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第1回

思わず涙した作者の最高傑作【書評:縄田一男】 

 築山桂といえば、NHK土時代劇の原作となった『緒方洪庵 浪華の事件帳』シリーズから、伝奇小説の快作『未来記の番人』まで、守備範囲の広い作家として知られている。

 本書『近松よろず始末処』は、前者のように、歴史上の人物がさまざまな事件を解決する時代ミステリーの力作である。

 よろず始末処とは何か、といえば、いまでいう探偵事務所のこと。

 所長はといえば、もちろん、道頓堀端竹本座の座付作者・近松門左衛門だ。何故、近松がこんな裏稼業を始めたのかといえば―――。

 近松いわく「お役人様に頼っても埒があかない厄介事を、道頓堀で培った伝手と知恵とで始末する商売。人助けをしながら金を稼げるのだから、世のため人のためになる立派な仕事だ」とのこと。

 が、その一方で「金は、たくさんあるに越したことはないだろう」と、のたまうのだから、その目的が奈辺にあるのかは、読んでのお楽しみだ。

 そんな調子だから、近松自ら事件解決に乗り出すことは滅多になく、捜査はもっぱら二人の部下にまかせ、自分は安楽椅子探偵を決め込む場合が多い。

 では、その部下は、といえば、一人は、八つで親と家とを失い、道ばたで飢え死にしかけていたところを、やくざ者に拾われ、裏社会で育ったろくでなしの虎彦だ。つまらぬ揉め事で賭場の兄貴分たちの不興を買い、袋だたきにされていたところを近松に拾われた若者で、いまは、天秤棒をかついだ花売り稼業に更生している。その虎彦の相棒が、やはり、群れの中でいじめられ、弱っていたところを近松に拾われた愛くるしい野良犬の鬼王丸だ。虎彦が竹本座の前で倒れていたのを最初に見つけたのも彼で、時には事件解決に一役買ったりすることもある。

 そしてもう一人は、黒縮緬の着流しを粋に着こなした、総髪の美丈夫で、年の頃なら二十五、六、六尺を超える、目元涼し気な謎の若侍、人呼んで“少将”。

 この“虎”と“少将”は、近松の『世継曽我』から来ており、依頼人が二人の名前を聞き、『世継曽我』という題名を口にするかで近松の機嫌はだいぶ変わる。」

 これに道具方の少女あさひを加えれば、この作品のレギュラーメンバーは、揃ったといえるだろう。

 本書には第一章から第四章まで四つの事件が扱われているが、第一話、第二話としていないのがミソで、本書を読了したとき、一つずつ独立していたかに見える話が、一つながりの物語となるところが秀逸なのだが――これに関してはいえないいえない。

 このように、うっかり書くとネタバレになってしまう趣向が盛り沢山の本書は、明らかに築山桂が『緒方洪庵 浪華の事件帳』の頃より、ひとまわりもふたまわりも大きくなったことを証明する一作だが、いちばん初めの事件は、元禄という時代を背景とした生類憐みの令が絡む「お犬様」。依頼は、東町奉行所の良吏・牧原が、年寄りを救うため、暴れ犬を斬った事件の背後にあるからくりをあばき、牧原を助けてくれというもの。この事件では、前述の鬼王丸も大活躍。張られていた伏線が三六の度、別の顔を見せる展開は見事の一語に尽きる。

 次なる話は、その名もズバリ、「仇討ち」。巷では、「一昨年の近松先生の『百日曽我』は、評判になったけれども、内容は前の『団扇曽我』の焼き直し、そう考えたら馬鹿馬鹿しい話やった」と、近松のスランプぶりが噂される今日この頃。敵を捜してほしいという依頼だが、討てば武士道の華、もし、討たざれば――。本筋のストーリーがあまりに読ませるために、読者は最後に明かされるもう一つの仇討ちにびっくりすることだろう。なお、この話には、あさひのつくった秘密兵器も登場する。

 三つめの事件は、近松のライバルだった「西鶴の幽霊」が出る話。さすがに今回は、近松も重い腰を上げざるを得ない。この事件でいちばん肝となるのは犯人――といってしまうのは忍びないのだが――の動機、それも二重の動機である。その伏線は、既に前の話に示されているのである。

 そして本書も、いよいよ「曽根崎異聞」で、大団円となる。

 そして、この話は、“少将”自身の事件であるばかりでなく、この一巻、全体の締めくくりでもある。この結末は、近松が「お犬様」で虎彦に「生まれは武家だが」と、自らの生い立ちを話すところから決まっていたのではあるまいか。そして“よろず始末どころ”を開いた理由も。世に生きる歓びと哀しみ――それらすべてを筆に乗せて、最終話で生まれるのは、近松の最高傑作『曽根崎心中』ではないか。私は思わず涙した。

 本書は現時点における作者の最高傑作であろう。

                             (「asta*」2018年5月号より転載)

 

縄田一男(なわた・かずお)

1995年に『捕物帳の系譜』で大衆文学研究賞を受賞。著書に『「宮本武蔵」とは何か』『武蔵』など。

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