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#7 シン・バイオハザード
世の中には、それまで何度も目にしてきたはず、経験してきたはずなのに、本質を理解せぬうちに、ずいぶん長い時間が過ぎてしまう――、といったことがままある。 たとえば、私は天気図というものを、テレビ画面越しに何千回と眺めてい…
世の中には、それまで何度も目にしてきたはず、経験してきたはずなのに、本質を理解せぬうちに、ずいぶん長い時間が過ぎてしまう――、といったことがままある。 たとえば、私は天気図というものを、テレビ画面越しに何千回と眺めてい…
第一話 どうせあいつがやった 男のスーツは、見るからにくたびれていた。 背広は襟えりのあたりがほつれ、黒地のスラックスは表面がつるつるに擦すり減っている。実際、彼が着ているものは高級品とは言えない。量販店のセールで購…
なにか新しいことをはじめたいなと思うことがあっても、つい後回しに。気負わず、ちょっとしたことからやってみようか?
序幕 蒼雪城の花嫁 東方の真珠、と、人々は、その七歳の公女を呼んだ。 リーサ・ダヴィアは、人の称賛を誘う美しい少女だった。真珠とは、東方の海沿いの商都出身であることと、月の光の色をした巻き髪の輝きに由来している。端整…
「とにかく眠れないんです」 お客さまは、ベッドの上で膝を抱えて座り、眠れない理由を語りつづける。 黒くて長い髪で隠れ、表情が見えない。ニットもロングスカートも黒い。店頭に並べている毛布のタグを見比べていたので声をかけたと…
「なにやってんですか、ミドリさんっ」 いきなり背後から呼ばれ、ミドリは驚きのあまり、危うくスケッチブックを落としかけた。 「ごめんなさい」蘭らんくんだ。前にまわってミドリの顔を覗きこみ、詫びてきた。「おどかすつもりはな…
中学二年生が始まる少し前の春休み、私は彼らに出会った。 古舘伊知郎ふるたちいちろうと柴俊夫しばとしおが司会をしていた「夜のヒットスタジオDELUXE」。そこにチャゲ&飛鳥あすかの二人が出演し、「WALK」という曲を歌っ…
なにか新しいことをはじめたいなと思うことがあっても、つい後回しに。気負わず、ちょっとしたことからやってみようか?
第一話 もてなしの水みず徳利とっくり 一 「ふざけるな! この落とし前、きっちりつけてもらおうか!」 狭い店たなの中に大音声が響き渡る。香か乃のは声の主、派手な身なりの小男を慌てて止めた。「やめてください、由ゆ良ら…
序章 陽湖、目覚める 青空がとても高く、緑の草がとても近い。その葉をかき分けて私は走っていた。 夏草は匂いが濃く、私の匂いも消してしまう。走っているといつしか自分もこの草原の一部になる気がする。 草の中に背の高い人間が…
六十代半ば、女性、身長は百五十五センチくらい、体重は平均よりやや重いだろう。腰痛があり、右膝をずっと痛めている。 条件に合わせ、枕とマットレスを用意する。「どうぞ、こちらに仰向けで寝てみてください」 あいているベッドに…
「ミドリちゃん」 午前八時前に出社してすぐだ。水揚げをするために、店内の花桶をバックヤードに運びこむと、店長の李多りたに呼ばれた。 今日は金曜日、彼女は日の出とほぼ同時に、世田谷の花卉かき市場へいき、切り花を仕入れて…
対照的な性格の二人の男子高生が、ある姉妹とともに、本に挟まれた暗号を解いていく謎解き青春ミステリー『夏休みの空欄探し』。 夏休みに入ったことを記念して、サイン本があたるフォロー&リポストキャンペーンを行います! あらすじ…
愛しき昭和。 ひょっとしたら二百年後、三百年後の教科書には、「ウェアラブル端末がまだ存在せず、個人間ネットワークが脆弱ぜいじゃくだったゆえ、国家の存在が最大限まで膨張し、世界史上最大規模の戦争が起きた時代」 という、何…
シリーズ累計50万部を突破した「コンビニたそがれ堂」シリーズ。 待望の新刊『コンビニたそがれ堂 夜想曲』がいよいよ発売です。 新刊発売を記念して、サイン本があたるフォロー&リポストキャンペーンを行います。 <あらすじ> …
春の式日 ハナミズキの蕾が今年も紅く色づき始めている。四月十二日。縁側の窓を開け放った座敷で、六本目の瓶ビールの蓋がぽんと開いた。 座卓を囲った男性陣は、一様に茹でダコのような顔をして、泡の付いたグラスにビールを注…
第1章 私の恋は、いま走り始めた。 暇を持て余していた指先が、画面上に躍った見出しの文字に導かれ、滑る。 目を皿のようにして、ミュートのまま映像を再生する。 そのニュースは、つい先日起きた非日常的な出来事の記憶を呼び…
お客さまは、仰向けになってしばらく目をつぶった後、右へ左へと寝返りを繰り返す。 起き上がり、枕全体を触っていく。「形はいい気がするんですけど、もっと硬い素材のものって、ありますか?」「はい、ございますよ。少々お待ちくだ…
第一章 蛍の行方 夏の夜の途中を、何もかもを失って歩いていた。 左手に広がる田んぼから、五月蠅いほどに蛙の声がしている。両肩に食いこんだリュックには、カメラと交換レンズが数種類。あと数日分の着替え。側面のポケットには…
1 キィン、とひときわ小気味よい音がして、ボールが高く打ち上がった。こういう時は「白球」という言い方をするんだっけ、と思う。実際に自分で投げたり捕ったりしていれば実感は「ボール」なのだろうが、こうして打ち上げられた…
凪良ゆうさんの『わたしの美しい庭』。 発売して数年経ちますが、いまだに多くの人に楽しんでいただき、定期的に行っている季節カバーも大好評いただいております。 昨年、TUTAYAさん限定で夏カバーを刊行しましたが、こちらがと…
二十 商店街のアンパイア 「グランドピアノ?」 禄朗さん以外の全員が、まったく同じ言葉を同時に言ってしまいました。そして次の瞬間にその意味がわかったのは、私だけ。 まさか禄朗さん。ここでそれを。 秀一さんが、眼をぱちくり…
シリーズ累計50万部突破!風早の街のどこかにあるという、不思議なコンビニ「たそがれ堂」。大切な探しものを見つけるために、いろんなお客さんが訪れて……。 温かな気持ちで心が満たされる、村山早紀さんの大人気シリーズが、7月に…
「ミドリさんって、雷いかづち先輩がベースを弾いてて、ライブにもでてるのって知ってます?」 千尋ちひろの唐突な質問にミドリはいささか面食らいながらも、「知ってるよ」と答えた。 雷くん本人にも先輩って呼んでいるのかな。 …
「われわれのブースの場所がここやん。横に少しスペースがあるから、そこに常に10人くらいの待ち列ができるくらいかなあ?」 万筆舎にとってのデビュー戦になる文学フリマ大阪の前日、妹と作戦会議していた際のわが呑気発言である。 …
「なあ、これやってみようや!」 そう言って、少し日焼けした肌の少年が私の顔をのぞき込んでくる。真っ白な世界のなかで、彼の瞳だけがキラキラ輝いて眩しいくらいだ。彼の手には、ハードカバーの児童向け書籍。ポップな色合いで華やか…
序 死神姫の白い結婚 はらはらと、桃色の花弁が地面に散り落ちていく。 神社の参道を花嫁行列がゆっくりと進んでいた。 よく手入れされた参道沿いの庭は、春を言こと祝ほぐ鳥たちで賑やかだ。 辺りに満ちた花の香りは甘く、麗う…
駅前の小さな花屋さんを舞台にした、幸せとお花いっぱいの物語。発売から大好評いただいており、ついに累計5万部を突破いたしました! ヒットを記念して、サイン本があたるフォロー&リポストキャンペーンを行います。 <あらすじ> …
『夏休みの空欄探し』の文庫が、6月5日に発売となります。 本書は、高校生4人が本に挟まれた暗号の謎を解き明かしていく、青春×暗号ミステリーです。 文庫の発売を記念して、似鳥さんによる特別SSを公開いたします。 前半は…
今更の話ではあるが、雨音あまねさんは姉馬鹿なところがあるというか、本人がいないところで妹の自慢をよくする。いわく「七輝ななきは記憶力がカバ並み(←ゾウの間違い?)だから」「七輝は虹色の脳細胞持ってるから(←灰色…
心が小さな部屋だとするなら、僕の部屋にはいつも音楽が流れている。心地いいピアノの音だ。 僕は楽器の演奏はできないし、歌だって歌えない。音楽の知識なんてこれっぽっちもない。 でも、あの頃に聴いた音楽が今も心に流れている。…
1 きょうはあかるい。 草のにおいがする。草のにおいがするつるつるの地面を、ゆっくりあるく。 風がふくとしろいものがひろがって、地面にあおむらさきいろの影がおちて、そのたびにこちらはこわい。影がゆれるとなんだかこわ…
十九 嘘から出た真実 うちを傘下に。「それは、完全に買収という形ですか」 訊いたら、いやいや、って荒垣さん、秀一さんが笑みを見せながら右手を軽く横に振った。「そんな強引なことは考えていません。もちろん、これから話し合い…
店の外に出るなり、ふうと大きく息を吐き出し、ペットボトルのお茶をのどに流しこむ。「暑いぜ」 首元に滲む汗をタオルで拭うその顔つきは、まさしく営業マンのそれ。 アポなし飛びこみ書店営業を終えた緊張から解き放たれ、ホッとし…
野球のユニフォームを身に着けた女の子達が十数人群がり、だれもがみな、満面の笑みで喜びあっている。いい写真だとミドリは思う。だが喜びを分かち合うことはできなかった。 三月下旬の一週間、埼玉にある球場で高校女子硬式野球の…
プロローグ 唐突だが石いし狩かり七なな穂ほは床下が嫌いだ。 まず暗い。そして狭い。何かこもっていて変な臭いがする。うっかりすると、築八十年以上の家を支える柱や束に頭をぶつけそうになるので、土が剝むき出しの地面を這はう…
プロローグ 僕が死んだあと、何事もなかったように世界が続いていくのが嫌だ。 追いかけている漫画も、来年公開予定の楽しみにしていたアニメ映画も、僕だけが見られないなんて損した気分になる。だからといってこの苦しみを抱えた…
雨に濡れた木々の匂いと、白檀の香りに包まれたその店には『古どうぐや ゆらら』の看板が掛かっていた。 ぼうっと灯る行灯やランプに照らされ、古今東西あらゆる日用品が並べられている。看板の通り全てが古道具──長年大切に使われ…
1 カーテンを開けると、空は明るく晴れ渡っていた。オレは思わず「よっしゃ」と呟く。 今日は六月十三日。そろそろ梅雨入りという時期だから天気を心配していたのだが、これなら楽しく外出できるだろう。「おーい、エチカ…
十六 見守ることはできるのか 誰にも気づかれないように見守る。 自分で言っておいて、すぐにそんなことはできないんじゃないだろうかって考えてしまいました。 禄朗さんも、お父さんも、うーん、と考え込んでしまいます。「無理、…
フゥフフフフフフゥウン、フゥフフフフゥン、フゥフフフンフンフゥン。 なんの歌だ、これ。 自分でも知らないうちに鼻歌を唄っていた。だがなんの歌だったか、まるで思いだせない。首を傾げながらアトリエをでる。そして玄関脇に…
最近麦むぎは、姉の糖花とうかについてご近所さんやパートさんたちから声をかけられることが多い。「お姉さん、本当に綺麗になったわねぇ。まるで文芸映画に出てくる女優さんみたい」「お姉さんの作るお菓子もとっても美味しくて、うち…
プロローグ 三十年に一度と言われる大寒波は、滅多に雪が降らない九州南部の海岸線にも記録的な降雪をもたらした。 一夜明けてもまだ、湾の上空は分厚い雲に覆われている。 曇天を映した重油のような色の波が、のたりのたりと寄せ…
十五 アンパイアを殴った理由は こんな偶然が起こるなんて。 野々宮真紀さんと優紀くんが一緒に暮らし始めた、真紀さんにとっては義理の祖父に当たる人が、禄朗さんが殴ってしまったアンパイアだったなんて。 荒垣球審その人だった…
世界は無彩色でできている。 花も空も季節でさえ、 この目には灰色に映る。 けれども君がそばにいて、 当たり前に笑っていたから、 僕はずっと、大切なことに気づけなかった。 三百六十五日。 君が残した言葉のすべてが 僕に恋…
赤、ピンク、白、紫、オレンジ、黄色、青。 さまざまな色が並び、目にも鮮やかだった。これならば鯨沼くじらぬま駅からでてきたひと達の目を引くだろう。 いずれもスイートピーだ。花の中でもとりわけカラーバリエーションが豊富…
序章 あちらの屋台からは、串打ちの肉を焼く煙。 こちらの蒸せい籠ろからは、ふかした饅まん頭じゅうの匂い。 威勢のいい呼びこみの声と、雑踏を包む喧けん噪そう。 大通りでも靴を踏まれず歩けないほど、幻げん国こくの市し井せ…
プロローグ 涼りょう太たは三月二日という日付を忘れない。その日、六歳の彼は母を失った。 涼太の母は美しいひとだった。いつも忙しくしていて何日も出かけることが多かったが、家にいるときは彼の知らない歌をハミングしながら料…
プロローグ 1 『家族による代筆で、訃報を申し上げます。ミマサカリオリは二十六日の未明に、心不全で息を引き取りました。これまで応援して下さった皆様に、心より感謝致します。本当にありがとうございました。』 それは、S…
2 感謝された。オーナーからだ。 やはり面倒な客から逃げ出したというのが真実だったようで、夕方ごろに店へ帰ってきた彼女から「深川カヌレ」と小箱に書かれた洋菓子を渡された。門前仲町まで行っていたらしい。「急に怒り出す…
駅前のお花屋さんを舞台にしたハートフルストーリー『花屋さんが言うことには』(山本幸久さん)が3/5に文庫化! 「王様のブランチ」でも紹介された話題作で、文庫化を楽しみにしていた人も多いのではないでしょうか。 文庫化を記念…
十三 人に歴史ありというけれど 私のコーチをしてくれていた仁太さんは〈花咲小路商店街〉の名物男でした。 世界を放浪した後に商店街に帰ってきて、おじいさんがやっていた〈喫茶ナイト〉を受け継いで商売をやってきて。 商店街で…
第一話 嗤う婚約者 1 第一印象は、堂というよりも蔵だった。 最寄り駅からバスに乗り三十分揺られた後、終点で下車。それから二十分ほど、人通りの少ない坂を上り閑静な住宅街へ進むと、ほどなくして古びた土塀に囲まれた一軒…
空から白い雪が、音もなく舞い落ちている。 今年も冬がこの街に訪れた。 心に積もる悲しみは、この雪のように溶けることはない。 もう何年も、冬に閉じこめられているようだ。 暗闇の中でじっと身を潜めて生きてきた。 なにも見な…
1 緑色の化け物が笑っている。 私はそいつに振り回され、子供の頃に海水浴場で大きな波に巻かれた時のように天地がわからなくなり、渦の中で回っている。 化け物の笑い声が遠のき、水中特有のくぐもった聴こえ方でさまざまな音…
真っ白だ。 壁も床も天井も、あらゆるところが隅々まで真っ白な部屋に深作ミドリはいた。身にまとった服も真っ白だった。右手に握る絵筆の毛と柄も白く、左手のパレットもその上にある絵の具も白い。そして目の前にあるキャンバスも…
十一 ユイちゃんと真紀さんと私 「そう、うちの旦那さんは、ゲームセンターの社長ではあるけれども、ラノベ作家でもあるの」 その区切りというか、仕事をしている中で社長業と作家業の切り分けをどういうふうにしているのかな、と思う…
序 雨が止やまない。 ずぶ濡れの体は冷えて、脇腹から流れる血だけが生ぬるい。 立ち上がる力は、虎とら彦ひこには、もうなかった。板塀に預けた背中も、地面に投げ出した足も、感覚がない。 あかん……とつぶやこうとしたが、す…
築山桂といえば、NHK土時代劇の原作となった『緒方洪庵 浪華の事件帳』シリーズから、伝奇小説の快作『未来記の番人』まで、守備範囲の広い作家として知られている。 本書『近松よろず始末処』は、前者のように、歴史上の人物が…
こう来たか、と思わず膝を打った。 何がどう来たのかは後述するとして、まずは紹介を。 「緒方洪庵 浪華の事件帳」シリーズや「浪華疾風伝あかね」シリーズなど、大坂が舞台の時代小説を書き続けてきた築山桂。最新作の舞台は元…
5 「どうしてですか?」 狭い個室に、悲痛な声が染み渡った。シンガー志望という本人の申告に相違ない、相変わらず、よく通る声だった。「先生の言う通り、もう少し大阪で頑張ろうと思って、心斎橋っていう駅にあるボイストレーニ…
プロローグ 「ねえ、ほかの女と浮気してるでしょ」 仕事終わりに陽よう介すけを駅前のカフェに呼び出し、そう告げた。 交際を始めて四ヶ月。今までで最長記録だった。 陽介とは私が勤めているネイルサロンで知り合った。彼は私の常…
星を見る度に、性懲りもなく考えてしまう。 君が余命百食なんていう、悪魔のような病に侵されていなければ。 自分たちには、もっと別な日々があったんだろうなって。 人を振り回すのが生き甲斐の君は、腰が重い俺をいろいろな場所に…
滅亡しない日 教室から近い、二階女子トイレ。鏡に向かいながら、荒れた唇に、新しいリップグロスを塗る。ドラッグストアで、口コミサイトで大人気だというようなことが書かれた派手なポップが添えられていたものだ。薄い赤に色づく…
4 「先生、先生」 ヒールの音を鳴らして秋あき津つが後をついてくる。朝のS駅地下街は通勤の人々で混雑していた。途中で「あっ」という声と共にパンプスが脱げる音が聞こえて、秋津の靴のかかとが溝か何かに嵌まったのを察したが…
このたび『藍色時刻の君たちは』(東京創元社)にて、第14回山田風太郎賞を受賞された前川ほまれさん。前川さんの最新文庫『セゾン・サンカンシオン』(ポプラ文庫)は、前川さんいわく受賞作と「ある意味対になっている作品」。受賞を…
十 義弟の禄朗くんが二十年前に殴った男が 晴れた日には、必ず散歩する。ウォーキング。時間はその日によって違うけど、今日はこれからだ。 原稿は、さっき入稿したっていうメールが来た。これで唯一続いているシリーズ『異邦のゲー…
序 怨恨と謀たばかりと ──許さない。 許さない。許さない。許さない。絶対に、許さない。 眼前は白と薄闇に覆われ、大地は冷たい氷と雪に包まれている。 うずくまった身体に、凍てつく風と真っ白な吹雪の細かなつぶてが、絶え間…
3 「ねえ、あんたすごいね」 思い出すのはいつだって、パーテーションの上から顔を突き出してそう話しかけてきた時の彼女の顔だ。 狭い個人ブースの中でタロットカードを片付けながら、確か、こちらは彼女を睨んだと記憶している…
累計15万部を突破した、緑川聖司さんのほのぼの図書館ミステリーシリーズ『晴れた日は図書館へいこう』。完結巻となる『晴れた日は図書館へいこう 物語は終わらない』刊行を記念して、最新刊のサイン本があたる、フォロー&リポストキ…
大好評の『わたしの美しい庭』(凪良ゆう:著)も、冬の装いに模様替えです。 単行本時に好評いただいた冬カバーですが、今年の冬は文庫サイズであらたに登場! 全国の書店様で期間限定の「特別冬カバー」を展開中なので、ぜひ探してみ…
九 娘の相手は元警察官でたいやき屋でアンパイア 離婚したって、娘は娘だ。 俺の血を分けた子供だ。たとえ離婚して離れ離れになってからもう十五年が経ったとしても、娘は娘だ。 って言ってもだ。 自分ではそう思っていても、世間…
縦横四列に組まれた、十六のテーブル。 席に着いた者たちは静かにそのときを待っている。 腕組みをして俯うつむく青年、頰杖をついて周囲を眺める少年。 微笑を浮かべる女、大あくびをする男。 手元の駒を整える少女、整え終えた駒…
2 十二畳のリビングには、坂ばん東どうの呼吸音だけが響いていた。 南向きの窓からは朝の光が柔らかく差し込み、キッチンカウンターの上に置かれたアジアンタムの細かな葉がきらきらと輝いている。 脇腹にダンベルを引きつける…
第一話 甘くって酸っぱくて、しっとり爽やかな満月のウイークエンド 住宅地に凜りんとたたずむ、その洋菓子店には、ストーリーテラーと美しいシェフがいる。 ◇ ◇ ◇ 疲れた、もう会社辞めたい。 岡お…
ラジオに救われた経験から、新人ADとして働く植村杏奈。自身が担当をするオールナイトニッポンでは、俳優・藤尾涼太がパーソナリティを務めて100回目という大きな節目を迎えていた。しかし植村は仕事に身が入らない。なぜなら、藤尾…
八 大賀のミッションとは ハトと、調律師を用意した。 「まぁ、実際にその二つを用意したのは、大賀くんに頼まれた私なのだが」 セイさんが。 「調律師の〈瀬戸丸郁哉〉という名前はアナグラムで、〈矢車聖人〉になると気づきま…
プロローグ 二〇二〇年 二月五日 花束を持った男が祇ぎ園おん四し条じょう通どおりを東に向かって歩いていた。 午前七時。街はまだ眠っている。 普段ならこんな時間でも中国人の観光客たちが早朝営業のカフェ目当てに大勢出…
第一幕 ブランコ乗りのサン=テグジュペリ 拍手は雨のようだった。 羽衣の薄さをした幕が割れると、スポットライトが身体に降り注いだ。伸縮性が高く薄い生地しかまとわない肌に感じたのは、刺すような熱だった。その一方で身体の…
1 「なぜですか?」 愕然とした声が狭い個室に響いた。シンガー志望という本人の自己申告に相違ない、よく通る声だった。 その女性はオフショルダーの服から出た肩をいからせて膝に両手を置き、テーブルの上に並べられた七枚のカ…
七 もしも〈怪盗セイント〉なら 文字を並べ替えて、別の言葉を作ることをアナグラムと言うのは知っています。 ミステリの中のトリックとかだけじゃなくて、小説家にはペンネームを作るときにそうしている人もいるって聞いたことあ…
上体を反らされる感覚がした。 両腕を後ろから引っ張られ、胸が開く。直後に篤あつしはヒュゴッと息を吸い込み、目を見開いた。飛びたくても飛びたてない夢を見ていた気がしたが、咳き込むと口から唾液が散り、目の前にはフローリング…
これは、たかしくんがななほちゃんやお友達と遊んだ、ながい人生のなかの、ちょっとだけながい、おやすみの記録である──。 一章 鬱、ときどき休職当番 突然だが石いし狩かり七なな穂ほは肉じゃがが好きだ。 まず芋いもが好き…
第一話「草くさ迷めい宮きゅう」 長く続いた武士の世が終わり、元号が「明めい治じ」と改められてから二十一年目、明治二一年(一八八八年)の二月初めのある日の昼下がり。 かつての加か賀が藩はんの城下町にして、今や石いし川か…
月曜日 萩原紗英 朝は白い。いつもそうだ。空だけでなく、目にうつるすべてのものが淡い。すれ違う人の顔も、遠くに見える建物も、すべての輪郭がぼやける。でもそれは、ただ目が完全に覚めきっていないせいかもしれない。電車の吊…
検定調査審議会による審査が終わり、白表紙本にたくさんの付箋をつけて、雪ゆ吹ぶきは会社に戻ってきた。 隼はや人とにとって検定は謎めいており、ベールの向こう側で行われているようなものだった。そこでなにが行われているのかは…
六 名も無き調律師は何者なのか 小学校にあるグランドピアノをボランティアで調律してくれたその人の名は、〈瀬戸丸郁哉せとまるいくや〉さん。 名刺などは貰ってなくて、連絡先だけメモしてあったそうです。禄朗さんがその名前を…
一走、受川星哉 「オン・ユア・マーク」 二度、軽くジャンプしてから地面に手をつき、まず左足、それから右足を後ろの踏ふみ切きり板ばんに乗せる。スターティング・ブロックのセッティングは足の長さで測るやつも多いけど、俺はメジ…
天井のシーリングファンが空気をかき混ぜている。 それにより春先にもかかわらず店内は斑(むら)なく高温多湿に保たれていた。「レプタイルズ・メサ」の中はいつも生き物の匂いと音に満ちている。ここの空調が常に熱帯じみた温度と湿…
夜も更けつつある時間、帝都の下町に女性の悲鳴が響き渡る──。「きゃあああああ!」 夜闇に響いた声の主を、助ける者はいない。 女性は必死になって逃げていたものの、彼女を追う者はいなかった。 目には見えない〝なにか〟から、…
鳥籠の鳥は、なにを考えているのだろう。 外の世界を渇望したりしないのだろうか。 自由がないと絶望したりしないのだろうか。 無邪気にさえずる小鳥を眺めながら、少女はそっと息をもらす。 夏の盛り。外の世界は眩しいくらいなの…
大阪に住んでいた頃ですので、すでに七、八年近く前になるでしょうか。今の担当さんがはるばる大阪まで来てくださって、小説の依頼を受けたのが始まりです。 それから数年後、久しぶりに東京でお会いした時、「前に原田さんから『夜…
原田ひ香さんの最新作『図書館のお夜食』の第一章をマンガで公開中! 作品の雰囲気を、お気軽にお楽しみください! 気になる続きは、書籍にてお楽しみください! ★書誌情報はこちら
四 義弟の禄朗くんはアンパイア 雨の日以外は散歩、ウォーキングを欠かさない。 一日一時間程度の散歩ぐらいはしないと、本当に身体からだがなまって死んでしまうかもしれない。まぁ運動しないからいきなり死ぬってことはないだろ…
明治三十七年 四月「風が入ってくるな」 夕飯の後片付けをしていると、五左衛門がふと顔を上げ食事場と奥の三畳間を仕切る襖に目をやった。襖の上のほうに模様付きの横格子があり、外からの風が入ってきている。四月なので風はさほど…
序章 朱色や金色に塗られた柱に軒反りの屋根の建物が立ち並び、枝垂れ柳が風にさらさらと葉を揺らす。瓦は全て国色である碧みどり色で統一され、整然とした美しさのあるその場所は、四し獣じゅう封ほう地ちの西側を治める誠セイ国の…
君の涙 やけに蒸し暑い日曜日の深夜。僕は部屋の片隅にある扇風機のスイッチを入れ、勉強机に向かった。 椅子に腰掛けてノートパソコンを起動し、映画やアニメなどを視聴できる動画配信サイトに飛び、僕に刺さりそうな物語を物色す…
北口改札を出ると、女性はまっすぐ智とも子この家とは正反対の方面に向かった。 周りには終電を降りた北口利用者がちらほらおり、智子は彼らに交じって彼女のあとをついていった。 しばらく高架沿いの明るい居酒屋通りを歩いた。 ほ…
その週末、隼はや人とは東京の実家に戻ることにした。 飲み会のあと、陽はる花かには連絡を取らなかった。メッセージに書かれていた「横よこ塚づか」という人物について、問い質したい気持ちはあったが、なんと言えばいいかわからず…
第一話 天風姤てんぷうこう 昨夜の冷たい秋雨から一転。青く澄んだ空の下、停車場に八はっ卦け見みの看板が立っている。 東京の新興住宅地だとか宣伝され、小金持ちが居を移してくるようになった目め白じろ界隈だが、駅前の景色は…
一九九五年 明石弓乃 二十二歳 わたしの名字が明あか石しだからアカシヤだ。 スーパーではなく、コンビニ。出入口上部の店舗看板には、アルファベットでConvenience、そのあとにカタカナでアカシヤと書かれている。 …
プロローグ 私達は、多かれ少なかれ漢字を操り生きている。でも、ある人に言わせれば操られているのは私達人間の方らしい。 漢字なんて、所詮は止め跳ね払いの集合体。それに一喜一憂する人間は、文字の精霊に弄ばれているに過ぎない…
生まれてきてごめんなさい定食 ふらっと立ち寄った定食屋に、『生まれてきてごめんなさい定食』というメニューが載っていた。 これってどんな定食なんですかって店員さんに聞いたら、言葉通り生まれてきたことを申し訳なく思ってる…
二 弟の名前は禄朗 お店の正面入口の自動ドアが開くと身体からだ全体にぶつかってくる音の洪水。 いろんな音楽に電子音。 さりげなく入っていって、店内の様子を見る。 平日水曜日の午後の店内は、ガラガラだけれどもお客様…
どうしてこんなことになってしまったんだろう。 ようやく見つけたタクシーに乗り込み、コートの前をかき合わせながら西にし智子ともこは運転手へ行き先を告げた。 終電の時刻はとうに過ぎ、駅からも離れたこんな人気ひとけのない住宅…
第一章 女学生支配人、誕生す 時は大正、日は良好。 麗らかな陽の光を受けるのは、春真っ盛りの荒川あらかわ近くに立つ木造りの校舎。その青々とした垣根の内側で、桔梗や牡丹の花々が揺れるように見え隠れしていた。 よくよく見…
第一章 龍と獅子の攻防 ※※※ 大広間は真っ白に染まっていた。いたるところに白布が飾りつけられているのだ。黄金の龍が巻きついた円柱も、極彩色ごくさいしきの龍が描かれた壁も、玉座 ぎょくざの下にもうけられた祭壇さいだん…
まただ。 自室の扉を施錠し、一歩踏み出したところで野々森ののもり一はじめは足を止めた。 アパートの廊下には朝の光が満ち、安物のスーツを着た肩を肌寒さで竦めながら、野々森は隣室のドアノブにぶら下がったそれをじっと見つめた…
〈和食処あかさか〉で仁太とゴンドと望が話す いや旨い。 この〈唐揚げ甘酢あんかけ定食〉はとんでもなく旨い。〈唐揚げ定食〉は辰さんがやってた頃からのメニューで、望がそこにオリジナルな甘酢あんかけを作ってかけたんだがブラ…
休日になり、隼(はや)人(と)はようやく、陽(はる)花(か)と電話で話すことができた。 「それで、結局、べつのイラストレーターさんに頼んで、なんとかなったんだけど、ほんと、信じられないよな。仕事を頼んだのに、それを…
僕は今日、命からがら十六歳になった。 総合病院のジメジメしたロビー。こんな辛しん気き臭い場所で五月十二日の誕生日を迎えるなんて最悪だ。退院手続きを済ませ、硬いソファで母の迎えを待っている。 春の陽気も重たくなってきた五…
左手に書かれた「国語びん」に気づいたとき、ぼくは商店街を走っていた。 一瞬スピードをゆるめたが、家に戻るほどの時間もない。それにいまのところ、一度も信号に引っかかることなくここまで来ているのに、走りを止めるのはとてもも…
甘くてからい。煮詰まる音はくつくつとかわいい。四国の醸造元から取り寄せた醬油にてんさい糖で甘みをつけて、弱火で焦がさないようゆっくりと煮詰めた。里芋にこのタレを絡めて、みんながすきな味にする。 濃くておもい。味噌にぎゅ…
2011年の本屋大賞第3位に選ばれた大島真寿美さんの『ピエタ』。 18世紀のヴェネツィアを舞台に、作曲家・ヴィヴァルディの残した楽譜の謎を巡り、 彼に関わりのあった女性たちの人生が交錯していく傑作長編です。 今なお感動の…
一回りして、ものすごく本格的。 倉知淳『大雑把かつあやふやな怪盗の予告状 警察庁特殊例外事案専従捜査課事件ファイル』の特徴を言い表すには、そういう表現が最もふさわしいと思う。それにしてもなんという長い題名なんだ。 ぱっと…
「おじさんは本当に律儀な方ですよ。死んでからも義理を尽くすなん…………すみません」「もう一回」「おじさんは本当に律儀な方ですよ。死んでからも義理を尽くすなんてまあ」 演出のカイトの言葉に従って、勝まさるは頷き、演技を続け…
どこまでも続く真っ白な大地を一歩一歩踏み締める。 足首の上まで分厚いブーツで覆われているのに、積もったばかりの柔らかい雪に踏み入れると、足首どころかふくらはぎのあたりまで埋もれてしまった。 ずぶっ、ずぶっ、と用心深く進…
第一章 余命銀行の新入社員 ロッカーに貼ってある【生内いけうち花菜はな】の名前が書かれた薄っぺらい磁石をはがすとき、胸はたしかに痛かった。 三月二十四日、金曜日。最後の出勤日である今日、引き継ぎをしているうちにいつの間…
一 幻のインディーゲーム『幸せの国殺人事件』を作った関東在住の大学生《AA》は、安堂篤子ではなく國友咲良だった――。 その太市の主張は、すぐには受け入れられるものではなかった。 「確かに《SAKURA》の六つのアルフ…
2021年本屋大賞2位となった、青山美智子さんの『お探し物は図書室まで』の文庫が、3月2日に発売されます。 初回配本限定で、著者の青山さんのメッセージが印刷された特別カード(名刺サイズ)が封入されます! 絵柄は上記の3種…
懐かしい匂いがした。 汗のしみついた防具の匂いだ。頭は手拭いで絞めつけられ、顔は面に覆われ、全身にずっしりと重さを感じる。 ここは道場で、対戦相手が見える。 腰につけた藍染めの垂たれには「瀬口」の文字。その横に小…
三 社員旅行で出かけた沖縄で、溺れた海水浴客を助けようとしたらしい――と太市は続けた。僕は無意識に息を止めていた。苦しくなって、そのことに気づく。心臓が激しく脈を打ち始めた。 水難事故で亡くなる人は、年間七百人から八…
自由に生きたければ なくてもいいものを手放しなさい ── トルストイ ── 今年も冬がなかなか巡ってこない。そう思っていたら、数日前から急に寒くなってきた。 阿紗あさはダウンジャケットを羽織り、家…
一話 水晶「清川きよかわの尚成たかなり。おまえは、此度こたび衛門府えもんふの大尉たいじょうから右近衛うこんえの少将しょうしょうとなるぞ」 尚成に昇進の話が舞い込んだのは、花の蕾かたい早春のことであった。 雪の混じった、…
三 少し前に、未夢が探していたインディーゲーム『幸せの国殺人事件』が、フリマアプリに出品されていた。だけどパッケージの画像が粗く、偽物を出品して代金を騙し取る詐欺だろうとその時は考えていた。 ゲームの製作者は、関東の…
プロローグ 死神から凶報が届いたのは、彼にメッセージを送ってからおよそ二週間後のことだった。彼、なんて呼んでいるけれど、もしかすると彼女かもしれないし、死神なのだからそもそも性別はないのかもしれない。いや、今はそんな…
みつば郵便局の配達員・平本秋宏と町の人々の交流を描いた「みつばの郵便屋さん」シリーズがこの12月、ついに完結となります。多くの方にご愛読いただいた人気作全8巻の完成を祝い、著者の小野寺史宜さんにお話をうかがいました。 …
みつば郵便局の配達員・平本秋宏と町の人々の交流を描いた「みつばの郵便屋さん」シリーズがこの12月、ついに完結となります。多くの方にご愛読いただいた人気作全8巻の完成を祝い、著者の小野寺史宜さんにお話をうかがいました。 …
みつば郵便局の配達員・平本秋宏と町の人々の交流を描いた「みつばの郵便屋さん」シリーズが、この12月、『みつばの郵便屋さん そして明日も地球はまわる』で最終巻となり、完結となります。多くの方にご愛読いただいた全8巻の完成を…
一、玉鋼 リビングでテレビを見ていたはずが、いつのまにか寝落ちしたらしい。 顔を上げると、部屋がうっすらと黒煙に包まれていた。なんだか焦げ臭い。夕飯作るときなんか焦がしたっけ……ぼんやりしながら窓を開けようと立ち上がった…
春一番に飛ばされたものは 本田さん。斎藤さん。水谷さん。小川さん。千葉さん。佐々木さん。中野さん。東さん。 左に曲がって。 若林さん。多田さん。児玉さん。長谷川さん。武藤さん。島さん。河合さん。大塚さん。 配りつつ、…
一 太市のアカウントが消えていることに気づいた未夢は、最初は何かデータ上のトラブルが起きたのだと思ったそうだ。それですぐに太市に「WoNのアカウント消えちゃってるよ」とLINEでメッセージを送った。しばらくして太市から…
部屋に入ると、流果(るか)はあきれた口調で言った。 「うわっ、また、めっちゃ、散らかってるやん!」 先週末に片づけをしたはずなのに、隼人(はやと)の部屋はまた服が脱ぎ散らかされ、本や書類があちこちに広がり、シンク…
物語の真ん中あたりに、刀鍛冶の剱田つるぎだかがりが三人の客と対峙する場面がある。客はどんな用事で来たんだろうと自室の襖を少しだけ開けて、コテツが盗み聞きするシーンだ。客は夫婦とその娘で、娘さんが近々結婚するようで、その…
三 「そんなこと、気にしなくて良かったのに。オープンキャンパスって基本、誰でも来て大丈夫だから。受験生の妹さんや弟さんとか、家族も一緒に来てたりするし、うちの大学なんかは普段から、色んな人が出入りしてるからね」 中学生…
引退試合が終わった。 私は同じバスケ部の仲間4人でぐるぐるめに来ていた。 「山中青田遊園地」っていうのが正式名称だけど、なぜなのか、そっちよりも「ぐるぐるめ」の名前のほうがみんなに知られてそう呼ばれている。 …
1 どんぐり生ハム ──ポインセチア仕立て 十二月の寒い夜、ポストを開けると封印したはずの過去が待ちぶせていた。 写真つきのポストカードは、遠くイギリスからだった。 結婚しました。 イベリコ豚、もう食べま…
第1章 余命一年のふたり 「先生。俺は……あとどのくらい生きられるんですか?」 清潔な診察室。皺のない白衣を纏った、初老の医者。机の上のカルテと、対面のホワイトボード。 ついさっきまで俺は──待合室にいたときに入ったク…
* かつて火竜の住処となっていた広い洞窟には、橙色に輝くマグマが、あたかも地底湖のように満ちていた。洞窟の岩肌の上方にぽっかりと空いた横穴から、黒いローブをまとった隠者が顔を覗かせる。隠者は誰かを待っているように、その…
岩井圭也 くたびれたスーツの男が一人、タクシーから降りてきた。 四十歳前後と思(おぼ)しき彼に、身なりを気にしている様子はない。皺(しわ)だらけのシャツにくすんだ革靴。後頭部には寝癖が残っていた。ただし胸元につけた弁…
三 翌日、僕と未夢は放課後に学校近くのコンビニで待ち合わせて、そこから歩いて十分くらいの距離にある太市の家に向かった。太市が住んでいるのは、バス通りを右に折れて坂を上った先にある市営住宅の四階だった。 去年の改修…
第一話 甜花、新しい夫人にお仕えするの巻 序 「……君をお嫁にもらってあげる。そしたらいつも一緒にいられるよ」 白く小さな花が房になって下がっている。その花陰で少年はわたしに囁いた。「いいよ、おにいちゃんが──にな…
一 昨晩、小学校からの同級生の桶屋おけや太市たいちに「お前の母親、クソじゃね?」と言われた僕は、その意見に全面的に同意した。 母親は、昨日の自分の発言を少しは後悔しているらしい。お弁当のおかずを豚の生姜焼きにし…
出社時刻には、なんとか間に合った。 子猫の入った段ボール箱を抱えて、隼(はや)人(と)が出社すると、雪吹(ゆぶき)はわなわなと肩をふるわせて、とがめるような声を出した。 「なんですか、それは……」 隼人は視線を下に…
横浜よこはま湊みなと高校を卒業し大学に進学したその夏、内田うちだ輝あきらは、野沢温泉村にいた。 今年から、横浜湊は夏合宿を、長野県の北東部にある野沢温泉で行うことになった。 多忙な海老原えびはら先生の代わりに、卒業と同…
プロローグ 運命の出会いは、時に驚くようなあじわいがあるものだ。 たとえるなら……唐突に渡されたホカホカの肉まんのように。 * 雨の夕暮れ。 倉庫整理のアルバイトを終えた俺は、トボトボと中華街を歩いていた。 その日…
ドーン、ドーン、ドーンと、3回、太鼓を叩く音がした。 ヒーローショーを見たいというのは、息子の大(だい)吾(ご)のリクエストだった。 家族4人でイベントステージに来てみたのだが、客席はまばらであまり人がいない。 派手なシ…
* とりあえず別荘内に戻った。 紅林刑事と二人、階段をどんどん降りる。 茫然としてばかりはいられない。白瀬くんを冤罪から救わなくてはならないのだ。 このままでは熊谷警部達が、寄ってたかって白瀬くんを犯人…
昔ながらのパン屋さん「ベーカリー・コテン」を舞台にした、冬森灯さんの小説『縁結びカツサンド』 おかげさまで大好評いただいており、めでたく重版が決まりました! 重版を記念して、『 縁結びカツサンド』SNS感想投稿キャンペー…
序 其れは、図られし縁 大陸に、最大の面積を占める大国、陵りょう。 この地ではかつて、無数の悪鬼が跋扈ばっこし、人々は悉ことごとく疫病や災いに苦しめられていた。草木は生えず、水は涸れ果て、空にはいつも暗雲が垂れ込め…
* リビングから一階分上がった地下一階。その中央の部屋が目指す部屋だった。 ドアをノックすると、入り口を細く開けて顔を出したのは熊谷警部だった。捜査責任者の、堂々たる恰幅の刑事である。 熊谷警…
「Aの図とBの図、『静けさ』を表しているのはどちらだと感じる?」 担任で美術担当の二木にき良平りょうへいが、教室の生徒全員に問いかけた。美術室の黒板には、大きな白い紙に印刷された二枚のシンプルな図が、四隅をマグネットで留…
龍神湖には龍神様がおわします 龍神様は水と天候を司る神様です ある日、龍神様が云いました 「人間の姫君を贄として差し出せ」 その命令にお殿様は大いに腹を立て 「神と雖いえども我が娘を人身供儀じんしんくぎにせよとは…
シェフィールドは坂の多い街だ。丘が七つもあるらしい。どことどこが何という丘なのか、わたしにはさっぱりわからないけれど、とにかく寮と学校との間を上がったり下がったり、毎日通っている。なんだかわたしの人生みたいだなと思いな…
ママはダンシング・クイーン 「ママ、チアリーダーになる!」 突然の宣言を、家族はことごとくスルーした。「ママ、おかわり」と息子は茶碗ちゃわんを突き出し、「あ、俺も」と夫がつられ、「ねえ、お弁当まだ? 早くしないと遅刻しち…
* 「ところで、もう六時半を回ったね。親父、腹は減らないかい」 鷹志がそう云い、大浜社長もうなずき、 「うむ、そう云われれば時分時じぶんどきだな」 三戸部刑事がそれを聞き咎めて、 「社長、飲食物はどうか…
* 午後三時を回った。 いよいよ怪盗の予告タイムに突入した。 鷹志が気を利かせて置き時計を持ってきた。それを金庫の上に置いた。アナログ式の四角い時計だ。クリーム色でプラスチック製の安っぽい物で、…
窓から入ってくる陽の光がオレンジ色に変わりはじめると、あいつの気配を隣に感じる。 いったんそうなるともうだめだった。やりかけのレポートも読みかけの本も、なんにも手につかなくなる。 ベッドに寝転がってぼんやり天井を見…
賢王と花仙の伝承 「だから! いったい貴様はどこの誰だと聞いているんだ!」「だから! ここがどこかって聞いてるんだってば!」 百花国ひゃっかこくの後宮こうきゅうは、本来ならば男性立入禁止。妃と宮女と宦官かんがんのみの世俗…
『大浜富士太殿 貴殿の所有するブルーサファイアを頂きに参上する 怪盗 石川五右衛門之助 尚、期日は次のうちいずれかとする 7月14(水)15:00~20:00 7月21…
一筆啓上仕候 和久様 古今東西、ひとかどの人物ってのは、てえしたことを言いなさるもんだ。 あんまり感心しちまったから、お前さんにも教えてやろうと思ったが、同じ家に住んでいるってのになかなか話す時間もない。俺もいい年…
* 再び、リビングルームである。 今度は警察側の人数が多い。名和警部が二人の刑事を従えている。事件解決に備えての増員なのか、やけにがっしりした強面の二人である。 木島達がリビングに入って行くと、関係者の…
* 庭へ出た。 刑事達に依頼した枝切り作業が終わったらしい。 相変わらずのいい陽気で、殺人事件や身内同士の醜い罵り合いが嘘みたいだ。のどかな太陽は、さっきより少し傾いている。 早速、館の南側の外壁に向…
今朝も大阪城は太陽の光を受けて、しゃちほこが金色に輝いている。 まず、ベランダに出て、朝日を浴びたあと、隼(はや)人(と)は部屋に戻り、冷蔵庫を開けて、牛乳パックを取り出した。 牛乳を飲もうと思ったが、グラスがない…
大人気シリーズ『金沢古妖具屋くらがり堂』のクライマックスを記念して、Q&Aコーナーを開催! 皆さまからのご質問に、作者・峰守ひろかずさんがお答えします。登場人物についてや作品の舞台裏、創作秘話など盛りだくさんの内…
プロローグ 六月半ば、そろそろ梅雨が近づいてきたある雨の日の夕方。十五歳の葛かつら城ぎ汀てい一いちは金沢駅で特急電車から降りた。大きな荷物は既に引っ越し先の祖父母の家に送ってあるので、リュック一つ、それと駅の売店で買…
* 再び屋敷に入る。 スリッパに履き替え、名和警部の案内で木の廊下を奥へと進んだ。 書斎の隣の応接室の前を通過し、その奥がリビングルームである。さらにダイニングルーム、厨房へと続いてい…
みなさん、はじめまして。 私は春はる野の暁あかつきといいます。 どうぞよろしくお願いします。 昨夜練習した挨拶を口の中で唱えながら、暁は見知らぬ中学校の廊下を歩いていた。中学二年の五月という中途端な時期にまさか転校する…
まったく、ばかみたいに晴れていやがる。 こんな天気のいい日曜日に、なんでオレはひとりで遊園地なんか来なくちゃいけないんだ。 あたりを見渡せば、何やら初々しい若いカップル、仲の良さそうな友達連れ、寄り添い合って…
死体は机に突っ伏していた。 椅子に座った姿勢で、そのまま机の上に倒れ込んでいる。 右手には拳銃。オートマティック式の無骨な銃である。 死体の右の側頭部には銃弾を撃ち込まれた跡があり、血塗れの穴が空いている。多…
二(にの)宮(みや)公(きみ)子(こ)の事件のあと、夜の図書館は長いお休みに入った。 篠(ささ)井(い)の提案を元に何度か館員たちで話し合い、まず、最初の三週間を使って蔵書整理とチェックを行い、あとの一週間を図書館員…
覆面作家、高城(たかしろ)柚(ゆず)希(き)の部屋はまず長い廊下があって、そこを抜けると広いリビングとなっていた。そして、部屋の一面がガラス張りで明るい日の光がさんさんと入ってきていた。 高城の妹は大きなアルコール飲…
『渇き、海鳴り、僕の楽園』(6月2日刊行 ※場所によっては発売が遅れる地域がございます)の発売を記念して、お買い上げいただいた人の中から抽選で、深沢さん直筆コメント入りのポストカードを12名の方にプレゼントします。 ポス…
電車のなかで、瀬口せぐち隼人はやとは原稿用紙を広げ、文章を読んでいく。 親譲りの無鉄砲で……という書き出しではじまるのは夏目漱石の『坊っちゃん』だが、この作品を中学生のときに教科書で読んで、妙に心惹かれた。読…
なつかしいわねぇ、遊園地なんて何年ぶりかしら。 私たちみたいな70半ばの老夫婦がふたりで来たって浮いちゃうかしらと思ったけど、どうやらそんなこともないみたいで安心したわ。 私たちの目の前を、5歳ぐらいの男の子がぱたぱたと…
樋口(ひぐち)乙(おと)葉(は)が「夜の図書館」に来てから、一ヶ月ほどが経った。 なんだか、ばたばたしてあっという間に過ぎたような気がする。だけど、仕事をしながら亜子(あこ)や正子(まさこ)と話したり、食堂で徳田(と…
引っ越しを終えたあと、一眠りして午後三時に図書館に行った。 玄関のところに大きな黒塗りの車が駐まっていた。大きいだけでなく、車体もぴっかぴかで、一目で高い車とわかる。思わず中をのぞくと、スーツに黒い手袋をした年…
立春、啓蟄、春分、穀雨、立夏、夏至、処暑、秋分、立冬、冬至……。一年を二十四の季節に分けた二十四節気、あなたはすべてご存知だろうか。春分と秋分にお墓参りをするなどこの季節に合わせて年中行事を実践したり、手紙などの季節の…
Ⅰ 泰山木 土曜の夜中、ファミレスに呼びだされた。 相手は男だ。とは言ってもロマンチックな話ではない。四十代なかばの冴えないオジサンなのだ。 君名紀久子きみなきくこのスマホに電話があったのは、三十分ほど前だ。会って話が…
「見た?」 前を向いたまま訊ねた私の隣で、葵はこっくりとうなずいた。 「……見た!」 すっきりと晴れた日曜日、友達の葵(あおい)に誘われてやってきた遊園地。 私たちは優雅に回っているメリーゴーランドの柵の前で列に並…
源頼政みなもとのよりまさが京に呼ばれて宇治うじ行きを命じられたのは、天治てんじ二年(一一二五年)の文月(七月)、鈴虫や松虫が鳴き始めた頃のことであった。 「う、宇治へ……でございますか?」 「はい」 意外な命令に困惑…
自己紹介……と言うほどでもないが、図書館の前で彼に自分の名前を名乗った時、樋口(ひぐち)乙(おと)葉(は)は、肩すかしと安堵という複雑な気持ちを抱いた。 乙葉の名前を聞くと、たいていの人はこう言う。 「樋口乙葉? 樋…
学校で〈希望〉という字を習った。〈キ〉と〈ボウ〉だ。〈ボウ〉のほうの字は〈のぞみ〉とも読みますと泉いずみ先生は言った。そのときは〈み〉をつけて〈望み〉と書く。では、ノートに五回ずつ書いてみましょう。 「先生!」 「はい…
開園前の遊園地が、こんなにキラキラして見えるなんて初めて知った。 まだ客のいないそこは、想像していたよりずっと広大に感じる。朝日を浴びたアトラクションが、むずむずと喜びをこらえながら始まりの時を待っているみたい…
『蛍と月の真ん中で』(2020年10月刊行済)と文庫『流星コーリング』(2月3日刊行 ※場所によっては発売が遅れる地域がございます)の発売を記念して、両方をお買い上げ頂いた人の中から抽選で、河邉さんが撮影した写真を使用し…
序――猫探し屋の娘 夏の初め。梅雨の気配はまだ遠く、気持ちのいい風が、茂った葉をさわさわと鳴らして過ぎていく、よく晴れた午ひる。頰の辺りに幼さの残る女子おなごと男子おのこが、神田川かんだがわに掛かる昌平橋しょうへいばし…
目覚まし時計が鳴っている。 真夏のアブラゼミみたいなとんでもない音だ。 手を伸ばしても届かない窓辺に置いてあるので、一分ほど無視したあと、こらえきれずわたしは身体を起こすことになる。できるなら朝は夏の軽井沢かるいざわを…
真尋が嘱託社員として勤めるコミュニィFM、「FM潮ノ道」の局長は頭脳明晰、常に冷静沈着、感情の起伏を見せず、端正な顔立ちをめったに崩さない人物だ。以前、「局長はいつも冷静だから、血が通っていないんじゃないかと思っていま…
僕が君を初めて見たのは、どんよりした曇り空から今にも雪が降り出しそうな冬のある日だったよね。 君は君のママの腕に抱かれて、僕の家の隣りにやって来た。産院で十日前に生まれたばかりだと、僕のママが教えてくれたんだ。可愛い…
「仕事がないわけじゃないんだよね」 流里るりは、言い訳がましく聞こえるかと、相手の反応を伺った。 『ふーん。そうなんだ』 ビデオチャットの相手は姉の柚子ゆずだ。特に何も考えていなさそうな顔。そろそろネイルサロンに行く…
11人の実力派作家による書き下ろしアンソロジー『11の秘密 ラスト・メッセージ』(著:アミの会(仮))が12月8日頃いよいよ刊行されます! この刊行を記念して、作者直筆サイン本が3名様にあたるプレゼントクイズキャンペーン…
能力者の存在する街・咲良田を舞台にした「サクラダリセット」シリーズや『いなくなれ、群青』から始まる「階段島」シリーズ、全寮制の中高一貫校を舞台にした山田風太郎賞候補作『昨日星を探した言い訳』……。河野裕は作品ごとにオーダ…
大ヒット御礼!!顎木あくみさんの『宮廷のまじない師』シリーズの続々重版を記念して、「500円分の図書カード」が当たるフォロー&リツイートキャンペーンを開催いたします! ※ twitterでフォロー・リツイートするだけ!!…
セイさんは、しっかりと木佐ゲンさんのことも調べていた。 「丸子橋家と矢車家に関しては、君たちが聞いたものから特段追加するような情報はない。かつての豪農、庄屋、この辺りを治めていた長同士の確執と言った具合だ。丸子橋の言っ…
「サクラダリセット」シリーズや『いなくなれ、群青』にはじまる「階段島」シリーズで人気を博し、昨年は『昨日星を探した言い訳』で山田風太郎賞の候補になるなど注目される河野裕。新作『君の名前の横顔』は、ある家族の物語である。 …
父が重い病だと知らされたのは、今年(2021年)の6月の末だった。 ちょうどそのころ、私は家族をテーマにした小説の初稿を書き終えようとしていた。少し前に、別の出版社から依頼されたほんの短いエッセイに父との思い出を書いて…
1 「うわぁ、なんだか……リッチなところ!」 三田村みたむら一花いちか は、路地の真ん中で感嘆の溜息を漏らした。五月の爽やかな風が吹き抜け、一つに括った真っ黒な髪が中で揺れる。 繁華街のほど近くなのに、このあたりは静寂に…
二日目の夜。 〈花咲長屋〉のお店を全部回って、そして常連さんとかの写真もほとんど撮り終わって、 〈矢車家〉に私と重さんが泊まるのは今夜で終わり。 いくら何でも写真を撮るためだけに三日も連続で泊まるのは厚かましいし、何…
よこ-がお 【横顔】 〘名〙 ① 横から見た顔。横向きの顔。 ② (━する)意識的に、横に顔をそむけること。また、その顔。 ③ ある人物の日常的な、あるいは、あまり人に知られていないような一面。〔新語新知識(1934)〕…
四月二十日。東京都新宿区。 朝方の外歩きにも、長袖の服はいらなくなってきた季節。 二藤(にふじ)勝(まさる)はサングラスをかけ、帽子を目深にかぶり、雑踏の中を歩いていた。 新宿はきらびやかな街である。会社員や学生…
一九七六年、昭和五十一年の、私が生まれるずっと前の〈花咲小路商店街〉。こうやって歩いてみると、私がいる現代の雰囲気とそんなにも違いはないって思う。あくまでも雰囲気は、だけど。 もちろんお店の様子は全然違うんだけど、それ…
数分産まれるのが早ければ、人生は逆転していたのだ。 ジャック・タガートは、その可能性についてよく考えた。英国特別幻想取締報告局の中にいて、そのことに思いを馳せずにいるのは不可能だった。この国では、ある条件下で産まれた者…
「皆川に頼まねぇ?」 コロッケパンを食いながら、近藤が言った。「なんで皆川?」俺は小声で訊き返す。近藤は肩をすくめた。「器用じゃん。このあいだシングルに褒められてたし」「でも……、なんか変わってる…
イギリスには、「ファンタズニック」という言葉がある。 幻想的生命体に遭遇した人々が陥るパニック状態のこと。 妖精や精霊、ゴーストなんかがごく普通に存在するこの国では、ファンタズニックもまた頻繁に起こる――。 そんなわ…
ちゅんちゅん、って。 スズメの鳴き声。 まるでマンガやドラマみたいなベタなシチュエーションみたいだけど、本当にスズメの鳴き声で目が覚めた。すごくたくさんのスズメたちが庭に来ているんじゃないだろうか。いつもこうなんだろ…
大人気の絵本作家・ヨシタケシンスケさんの最新刊が好評発売中! ということで、全3回にわたり、ロングインタビューをお届けいたします! 創作秘話から、海外版製作についてまで、お話をたくさん伺いました。 (ライティング:松井ゆ…
大人気の絵本作家・ヨシタケシンスケさんの最新刊が好評発売中! ということで、全3回にわたり、ロングインタビューをお届けいたします! 創作秘話から、海外版製作についてまで、お話をたくさん伺いました。 (ライティング:松井ゆ…
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志津さんの腹違いの姉妹? それはつまり。 「志津さんのお父様、セイさんの義理のお父様になられた方が、奥様以外の女性と浮気して作った子供ってことですか?」 ひょっとしたら人生で初めてこんな人前では言い難い言葉を喋ったか…
『火を点けて燃やしてやる』 アパートの一室にいたその女性が、重さんのお祖父様、一成さんに向かってそう言っていた。 それを、重さんのお父様、今はまだ中学生の成重さんが聞いていた。 「それは」 重さんが躊躇いながら訊い…
<久坂寫眞館>で働く樹里と、店主の重。 ひょんなことから過去の花咲小路商店街にタイムスリップした二人(とセイさん)は、セイさんの自宅に忍び込むことにするのだが―― ※※※ 午前十時。 〈花咲小路商店街〉の四丁目にある〈…
「ザディコ。箱船へようこそ」「わたしはオオバカナコ。はこぶね?」「それについてはボンベロから聴くと良い」 男が手を離し、パピとダフに近寄るとマルキリが手を出してきた。「アンセム」「え? あなたマルキリでしょ」「偽名に決ま…
目覚めた時、パピとダフは先ほどの姿勢に戻って寝入っていた。 九十九が焚き火の向こうからわたしを見つめていた。「今、何時」 九十九は腕時計を見た。そういえば全裸にもかかわらず彼は腕時計をしていたことを思い出した。「十一時…
虚を突かれたわたしは、マルキリに胃の辺りを思いきり殴り上げられ、横倒しになった。 立ち上がったマルキリは、鼻血を横殴りに拭いた。「パピ、こいつは使えないよ……とっととどっかにやっちまいな」 彼は…
登山スタイルの女はわたしを見ていた。「迷ったんですか?」彼女が口をきいた。 わたしは頷いた。「わたしもです」彼女は笑った。 わたしは立ち上がろうとしたが、すぐには動けなかった。水を急に飲んだせいで躯の緊張が一気に解け、…
警官が振り返る前にパピはその脇を通り過ぎ、テーブルにぶつかる勢いで椅子に座ると、猛然と皿のものを食べ始めた。 呆気にとられたわたしは、自分でも意外なほど大声を出していた。「ゆっくり食べなさい! 行儀の悪い!」「ぽふぁい…
日暮れまでに都合十回、公衆電話を見つけるたびにパピは電話を掛け続けた。が、いずれも相手はつかまらず、わたしは彼の指示に従って北へ北へと運転を続けた。「そんなにつかまらないなんて……。別のコンタク…
「え? あっ」 パピは椅子を蹴って立ち上がると辺りを見回し、壁際の柱に飾ってあるネイティブアメリカン風の飾りがついた小さな鏡をしげしげと覗き込んだ。 わたしとトトは思わず顔を見合わせた。「なんだこれ…R…
ダフとパピの前に、ニンニクをたっぷり使ったツナ入りアーリオオーリオを出した。湯気が顔を覆うのもかまわず、パピはフォークを入れてパスタを巻くと、口のなかにしまっていく。ダフは女の子らしくゆっくり食べているが、パピはまるで…
「巧く頭蓋に当てろよな。俺はこいつの脳味噌が見てみたいんだ」「任せとけ。ホールインワンを狙ってやる!」 ピースバッジが杵(きね)を振り上げ、シュッと音をさせた。 わたしは目を閉じた。が、ほんの一瞬、ボンベロの顔がフラッシ…
雷鳴が轟いた──フラッシュを焚かれたように店内が一瞬、明るく映える。暗闇に溶けていた少年の姿が浮き彫りになった。ぼさぼさの髪は逆立ち、膝上で切り落としたデニムのパンツからすらりとした脚が伸びていた。彼はナイフを掴んでい…
氷で手を冷やしてから肉を殴る男は初めてだった。 手が傷むからと、肉叩きを使うよう云ったんだけれど〈だいっじょぶ!〉とまるで気にする様子がない。本人はこうすると肉に手の温度が伝わらず〈良いパティ〉が準備できると信じている…