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力強いエールが聞こえてくる、愛嬌たっぷりの柔らかな物語【評者:瀧井朝世】

 語り手はチャボである。そう、鳥のチャボだ。彩瀬まるの新作『なんどでも生まれる』はさくらと名付けられた雌のチャボの視点を通して、商店街の人々や動物の営みをゆったりと描く愛おしい作品だ。

 金網に囲まれた小屋の中で、大きな仲間たちにいじめられていた小さな雌のチャボ。ある寒い夜、猫かいたちらしき動物の襲撃で仲間たちがパニックに陥る中、わずかにできた隙間から逃げ出した彼女は路上で親切な青年、しげるに助けられる。桜と命名されたそのチャボは茂に懐き、人間の言葉をおぼえていく。桜が人間の言葉を話せるわけではないが、本作の語り手として自分を「アタシ」と呼び、「ラブリーなチャボ」を自認している様子がなんともおかしく、可愛らしい。

 茂は今、古い商店街で祖父母が営んでいるかわひら金物店の二階に住んでいる。少し前まで営業担当の会社員だったが、元来人と話すのが苦手な彼に仕事はきつく、やがて心身ともに疲弊し、布団から出られなくなってしまっていた。自分につられるように体調を崩した桜のために助けを求めたのが、金物屋を営む祖父だったのだ。会社を辞めた茂は、金物屋の二階に越した今も、日がな床に伏している。だがある時、桜がきっかけで町の心療内科に通うことに。少しずつ商店街の人々との交流を深め行動範囲を広げていく茂だが、一度疲れ切ってしまった心と身体からだはそう簡単には復調しない。桜は言葉の通じなさをもどかしく思いながらも、彼に寄り添っていく。
 桜も茂に献身的に付き添っているだけではない。茂の年下のいとこ、小学生のいろはをはじめ、近所の人間たちに可愛がられたり、診療所にいるお喋りなセキセイインコの「師匠」と親しくなったり。人間の黒髪を〈セグロセキレイの尻尾みたい〉と思ったり、川平金物店を〈素朴かつ実用一辺倒な小枝を積み重ねたキジバトの巣〉、隣町のお洒落な日用品店を〈枯れ葉とこけを精巧に組み合わせた、見ているだけで楽しくなるミソサザイの巣〉とたとえるなど、鳥ならではの(?)表現に笑ってしまう。スズメやオナガガモ、ウグイス、川の上流から一羽だけ移り住んできたバリケンなど他の鳥も多々登場して実に楽しい。
 少しずつ浮かび上がってくるのは、助けること、助けを求めること、支え合うこと、といったモチーフだ。人々の繫がりが建設的な方向に行く様子も心地よく描かれるが、それだけではない。たとえば茂にとって、祖父母や商店街の人々の温かな支えはありがたいだろうが、「気の毒な人」というイメージから逃れられずにいるのでは、と桜は察している。他にも、家族のために自分を犠牲にする人もいれば、誰かを助けようとして自分の思い込みを露呈してしまう人もいる。と同時に、困難に陥った時は(適切な場所、相手に)助けを求めよう、と実感させる場面もある。一方、ただただ茂のそばにいるだけで支えになっている桜の存在も実に的なのだと分かってくる。
 鳥たちの世界では、助けたくても助けられない出来事も起きる。人間の世界でも鳥の世界でも、実に多様な存在がいて、多様な生き方をしている状況を、人と鳥はそれぞれ、どう受け止めているのか。鳥の視点で描かれているからこそ、見えてくるものがあるのだ。

 ところで、本作のタイトルを見てりんてんしょうの話かと思う人もいるかもしれない。もちろんそうではない。セキセイインコの「師匠」が、変化を迎えることについて、羽化の様子になぞらえて「必要なだけ力が満ちて、あとは生まれるだけだって時期が来たんだ」と語る場面がある。人も動物も一回の人生の中で、何度も変化の時期を迎え、なんどでも生まれるのだ。変化したくてもできない時期もあるかもしれないし、変化したくないのにそうせざるを得ない時期もあるだろう。急激な変化ではなく、じっくりと変わっていく時もある。そうした変化のなかで、人間も自然も動物も、なんどでも生まれることができるのだ。あいきょうたっぷりの柔らかい物語だが、伝わってくるのは、力強いエールである。


◆ プロフィール
瀧井朝世(たきい・あさよ)
ライター。さまざまな媒体で、作家インタビュー、書評などを担当。著書に、『偏愛読書トライアングル』(新潮社)、『あの人とあの本の話』(小学館)、『ほんのよもやま話 作家対談集』(文藝春秋)、監修に、「恋の絵本」シリーズ(岩崎書店)、編著に「キミの知らない恋の物語」シリーズ(汐文社)などがある。
 

◆ 彩瀬まるさん『なんどでも生まれる』作品ページはこちらhttps://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/8008460.html

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