- 書評
老いた姉妹の謎と過去【評者:瀧井朝世】
はじめて書いた小説『つぎはぐ、さんかく』(応募時のタイトルは「つぎはぐ△」)で第十一回ポプラ社小説新人賞を受賞し、デビューを果たした菰こも野江名のえな。待望の第二作『さいわい住むと人のいう』は読者をどこに連れていくのか…
はじめて書いた小説『つぎはぐ、さんかく』(応募時のタイトルは「つぎはぐ△」)で第十一回ポプラ社小説新人賞を受賞し、デビューを果たした菰こも野江名のえな。待望の第二作『さいわい住むと人のいう』は読者をどこに連れていくのか…
ちまたで流行りのほっこり系ごはん小説かと思いきや、スリリング。第一一回ポプラ社小説新人賞を受賞した菰こも野江名のえなのデビュー作『つぎはぐ、さんかく』は、惣菜とコーヒーのお店「△」を営む三きょうだいの物語なのだが、仲の…
あらまぁ、あらまぁ、あの遊馬あすまが! まるで甥っ子にでも抱くような感慨で、胸がいっぱいになってしまった。なんたって、遊馬を初めて見た(読んだ)のは、『雨にもまけず粗茶一服』(2004年)。その後、『風にもまけず粗茶一…
語り手はチャボである。そう、鳥のチャボだ。彩瀬まるの新作『なんどでも生まれる』は桜さくらと名付けられた雌のチャボの視点を通して、商店街の人々や動物の営みをゆったりと描く愛おしい作品だ。 金網に囲まれた小屋の中で、大き…
寓話作家としての彩瀬まるの、面目躍如と言える一作。待望の新作長編『なんどでも生まれる』は、そんなふうに表現することができるだろう。寓話的想像力は、そのまま書くとシリアスすぎる現実にファンタジー的要素を取り入れることで、…
こう来たか、と思わず膝を打った。 何がどう来たのかは後述するとして、まずは紹介を。 「緒方洪庵 浪華の事件帳」シリーズや「浪華疾風伝あかね」シリーズなど、大坂が舞台の時代小説を書き続けてきた築山桂。最新作の舞台は元…
築山桂といえば、NHK土時代劇の原作となった『緒方洪庵 浪華の事件帳』シリーズから、伝奇小説の快作『未来記の番人』まで、守備範囲の広い作家として知られている。 本書『近松よろず始末処』は、前者のように、歴史上の人物が…
自分と「違う」人を、厭わしく思っていた時期があった。 単純に、容姿や家庭環境の違いなどで、羨んだり羨まれたりするのは煩わしかったし、自分が持っているものと、持てずにいるものを直視せざるを得ない状況に置かれる…
舞台はどこかの地方の持山(もちやま)市。そこには芥子(けし)実(み)庵(あん)という家族葬専門葬儀社がある。古民家をリノベーションした斎場で、故人とのお別れの最後の時間を温かな空間で、静かに過ごしてもらうというコンセプ…
チェスをモチーフにした小説といえば、ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』、小川洋子『猫を抱いて象と泳ぐ』などが浮かぶ。最近ではシュテファン・ツヴァイクの『チェスの話』が映画化され(邦題は「ナチスに仕掛けたチェスゲーム」)…
鮮烈なタイトルは、一八五二年にアンデルセンがデューフレンを破った伝説的なチェスの試合から取られている。「魔法みたいな逆転勝利」(作中の表現より)の美しさから、一連の棋譜はチェスプレイヤーの間で「エヴァーグリーン・ゲーム」…
目次に並ぶ文字の意味が、ほぼわからなかった。 「ヴィルトゥオーゾのカプリス」、「シュヴァリエのクラージュ」、「トルバドゥールのパシオン」、「ピオニエのメルヴェイユ」――。理解度としては、ええーっと……フランス語……です…
尊敬するティーブレンダーの方が、ブレンドを生み出すときには舌や鼻だけでなく、茶葉が育った景色や風の音、その土地の香りを思いながら思考と試行を重ねていく、と仰っていた。 わたし自身、台湾のお茶を飲むときに味や香りととも…
一回りして、ものすごく本格的。 倉知淳『大雑把かつあやふやな怪盗の予告状 警察庁特殊例外事案専従捜査課事件ファイル』の特徴を言い表すには、そういう表現が最もふさわしいと思う。それにしてもなんという長い題名なんだ。 ぱっと…
帯やポップに「感動の物語」と記されていると、あぁそうですか、と逆に気持ちが引くことはないだろうか。 スポーツでも、音楽でも、ドラマや映画でも、そして小説でも、結果として自分の心が感じて動くことには興奮もするし、感激もす…
本書は第11回ポプラ社小説新人賞の特別賞受賞作である。物語の真ん中にいるのは、小学五年生の晶あきと高校生の達とおるの兄弟だ。 この、晶のキャラが本書の肝、と言ってもいい。思春期の入り口のほんの少し手前、要するに、まだ本…
見えないけれども、ちゃんとそこにあるもの。それに気づかせてくれるのが、青山美智子の新作『月の立つ林で』だ。 全五章、それぞれの主人公は異なっている。 第一章の主人公は四十代の朔ヶ崎怜花。長年看護師を務めてきたが疲弊…
吉田大助 一作ごとに作風がガラッと変わることで知られる岩井圭也にとって、デビュー五年目となる二〇二二年は『竜血の山』『生者のポエトリー』『最後の鑑定人』と、著作が一挙刊行された当たり年となった。掉尾を飾る一作が、全五…
おもしろかったので、それだけを言って、あとは読んでね、と託したい。だって本当は、私なんかが言葉を連ねてほじくるのは、すごく野暮だと思うから。でも、ほじくらないでちょうだい、というタイプの人は、はじめからこんなもの読まな…
じつは、うちの息子が中学の最高学年(わたしが暮らしている英国ではセカンダリー・スクールは11歳から16歳まで5年間通います)で卒業間際であり、いまプロムの話でもちきりなので、おお、なんというタイミング! と思いながら読…
大矢 博子 謎解きの興奮と、青春の甘さと苦さと、そして生きることの痛み。それらが波状攻撃のように次々と押し寄せる。必死に頭を絞ったかと思えば胸がきゅんきゅんしたり、よく知っている切なさに頷いたかと思えば意外な展開に…
楠谷佑の新刊『ルームメイトと謎解きを』の帯の推薦文を青崎有吾が書いているのを見て、「そうか、もう一九九○年代初頭生まれの作家が、一九九○年代の終わりに生まれた作家の推薦文を書く時代なのか」と、自分が歳をとったことをしみ…
なんという愛され力の高さなんだ! と、自分の頬が緩んでいるのを感じながら読み終えた。強くて、だけど脆くて、むさくるしいのに可愛らしい。不器用で言葉足らずで、もどかしくて懸命で、笑いながらちょっと泣けてくる。つまり端的…
いいなあ、これ。時間がゆったりと流れていくのだ。 たとえば、「一九七五年 処暑」と題された二番目の章は、家庭教師光野昇の側からある家庭を描く章だ。この「家庭」こそ、本書の中心となっている藤巻家である。中学三年の和也は…
立春、啓蟄、春分、穀雨、立夏、夏至、処暑、秋分、立冬、冬至……。一年を二十四の季節に分けた二十四節気、あなたはすべてご存知だろうか。春分と秋分にお墓参りをするなどこの季節に合わせて年中行事を実践したり、手紙などの季節の…
《これは物語という病に憑かれた人間たちの物語である》という一文で幕を開け、《語りはつねに騙り、、であ》ると物語の虚構性にピンを刺す。そうして語りはじめられ、1人の男が静かに《瞼を閉じ》るまでの502ページ。主な登場人物は…
巻頭に、作中人物の「私」が記した「序」がある。最初の一行は、〈これは物語という病に憑かれた人間たちの物語である〉。倉数茂『名もなき王国』は、読み進めるうちに、作中人物だけでなく読者もが物語という病に憑かれてしまう、不思…
「サクラダリセット」シリーズや『いなくなれ、群青』にはじまる「階段島」シリーズで人気を博し、昨年は『昨日星を探した言い訳』で山田風太郎賞の候補になるなど注目される河野裕。新作『君の名前の横顔』は、ある家族の物語である。 …