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頭と心を揺さぶる、極上の青春ミステリ

大矢 博子

 

 謎解きの興奮と、青春の甘さと苦さと、そして生きることの痛み。それらが波状攻撃のように次々と押し寄せる。必死に頭を絞ったかと思えば胸がきゅんきゅんしたり、よく知っている切なさに頷いたかと思えば意外な展開に言葉を失ったり。

 ひとことで言うなら──心が忙しい、のだ。休ませてくれない。心と頭のいろんな部分に刺さる。

 主人公は高校二年の成田頼伸(ライ)。会員がふたりしかいないクイズ・パズル研究同好会の会長で知識オタク、クラスでは徹底して地味。同姓の成田清春(キヨ)がクラス一の人気者のため、「じゃない方」として認識されている始末だ。

 夏休みのある日、ライはたまたまファストフード店で隣り合わせた姉妹らしきふたりの会話に、興味を惹かれた。なぜならそのふたりは、何かの暗号を解こうと懸命になっていたから。横目でその暗号を見たライは解き方に気づき、ふたりが席を外した隙にヒントのメモを彼女たちのテーブルに残して店を出た。

 しかしすぐさまふたりに追いつかれ、事情を聞かされる。ふたりはある人物が出したと思しき暗号を追っているのだという。解答で次の暗号があるべき場所が示され、それを解くとまた──という謎解きオリエンテーリングのようなミッションに、ライは姉妹と協力しながら挑むことになる。

 ところが偶然出会ったキヨが、美人姉妹に惹かれて参戦。四人での謎解きとなってしまい、キヨに劣等感を抱いているライは複雑で……。

 というのが序盤の展開である。

 まずは頭の刺戟からいこう。彼らが挑むことになる数々の暗号が、めちゃくちゃ難しい! けれどフェアだし、解読に必要なヒントはちゃんと出ているし、決して解けない問題ではない。だから本気で挑んでしまう。でもわからない。ところがライの解答を読むと「なぜそこに自分は気づけなかったのか!」とのたうち回ること請け合いなのだ。さらにどの暗号もタイプが異なるんだから侮れない。これはミステリ好き、謎解き好きとしては腕まくりして向き合うしかないぞ!

 しかし頭への刺戟だけではない。本書はなにより心への刺戟がすさまじいのだ。

 オタクで陰キャ、気の利いた会話もできないしファッションセンスもない。たまたまクラスで知識を披露したところ、感心はされたが「それが何の役に立つの?」と言われたことをずっと引きずっている。姉妹との謎解きでようやく自分の強みが出せた、役に立てたと思ったのも束の間、キヨの登場でコンプレックスは膨らむばかり。キヨの一挙手一投足を自分と比べ、姉妹の反応を過剰に気にする。

 ああ、わかるなあ。自分がどんなに背伸びしても手に入らないものを、いとも簡単に、当たり前のように備えている人を見た時の、あの引け目。比べても仕方ないとわかっているのに比べてしまって、どう思われるかが気になって行動できない、あの自縄自縛。これは年齢に関係なく誰しもが抱いたことのある痛みだ。

 けれど読み進むうちに、少しずつわかってくる。ライが思っているほど、他人はライをバカになんかしてないということを。そして、クラスの花形で陽キャなコミュニケーションの達人であるキヨもまた、ライを羨ましく思っていることを。誰もが自分にないものを欲しがり、持っている人を羨み、主観と客観を繰り返し、肥大した自意識をもてあまし、その感情に折り合いをつけながら生きているのだ。

 この物語は読者に告げている。閉じることなく、籠ることなく、一歩踏み出してみればいい。踏み出せないなら、誰かに助けてもらえばいい。こちらから手を伸ばせば、その手を引いてくれる人は必ずいる。自分の内側ばかり見てないで、外を見渡せば、それまで気づけなかったことがたくさんある。それをこの物語は、これ以上ないほど優しく、包み込むように伝えてくれるのだ。なんとあたたかな物語だろう。

 そして、そういうことに悩みながら成長していけるということが、どれほど幸せなことかもまた、本書には描かれている。これは終盤の展開になるのでここに書くわけにはいかないが、暗号がすべて解かれたあとに待っていたことがわかったとき、ライの悩みにもキヨの悩みにも、まったく違った方向から光が当てられるのだ。

 これがやりたかったのか、とため息が出た。

 上質で難解なクイズを解くかのような、暗号に向き合う楽しみ。肥大した自意識に振り回されて、そんな自分が嫌いでなんとかしたいと足搔く青春の苦さ。好きな人が笑ってくれた、それだけで幸せになれる初恋の甘さ。知らなかったことを知って、世界が広がる喜び。そして、残酷な事実に向き合う強さ。

 そのすべてがここにある。頭と心を揺さぶる、極上の青春ミステリだ。

大矢博子(おおや・ひろこ)
1964年生まれ。書評家・文芸評論家。著書に『読み出したら止まらない! 女子ミステリー マストリード100』『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』など。

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