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20年愛されたシリーズがついに完結! 「粗茶一服」オールスターで贈る胸に迫る物語。【書評:吉田伸子】

 あらまぁ、あらまぁ、あの遊馬あすまが! まるで甥っ子にでも抱くような感慨で、胸がいっぱいになってしまった。なんたって、遊馬を初めて見た(読んだ)のは、『雨にもまけず粗茶一服』(2004年)。その後、『風にもまけず粗茶一服』(2010年)、『花のお江戸で粗茶一服』(2017年)と読み継いできた身にとって、シリーズ最終巻(なんですよ!)である本書は、20年間の重みがあるのだ。20年ですよ、20年! それだけの年月、「粗茶一服」シリーズを書き続けてくれた作者の松村栄子さんにも、松村さんと伴走してくれた版元さんにも、まずは特大の感謝を捧げたい。
 茶道・剣道・弓道の三道さんとうを教授する「坂東巴流ばんどうともえりゅう」家元の嫡男・友衞ともえ遊馬を主人公にした本シリーズは、1作目、現家元である父親の秀馬ほつまが敷くレール(大学進学)に乗っかることをよしとせず、あてもないままに京都へ家出した遊馬の1年間が描かれていた。2作目では、19歳になった遊馬が発奮して比叡山延暦寺の一山「天鏡院てんきょういん」で修行に励む日々が、そして3作目では、遊馬が東京の下町にある実家に帰って来てからの日々が描かれていた。前2作が〝京都編〟とするならば、〝東京編〟である。この3作目は、あの東日本大震災を体験して、ふらりふらりと定まらなかった遊馬が、ようやく「坂東巴流」の家元を継ぐ腹を括る、というところで終わっていた。
 そして、いよいよ、シリーズ完結となる本書である。第一章にあたる「三波呉服店の段」から始まり、終章にあたる「水月松葉杖あめにぬれるまつばづえの段」で終わる7編は、いわば、「粗茶一服」オールスター。これまでシリーズを彩って来た面々の〝後日譚〟が描かれているのだ。
「三波呉服店の段」で明かされるのは、三波呉服店で秘密裏にあつらえられていた、先代「坂東巴流」の家元・風馬かざまの妻である菊路きくじの着物の話だ。何故、秘密裏にだったのかは、実際に本書で読んでいただきたい。着物が出来上がる前に菊路が亡くなってしまったため、三波呉服店預かりとなってしまったその逸品を11年ローンで購入します、と申し入れたのは……。
「本所鴨騒動の段」では、京都時代の遊馬に出会い、遊馬の〝一番弟子〟を自認する伊織いおりが、「英国溜息物語の段」では、遊馬の弟子であり、華道水川流みながわりゅう家元令嬢である水川珠樹たまきの、留学先でのロンドンでの日々が描かれている。「翠初夏洛北みどりなすしょかのらくほくの段」では、遊馬の友人である高田翠たかだみどりと、京都時代の遊馬の茶友である坊城哲哉ぼうじょうてつやの話で、「今昔嫁姑譚こんじゃくよめしゅうとばなしの段」では、遊馬の母である公子きみこと、遊馬のお嫁さんになった(!)佐保さほの話。「今出川家御息女いまでがわけのごそくじょの段」は、かつて友衞家の内弟子だった今出川カンナと、夫の幸麿ゆきまろの娘であるのぞみの話であり、結びの「水月松葉杖の段」では、シリーズの主人公、遊馬の話で大団円を迎える。
 一つ一つの章が、シリーズを読み継いできた身にとっては、あぁ、あの伊織が、とか、翠ちゃんはついに哲哉と、とか、しみじみと胸に迫る。十年一昔、というけれど、このシリーズはふた昔という時を経ているのだ。
 そんなにも長い間、ファンを惹きつけてやまなかった理由の一つには、シリーズ全編を「茶道」が貫いていることがあるだろう。「茶道」といっても、堅苦しい「道」の話ではなく、「お茶」というものの在り方というか、その本質に、私たちは主人公の遊馬とともに向き合って来たのだと思う。形はもちろん大事なのだけど、ではその「形」とは何のためにあるのか。そのことを、作法とかそういう教科書的なアプローチからではなく、遊馬という一人の青年の日々から、体温のある遊馬の声や考えから、自然に学んで来たのだ。そこにあるのは、作者である松村さんの、「お茶」への敬意と愛だ。そこが本当に素晴らしい。
 他にも、物語自体の持つ「はんなりさ」(京都編ではもちろんだけれど、東京編でも!)や、遊馬に限らず、一癖も二癖もある登場人物たちが、みな生き生きと描かれていること、等々、シリーズの美点をあげていくときりがないほど。なにより、軽やかなユーモアに満ち満ちているのがたまらない。
 本書には、それに加えて、さらりと〝今どき〟を生きる私たちに大事なことも教えてくれていて――カンナの娘である希が「オトコオンナ」とからかわれたことに対して、父親である幸麿が諭す場面。「あのね、希。どんな男のひとの中にも女っぽいところがあって、どんな女のひとの中にも男っぽいところがあって、それが当たり前なんやわ。」――、そこもまた、ぐっとくる。なんというか、あらゆることどもに、作者の細やかな目配りがあるのだ。
 読み終えた時、ちょっと寂しくなってしまうのは、もうこれでこのシリーズを読み継ぐことが適わなくなってしまったからだ。もっともっと、遊馬の話を、お茶はもちろん、剣や弓の話も読んでいたいからだ。でも、今はその気持ちをぐっとこらえて、完結を寿ことほぎたい。遊馬の、登場人物たちみんなのこれからに、ますますの幸あれ!

■ プロフィール
吉田伸子(よしだ・のぶこ)
書評家。1961年生まれ、法政大学文学部哲学科卒。著書に『恋愛のススメ』(本の雑誌社)。

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