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僕たちの幕が上がる 決戦のオネーギン

「おじさんは本当に律儀な方ですよ。死んでからも義理を尽くすなん…………すみません」
「もう一回」
「おじさんは本当に律儀な方ですよ。死んでからも義理を尽くすなんてまあ」
 演出のカイトの言葉に従って、まさるは頷き、演技を続けた。
 かりいの服装は、えりの詰まったドレスシャツに、燕尾服えんびふくのように尻の部分に切れ目の入った黒いジャケット。
 髪はオールバックにして、背筋は正しく、表情はいかめしく。
 二十六歳の俳優、二藤にふじ勝は、改めて稽古場の椅子に腰かけている同い年の演出監督、鏡谷かがみやカイトを見つめた。彼の携える台本には、芝居のタイトルが黒々とした明朝体で書かれている。
『オネーギン』────。


 第一幕

 寒さが肌を切るような二月、東京。
 新進気鋭の天才脚本家と呼ばれる鏡谷カイトと、その親友である俳優・二藤勝は、東京ライトニング劇場の楽屋で胸をなでおろしていた。
 鏡谷カイトのオリジナル脚本『百夜之夢ももよのゆめ』、総計百五十六回目の幕が下りた後である。千秋楽せんしゅうらくまではもう四か月あったが、これで十か月目の公演である。一つの区切りではあった。
「おつかれだったな、勝。今日もよく『もも』として生きてくれた」
「ありがとうカイト。見ててくれて嬉しいよ。チャンバラのし甲斐がいがある」
 互いにねぎらい合っていた俳優と脚本家の前に、スタッフが走り込んだ。
「すみません、お二人にお客さまです」
「客?」
 カイトが剣呑けんのんな顔をするより先に、勝がスタッフの背後の老人に気づいた。
 つるりと剃り上げられたスキンヘッドに、ハイネックの黒いセーターと黒いスキニーパンツ。白い眉毛。黒い運動靴。モノクロ映画の中から出てきた名優のような雰囲気。
「やあカイト。久しぶりだね」
 老人は石に染み渡る清水のような声で喋り、ハッとしたカイトが飛び出した。
「先生!」
「せんせい?」
 不遜ふそんというより無愛想がトレードマークのカイトは畏まっていた。睫毛まつげまで白い老人が、ふくふくと笑う。
「今日の芝居もよかった。若さがほとばしるような舞台だったよ」
「先生、来てくださるならご連絡をいただければ」
「これで三度目なんだ。何度も声をかけては迷惑だろう。ああ、勝くんとは初めてお会いするね。私は海山うみやま伊佐緒いさお。海山塾という俳優塾を主宰している人間だよ」
「…………海山って、あの海山さん!?」
「ははは。どの海山だろうね」
 勝は口に出してしまった後、自分の失言に気づいた。日本の演劇界において『海山』といえば、一人をおいて他にない重鎮である。
 カイトと同じく、脚本家であり演出家。
 全ての舞台が奇跡のように『面白い』。笑って泣けて、くだらないギャグもありつつ高尚で、胸をチクリと刺す風刺も入っている。多くの世界的演劇賞の持ち主で、チケットは発売と同時にプラチナ化するので、発売サイトにおいては全日程の抽選購入が常態化。彼の舞台に招かれることは、日本演劇界の人間全ての、ある種の夢。
 子ども向けのアクション番組で活躍してきた勝でも、その程度は一般常識として知っていた。
 ひょろりとした体つきの老人に、カイトは深々と頭を下げた。
「お運びいただき光栄です」
「私の塾で教えたことを、お前は本当によく聞いていたんだね」
「……カイト、もしかして海山塾に……?」
「ワークショップに招いてもらったことがあるだけだ。俳優としての参加じゃない」
「脚本の指導はさせてもらったけれどね。彼のイギリス留学を後押ししたのも私だよ」
 海山はつるりとした肌に笑いじわを刻み、二人の若者を眺めた。
「今日は少し話があるんだ。カイト、お前にだけじゃない。お前の大事な勝くんにもだ」
 俺に? と勝が自分の顔を指さすと、海山は笑った。魔術師のような微笑だった。
「新作の演出を?」
「そうだ。私はお前が演出役に相応しいのではないかと思っている」
 会場からほど近い、深夜営業の喫茶店に移動し、三人は話を続けた。海山はホットコーヒー、カイトはアイスティー、勝はオレンジジュースを頼んだ。海山の話ではもう一人誰かがやってくるという話だったが、順調に遅刻しているという。
 話はこうだった。
 イギリスで人気を博している戯曲が近々日本に入ってこようとしている。芝居をプロデュースする権利を買い取ったのはテレビ局だが、文化庁の助成金も幾らか入っている、大規模なプロジェクトになる可能性が高い。脚本と演出は既に決められているものの、誰がそれを指揮するのかはまだ決まっていない。それをカイトに任せたい──と。
 勝はうなった。とんでもない話である。新規の巨大プロジェクトが動く瞬間を目の当たりにしていた。カイト作の戯曲『百夜之夢・東京大阪凱旋がいせん公演』は終わりが見えている。新たなプロジェクトへの着手もありうるタイミングだった。
 カイトは仏頂面のまま、演劇界の重鎮を見遣った。
「その件、多少は噂に聞いています。ロシアの作品の翻訳ものだったような……?」
「話が早いね。そう、プーシキンの『オネーギン』だ」
 ぷーしきんのおねーぎんって何だろう、と勝は思ったが口には出さなかった。だが目は口ほどに語ったらしく、カイトは無愛想に「調べろ」と告げた。勝は素早くスマホで検索した。
 プーシキン──作家の名前。男性。ロシア革命がおこる前、帝政の時代に活躍。
 オネーギン──プーシキンの作品。韻文いんぶん小説。『オネーギン』は主人公の男の名。
 どんな芝居なのかはよくわからなかったが、勝はことの次第に注目することにした。
「……何故僕に? 他にも適役はたくさんいるでしょう」
「プロモーターの意向だよ。お前を連れてくるとお客がたくさん入る。未発表だが公演予定は今年の十月だ。時間はまだある。どうかなカイト」
「『お客がたくさん入る』? 先生にそんなことを言われると皮肉に感じます」
「相変わらずお前は正直者で口が悪いね。まあ皮肉ではあるが。はは」
 しゃあしゃあと言い、海山は肩をすくめた。表情は微笑のままだった。
「相手方の理想は、私が演出をすることだったらしいのだが、ちょうど仕事がかぶってね。悪い話ではないと思うよ。『オネーギン』の演出はお前にとっても大きなチャレンジになるはずだ。何故ならプロモーターは、主演俳優に二藤勝をと望んでいるのだから」
 ねえ勝くん、と。
 海山はニッコリと微笑んだ。爆弾を押し付けてくる笑顔だった。
 勝が反応するより先に、カイトが目を見開いて驚いていた。
「待ってください。そんな話はうかがっていません」
「おかしなことを言うね? お前は勝くんのマネージャーではないだろうに」
「今のは、その、ただの言葉のあやです。しかし二藤勝は現在僕の戯曲に出演していて」
「その後の予定は空いているだろう? どうだい勝くん、いい経験になるはずだ」
 数秒、勝は頭が真っ白になったが、その後猛スピードで考え始めた。
 一時は落ち目であったものの、『百夜之夢』で再び名前を売った勝には、新しい仕事が次々に舞い込んでいた。アクション系の再現ドラマだけではなく、深夜ドラマの脇役や準主演も三本。ファンクラブの会員数は激増し、時々動画チャンネルで活動を宣伝することもある。
 もっと有名になれたら。もっと新しい芝居ができるようになったら。
 喜ぶ人々の顔を想像し、勝は首を縦に振りかけたが、その前にカイトが割り込んだ。
「勝。やめろ。この人は好々爺こうこうやの顔をした大蛇だ。油断をすると呑み込まれる」
「はははは! カイト、私はお前のそういうところが大好きだよ。言い忘れたが『オネーギン』は池袋芸術祭の目玉演目となる。たいそう盛り上がること請け合いだよ」
「待ってください。それはつまり投票があるということでは?」
「つくづくお前が割り込んでくると色気もそっけもない。その通りだよ、カイト」
 げいじゅつさい、とうひょう、と勝がぽかんとしていると、カイトは苛々した顔で勝をねめつけ、そんなことも知らないのかという口調で説明を始めた。
「いくらお前でも池袋芸術祭は知っているな? 毎年秋に池袋やその近辺の複数劇場が連携して行う、秋の演劇フェスティバルだ。二週間、新作や旧作の芝居が次々に上演される、日本最大級の演劇イベントと言ってもいい。その芸術祭の中には……お客さんによる、俳優や舞台への観客投票イベントがある。チケットを買うと『投票券』が手に入り、その投票によって池袋芸術祭主演男優賞や最優秀舞台賞などの受賞者が決まる。結果は祭りの最終日に発表される。毎年大きな話題になっているだろう」
「ああ……! あれって、そういう賞だったんだな。名前しか知らなかった」
「お前というやつは本当に、一体今まで何の勉強をして……」
「ははは。不肖ふしょうの弟子が俳優を不勉強だと叱っている。面白い光景だねえ」
 カイトは少し赤くなった後、再び落ち着いた表情に戻り、にらむように海山を見た。
「まだ何か、仰っていないことがあるのでは?」
「本当にお前は鋭いね。ああ……ちょうどいい、来た。こっちだよ、未来哉みきや
 勝とカイトは、そろって中腰になり、背後を見た。
 その瞬間、勝は息が止まりそうになった。天使がいると思った。
 華やかな金茶色の髪と、驚くほど小さな顔の持ち主が、三人のテーブルまでやってきた。瀟洒しょうしゃなブルーグレイのセットアップに身を包んでいて、ピアニストのように繊細な指先には銀色のファッションリングが光っている。美しすぎて完全に喫茶店から浮いていた。
 美貌の青年は海山の隣にするりと腰掛け、笑った。先に口を開いたのは海山だった。
「紹介しよう。海山塾のホープ、私の秘蔵っ子、みなみ未来哉だ。十九歳。素敵な子だろう。性格はそこそこだが」
「先生、初対面の人たちにそんな紹介はないでしょ。ぼく帰っていいですか」
「まあまあ、来たばかりじゃないか。何か注文しなさい」
「バーボンロック」
「こらこら。飲んだこともないのにそんな冗談を言うものじゃない」
 ぽかんとする勝の前で、青年は海山にしなだれかかり、甘えた口ぶりでおしゃべりをした。カイトと勝のことは書割かきわりくらいにしか思っていないらしく、テーブルの下でかなり派手に足がぶつかったが謝ろうともしなかった。海山は話を続けた。
「言い忘れていたが、十月の『オネーギン』はダブルキャストでね。誰が主演を務めるにせよ、片方の主演はこの未来哉だ」
「そういうことになってます。どうぞよろしく」
 ダブルキャストとは、二人の俳優が同一の役を演じる座組ざぐみのことだった。公演数の多い演目ではごく普通に行われる、ある種の安全策でもある。
 眠たげな天使のような青年は、通り一遍のしぐさで二人に頭を下げた。カイトは無言で、勝も黙り込んでいた。すると未来哉はにこりと笑った。
 ただ、カイトに向けてのみ。
「鏡谷さん、初めまして。お噂はかねがね。ぼくが海山塾に入った時にはもう、鏡谷さんは塾を抜けてイギリスに行っていらしたから、ぼくのことは知りませんよね。残念。もし塾にいてくださったら、ぼくの演技も見ていただけたのに」
 それから未来哉は、完全に勝のことは見ずに、今までの自分の経歴をカイトに向かってのみ語った。祖父がドイツ人であるためどことなく異国的な風貌ふうぼうであること。最初はモデルとしてスカウトされたが、レンズを向けられるだけの仕事に飽きてしまったこと。モデルをしているところを海山に見いだされ、本格的な俳優としての道
を歩み始めたこと。ベルリンで催行さいこうされた海山塾と現地プロモーターの合作『オネーギン』では主演を務め、小さいが由緒ある演劇賞を受賞、来日。今に至るということ。
 シンデレラボーイという言葉はこういう相手に使うのかもしれないと、勝はもうほとんど残っていないオレンジジュースのストローを嚙んで考えた。めでたしめでたしまでたどりついてしまったシンデレラである。
 未来哉は百万人をとりこにしそうな笑顔で微笑んだ。
「でもまだまだ世間知らずなんです。日本の演劇のこと、もっと知りたいと思っています。あなたとお仕事ができたらとても嬉しいな。鏡谷先生、今回の仕事は受けるべきですよ」
「……世間知らず、ね。では一つだけ」
 世界の一般常識を教えてあげよう、とカイトは前置きした。嫌な予感を覚え、勝はテーブルの下で軽くカイトの足を小突いたが、天才脚本家兼演出家は無視した。
「テーブルに四人の人間がいるのに、三人しかいないように振舞うことは無礼だ。即改めろ」
「はははは! 未来哉、ちゃんとご挨拶しなさい」
 美青年はたった今気づいたような顔をして、目の前に腰掛ける勝に微笑みかけた。天使の微笑みだったが、どことなく不穏だった。
「こんにちは、二藤勝先輩。南未来哉です。もし先輩がオネーギンの仕事を受けたら、ぼくたちはライバルになりますよね。ぼくそういう人と仲良くするのが苦手で」
「今後の君の人生において、そのような態度はとても損だ。気を付けた方がいい」
「その通りだ未来哉。そしてカイトがそう言っているということは、『自分もそれで苦労をした』という意味だ。よく覚えておきなさい」
「一言余計です、先生」
 海山塾という集団に縁を持つ三人に、入り込めない雰囲気を感じつつ、勝は笑ってみせた。
「改めてよろしく、未来哉くん。でも俺って、どこかで未来哉くんの先輩になったっけ?」
「自分より先に役者業を始めた人はみんな先輩です。年上の人は敬うのが日本の習慣でしょう。そういうところ、ぼくは頑張らなくちゃいけないので」
 未来哉はあどけなく笑って見せた後、ああでも心配しないでくださいと続けた。
「先輩って言っても、みんながみんな、ぼくよりうまくて有能じゃないのもわかってます」
 場の空気が凍った。海山は目を伏せてコーヒーを飲んでいたが、カイトは完全に動きを止めていた。何事も起こりませんようにと祈りつつ、勝は再び笑った。
「そうだね! いろんな先輩がいるから、あんまり気負う必要はないと思うよ」
「ありがとうございます。ところで、オネーギンは上品な青年貴族の役どころですけど、二藤先輩はそういう役を演じる自信があるんですか? あっこれは別に、先輩が下品な庶民派って言っているわけじゃないんですけど」
 今にも目の前の青年に殴りかかりそうなカイトを片目でおさえつつ、勝は楽しそうに笑って適当にごまかし、話を受けとめた。
「未来哉くん、いろいろ考えていてすごいね! それなら池袋芸術祭の主演男優賞が狙えるんじゃないかな!」
「そんなこと言ってもらわなくてもどうせ取ります」
 勝は徹頭徹尾、話のわかる『先輩』の顔で通すことにした。自分はなんのダメージも受けていないという顔をしていれば、少なくともカイトが暴発することはない気がした。沈黙するカイトは、仏頂面のままズズーッと耳障みみざわりな音を立ててアイスティーを飲んだ。
 それからしばらく四人は歓談し──カイトは黙り込んでいたので、主に勝があたりさわりのない話題を提供した──午前二時に解散した。海山と未来哉は二人でタクシーを拾いに行き、勝とカイトはいつもの在来線駅を目指した。
 ずんずんと歩いてゆくカイトを追いかけ、勝は苦笑した。
「カイト。待てよ」
「何だ。今あまり話しかけるな。僕は機嫌が悪い」
「俺、オネーギン役を受ける」
 カイトは振り返った。
 お前は正気かと言わんばかりの目に、勝は噴き出しそうになった。
「本気だよ。仕事を受ける。事務所に正式なオファーが来ればの話だけど」
「海山先生は無駄に噓をつく人間じゃない。十中八九来るだろう。だが何故だ」
 安楽な仕事ではないぞ、と告げるカイトの眼差しに、勝は笑った。
「だからこそ、だよ。今までやったことのないことにチャレンジしたいから」
「自信がついた、ということだな。いい傾向だ」
 請け合う言葉とは裏腹に、カイトは鋭く勝を見据えた。東京の都心とは思えないほど、平日夜の街は静かだった。
「……受けようと思う理由は、本当にそれだけか?」
「いや実は、南未来哉にちょっとムカついて──って言ってほしかった? そういうのはないんだ。本当にない。十九歳ってあんな感じだったかなって気もするし」
 勝が苦笑すると、カイトはやれやれと嘆息した。
「まったく、先々で無駄に苦労しそうな若者だったな。それにしても本当に大丈夫か。オネーギンには気取った言い回しやカタカナの名前も多いぞ」
「あのな、俺だって役者だよ。仕事は仕事だろ。お前だって仮にあの子を演出することになったとしても、気が合わないからって態度を変えたりしないだろ?」
「無論だ。それこそ仕事だぞ。役者全員にあんな態度をとったとしたら、誰かに稽古場から追い出されるかもしれないとは思うが」
 勝は笑って頷きつつ、恐らくそうはならないだろうと確信していた。南未来哉は既に大きな舞台を経験した役者である。仮にも主演俳優である人間が、傲岸ごうがん不遜な態度を崩さずにひとつの芝居を作り上げ、あろうことか賞を受賞することなどできない。中央に腰を据える人間への信頼や人間的な関心がなければ、座組は空中分解してしまう。
 喫茶店の中で、未来哉はずっと演じていたのだろうと勝は思っていた。ライバルになるであろう『先輩』と初めて出会った『生意気な後輩』を。そして勝の出方を見ていた。
 カイトは複雑そうな顔をしていたが、最後にはまあいいと呟いた。
「好きにしろ。君は僕だけの役者じゃない。僕の言うことをはいはいと聞いている必要なんかない。いや、またそうなるのか」
「……ってことは」
「『オネーギン』の演出を、受ける。僕も」
 カイトの言葉に勝はにっこりと微笑み、そうこなくちゃと手を打ち合わせた。
「任せといてくれよ。見た人が笑顔で劇場を出られるようなオネーギンにするからさ」
 カイトはますます頭が痛そうな顔をしたが、いつものことと言えばそうだった。
 その後帰宅してすぐ、勝はマネージャーの豊田とよだにメッセージを送った。海山氏と会ったこと。『オネーギン』の仕事。もはや朝と言っても差し支えのない時間帯であったにも拘かかわらず、豊田はすぐに電話を掛け直してきた。
『勝さん、大丈夫ですか。百夜之夢のあとはしばらくゆっくりする時間のはずでしたが』
「実を言うとそこで新しい仕事ができたらいいなあと思ってました」
『相変わらず、ガッツと気合の塊みたいなこと言いますね……』
 豊田は苦笑しつつ、勝がやりたいと言っているのであればと前向きに受けとめてくれた。もとより時間的には問題のない話であることは勝もわかっていた。今後入ってくるであろう該当期間のオファーを、事務所で断るようにしますと豊田は請け合った。いつもの如く、頼りになるマネージャーだった。
『正式な依頼が入るまで未確定の話ではありますが、勝さん、よかったですね。またまた大飛躍です。でも無理だけはしないでください。私も勝さんのファンの一人なので、体調管理だけは万全にお願いしますよ』
「ありがとうございます。今の言葉で元気百倍です」
『そういうところが昔から格好いいんですけど、不安要素でもあるんですよね……』
 呆れる豊田に笑い声で応え、勝は夢見心地でベッドに入った。


  *


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著者プロフィール
辻村七子(つじむら・ななこ)
神奈川県出身。2014年度ロマン大賞受賞。著書に『宝石商リチャード氏の謎鑑定』『忘れじのK』『螺旋時空のラビリンス』(すべて集英社オレンジ文庫)など。

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