つに割って、私たちのところまでやってきた。

「代表者は君か」

 どういうわけか校長は、先頭に立つ浩平には見向きもせずに、後ろに立っていた私をまっすぐに見て訊ねた。

「あ、はい」

 これまでに数千――ひょっとしたら一万人近くの生徒たちを見てきた落ち窪んだ目に、一瞬でも怯まなかったといったら噓になる。朝礼や行事のとき、いつも遠くから仰ぎ見るばかりだった校長が目の前に立っている。あたりまえだけど、同じ人間なんだということにいまさらびっくりした。

「校門でよく見かけていたから、そうじゃないかと思ったよ。よろしい、要求を聞こう」

「え?」

「ここまでデモを引き連れてきたんだ。要求があってのことだろう?」

「あっ、えっと、はい」

 昨晩のうちに用意しておいた要望書なら、小さく折りたたんで制服のスカートのポケットの中に入れてあった。指先で紙の感触を確かめるだけにして、私はまっすぐ校長の目を見つめかえした。

「私たちは卒業式当日の午後、体育館でのプロム開催の許可を要求します。千早高校で過ごした三年間を締めくくる素晴らしい思い出になると同時に、きっと――いやぜったいに、それぞれがこれからの人生に新たな一歩を踏み出すための、大きな推進力となることと信じています。いつか社会に出てから、この日のことを思い出して励まされたり慰められたりすることもあるかもしれない。私たちはこの学校で多くのことを学んだけれど、多くの仲間や楽しい思い出も得ました。でもまだ足りない。楽しい思い出なんてどれだけあっても足りることはない。それに言っちゃなんだけど、修学旅行に行けなかった生徒だっているし、文化祭や運動会は陽キャのためのイベントだからって疎外感をおぼえてる生徒は、たぶん先生たちが思っている以上にたくさんいる。だからこそ私たちは、だれも置いてけぼりにしない、すべての生徒たちがわけへだてなく楽しめるようなパーティーを最後に開きたいんです。先生たちは受験受験受験って口を開けば受験のことしか言わないけど、受験なんてその気になれば何度でもチャンスがある。でも、いまここにいるみんなで卒業できるチャンスはたった一回だけなんです。どうか、千早高校でプロムを!」

 私の言葉に重ねるように、「千早高校でプロムを!」と生徒たちから次々に声があがった。ぱらぱらと降り出した雨が少しずつ雨足を強めていくように、じょじょに声が大きくなっていく。やめろ、やめなさい、という教師たちの声など、どしゃ降りの声の前には骨の折れた傘ほどにも役には立たなかった。

「ふむ」

 なにを考えているのかよくわからないような表情で私の話を聞いていた校長は、ごま塩のあご髭を撫でながら、大きくひとつ、うなずいた。

「よくわかった。いいでしょう、許可します。ただし、先生方とよく相談して、開催に向けて必要な手順はきちんと踏むように。ひとまず、いまは終業式を行うことにしよう」

 生徒たちの歓声にかき消され、最後のほうはほとんど聞こえなかった。どぉん、どぉん、と千佳が叩くドラムの響きに合わせて飛び跳ねる私たちのすぐ横で、やれやれと浩平が肩をすくめる。

「わかった、わかったから、全員すみやかに体育館に移動しろ!」

 さとけんの声がむなしく管理棟の廊下に響いた。

 お祭り騒ぎはいつまで経っても止まず、ひとかたまりになった生徒たちは、今度は体育館に向かって凱旋行進をはじめた。

 そんなふうにして、うちらの二〇一九年は終わった。

 

 

 

文芸部LINE

 〈2020年1月29日〉

はづき:新型コロナウィルスってなに? めっちゃこわいんだけど! 15:15

chika:嫌な予感がする…… 15:18

美鈴:オビワン乙 15:19

ぶっちょー:lolololololol 15:20

 

 

 

 直前まで政治家のおじさんたちがああでもないこうでもないと騒いでいたけど、名古屋市では「各校の判断に任せる」方針が出たようで、千早高校の卒業式は二〇二〇年三月一日にぶじ行われた。

 みんなマスクをしてて、顔半分見えなくなってたけど、泣き顔を隠すのにはちょうどよかった。泣きはらした目は花粉のせいにしてしまえばオールOK! こんな形でもやれないよりはやったほうがいいに決まっていた。クラスメイトと抱き合って別れを惜しみたい気持ちをぐっと堪え、だめだめ、濃厚接触~、密だよ密密って注意しあってるそばから涙が噴き出してきて、泣き笑いみたいになった。ちょっとしたことですぐ、水風船を針で突いたみたいにぴゅって涙が出てきちゃうんだから参ってしまった。

 どうして。なんで。よりによって。なんでなんでなんで。もう何遍も、何百遍でも考えすぎてわけがわからなくなってる。なんでうちらばっかりこんな目に遭わなきゃいけないのって嘆きも、すぐに、うちらだけじゃない、世界中の人たちが困ってるんだから、命を失ってしまった人もいるんだから、これぐらいでぎゃあぎゃあ言ってちゃだめだって、もう一人の「理性的な私」が「わがままな私」をたしなめにかかる。

 かろうじて卒業式は行えたものの、プロムの中止はどうやっても覆らなかった。

 二月に入り、世界中がこのパンデミックに大騒ぎしだして、連日のようにダイヤモンド・プリンセス号の状況がニュースで伝えられ、いよいよヤバそうだって雰囲気になってたから覚悟はしてた。だからといって納得できたわけじゃないけど。

 卒業式が終わると、例年だったら校庭に居残って記念撮影をはじめるところだけど、先生はすみやかに下校を促した。【Prom To Our School!】のメンバーはプロムチケットの払い戻しにてんてこまいで記念撮影どころじゃなく、忙しさにかまけていられてむしろ助かった。名簿を頼りにあちこち駆けずりまわってチケットと引き換えに五百円を返金する。それが私たちのお別れの作業になった。

 チケットは、当初の予想ほどには売れなかった。その場のノリでデモ行進に参加した生徒たちでさえ、全員がチケットを買ってくれたわけではなかった。

「だれも置いてけぼりにしないって葉月は言ってたけど、うちらがどれだけ手を尽くしてそうしたいと願っても、そこからこぼれ落ちる子はいるよ」

 卒業生の半分にも満たない数の名簿を見下ろして美鈴は言った。

「プロムがやれなかったことは残念だけど、実はちょっとほっとしてもいるんだ。そういう子たちを、はじかないで済んだから」

 そんなふうに考えられる美鈴が誇らしくもあり、羨ましくもあった。私なんかまだぜんぜん気持ちの整理がついてなくて、聞き分けの悪い子どもみたいに地面に転がって駄々をこねたいぐらいだったから。

「どこにも寄り道せんと、まっすぐ家に帰るんだぞー」

 最後の最後までさとけんはしんみりさせてくれず、卒業生たちが次々に校門をくぐっていくのをお小言まじりに送り出していた。

「はーい」

 とみんな素直に応えていたけど、

「それはどうかな?」

 やめておけばいいのに、つい私はぽろりと漏らしてしまい、

「おい、滝沢いまなんつった?」

 鬼の形相で追いかけてきたさとけんに、きゃあっと声をあげ、いそいで自転車のペダルを踏み込んだ。

「先生、さよーならー」

 手を振る私たちを、まったく、と呆れたように腕組みして、さとけんはいつまでも見送っていた。

 学校から贈られた桜のコサージュを制服の胸につけたまま、私たちはおとなしくそれぞれの家に帰った――りなんてことはせず、まっすぐ浩平の家に向かった。広々したホームシアターに【Prom To Our School!】のメンバーが全員集まると、それだけで三密状態になってしまったけど、プロムをあきらめたんだからこれぐらい大目に見てほしい。それぞれ持ち寄ったDVDやお菓子に加え、浩平ママが手作りピザやら手毬寿司やらフルーツパンチやらをじゃんじゃん出してくれて、ちょっとしたパーティーがはじまろうとしていた。

「小倉くん、今日、名古屋を出ていくつもりだって」

 浩平と美鈴が一階と二階をしきりに行き来してグラスやごちそうを運んでくるので、私もなにか手伝えることはないかと部屋を出たら、階段のところで二人が話し込んでいた。

「まだ間に合うから、早く行って。深夜バスに乗るって言ってたからまだ家にいるはず」

「なんで俺が……」

「いいから、行って。二度と会えなくなっちゃうよ」

 そう言って美鈴は浩平の大きな背中をぐいぐいと押した。あぶねっ、落ちる、落ちるってとしばらく抵抗を続けていた浩平が、ふっと力をゆるめるのが傍から見ていてもわかった。

「早く!」

 美鈴の言葉を合図にして、はじかれるように浩平が階段を駆け下りた。ほとんど飛び降りたといってもよかった。足を入れる間も惜しむようにスニーカーの踵を踏んで、外へ飛び出していく。

「あら、あの子どこ行っちゃったの?」

 物音に気づいて、浩平ママがリビングから顔を出した。

「ちょっと、友だちんとこ行くって出てった。あ、夕子さん、そのお皿、うち運ぶよ」

 私のいるところから美鈴の顔は見えなかったけど、その明るい声にほっとした。なんとなく美鈴は泣いてるんじゃないかと思ったから。

「運ぶの手伝うよ」

 と私も階段を下りていくと、

「すいません、今日は生徒ともどもお世話になります」

 そこへ、業務を終えて早々に退勤してきたさとえみが両手に大きなビニール袋を提げてやってきた。さとえみのジャケットにも私たちとおそろいの桜のコサージュが飾られている。

「さとえみ、どうしたの、その荷物?」

 手元を覗き込んで訊ねる私に、

「愚問だね」

 とさとえみは不敵な笑みを浮かべ、中からパイントカップのアイスクリームを取り出した。

「こういうときはバケツアイスを食べながら映画を観てわんわん泣くのが定番でしょ? 一人一個! 奮発しちゃった!」

「ぎゃー! さすがさとえみわかってる!」

 私は飛びあがって、思わずさとえみに抱き着いた。もー、ハグとかしちゃだめだってー、とピザの皿を持ったまま美鈴が後ろでぎゃあぎゃあ騒いでたけど、お皿を持ってなかったら美鈴だっておんなじことをしてただろう。

 アイスクリームを買ってきた功績を称え、本日一本目の映画を選ぶ権利はさとえみに与えられた。ほんとに私に選ばせていいの? こんなの観たらきっとみんな泣いちゃうよ、とまたもや不敵な笑みを浮かべてさとえみが選んだ映画――「子猫をお願い」を観ながら、ぎゅうぎゅう詰めになってみんなでアイスクリームを食べた。私なんか冒頭からいきなりもうだめで、堪えきれずにわっと泣き出してしまったら、みんなつられるように、えーんと声をあげて泣き出した。なにが悲しくて泣いてるんだか途中でわからなくなるぐらい、わんわんと一心不乱に私たちは泣いた。アイスクリームは甘くて冷たくて、パイントを一人で食べきるなんてとても無理だと最初は思ったけど、涙とピザのしょっぱさにぐいぐいスプーンが進んで意外にぺろりといけてしまった。

「このアイスクリームの味、たぶん、一生忘れないと思う」

 なんてエモいことを千佳が言い出したから、最後にはさとえみまで泣き出していた。

 これ以上しめっぽくならないように、次にかける映画は「ゴーストバスターズ」にしよう。どっちの? ってそれこそ愚問。もちろんリブート版に決まってる!

 

 

 

Playlist for Chihaya High School Prom(千早高プロムのためのプレイリスト)

1.Abba – Dancing Queen

2.Billie Eilish – bad guy

3.Dexys Midnight Runners – Come on Eileen

4.Sixpence None the Richer – Kiss Me

5.Culture Club – Karma Chameleon

6.Phil Collins – You Can`t Hurry Love

7.P!nk – Just Like Fire

8.2NE1 – I AM THE BEST

9.Cyndi Lauper – Time After Time

10.Glee – Teenage Dream

〈【Prom To Our School!】vol.1より抜粋〉

 

 

Profile

吉川トリコ(よしかわ・とりこ)

1977年生まれ。名古屋市在住。2004年「ねむりひめ」で「女による女のためのR-18文学賞」第3回大賞および読者賞を受賞。同年、同作が入った短編集『しゃぼん』にてデビュー。主な著書に映画化された『グッモーエビアン!』のほか、『少女病』『ミドリのミ』『ずっと名古屋』『光の庭』『マリー・アントワネットの日記』シリーズ、『夢で逢えたら』『余命一年、男をかう』など多数。最新刊はエッセイ『おんなのじかん』。

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