死にたがりの君に贈る物語

死にたがりの君に贈る物語

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第一話 あなたが死んでしまったその後で(2)

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 石垣が連なった集落を抜けると、一際大きな建物が見えてきた。
「結構でかいな」
 思わず独りごちてしまう。
 かつてはこの学校に、この村で暮らしていたすべての小学生と中学生が通っていたらしい。二階建ての校舎は、一般的にイメージする学校と大差がないものだった。グラウンドの奥に建つ学び舎は、剥き出しの鉄筋コンクリートで造られており、道中で見かけた廃屋とは違い、堅牢な佇まいを見せている。
 四十年前にその役目を終えて以降、放置されてきた建物だ。
屋上のフェンスは朽ちており、今にも落ちてきそうな箇所もある。頑強に見えてはいても、校舎の外壁には不用意に近付かない方が賢明だろう。
伸び放題になっていた雑草を掻き分けてグラウンドに入り、校舎に向かう。
校舎に近付くと、老朽化している部分も確認出来た。腐食が進んだ窓枠は、どうやらアルミサッシではなく木で作られているらしい。
外観を眺めていたら、一階の窓が開き、二十代と思しき男女が顔を覗かせた。
「やあ! 広瀬君だよね!」
 こちらから名乗るより早く、短髪の爽やかな顔の男性が右手を上げた。隣に立っていた眼鏡をかけた女性も、笑顔で手を振っている。
 今回の企画は、男性が四人、女性が三人で計画されていた。迷わずこちらの名前を呼んだということは、俺が男性メンバーで最後の到着だったのかもしれない。
「その角を曲がった先に昇降口があるんだ。土足で構わないから入ってきて!」
 案内に従い、校舎に足を踏み入れると、かけられた言葉の意味がすぐに理解出来た。
 校内は至る所が埃まみれになっており、視界に入っただけでゾッとするようなサイズの蜘蛛の巣が、あちらこちらに張られていた。土足で構わないと言われずとも、靴を脱ぐ気持ちにはなれなかっただろう。
 壁に貼られた学校目標は、所々が剥がれ落ちている。
廊下を曲がると、埃まみれのアコーディオンが三台、隅に横たわっていた。時代に取り残された幻想世界にでも迷い込んだ気分になる。今は本当に令和なのだろうか。
校舎はL字形の単純な造りであり、幸いにして迷うことはなかった。
 先ほど二人が姿を見せた教室に辿り着く。ドアの上に掲げられていたプレートで、そこがかつての『職員室』だと気付いた。
開け放たれていた扉をくぐると、六人の男女の姿を確認出来た。
男性だけでなく、全メンバーの中で、俺が最後の到着だったらしい。
「遅くなってすみません」
「大丈夫だよ。暑かったし疲れたでしょ。さ、荷物を下ろして座って」
 短髪の男に促され、椅子に腰を下ろす。
 埃まみれだった廊下が嘘のように、職員室は整頓されていた。拠点とするべく、先に到着していたメンバーで、早々に掃除を済ませたのかもしれない。
「改めまして、こんにちは。塚田圭志です。今日からよろしくね」
 やはり、この短髪の爽やかな青年が、主催者の塚田さんだったのだ。
 ごく平均的な体格の俺と比べ、塚田さんは頭一つ背が高い。どう見ても百八十センチ以上ありそうだった。
 笑顔と共に差し出された手を、握り返す。手の大きな彼は、握手まで力強かった。
「初めまして。広瀬優也です。大学二年生です。よろしくお願いします」
「全員揃ったことだし、広瀬君のために改めて自己紹介していこうか」
 塚田さんの呼びかけに応じ、広い職員室に散らばっていたメンバーが集まってきた。
 年齢も性別もバラバラの七人である。個性の違いは服装だけでも分かった。メンバーの中で、誰よりも目立っているのは金髪の女性だろうか。ラフなシャツを着た彼女は、猫背で目つきが悪く、片耳に三つのピアスをぶら下げていた。
塚田さんに促されて出来た輪からも、彼女は一人、距離を取っている。
 残る二人の女性は、先ほど窓から手を振ってきた、二十代と思しき眼鏡をかけた長い黒髪の女性と、高校生くらいにしか見えないボブカットの少女だった。
「じゃあ、俺から時計回りでいこう。塚田圭志、二十六歳です。ミマサカリオリ先生の担当編集をしていた杉本敬之のいとこです。ある意味、皆より少しだけ先生に近い場所にいたと言えるのかもしれないけど、実際はただの熱狂的なファンです。二週間前まで都内のアパレル企業でサラリーマンをしていました」
「もしかして、このために仕事を辞めたんですか?」
「先生のせいにしているみたいで嫌なんだけど、それが正直なところかな。大好きな小説の結末を読めないのに、好きでもない仕事を続ける意味って何だろうって考えたら、馬鹿らしくなっちゃって。それで、少しでも答えに近付きたくて、今回の企画を考案しました。会社も辞めたことだし、何ヵ月でもここで暮らす覚悟です」
「本当に凄いことを考えましたよねぇ」
 おっとりとした口調で告げたのは、眼鏡をかけた黒髪の女性だった。
「企画について聞いた時は、びっくりしました。廃校で生活するなんて、そんなこと現実の世界でも出来るのかなって」
「うん。そりゃ不安にもなるよね。幾ら廃校と言ったって、勝手に入ったら不法侵入だ。俺たちファンのせいで、作品の名前が汚されるなんてことはあってはならない。だから、事前に自治体にも連絡を取りました」
「あ、許可を取っていたんですね。ちなみに、どんな答えが返ってきたんですか?」
「まさかの『見て見ぬ振り、黙認する』という回答でした。咎められることも覚悟していたんだけどね。犯罪行為に及ぶわけじゃないなら、好きにして良いって。その代わり、何があっても責任は取らないぞって」
「じゃあ、本当に、ここで生活しても問題ないんですね」
「作中では誰も自治体に許可は取っていない。無断で決行した方が物語に近付けたのかもしれないけど、事件になって作品が貶められるなんて事態は避けたかったから」
 二十六歳の彼には、現実とフィクションの間に引かれている境目も、しっかりと見えているようだった。
現代っ子がサバイバルみたいな生活を、何ヵ月も続けられるはずがない。俺はそう考えているけれど、彼のような男がリーダーであれば、案外、廃校での生活も上手くいくかもしれない。
「じゃあ、次はそちらかな」
 塚田さんに促され、相槌を打っていた黒髪の女性が頷いた。
 こういう顔を、たぬき顔と言うんだっただろうか。眼鏡の下に垂れ目が覗いており、終始、笑顔を浮かべていることもあって、近付きやすそうな雰囲気を醸し出している。
「山(やま)際(ぎわ)恵(え)美(み)です。私も二十六歳なので、メンバーの中では最年長かな。出身は東京の八王子で、今は家事手伝いです。家でぶらぶらしている毎日で、そんな自分に嫌気が差して、塚田さんの誘いに乗りました。親にもそろそろ家を出て行けって言われていたから、丁度良かったっていうか」
おっとりとした印象や話の中身とは裏腹に、その説明は明瞭だった。塚田さんと並び最年長ということは、コミュニティはこの二人を中心に形成されていくことになるのかもしれない。
「じゃあ、次は純恋ちゃんだね」
 山際さんが隣に座っていた小柄なボブカットの少女に水を向ける。
 今日は気温も湿度も高い。彼女は長袖のパーカを羽織っているけれど、暑くないんだろうか。
「中里純恋、十六歳です」
 その場に座ったまま答えた少女の声は、驚くほどに小さかった。
「あれ。終わり?」
 彼女の隣に座っていた体格の良い男が尋ねた。癖っ毛の彼は、塚田さんとほとんど変わらない背丈だが、さらに筋骨隆々に見える。
「十六歳ってことは女子高生だよね。学校は大丈夫なの?」
癖っ毛の男からの質問に対し、少女は露骨に表情を歪めた。
「行ってません。去年、中退しました」
 必要最低限の話しかしたくないのか、少女はそっけなく告げた。
ここに集っているのは、漏れなくミマサカリオリの熱狂的なファンだ。同好の士しかいないわけだが、少女は年上の男たちに囲まれていることに怯えているように見えた。
「まあ、皆、色々あるか。変なことを聞いちまって、ごめん。次は俺の番だな」
 癖っ毛の彼が、そのまま話し出す。
「稲(いな)垣(がき)琢(たく)磨(ま)、大学院の二年生で、二十四歳です。大学は横浜だけど、出身は滋賀です。琵琶湖のある県って言った方が伝わるかな」
稲垣さんはプロのアスリートと言われても信じてしまいそうなほどに、ガッシリとした体格をしていた。何らかのスポーツはやっていそうである。
『Swallowtail Waltz』は現代社会に居場所をなくした者たちの物語だ。登場人物たちは軒並み闇を抱えていたし、作品を支持する若者の多くは、俺のように鬱屈とした閉塞感を抱えているに違いない。少なくとも今日まで、俺はそう信じ込んでいた。
 しかし、彼らはどうだろう。塚田さんや山際さんは見るからに社交的な性格をしている。稲垣さんも、俺や中里さんには作れそうもない爽やか笑顔を浮かべている。
「実は就職活動に連敗中で、これからどうしようかなって悩んでいた時に、企画の招待を受けました。こんなことを言って、初日から空気の読めない奴と思われるのも嫌だけど、現実問題として俺たちはキャラクターじゃないでしょ。物語の真似をしても、結末に辿り着けるとは思わない。でも、皆と一緒で、俺も『Swallowtail Waltz』が好きなんだ。本当に大好きで、救われたとさえ思っているから、些細な気付きでも良いから得たくて、参加させてもらいました」
「講義は大丈夫なんですか?」
「それ、広瀬君が聞くの? さっき大学生だって言っていたよね」
「あ......。俺は、その、ほとんど講義に出ていないので......」
「なるほど。まあ、そういうこともあるよな」
 稲垣さんはあっけらかんとした顔で笑って見せた。
「さっきも言ったけど、就活に失敗しちゃったのさ。就職戦線で一番強いカードって新卒でしょ。だから留年するのもありかなって思っている。学費も生活費も自分で払っているから、留年したところで誰に迷惑をかけることもないしね。そんなわけで、この企画が終わるまで残るつもりだし、実際に生活を始めてみて、本格的に続けていけそうだなって思ったら、大学院に休学届を出すよ」
「彼はボーイスカウトの経験もあるんだよ」
 塚田さんの言葉に呼応するように、稲垣さんは腕まくりをした。
「校舎の裏に小川が流れているし、集落の端には最上川の支流が流れている。魚釣りは任せてくれ。事前に調べた感じだと、周辺には雉や猪もいるみたいだしね。罠を作ってジビエ料理にも挑戦したいと思っている」
 罠猟には資格がいると、タクシーの運転手が話していた。勝手にやったら犯罪なのかもしれないけれど、この集落には俺たち以外の人間がいない。他人に危険が及ばないのであれば、わざわざ水を差す必要もないだろう。
「皆も米や乾麺を大量に持って来ただろ。水は校舎の裏で調達出来るし、収穫出来そうな山菜の目星もついた。当面の問題は、タンパク源の確保になる。手っ取り早い手段は魚釣りだろうから、落ち着いたら男性陣は手伝って欲しい」
 大学院生で、学費も生活費も自分で稼いでいて、ボーイスカウトの経験まである。どう考えても稲垣さんは別世界で生きる人間だった。
作品の素晴らしさを誰よりも理解しているつもりでいたけれど、稲垣さんのようなタイプまで夢中にさせていたという事実には、正直、驚きを禁じ得ない。
仏頂面を浮かべている金髪の女性とか、必要最低限の話しかしなかった少女の方が、ファンと言われてしっくりくるからだ。
「次は俺の番ですよね?」
 男性メンバー、最後の一人は、中性的な顔立ちの少年だった。芸能人と言われても信じてしまいそうなほどに、目も鼻梁も口の形も整っている。
「清(せい)野(の)恭(きょう)平(へい)といいます。十八歳の高校三年生で、千葉出身です」
「若そうだとは思っていたけど、君も高校生か」
 稲垣さんが驚きの声を上げる。
「学校は大丈夫なの? 高校をサボったら、さすがに親が黙っていないだろ」
「親なんて、どうでも良いです。俺、児童養護施設で暮らしているので」
「なるほど。事情も知らずに踏み込んで悪かった。でも、児童養護施設だったり、そういう施設って、外出に許可が必要じゃなかったっけ?」
「黙って出て来ました」
 清野の回答を聞き、稲垣さんは困ったような顔で塚田さんを見た。
「地味にまずいんじゃないですか? 誰にも迷惑をかけたくなかったから、行政に許可を取ったんですよね? 成人しているならともかく、未成年の家出を幇助したってなると、性別は違っても【カブト】のように......」
「施設に戻るつもりはないので、部屋の荷物はすべて処分してきました。この企画が終わったら、仕事を見つけて、一人暮らしをするつもりです。施設には親族の援助を受けて独立するという書き置きを残してきました。高校の担任にも親族の家に世話になることになったと伝えてあります。皆さんに迷惑はかけられないですから」
「用意周到だな。でも、実の親はどうなんだ? 未成年の君と連絡が取れなくなったら、さすがに行方を捜すだろ」
「あいつらは、そんな親みたいな真似はしません。それに、未成年でも独立している人間は沢山いますよね。十八歳なら大抵のことは出来ます」
「生きていくってのは、そんなに簡単なことじゃないぜ。説教じみたことは言いたくないけど、社会の歯車になるってのは、意外と難しいことなんだ」
 悟ったような言葉を受け、清野の目が鋭く光った。
「稲垣さんは社会の歯車になりたいのに、ミマサカリオリが好きなんですか?」
「耳の痛い指摘だな。まあ、作品を好きになる気持ちと、現実への折り合いは、別の問題だってのが俺の持論だ。きっと、大人になれば分かるよ」
「それが大人だって言うなら、俺はそんなものになりたくないです。誰に何を言われても帰りません。最低な毎日の中で、『Swallowtail Waltz』だけが救いだったんです。俺はミマサカ先生が書けなかった物語の続きを、この目で確かめたい」
「安心してくれ。追い出したりはしないよ」
 穏やかな声で告げたのは、主催者の塚田さんだった。
「俺たちは昨日まで、顔も合わせたことがない他人だった。だけど、一つの物語に惹かれて、こうして集まった。ルールはすべて、あの本の中にある。出て行く者を引き留めることはしないし、誰かを追放することもしない」
今一度、集まったメンバーを頭の中で整理してみる。
 主催者で退職直後の元サラリーマン、塚田圭志。二十六歳。
 家事手伝いの山際恵美。二十六歳。
 高校中退の中里純恋。十六歳。
 ボーイスカウト経験のある大学院生、稲垣琢磨。二十四歳。
 児童養護施設を飛び出した高校三年生、清野恭平。十八歳。
 そして、大学二年生の引きこもりである俺、広瀬優也。
 残る最後の一人は、少しだけ離れた場所に座っている、金髪の軽薄そうな女だ。
 振り返った塚田さんに見つめられ、彼女が口を開く。
「佐(さ)藤(とう)友(とも)子(こ)。フリーター」
「年齢も聞いて良いかな」
「あ? どうでも良いだろ。年なんて」
 外見から受ける印象と同様、口も悪いらしい。失礼な言い方になるが、本を読むようなタイプにも見えなかった。
「言いたくないなら構わないけど、俺は身分証明書を見せてもらっているから、佐藤さんの年齢も知っているんだよね」
「あー......。そういえば、そうだったな」
「佐藤さんが知られたくないことは、誰にも話さないから安心して」
 塚田さんはこの企画の参加者に、事前に身分証明書の提示を求めていた。俺は学生証の写真をメールで送っている。
「別に隠してるわけじゃない。二十三歳だ。これで良いか? 仕事は聞くなよ。褒められるようなことはやっていないからな」
 ぶっきらぼうに告げると、佐藤は再び口を閉ざしてしまった。
 トラブルメーカーになりそうな予感もある彼女だが、とにもかくにもこれで全員の自己紹介が終わったことになる。
 自覚出来る程度には愚かな方法で、しかし、どうしても諦め切れない物語の結末を追うために、この日から、七人の奇妙な共同生活が始まることになった。

Profile

綾崎隼

1981年新潟県生まれ。2009年、第16回電撃小説大賞<選考委員奨励賞>を受賞し、『蒼空時雨』(メディアワークス文庫)でデビュー。
受賞作を含む「花鳥風月」シリーズ、「君と時計」シリーズ(講談社)、『盤上に君はもういない』(KADOKAWA)など著作多数。本作は著者にとって40冊目の刊行となる。

Pick Up Book

  • かがみの孤城
  • i
  • 私のスポットライト
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