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隅々にまで情熱と工夫が施された傑作

 吉田大助



 一作ごとに作風がガラッと変わることで知られる岩井圭也にとって、デビュー五年目となる二〇二二年は『竜血の山』『生者のポエトリー』『最後の鑑定人』と、著作が一挙刊行された当たり年となった。掉尾を飾る一作が、全五話の連作集『付き添うひと』だ。第一話のスタート時は三十代後半である弁護士のオボロ──朧太一が、「付添人」として働く姿を追いかけていく。この聞き慣れない単語の意味は、オボロ自身の言葉でこう説明されている。「大人の場合は弁護人と言いますが、未成年を担当する時は付添人と呼びます」。少年院か、保護観察か。オボロは少年事件の加害者または被害者となった未成年者の権利を守り、彼らの主張を代弁するために尽力する。

 いわば第一話からクライマックスだ。いつもながらのくたびれたスーツ姿で少年鑑別所を訪れたオボロがこの日初めて対面したのは、十七歳の斎藤蓮。河川敷に暮らすホームレスの男性を金槌で殴った、暴行事件の被疑者となった少年だ。蓮は事件当夜の行動を語る証言に一貫性がなく態度も反抗的で、このままでは検察に〈逆送〉され成人と同様に起訴・刑事裁判を受ける可能性がある。オボロはシングルマザーの実母や元職場の同僚たちに聞き込みを行い、中学の同級生だった古川亮悟という友人の存在へと辿り着く。蓮は最初こそ「誰それ」と反応したものの、次いで「亮悟のところには行くな」と感情的に言葉を発した。それに対するオボロの言葉が、彼の職業倫理をよく表している。「ぼくはあなたのパートナーだ。斎藤蓮の将来が少しでもいい方向へ向かうなら、なんだってする。たとえあなたが嫌がることでも」。オボロの仕事は、目の前の少年の現在に関わるだけではない。少年のより良い未来を作る仕事をしているのだ。

 おそらく世間が弁護士に対して抱くイメージとは裏腹に、オボロはよく腹を立てる点が面白い。感情を吞み込もうと努めてはいるのだが、言葉に出してしまうことがままある。だから失敗することもあれば、だからこそ届くこともある。そして、オボロには「少年の心を開かせるための切り札」がある。第一話からクライマックスたるゆえんは、ここにある。通例であれば最終話かその直前まで引っ張るであろう「切り札」の中身が、第一話であっさり明かされてしまうのだ。それはオボロの過去──少年時代にまつわるものであり、彼が付添人の仕事を積極的に引き受ける理由とも直結していた。オボロの現在は、オボロの過去から見れば未来でもある。少年時代に間違った経験をしてしまったとしても、人は変われるし、自分で自分の人生を選べる。その証明に、彼は己を使う。

 第二話以降も、オボロは「切り札」を胸にさまざまな案件と向き合っていく。親から暴力を受け〈子どもの人権110番〉に連絡してきた高校一年生の家出少女、深夜徘徊を繰り返し補導された中学三年生の虞犯少年、引きこもりの中学二年生の息子がネット炎上の当事者となり裁判沙汰になることを恐れる母……。「切り札」は、オボロいわく「諸刃の剣」でもある。特に保護者たちにとって、オボロの過去は忌避感情を抱かせかねないものだ。ならばその反応を、どう乗り越えるか? 当初想定された事件の絵図が反転し、隠された真実があらわとなるミステリーの醍醐味も盛り込まれてはいる。が、それは読み手にページをめくらせるためのフックにすぎない。書き手がフォーカスし続けるのは、家庭裁判所の審判期日までギリギリのやりとりを続ける、少年事件の当事者や保護者、関係者たちの認識の変容だ。「家族だから」理解するべきだ、愛するべきだ、といった“べき”論。「子どもは親の持ち物」で、親は子どもを自分の意のままに支配していいのだという暴論。無根拠ゆえに強固なバイアスの壁を少しずつ少しずつ切り崩し、新しい風景のある場所へ共に赴かんと試みる。大人たちのより良い未来を作ることは、少年たちのより良い未来を作ることにも繋がる、そう信じて。

 法律は生きものだ。圧巻と言うほかない最終話では、この十数年で起きた付添人にまつわる法改正を重要なエピソードとして取り入れ、十歳で少年保護施設に送られた少年の現在とオボロの過去を交錯させたうえで、お互いに未来へと一歩踏み出す姿を描き出した。その際に記録されたロジックにこそ、付添人という子どもたちの未来を作る仕事が、オボロという主人公の物語として書かれた必然性が宿る。最終話には、こんなサブタイトルが付けられている。「少年だったぼくへ」。

 今年出版された三冊を含む岩井圭也の著作において、主人公の過去・現在・未来すべての時間軸を貫く、ここまで「全人的」な成長ストーリーはかつて書かれたことはなかった。この主人公だからこそ、それが可能となったのだ。小説はストーリーを追うものであり、テーマを味わうと共に文章を楽しむものでもあるが、何よりも人を読むものである。全五話二八三ページかけて描き出された主人公や少年、大人たちの変化を目の当たりにすることは、自分にとってのより良い未来を探る契機となる。読み手の心が確実にそう動き出すよう、隅々にまで情熱と工夫が施された傑作だ。



吉田大助(よしだ・だいすけ)
1977年生まれ。埼玉県出身。「ダ・ヴィンチ」「STORY BOX」「小説新潮」「小説現代」「週刊文春WOMAN」などで書評や作家インタビューを行う。ツイッター(@readabookreview)で書評情報を自他問わず発信中。

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