死にたがりの君に贈る物語

死にたがりの君に贈る物語

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プロローグ

著者自身の根源的な問いを内包する、痛切な青春ミステリー!

【 #たが君 5月上旬書籍発売決定!】

綾崎隼・著『死にたがりの君に贈る物語』


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プロローグ

             1

『家族による代筆で、訃報を申し上げます。ミマサカリオリは二十六日の未明に、心不全で息を引き取りました。これまで応援して下さった皆様に、心より感謝致します。本当にありがとうございました。』
 それは、SNSでフォロワー数が三十万人を超える人気小説家、ミマサカリオリの一年振りの投稿だった。投稿は瞬く間に拡散され、わずか一時間で作家の名前と関連ワードが、トレンド上位を占有していく。
 ミマサカリオリは三年前にデビューした、年齢も性別も非公表の覆面作家である。
 十代二十代の熱狂的なファンを多く持ち、デビュー作の『Swallowtail(スワロウテイル) Waltz(ワルツ)』シリーズは、実写映画化とゴールデンタイムでのドラマ化、アニメ化を果たしている。わずか五冊で累計発行部数が四百万部を超えるヒット作品となっていた。
 ミマサカリオリの名前が、世界トレンドランキングにおいて一位となるのは、今回が初めてではない。一年前に発売された第五巻で、ヒロインの【ジナ】が死亡しており、その際も死に様について大炎上が起きたからだ。
【ジナ】はドラマやアニメが放映される度に、トレンドに名前が躍り出るヒロインだった。その彼女がアニメの放映中に原作で死亡したのである。
 原作者のSNSにも、作品の公式SNSにも、批判が殺到し、作者の「もともと彼女はここで死ぬ予定だった」という発言が、さらなる物議を醸す。
その後、謝罪会見を余儀なくされたアニメのプロデューサーが、「ヒロインが死亡するとは知らなかった。知っていれば企画は通さなかった」と発言したことで、火に注がれていた油はガソリンへと変わった。ミマサカリオリは作品を認め、メディアミックスに尽力した人間をも騙して、ヒロインを殺した。そう認識されてしまったからだ。
あまりの大炎上に、アニメは放映の一時中断という異例の措置を取ることになり、最終回放送後には予告されていた二期の制作中止が発表された。
シリーズは四巻が発売された時点で、全六作になると予告されている。残るは一冊のみであり、ファンたちは一刻も早い最終巻の刊行を望んでいたが、誹謗中傷の的となったミマサカリオリは、炎上をきっかけとして執筆を中断してしまった。
公式サイトでは最終巻の発売日がアナウンスされていたものの、いつの間にかその文言も消え、作者のSNSも更新が途絶えてしまう。
 それから一年が経ち、音沙汰のなかったミマサカリオリが急逝した。
ファンたちは永遠に、物語の結末を読めなくなったのである。

そして、ミマサカリオリの死が報じられた日の翌朝。
作品に心酔していた十六歳の少女が、ベランダから身を投げた。


             2

 ミマサカリオリの死が報じられてから二日後の午前十時。
大(たい)樹(じゅ)社(しゃ)の文芸編集部で部長を務める上(うえ)田(だ)玄(げん)一(いち)は、スーツを着用して総合病院のエントランスに立っていた。
 本日は奇しくも五十四歳の誕生日である。レッドオーシャンの時代に出版社に就職して三十年、編集畑で長く酸いも甘いも味わってきたが、ここまでの危機的状況は経験した記憶がない。それでも、今日、自分がなすべきことは、はっきりと分かっている。都内高級和菓子店で購入してきた菓子折を片手に、後輩編集者の到着を待っていた。
 エントランスに佇むこと五分。
現れた二十六歳の編集者、杉(すぎ)本(もと)敬(のり)之(ゆき)は、目の下に、その印象的な黒縁眼鏡でも隠せない隈(くま)を作っていた。ミマサカリオリの担当編集者である彼は、この二日間、ろくに眠っていないはずだ。
 仕事さえきちんとこなしてくれるなら、ファッションにも髪形にも注文を付けるつもりはない。上田自身は、お洒落をしようなんて気概を、とうの昔に失っているが、若者の心が理解出来ないわけでもない。とはいえ、こんな時くらい、もう少し、どうにかならなかったのかと思ってしまうというのが率直なところだった。
 最近の杉本は、派手な赤い縁の眼鏡をかけていることが多かった。アッシュブラウンに染めた髪は肩まで届いているし、着用している服も、靴も、個性的な腕時計も、上田には美点が理解出来ない奇抜なものばかりだ。
この二日間、編集部は文字通り嵐のようだった。散髪に行く時間も余裕もあったとは思えない。彼の日常のファッションを思えば、これでも善処した方だろう。タイト過ぎるスーツはどうかと思うけれど、ネクタイには珍しく大人しい柄を選んでいるし、長い髪も一つに縛ることで、かろうじて清潔感を演出出来ている。
真摯に頭を下げなければならない場面で、隣にチャラチャラとした長髪の若者がいるのは気が滅入る。さりとて、一介の編集者では最早どうしようもない場面で責任を取ることが、部長である自分の務めだ。
杉本はまだ二年目の若手編集者である。センシティブな判断が要求される局面で、十全な対応が出来るはずもない。
 目的の病室があるフロアでエレベーターを降りると、辺りに人がいないことを確認してから、歩き出した部下の袖を引っ張った。
「杉本君。念押しになるが、絶対に不用意なことは言わないように」
 喉から飛び出したのは、自分でも驚くほどに硬い声色だった。
「はい。分かっています」
「君にも言いたいことはあるだろう。釈明する資格もあるだろう。それでも、今日は堪えて欲しい。私たちは悪者で良い。ご両親の気持ちを逆撫でしないよう、とにかく頭を下げるんだ」
 辿り着いた個室の扉に、患者の名前が記されたプレートが挟まれている。
『中里(なかざと)純恋(すみれ)』
都内に住む十六歳の彼女は、ミマサカリオリの訃報が伝えられた翌日、自宅マンションのベランダから、飛び降りたらしい。
 部屋が四階だったこと、ケヤキが緩衝材になったこと、幾つかの偶然が味方をし、奇跡的と言えるほどの軽傷で済んだものの、落下時に頭を強く打ち付けており、数時間は昏睡状態が続いたという。
一年前に高校を中退したという純恋は、引きこもり状態にあった。夢も希望もない少女にとって、大好きな小説家の死は、余りにもショックな出来事だったのだ。
 純恋が目を覚ました後、彼女の母親は半狂乱になりながら、大樹社に怒りの電話をかけてきた。昏睡状態から覚醒した娘が、
「『Swallowtail Waltz』を読めないなら、生きていても意味がない」
 生気のない顔で、そう告げたからである。
シリーズが未完で終わってしまったのは、作者が死んだからだ。最終巻が発売されないのは、出版社の責任ではない。しかし、両親は作品自体に、死へと誘引する力があったと思い込んでいた。小説に唆されて、娘が自殺を図ったのだと憤っていた。
 一つの事実として、第五巻でヒロインの【ジナ】が死亡している。そして、その死亡した彼女こそが、純恋の最も憧れていたキャラクターだった。
 少女の自殺は幸いにして未遂に終わっている。現状、この事実を掴んでいるマスメディアもいない。だが、事件を週刊誌か何かが掴み、十六歳の少女の飛び降りが、後追い自殺として報道されれば、行為の是非と共に、大きな問題となるはずだ。
少女の容態もさることながら、まずは両親に怒りを鎮めてもらう必要があった。

 誠意を示すための菓子折を手に、病室の扉をノックする。
 部下に先んじて個室に足を踏み入れると、額を包帯で覆われたボブカットの小柄な少女と目が合った。彼女が中里純恋だろう。
来訪者には興味も湧かないのか、純恋は上田と杉本を一瞥しただけで、すぐに窓の外へと顔を向けてしまった。
 この時間にお見舞いに伺うことは、事前に伝えてある。有無を言わさず追い出されることはなかったが、菓子折を受け取る時でさえ、両親はこちらを睨み付けていた。
「この度は本当に申し訳ありませんでした。昨日、ご連絡を頂いてから、編集部で話し合いの場を設けました。思春期の子どもたちに与える影響まで考えながら出版するべきだった。そう深く反省しております」
 心にもない言葉を吐きながら頭を下げた上田に、杉本も倣う。
 本音を言えば、同情はしても自殺未遂に責任があるとまでは考えていない。編集部どころか、『Swallowtail Waltz』に非があるとも思えない。それでも、今日はとにかく頭を下げて、両親に許しを請うと方針が決まっている。少女の自殺未遂をマスメディアに垂れ込まれることだけは、何がなんでも避けなければならないからだ。
 今後に待ち受ける展開として、真に最悪なのは、退院した少女が、未遂に終わった自殺を再び実行に移し、完遂してしまうことだ。
 中里純恋も、彼女の両親も、気付いていないが、あの日、もしも本当に少女が死んでいたら、この事件は何をしても取り返しがつかないことになっていた。
 昨日は感情的だった母親も、今日は平静を保っているように見える。菓子折も受け取ってくれたし、後日、もう一度、お見舞いに来ることも許してくれた。
 包帯を巻かれた少女の姿は痛々しいけれど、幸いにして後遺症が残るような怪我はないという。このまま大事(おおごと)にはせずに話をまとめられるかもしれない。
まだ一番大きな問題が残っているとはいえ、ひとまず最悪の事態は避けられそうだ。
入室から十分、上田はそんなことを思い始めていたのだけれど......。
「純恋。もう一度、自殺なんか考えたら許さないからね」
 母親の厳しくも愛ある言葉を、少女は一秒と間を空けずに、鼻で笑い飛ばした。
「何? その反応? あなたが命を粗末にしたことで、どれだけの人が迷惑を被ったか分かっているの? 忙しい編集者が、あなたのために病院までお見舞いに来たのよ」
 彼女の両親に対し、編集部の誠意は十分伝わっているようだった。怒りの矛先は既に作品から娘の愚かな選択へと変わっている。
「また馬鹿なことをやったら本当に許さないから」
「別に馬鹿なことじゃないよ」
 抑揚のない声で、少女が小さく呟いた。
「自殺なんて人間が一番やったらいけないことなのよ」
「でも、死にたいと思っているのは私だけじゃない」
 血色を失った唇から悲壮な言葉が紡がれる。
「本の続きが読めないなら生きている意味がない。皆、そう言ってる」
「適当なことを言わないで。あなた、友達なんていないじゃない」
「友達なんていなくても、皆が思っていることは分かるよ」
「恥ずかしいから、これ以上、馬鹿な主張をしないで」
「馬鹿なことを言っているのは、そっちだよ。お母さんは本を読まないから、世界のことを知らないんだ」
「世界? 高校を辞めて、働きもしないで、引きこもっているだけのあなたに、何が分かるって言うの?」
「分かるよ。スマートフォンがあれば何でも分かる」
 純恋はベッドの脇に置かれていたそれの画面を操作してから、母親に差し出した。
「これ、ミマサカリオリのファンサイト」
「緑(みどり)ヵ(が)淵(ふち)中学校? ただの学校のホームページじゃない」
「緑ヵ淵中学校は『Swallowtail Waltz』の舞台になっている廃校だよ。だからファンサイトの名前になっているの。承認制のクローズドコミュニティだから、コアなファンばかり集まっている。掲示板を見てご覧よ。死にたいって思っているのは、私だけじゃないから」
『Swallowtail Waltz』は大樹社を代表する作品である。ファンサイトの存在は当然、編集部でも早い段階から掴んでいた。
部下の杉本は、文芸編集部に異動して来る前からの常連だったらしい。彼はミマサカリオリの担当編集者になってからも、ファンの反応を確認するため、ハンドルネームを変えて参加していると言っていた。
 純恋に促され、掲示板を確認した両親の顔が曇る。
『私も死にたい』
『最終巻が読めないなら死のう』
『この作品が完結しない世界になんて、いてもしょうがない』
『死ねば【ジナ】になれるかな』
 掲示板には、短絡的で悲愴な書き込みが溢れていた。
『Swallowtail Waltz』は、一度は生きることを諦めた若者たちの物語だ。「死」に匂いがあるとして、それが強く香る小説だった。
 昨日までの上田であれば、この書き込みを見ても真に受けたりはしなかったはずだ。若者の心は移ろいやすい。一時の感情に流されて、クローズドコミュニティに大袈裟な言葉を書き込んでいるだけだ。安易にそう考えたはずである。
しかし、作品が持っていた力は、上田の想像を超えていた。ミマサカリオリが生み出した小説は、若者に死を決意させるほどに強烈なものだった。
「ミマサカという作家は、そんなに凄い人だったんですか?」
 半信半疑といった表情で、父親に尋ねられた。
 彼らがよく知らないのも無理はない。ミマサカリオリは発行部数が四百万部を超えるベストセラー作家だが、『Swallowtail Waltz』シリーズしか発表していない。この手の作家の場合、必然的に筆名よりも作品名の方が有名になる。
「先生は近年、最も売れた小説を書かれた作家の一人です。三年前に第一巻が発売されたのですが、瞬く間に話題になり、一年もせずに百万部を突破しました」
「百万部って凄いことなんですか?」
「文芸の世界では、今は年に一冊出るか出ないかです。映画化やドラマ化にも後押しされて、続刊もほとんど売り上げが落ちていません」
「でも、売れている本が必ずしも素晴らしいというわけではないですよね」
 母親の言葉に、純恋が苛立つような表情を見せた。
「仰る通りです。実際、新刊に対する評価は、いつも賛否両論でした。内容が衝撃的だったせいで、本を燃やす動画を投稿する読者まで出ています」
「ほら、やっぱり下らない本だったんじゃない」
「つまらないテレビ番組を見た後、局に抗議の電話を入れたことがありますか?」
「そんなこと、わざわざしないわよ。暇人じゃあるまいし」
「それが普通だと思います。小説でも同じなんです。面白くなかったなら、続きを読まなければ良い。それだけのことです。ですが『Swallowtail Waltz』には力があった。良くも悪くも読者を強烈に引きつける力がありました。万人にとって傑作であるとは私も思っていません。しかし、間違いなく多くの若者の心を捉えた作品なんです」
「ミマサカって作家は亡くなる前に、最終巻を書き上げていなかったんですか? 私はこの子も、ホームページに死にたいと書き込んでいる子たちも、全員、間違っていると思いますよ。でも、最終巻が発売されれば、それで済む話ですよね?」
 上田の目配せを受け、杉本が一歩前に出て口を開く。
「冒頭は書かれていたようです。ただ、五巻が発売されて、大きな批判の声に晒された結果、先生は続きを書けなくなってしまいました」
「ほらね。だから、もう生きている意味なんてないんだよ」
 性懲りもなく自殺願望を口にした娘を睨む母の目に、涙が浮かんでいた。
「あなたが飛び降りたことで、私たちがどれだけ悲しい思いをしたと......」
「娘が自殺なんてしたら世間体が悪いからでしょ。私が高校を辞めた時に言ってたじゃん。あんたみたいな子、生まなきゃ良かったって」
「それは言葉のあやで......」
「嘘だね。私にガッカリしていたじゃん。勉強も出来ない。特技もない。友達もいない。そんな私に失望していたじゃん。死んだ方がスッキリするでしょ」
「馬鹿なことを言わないで! お腹を痛めて産んだ子が死んで喜ぶ親が何処に......」
「いるじゃん。そこに」
 母親が泣いていた。その隣で、父親も涙を浮かべている。
 二人の顔が見えているだろうに、純恋は迷いもなく言葉を続ける。
「ずっと、どうして私みたいな屑(くず)が生まれてきたんだろうって思ってた。何のために生きているのか分からなかった。でも、『Swallowtail Waltz』を読んで、初めて思ったんだよ。こんなに面白い本があるんだったら、生きていようって。この本を読み終わるまでは、生きていたいって。だけど、ミマサカリオリは死んでしまった。二度と続きが読めなくなってしまった。こんな世界、もう生きていても意味がない」


             3

 その日のお見舞いが成功だったのか、失敗だったのか、上田には分からなかった。
 少女の容態や精神状態を確認したかったのも本当だが、最大の目的は、両親に溜飲を下げてもらうことだった。少なくとも当初の目的に限って言えば、達成出来たと言って良いだろう。両親の怒りは、聞き分けのない娘に向かったように見えたからだ。
 しかし、この一連の事態が、これで終わりになるということは絶対にない。
 上田は病院を出るなり頭を抱え、バスターミナルの椅子に座り込んでしまった。
「杉本君。率直に言って、これは相当にまずい事態だと思うよ」
「はい。俺もそう思います」
 隣に座った若い編集者から、力のない返事が届いた。
 ミマサカリオリの若過ぎる死は、センセーショナルだった。作家が死亡し、物語が完結しないことが確定したにもかかわらず、訃報が伝えられて以降、シリーズは再び爆発的な売れ行きを見せている。既に映画にもドラマにもアニメにもなっているのに、ライツ事業部には新たなオファーが国内外を問わず届いているらしい。
「仮に、あの子の自殺が成功していたとしても、考えられる最悪のシナリオは、せいぜいで絶版だ。ファンに対しては無責任な発言になるが、どのみち最終巻は出ない。売れるべき部数はもう売れているし、絶版になっても致命的な打撃にはならない」
「そういう問題ではない気がします」
「そうだな。幾ら何でも軽率な発言だ。愚痴だと思ってくれ」
 額に滲んだ汗を拭う。
「ミマサカ先生には死を美しいものとして描写するきらいがあるが、自殺を唆しているわけじゃない。本質的には前を向いて生きようという小説だろう?」
「俺はそう捉えています」
「例えば格闘漫画を読んだ子どもが、友達に暴力を振るったとしても、それは、単にその子が判断力のない子どもであるというだけだ。善悪を親や学校が教えなかったことに問題があるのであって、物語に原因があるとするのは言いがかりだ。賛否両論が起きる物語には、そういう物語だからこその意義がある」
「俺もそう思いたいです。今日、本人に会って確信しました。彼女は最終巻が発売されないという事実に絶望し、後追い自殺を図りました。これは、あくまでも彼女の弱さが引き起こした問題です。彼女は間違っているし、心を正すべきだ」
 杉本はその派手で軽薄な見た目とは裏腹に、実直な若者である。新人編集者とは思えないほどに仕事が丁寧だし、立場もわきまえている。
「私は後追い自殺に、出版社が責任を取るべきだとは思わない。だけど、だけどだ」
焦燥を隠せない顔で、上田は髪を乱暴にかいた。
「先生に毎週、長文のファンレターを送ってきていたのは、あの子だろ?」
「はい。あの中里純恋さんです。彼女の作品に対する思いは本物です」
「ならば君にも問題の本質が分かるはずだ。ミマサカリオリ先生の死は普通じゃない。もしもあの子がもう一度自殺を図り、次は成功してしまったら、どうなると思う? マスコミに真相を知られたら、今度こそ本当に何もかもが終わりだ」
 中里純恋は両親に完全に見切りをつけている。期待することも、理解されることも、諦めてしまっている。信頼出来る家族も、友達もおらず、将来に希望もない。
 そう遠くない未来に、彼女はもう一度、自殺を図るかもしれない。
 発車するバスにも乗り込まず、どれくらいの時間、そこで頭を抱えていただろう。
「私は、もう本当に、どうして良いか分からないよ」
 上田が匙を投げるように告げると、杉本がゆっくりと立ち上がった。
「先生は大変に気難しい方です。変わり者という言葉が、あんなに似合う人も珍しい。山(やま)崎(ざき)さんから担当を引き継いで二年が経ちますが、俺はメールでしかやり取りしたことがありません。先生の性別すら知らないまま編集作業をしていました」
「そうだったね。三十年、編集者をやってきたが、出版社にも素性を隠そうとする作家なんて初めてだ。私は窓口になっている父親すら、先生が用意した別人なんじゃないかと疑っていたよ」
「映画化で揉めた時に、山崎さんが自宅まで押しかけたって話を聞いていなければ、俺も疑っていたかもしれません」
「ああ。そんなこともあったな。それで君に担当が替わったんだったか」
「はい。俺は『Swallowtail Waltz』が絶版になることも、これ以上の誹謗中傷に晒されることも、耐えられません。だから二日間、ずっと考えていました」
 ポケットからスマートフォンを取り出すと、杉本はファンサイトである緑ヵ淵中学校にアクセスした。
「必要なのは結末だと思うんです。悲劇でも、ハッピーエンドでも、最低な蛇足でも良い。あの物語に救われたファンに必要なのは、結末です」
「だが、それを発売出来ないから困っているんだろ」
「一つ、アイデアがあります」
 そう告げた杉本敬之の顔に、見たこともない表情が浮かんでいた。

「作者が死んだ物語の結末を読む方法が、一つだけ、あるかもしれません」

Profile

綾崎隼

1981年新潟県生まれ。2009年、第16回電撃小説大賞<選考委員奨励賞>を受賞し、『蒼空時雨』(メディアワークス文庫)でデビュー。
受賞作を含む「花鳥風月」シリーズ、「君と時計」シリーズ(講談社)、『盤上に君はもういない』(KADOKAWA)など著作多数。本作は著者にとって40冊目の刊行となる。

Pick Up Book

  • かがみの孤城
  • i
  • 私のスポットライト
  • ビオレタ
ポプラ社一般書通信 note

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