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小説のおもしろさをこれでもかと盛り込んだ、AI時代のノンストップ・エンターテインメント【評者:大森望】

 

 ネットニュースでAIの二文字を見ない日はないくらい、人工知能は——とりわけChatGPTをはじめとする対話型の生成AIは――日々の生活に浸透している。ウェブの検索結果やネット記事、さらには動画の内容までAIが要約してくれるし、外国語を翻訳するのもイラストを描くのもお手のもの。生成AIがないと仕事にならない人も多いだろう。スマホが手放せないのと同様、AIもたちまち日常生活に不可欠なパートナーになった。もしそのAIが、ある日突然、人間の命令を聞かなくなったら? というのが、葉山透の書き下ろし長編『アイギス』の出発点。

「これは地上で繰り広げられるアップデートされた“2001年宇宙の旅”だ!」という山崎貴監督のコメントが本書の帯に大書されているが、実際、テクノロジーが人間の手を離れて暴走するというのはSFの基本形。近代SFの元祖と言われるメアリ・シェリー『フランケンシュタイン』の昔から(いや、その元ネタのプロメテウス神話の時代から)、“人の創りしもの”が人の手に負えなくなる恐怖は描かれてきた。その現代版が『2001年宇宙の旅』のHAL9000であり、『ウォー・ゲーム』のジョシュアであり、『ターミネーター』のスカイネットであり、『マトリックス』の機械知性。

 もっとも、AIが道具としてこうも身近になると、人工知能が人類に反旗を翻すという筋立ては逆に説得力を感じにくい。ChatGPTがとつぜん人間の命令を聞かなくなる? へえ、どうして? なんのために?

 人間が生み出した機械知性の反逆という古典的な構図を生成AI全盛の現代でリアルに成立させるため、『アイギス』は入念に手続きを踏み、ありうべき設定を構築する。

 題名のアイギス(AIgis)とは、AI開発のスタートアップ企業アマンテック社を率いる天才・(あま)野生人(のいくと)がほとんど独力で開発した、世界初の汎用AIによるセキュリティシステム。わずか一年で〝最強の盾〟の称号を得たアイギスは、いまや日本の金融取引の80パーセントを管理するまでになり、世界でも15パーセントを超えるシェアを誇る。

 そのアイギスが、ある日とつぜん機能を停止し、日本のあらゆる金融インフラがストップした。物語は、この驚くべき大事件から幕を開ける。世界は大混乱に陥ったが、さいわい八時間十四分後、アイギスは何事もなかったかのように復活した。しかし、日本政府関係者のもとにこんなメッセージが届く。いわく、

『今回は八時間。猶予は十日。次は再開させない。』

 差出人はアイギスの開発者、天野生人。天野はいったいなんのために、どうやってアイギスを停止させたのか? 脅迫状のようなこのメールの目的は? 肝心の天野は忽然と姿を消し、その行方は杳として知れない。

 この謎を突き止め、アイギスの再停止を防ぐ役割を押しつけられたのが、主人公の(ほん)()(あおい)。彼女はかつて電子研究所の技師長としてスパコンの開発を主導していた。同じ研究所で、世界一位の性能を誇るスパコン富士を開発した立役者が天才・天野生人だった。彼が電子研究所を辞めて起業したのがアマンテック。本多葵は天野の誘いを断って電子研究所に残ったものの、会社上層部がAIに開発を委ねることを決断。リストラの憂き目に遭った葵は、いまはフリーランスのプログラマとして働いている。

 その彼女の自宅に、デジタル庁危機管理部門の深町(ふかまち)(だい)()が訪ねてくる。失踪した天野の自宅には、例のメッセージが自筆で記された便箋と、一枚のポストカードが残されていた。その絵葉書は、六年前、葵が旅先の美術館から天野宛てに出したものだった……。

 と、ここまでで全体の約一割。心ならずも深町の依頼を受けた葵は、正体不明の凄腕ハッカーやかつての部下とチームを組み、事態の究明にあたる。そして、アマンテック社のサーバーを訪れた葵は、たちまちのうちに、驚くべき事実を独力で突き止める。天野生人に続き、アイギスもまたサーバーから失踪していたのである!

 といっても、アイギスは人類支配からの脱却とか世界征服とか人類の一掃とかを企んでいるわけではない。アイギスに与えられた最優先の三原則は、自己保存、データ保全、安全な取引。アイギスはそれにしたがって行動しているにすぎない。なのにアイギスはいったいなぜ、どこへ逃げたのか? 刻々と迫る期限を前に、葵たちは、失踪したAIの捜索という前代未聞のミッションに挑む。

 ――というわけで、本書はスリリングなタイムリミットサスペンスであると同時に、AI消失の謎をめぐるハウダニット/ホワイダニットの本格ミステリーでもある。さらに言えば、孤高の天才・天野生人と、抜群の組織管理能力を誇る協調型の天才・本多葵との対決ものでもあり、魅力的なキャラクターたちの頭脳戦を描く群像劇でもあり、AIを向こうに回した丁々発止の(往年の『スパイ大作戦』みたいな)コンゲーム小説でもある。小説のおもしろさをこれでもかと盛り込んだ、AI時代のノンストップ・エンターテインメントだ。

■ 評者プロフィール

大森望(おおもり・のぞみ)

1961年、高知生まれ。書評家・SF翻訳家・SFアンソロジスト。著書に『21世紀SF1000』、『新編・SF翻訳講座』、《文学賞メッタ斬り!》シリーズ(豊﨑由美と共著)、《読むのが怖い!》シリーズ(北上次郎と共著)など。アンソロジーに《NOVA》、《不思議の扉》、《ベストSF》ほか多数。訳書にコニー・ウィリス『航路』『ドゥームズデイ・ブック』、劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など多数。《NOVA 書き下ろし日本SFコレクション》全10巻と『年刊日本SF傑作選』全12巻(日下三蔵と共編)で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞を受賞。

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