死にたがりの君に贈る物語

死にたがりの君に贈る物語

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第一話 あなたが死んでしまったその後で(3)

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 廃校での生活は予想通り、主催者の塚田さんと、眼鏡女子の山際さんを中心に回っていくことになった。
 生きることにも食べることにも、さしたる苦労を必要としない飽食の現代日本に生まれ、生温い環境で怠惰な日々を送ってきた若者に、自給自足に近い生活なんて送れるんだろうか。抱いていた不安には、的中したものもあれば杞憂に終わったものもあった。
 作中では、生活が軌道に乗る前に、のっぴきならないトラブルが頻発している。
 序盤に発生していたトラブルは食料の確保であり、二巻の冒頭で二人目の離脱者が出た時も、それが遠因となっていた。
俺たちの目的は、廃校での共同生活を模倣しながら、物語の結末を探ることである。キャラクターたちが序盤に経験した苦労を、あえて味わう必要もない。物資は各自で持ち込めるだけ持ち込もう。事前にそう伝えられていたこともあり、全員が日持ちのする食料品を大量に用意していた。
俺は缶詰を大量に持ち込んだし、ほかのメンバーも乾麺や米などを運べるだけ運び込んでいる。そんな中、一人、別のアイデアを持っていたのは、山際さんだった。彼女は料理が得意らしく、塩や味噌などの調味料を、目一杯、持ち込んでいたのである。
 拠点となる校舎の裏には、小川が流れており、飲料水はいつでも確保出来る。
午前の早い時間に到着し、集落を散策したという稲垣さんによれば、近辺に食料に成り得る山菜や果実が、二十種類は生えていたらしい。彼は釣り道具も持って来ており、川魚の存在も確認していた。
 シリーズの序盤、コミュニティで発生した問題や諍いは、食料事情に起因するものが多かった。しかし、当座、俺たちにはその心配がない。持ち込んだ食料はすぐに尽きるだろうし、魚釣りだけでタンパク源を確保し続けることは難しいかもしれないが、いざとなれば町まで買い出しに下りることが出来る。
犯罪者となって逃げているのでも、誰かから隠れているのでもないのだから、食料事情はお金で解決出来る。共同生活は和やかな空気で始まることになった。

 初日の男性陣の仕事は、快適な居住スペースを確保するための掃除となった。
 廃校とはいえ学校である。箒も塵取りもバケツもある。雑巾に関しては、山際さんが廃屋から集めてきた布生地を使うことになった。
 物語に倣い、女性陣は二階、男性陣は一階で生活することになっている。
 南棟の二階には広い音楽室があり、山際さんはそこを女性陣の拠点にすると決めていた。音楽室には鍵のかかる準備室が内接しており、棚の数も多い。防音のためなのか、かかっているカーテンも一際、分厚いものだ。防犯という意味でも、使い勝手という意味でも、女性の居住スペースとして適切な部屋だろう。
 対照的に、一階で生活する男性陣は、全員が独立した一般教室を使うことになった。備品としては、机と椅子、教卓、それに掃除用のロッカーがある程度である。音楽室などの特別教室と比べれば、些か心もとないが、大教室を使って集団で寝泊まりするよりは、よっぽど気楽だった。
塚田さんの指揮の下、高校生の清野と共に、居住スペースと決めた教室の大清掃をおこなっていく。稲垣さんを除く男性陣が、各教室の掃除に奔走していた間、女性三人が何をやっていたのかといえば、夕食の準備である。
 腹が減っては戦は出来ぬ。食事は日々の活力に直結する。女性陣は山菜採りの知識が豊富な稲垣さんに連れられ、早速、収穫に出掛けていた。
 日が暮れる前に、やるべきことを終わらせなければならない。
 居住スペースとなる教室の掃除が終わると、すぐに次の仕事に取りかかった。
一階の保健室にあった布団と、体育倉庫に置かれていたマット類を、ベッドとして代用するため、各教室へと移動させるのである。
布団や機械体操用のマットはともかく、高飛び用のマットは、男性三人だけでは二階に運べない。山菜の収穫を終え、調理室で夕食の準備を始めていた女性陣にも手伝ってもらうことになった。
 日の差し込まない暗室のような倉庫で保管されていたからか、高飛び用のマットは、信じられないほどに保存状態が良く、山際さんは早々に「今日から、ここで純恋ちゃんと一緒に眠る」と宣言していた。
 どんな線引きがあるのか知らないが、山際さんは俺と清野と純恋の三人だけをファーストネームで呼んでいる。輪の中心である彼女の言動が伝播し、一緒にマットを運んでいる内に、俺や清野も自然と純恋のことを名前で呼ぶようになっていた。
俺たちが次第に打ち解けていく一方、金髪の佐藤は作業中、ほとんど誰とも会話をしようとしなかった。終始、仏頂面を浮かべており、最終的には、
「私は保健室のベッドを使って、美術室で寝る」
そう宣言し、音楽室とは正反対の位置にあった美術室に、それを引きずっていった。
塚田さんが女性陣に同じ部屋で過ごすよう提案したのは、防犯上の理由からだ。とはいえ、二十四時間、顔を合わせていては、気も休まらない。空いている教室は幾らでもあるし、佐藤が一人、別行動を取ろうと問題はない。彼女の性格を思えば、さもありなんという決断だった。
佐藤が使うと決めた美術室の清掃を終えると、陽射しが橙色に変わっていた。
電気も通っていない場所では、活動出来る時間が限られている。
残りの時間は、各自で部屋の掃除をすることになった。
俺が割り当てられた教室には教卓が残っており、何故かその上に、赤い造花が置かれていた。あらゆる物が傷み、腐食が進んでいるのに、時の流れに取り残されたように、造花だけ色褪せていないのは皮肉な話だ。
個室として与えられた二年一組の教室を清掃してから、体育倉庫に残っていた器械体操用のマットを運び込む。ベッドと呼ぶには心もとないけれど、寝苦しいようなら明日、何かしらの工夫をすれば良いだろう。
作中では集めた枯葉をマットの下に敷き、ベッドを補強していた。緑の眩しい季節だが、真似してみるのも悪くない。

自室となる教室の掃除と整理が終わり、作り上げたばかりのベッドに腰を下ろすと、自然と六人のメンバーの顔が頭に浮かんだ。
集められたメンバーの性別と年齢を知り、気付いたことが一つある。
 ロールモデルを伝えられたわけではない。ただ、五巻終了時に廃校に残っていた七人のキャラクターをもとに、塚田さんが参加者を選定したことは間違いないだろう。
作中で最も有名キャラクターは、テディベアを愛する十七歳の少女【ジナ】だ。とはいえ、彼女はあくまでもヒロインであり、主人公ではない。物語の語り手は同じく十七歳の少年である【ヒナト】だ。
 十四歳で両親を亡くした【ヒナト】は、叔父に引き取られたものの、高校に進学させてもらえず、働かされている。稼いだアルバイト代は生活費としてすべて徴収され、自由に出来るお金もない。物語は、抑圧された日々に潰されそうになっていた彼が、未来を自らの手で切り拓くために、家出を決意するシーンから始まる。
 単なる偶然かもしれないが、【ヒナト】の境遇は、児童養護施設から飛び出してきたという清野に通ずるものがあった。それを差し引いて考えても、塚田さんが【ヒナト】役として想定していたのは、清野で間違いないだろう。美しい顔立ちの彼には、主人公という役割が実によく似合っている。清野を見た瞬間から俺はそう思っていた。
 家出を決行した【ヒナト】は、幼い頃に家族旅行で訪れたダムを目指し、そこで立ち入り禁止の柵を越えている少女、【ジナ】を発見する。
 そして、彼女がダムに身を投げたその時、背後から二人の大人が現れる。
わけも分からぬまま、「あの子を助けるぞ」と促され、【ヒナト】は男たちと共に少女を救出するのだが、そこまでが第一巻、第一話の物語だった。
第二話で男たちは【カラス】と【ネズミ】と名乗るのだけれど、【ヒナト】はその奇妙な名前よりも先に、【カラス】の顔に驚くことになった。彼は日本中を震撼させたある事件の中心人物として、テレビに何度も映っていたからだ。
 息つく暇もなく動いていく物語に、冒頭から圧倒されたことを、よく覚えている。【ヒナト】の生い立ちが、【ジナ】の得体の知れない魅力が、【カラス】や【ネズミ】が背負っていたものの重さが、疾走感のある文章で頭の中に染み込んでくる。小説を読んでいるだけで、頭の中をぐちゃぐちゃにされるなんて、人生で初めての体験だった。
 俺は第二話を読み終わる頃には、『Swallowtail Waltz』の虜になっていた。
 作中でリーダーを務めていた【カラス】は、共同生活の発案者でもある塚田さんのロールモデルと考えて間違いないだろう。
【ヒナト】が清野、【カラス】が塚田さんだとして、五巻終了時まで廃校にいた残る二人の男性メンバーは、【ヒナト】の親友になる大学生【ダイア】と、サバイバルの知識が豊富な大学院生のブッシュクラフター【カブト】だ。素直に考えるなら、俺が【ダイア】で稲垣さんが【カブト】だろうか。
【ダイア】は身体が弱く、パワーも体力もないが、聡明な男で、作中では主人公の大きな支えとなっていた。ロールモデルが【ダイア】なら悪くない。悪くないどころか身に余る大役だ。俺には彼のような知識も知恵もないけれど、精一杯、自分なりに出来ることをやっていこうと思った。


             6

 持参したソーラー式のランタンに光が灯り始めた頃、夕食の準備が出来たよと、山際さんが呼びに来た。
 彼女の後について調理室に入ると、稲垣さんの姿を数時間振りに確認出来た。
彼は試してみたいことがあると言って、女性陣との山菜採りを終えた後も、俺たちとは別行動を取っていた。釣り竿を持参していたし、食材を確保するために、川へと向かったのかもしれない。そんな予想は、半分正解で半分外れていた。
 夕食後、嬉しいサプライズが稲垣さんの口から告げられる。
「重労働も多かったから、皆、汗をかいているだろ。風呂を用意したから、食事が終わったら案内するよ」
 反射的に山際さんと純恋が顔を見合わせていた。
 純恋が笑顔を見せる姿を、初めて見たかもしれない。
「お風呂ってどういうこと? 民家に使える風呂釜があった?」
「確かめたわけじゃないけど、さすがに民家の風呂は、建物自体の老朽化が進んでいるから危険だと思う。復活させたのは校内にあった風呂だよ」
「校内にお風呂があったの?」
「西棟の用務員室に宿直室が内接しているんだ」
「宿直室?」
「山中の集落だからね。借家もないし、派遣されて来る期間限定の教員のために、校内に宿舎が造られていたみたい」
 塚田さんが稲垣さんの説明に捕捉を入れる。
「薪で沸かすタイプの風呂だったから、手入れすれば使えるんじゃないかと思ってさ。稲垣君に調べてもらっていたんだ」
「そういうこと。で、塚田さんの期待通り、稼働出来たってわけ。昔の物は作りがシンプルだから、意外と頑丈なんだ。見た目も悪いし、風呂釜も狭いけど、まだ使えた」
「水はどうしたの?」
「もちろん、裏の小川からバケツで運んだよ」
「そんな......一人で......。何往復も必要だったでしょ?」
「律儀に往復を繰り返したわけじゃないよ。教室から掃除用のバケツをかき集めてさ。用務員室に台車があったから、家庭科室にあった木製のボードを組み合わせて、一度に十二個ずつ運べるよう改良した。むしろ大変だったのは、校舎から小川までの動線を確保することかな。傾斜もあったし、石階段には荒れている場所もあったから。道を整備出来れば、台車を使って女の子たちでも水を運べるようになる。明日以降、手の空いた男どもに手伝ってもらって道の整備を進めるさ」
「ありがとう。本当に嬉しいなぁ。料理のために、毎日、水は何度も汲みに行かなきゃって思っていたから。稲垣さんに感謝だね」
 山際さんに促され、純恋も殊勝な顔で頷く。
「その分、皆は食事を用意したり、部屋の掃除をしてくれただろ。おあいこだよ」
「お風呂なんて完全に諦めていたよ。夜は川の水も冷たいし、タオルで拭くくらいしか出来ないって覚悟していたから、ちょっと泣きそう」
 嬉しそうにしているのは山際さんだけじゃない。佐藤は相変わらずの無表情だが、風呂に入れると聞いて以降、純恋の顔にも、清野の顔にも、笑みが浮かんでいた。
「女性陣が風呂に入った後で、嫌でなければ、俺たちも入らせてもらうし、生理的に無理って感じなら、お湯を抜いてもらって構わない。全員で協力すれば、汲み直しても、そこまで時間はかからない」
「そんなの悪いから大丈夫だよ。ね、二人も問題ないよね?」
 山際さんに促され、純恋は小さく頷いたが、
「はあ? 気持ち悪い。あんたの感覚と一緒にするな」
 佐藤は提案をバッサリと切り捨てた。
「私は女の後でも嫌だね。他人が浸かった風呂になんて、気持ち悪くて入れるかよ」
「でも、お風呂に水を溜めるには、何往復かしないといけないから......」
「知らねえよ。そもそも風呂に入らせてくれなんて頼んでいないからな。私は川で水浴びをする。それで十分だ」
 さっきまであんなに和やかな雰囲気だったのに、彼女の発言で、場の空気が一瞬にして重くなっていた。
「じゃあ、佐藤さんが最初に入って。その後で純恋ちゃんと私が入らせてもらって、それから水は抜く。それなら良いでしょ? 佐藤さんだって汗をかいているし、お風呂に浸かって、疲れを取った方が良いと思う」
「必要ないって言ってるだろ」
「遠慮しないで。生理的な抵抗感は、理性で制御出来るものじゃないもの。他人が浸かった後のお湯に入りたくないのも仕方がない。でも、最初に入るなら大丈夫でしょ。私たちは後で良いから」
 出会ってから数時間、場に馴染もうとしない佐藤に、山際さんはずっと気を遣っている。マットを二階に運んだ時も積極的に話しかけていたし、最年長、二十六歳の彼女は何とか女性陣をまとめようとしていたが、
「点数稼ぎ」
 佐藤は小馬鹿にするような口調で切り捨てた。
「男に媚びを売りたいなら、東京でやってろよ」
 この人はどうして、こうも容易く周囲に毒づくのだろう。
告げられた皮肉に、さすがの山際さんも頬を引きつらせていた。
「......分かった。じゃあ、食事が終わったら、最初に純恋ちゃんに入ってもらって、その後、私が入らせてもらいます。お湯は抜かないので、その後は男性陣で」
「オッケー。じゃあ、そうしよう」
 山際さんの言葉に、稲垣さんが続く。
「薪も用意してあるから、何度でも追い焚き出来る。時間は気にせず、ゆっくりと疲れを癒やしてくれたら良い」
山際さんと稲垣さん、二人の対応は、さすがに大人だった。
 佐藤の態度を責めることなく、話を先に進めていく。
「俺たちは今日、会ったばかりだしね。他人が入った風呂に浸かりたくないって気持ちは、俺にも分かるよ。そもそも何十年も使われていなかった風呂釜だしな。もしも抵抗感が消えて、入りたくなったら、いつでも遠慮なく言ってくれ」
 稲垣さんは笑顔で話を締めたものの、佐藤の表情が和らぐことはなかった。
 何を意固地になっているのか知らないが、彼女は最初からずっと、おかしな態度を取り続けている。もちろん、彼女のロールモデルが例の人物であることを思えば、その動きも理解出来ないわけではない。ただ、幾ら何でも度が過ぎているような気がした。

Profile

綾崎隼

1981年新潟県生まれ。2009年、第16回電撃小説大賞<選考委員奨励賞>を受賞し、『蒼空時雨』(メディアワークス文庫)でデビュー。
受賞作を含む「花鳥風月」シリーズ、「君と時計」シリーズ(講談社)、『盤上に君はもういない』(KADOKAWA)など著作多数。本作は著者にとって40冊目の刊行となる。

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