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人生に宿る希望の光を肯定する著者の、面目躍如と言える一作!【評者:吉田大助】

 寓話作家としての彩瀬まるの、面目躍如と言える一作。待望の新作長編『なんどでも生まれる』は、そんなふうに表現することができるだろう。寓話的想像力は、そのまま書くとシリアスすぎる現実にファンタジー的要素を取り入れることで、適度な抽象化が施され、シリアスさを飲み込みやすくなる技術としてよく知られている。その反対に、そのまま書けばわいしょうされがちな現実のシリアスさやグロテスクさを、ファンタジー的想像力を噛ませることによって大々的に拡張する技術でもある。本作は、寓話的想像力の代表格である「擬人化」の全面展開によって、両面の機能を小説内で発動させている。さらに付け加えるならば、現実世界ではファンタジー的な比喩として流通している慣用表現を、人間存在が直面するガチな現実として描き出してみるというのも寓話的想像力のバリエーションの一つだ。本作で言えばそれは、「殻を破る」という慣用表現だ。それから──。
 視覚、臭覚、触覚と、一文ごとに五感が解放されていく感触が楽しいプロローグに当たる三ページを経て、「さくらさん、桜さん」と自分の名前を呼ぶしげるの声で目覚めるところから、小説世界はゆっくりと大胆に立ち上がっていく。桜は、ニワトリによく似ているけれどよくよく見るとちょっと違う、雌のチャボだ。茂は、飼い主の男性である。ふたりは、茂の祖父母が営む「かわひら金物店」の二階の一室に暮らしている。桜は明確な(若干オバチャン寄りの、パワフルかつチャーミングな)自意識を持っており、鳴き声を意味ある言葉として人間に届けることはできないが、人間の言葉の意味を捉えることはできる。そして、三歩以上歩いても忘れない記憶力を擁し、日々豊かな思弁を巡らせている。
 茂は、外敵に襲われオリから逃げ出した自分を助け出してくれた。そんな茂もまた、向いていない会社員生活で心を病んでしまい、ジイチャンとバアチャンに助けられた過去を持つ。茂は今、引きこもり生活を続けている。〈アタシ、なんで茂さんと同じ種族じゃないんだろうなあ。人間なんてぬるっとして細長いし、頭が丸いのがずいぶん間抜けな感じだけど、茂さんの味方になれるなら人間に生まれたってよかったなあ〉〈アタシが茂さんを助けられないなら、アタシの代わりに茂さんを助け、部屋から連れ出してくれる人間をなんとしても探してきます〉。有言実行。茂の従姉妹である小学生のいろはちゃんに連れられて、商店街のあちらこちらへ顔を出し人物認定を繰り返す桜の勇姿が、可愛くも頼もしい。その道中でペットや野生の鳥達とかいこうし、人間には聞こえないおしゃべりに花を咲かせ……と、この設定ならではのギミックをふんだんに盛り込みながら物語は進んでいく。
 人は、他者との出会いやコミュニケーションによって傷つけられるが、その傷を癒し人生の喜びをもたらすものもまた、他者との出会いやコミュニケーションである。人情モノ、ご近所付き合いモノの王道と言えるテーマが、チャボを語り手に据えたことでフレッシュなものとして胸に飛び込んでくることに驚く。この世界についてや、生きることや死ぬことにまつわるダイレクトでコンパクトなしんげんの数々も、チャボというフィルターがあるからこそ素直に受け止めることができる。
 何より素晴らしいのは、桜はこの物語にとって単なる狂言回しではないという点だ。引きこもり生活から徐々に脱していこうとしている茂にとって、商店街の人気モノである桜は他者との出会いやコミュニケーションのチャンスをもたらす存在である。と同時に彼女は、他の誰にも決して言えないような弱音を吐ける相手でもあるのだ。しかも桜は──実はそれに近いことをしたり考えたりしているのだが──同情やアドバイスのような無用な言葉を返してこない。自分の内側にある言葉を素直に聞き届けてくれる存在が身近にいてくれたからこそ、茂は前進と後退を繰り返しながら、己の人生を再び歩き出すことができるようになったのだ。ただそばにいる、それだけのことが、誰かの助けになるのかもしれない。その気づきは、人語を理解するチャボという語り手を採用したからこそ、色濃く刻印されることとなった。やがて茂は、これまでの自分という「殻を破る」。
 著者の寓話的想像力が最後に発揮されたのが、小説のタイトルとなっている「なんどでも生まれる」に関してだ。そのフレーズは本来、桜にとって日常的行為である産卵にフォーカスしたものなのだが、寓話的想像力を経由することで人生の可能性を象徴する言葉となる。一度きりの人生において「殻を破る」ような体験は、一度きりとは限らない。生きている限りは、何度でも生まれ直し、何度でも生まれ変わることができる。「なんどでも生まれる」。
 今生きているということ、これからも生きていくということ。そこには苦しみがあり恐怖もあるが、常に希望も宿っているのだということ。そのことを表現し続けてきた彩瀬まるの、面目躍如と言える一作。『なんどでも生まれる』は、そういう小説でもあるのだ。


◆ プロフィール
吉田大助(よしだ・だいすけ)
1977年生まれ。埼玉県出身。「ダ・ヴィンチ」「STORY BOX」「小説新潮」「小説現代」「週刊文春WOMAN」などで書評や作家インタビューを行う。X(@readabookreview)で書評情報を自他問わず発信中。
  

◆ 彩瀬まるさん『なんどでも生まれる』作品ページはこちら
https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/8008460.html

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