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フェアプレイと意外性を両立させた青春本格ミステリ【書評:千街晶之】

 楠谷佑の新刊『ルームメイトと謎解きを』の帯の推薦文を青崎有吾が書いているのを見て、「そうか、もう一九九○年代初頭生まれの作家が、一九九○年代の終わりに生まれた作家の推薦文を書く時代なのか」と、自分が歳をとったことをしみじみ感じてしまった。

 青崎有吾は一九九一年生まれ、大学在学中の二○一二年に『体育館の殺人』で第二十二回鮎川哲也賞を受賞してデビューしている。一方、楠谷佑は一九九八年生まれ、高校在学中の二○一六年に、非凡な推理力に恵まれているがやる気のない高校生・霧島智鶴を主人公とする『無気力探偵~面倒な事件、お断り~』でデビュー。霧島智鶴シリーズは第二作の『無気力探偵2~赤い紐連続殺人事件~』まで発表されており、大学生家政夫・三上光弥が刑事の連城怜に協力して推理を披露する『家政夫くんは名探偵!』もシリーズ化されて第三作まで発表されている。従って、著書はこの『ルームメイトと謎解きを』が六冊目にあたる(今までは文庫オリジナルだったが、本書は初の単行本だ)。これまでの五冊もロジカルな謎解きを重視した本格ミステリだったけれども、本書の出来はどうだろうか。

 物語の舞台である私立霧森学院は、埼玉県北部の霧森町にある中高一貫の全寮制男子校。生徒の大部分は校舎の隣にある新しい寮に住んでいるけれども、高等部二年で空手部員の兎川雛太とがわひなたらは、主に経済的理由から、古びた旧館「あすなろ館」で暮らしている。この旧館は、前年にある生徒が自殺した曰くつきの建物でもある。

 ある日、転入生の鷹宮絵愛たかみやえちかが雛太のルームメイトとなった。彼は初対面の雛太が空手部員であることを見抜くほど推理力に秀でていたが、とにかく無愛想で、雛太にとって最悪の印象の出会いとなった。だが、始業式の日、絵愛は食堂で雛太が巻き込まれたトラブルを解決する。そのことで、雛太と絵愛は学内で絶大な権力を振るう生徒会長・湖城龍一郎を敵に廻してしまう。

 やがて学院では、寮生の園部が何者かによって階段から突き落とされて負傷したり、新校舎で生物部の金魚が殺されたり……といった変事が立て続けに起き、とうとう殺人事件まで発生する。しかも、犯行現場の遊歩道の出入り口には複数の人がおり、足跡を残さずに林を通って逃げることも不可能である以上、犯人はあすなろ館に逃げ込んだとしか考えられない。

 このようにして物語は、ワトソン役である語り手・雛太と、優秀な頭脳の持ち主だが変人の探偵役・絵愛を主人公として展開されてゆくが、初対面の雛太が空手部員であることを絵愛が推理で見抜くくだりなど、シャーロック・ホームズの得意技を踏襲するという稚気も織り込まれている。

 互いに気心が知れている筈の寮生たちの中に殺人者が潜んでいる可能性が高まり、彼らのあいだに動揺が拡がってゆく。「どうもおれは昔から、生きているだけで周りの癪に障る存在らしいな。濡れ衣を着せられるのには慣れている」というほど周囲から誤解されがちな絵愛だが、雛太は彼を「友達」と認める。かくして二人は事件解明に乗り出すのだが、青崎有吾の推薦文に「『魅せる消去法推理』をやってくれる、貴重な書き手の一人が楠谷佑だ」とある通り、本書の最大の読みどころは、絵愛が駆使する消去法推理である。

 名探偵の見せ場といえばもちろん最後の謎解きだが、絵愛は関係者一同を集めて、犯人たり得る条件に合致しない容疑者を外してゆくのだから、意外にもクラシカルなスタイルの謎解きと言える。雛太にとっては仲間である寮生やその関係者が、ひとり、またひとりと容疑の環から外れてゆくにつれて、読者もまた安堵と、「ということは、まだ残っている関係者の中に間違いなく犯人がいる」という緊張感とを味わうことになるだろう。そしてついに絞り込まれた真犯人に、多くの読者は驚愕したのではないだろうか――確かに、その人物しか犯人たり得る条件は満たしていないのだが。

 本格ミステリにおいては厳密なフェアプレイと真相の意外性の両立は至難の業だが、本書はそれに成功しているのだから、著者のミステリ作家としての実力には感嘆せざるを得ない。

 本格ミステリというジャンルは時代の移り変わりにつれて盛衰を味わってきたけれども、現在、これだけの秀作を書ける若手がいるのだから、その未来は明るいと見ていいのではないか。

プロフィール

千街晶之(せんがい・あきゆき)

ミステリ評論家。1970年生まれ。著書に『怪奇幻想ミステリ150選』『水面の星座 水底の宝石』『幻視者のリアル』『読み出したら止まらない! 国内ミステリー マストリード100』『原作と映像の交叉光線 ミステリ映像の現在形』など。

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