なんという愛され力の高さなんだ!
と、自分の頬が緩んでいるのを感じながら読み終えた。強くて、だけど脆くて、むさくるしいのに可愛らしい。不器用で言葉足らずで、もどかしくて懸命で、笑いながらちょっと泣けてくる。つまり端的にいえば、本書はなんとも愛おしい青春ミステリーなのだ。
舞台となるのは、埼玉県北部の霧森町に建つ、進学校として知られている私立霧森学院。森に囲まれた中高一貫の全寮制男子校、という設定からして、これ、嫌いな人います? という世界である。
しかも、物語の核となるのは新館と旧館に分けられた寮のうち、学院最古の建物でもある「あすなろ館」。新館よりも寮費は安いが、昨年、寮内である事件が起きた影響もあり、現在の寮生はわずか八人だけ。全員が高等部の生徒で、管理人を含めて九人が暮らしていて、受験を控えた三年生以外は、個室ではなくふたり部屋と規則で決められている。
どこまででも妄想を広げられるシチュエーションだが、ここに集う生徒たちのキャラ立ちも抜群だ。
語り手となる兎川雛太は高校二年生にして身長一五八センチ。これまでクラスでいちばん背が低い人生を歩んできた。目が大きく「可愛い」属性の「姫」ポジに置かれがちだが、本人としては受け入れ難く、七歳のときから空手を習っている。
その「ルームメイト」となるのは、全国で三本の指に入る、都内の超名門進学校から転入してきた鷹宮絵愛。 こちらは身長一八〇センチ超のモデル体型で、目を引くほど整った顔立ち。人間に興味が薄く、背丈同様に態度もデカいが、動物愛はだだ漏れていて、秘密裡に持ち込んだヨツユビハリネズミのへっくんを溺愛している。
ミステリー的ポジションとしては、雛太がワトソンで絵愛がホームズ役。ふたりが初めて出会い、直後に同室であることが判明し、自己紹介をし合う場面で早くも絵愛は雛太が空手部であることを、さらりと「見ればわかる」と言い当てる。もちろん道着を着ていたわけではない。雛太の言動から<ドラマの探偵みてえ>に推理したのだ。
ほどなく、身長のみならず、まったくタイプの異なる雛太と絵愛は、それでも徐々に距離を詰め「ヒナ」「エチカ」と呼び合うようになるが(エチカが「ヒナ」と渾名をつけたとき「オレはペットか⁉」といきり立つ雛太に、「舐めてない。どうでもいい存在に名前はつけない」とぶっきらぼうに言い返すシーン、萌えでしかない!)、並行してふたりの周囲に不穏な気配が漂い始める。些細なことから理事長の息子であり、学園内で絶対的権力を持つ高等部生徒会長の湖城龍一郎にエチカが目をつけられ、あすなろ仲間で同じ生物部の園部が、イグアナの入った大きなガラスケースを抱えて移動中、階段から何者かに突き落とされる事件が発生。幸い、軽い怪我で済んだものの、エチカが警察に通報したことから学内に刑事たちが乗り込んでくることに。雛太とエチカは生徒会長の仕業ではないか、と疑いを強めるが、やがてその湖城が殺害される。
湖城が死んでいたのは、本校舎から続く遊歩道を外れた林のなかで、様々な状況証拠から、犯行は、あすなろ館の住人しか不可能だと判明。唯一、アリバイが成立した雛太が、仲間たちにかけられた疑いを晴らすべく動き出す、というのがストーリーの流れだ。
寮長で、空手部部長の有岡優介。副寮長で演劇部部長の志儀稔。他校の女子と交際中のイケメン棗誠之助。大人しく存在感の薄い園部圭。雛太にとっては空手部の後輩でもある人懐こい元村瞬。吹奏楽部に所属する色白で華奢な一年生の五月女唯哉。そして前職は植木職人ながら料理の腕も立つ管理人の平木康臣。
仲間たちの容疑を払拭するには、訊き難いことに踏み込む必要もある。口にしたくないことを打ち明けなければならないこともある。そうして雛太が一つ一つ集めた話をエチカに聞かせ、殺人犯をあぶりだしていくのだが、その先には「あすなろ館」にも深く関わる、衝撃かつ切ない真相が待ち受けている。ニヤニヤしながら読んでいたのに、悔やんでも悔やみきれない<行動しないための言い訳>が、胸に深く突き刺さる。可愛いだけの物語ではないのだと大きく息を吐いてしまう。
それでも。不愛想なエチカが言う「おやすみ」をまた聞きたいと思う。管理人の平木さんの過去は絶対何かあるに違いない。モテ男・棗の腹の中も知りたいし、明るく見える瞬も何か屈託を抱えていそうで気になる。あすなろの木のように、すくすく伸びていく彼らにまた会いたい。楽しみにできることの幸せを体感できる物語だ。
プロフィール
藤田香織(ふじた・かをり)
書評家。1968年生まれ。音楽出版社勤務の傍らブックレビューを書き始め、98年にフリーライターに。著書に「だらしな日記」シリーズ、『ホンのお楽しみ』、杉江松恋さんとの共著に『東海道でしょう!』など。