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第4回

やっちまいな、あなたの星をつかむために。【書評:ブレイディみかこ】

 じつは、うちの息子が中学の最高学年(わたしが暮らしている英国ではセカンダリー・スクールは11歳から16歳まで5年間通います)で卒業間際であり、いまプロムの話でもちきりなので、おお、なんというタイミング! と思いながら読みました。というのも、本作は、「我らの学校にプロムを!」と訴えて学園闘争を引き起こす高校生たちと、周囲の大人たちの日常を描いた短編集だからです。

 まず、この作品、アメリカ学園映画フリークのお母さんが、いきなり「ママ、チアリーダーになる!」と宣言するところから始まります。とはいっても、このママは、もし日本の学校にもプロムがあったら自分は一緒に行く相手すら見つけられずに自宅でアイスをやけ食いしていただろう、日本にはプロムの文化がなくて良かったと思っているような地味キャラで、家族は彼女の唐突な宣言にびっくりします。

 そんなことをママが思い立った理由は、女がいくつになってもプロムクイーンを憎むのは裏を返せば自分もそうなりたいからじゃないのか、という悟りです。青春にくすぶりを残したままで「おばさん」と呼ばれる年齢になってしまったが、ここらで一発奮起して自分自身を取り戻したい、そのためにチアをやってみよう、と彼女は力強く決めたのであります。「わたしはわたし自身を生きる」というのは大正時代のアナキスト、金子文子の有名な言葉ですが、どの時代でも、どの国でも、女性たちは自分が自分自身であるために闘っているのです。

 ママの娘の葉月は、チアを始めた母親と一緒に学園映画やドラマを見ているうち、「なんで日本にはプロムがないの? やりたい!」と思いました。プロムにはスクールカーストや差別を助長する側面があるけど(実際、息子の学校にもアンチプロムの子たちがたくさんいます。先生たちも)、それでも日本にはこの文化は芽吹きすらしてない。だったら、すべての学生たちに開かれた、私たち流のプロムをやってみよう、とこちらもいきなりプロム推進運動を立ち上げるのです。葉月がプロム推進を宣言するにあたって辿り着いた究極の理由がブリリアントとしか言いようがありません。

 

 爆音で音楽を流しながら踊るのは最高に気持ちいい!!!!!!

  

 チアリーダーにしてもプロムにしても、昨今のポリティカル・コレクトネス的には扱いが難しい題材です。だけど、理屈ぬきで彼女たちのパワーにぐいぐい押されてしまうのは、なんか、めっちゃ楽しそうだからです。あんたたち、もう、そんなにやりたいのなら、やっちまいな。そう言いたくなります。


 そのやっちまう途上で彼女たちは役割を脱ぎ捨てていきます。「おばさん」「分別のある母親」「日本の女子高生」などの世間に与えられた役割というか、括りと言ってもいいもの。誰が決めたものなのか、いつからそこにあるのか、よくわからないのに私たちの生活を支配しているもの。それは「身分をわきまえること」と言い換えることもできます。


 ああ、そうか、そういうものからどんどん解放されていくから楽しそうなんだ。と思いながら読み進めていると、彼女たちの周りにはいろんな人たちがいることがわかってきます。韓国籍であることを隠すために修学旅行に行けなかった女性、同性愛者であることに悩む少年、養子縁組した息子との関係を周囲には話していない女性。

 ふつうに見える家族やふつうに見える人々が、じつは多様な事情を抱えて生きていることが見えてきます。そもそも「ふつう」というのはたいそう抑圧的な言葉にもなり得るのであり、葉月の言葉を借りれば、「『ふつう』というワードを雑に扱う人間がいたら、親より年の離れた学年主任の教師でもタダでは済まされない」のです。

 いろいろあって当たり前の日常を生きる人々を、ときにしんみりさせ、ときに笑わせながら温かい視線で描いた本作。でも根底にあるのは、やりたいことはやっちまえというエネルギーだと感じました。

 さて、最後にプロムが実現したのかどうかはみなさんがそれぞれ読んで確認していただくとして、わたしには個人的に千早高のプロムのプレイリストに加えていただきたい曲があります。

 プリンスの『I Would Die 4 U』です。

 浩平が小倉くんのところに駆けてゆくシーンで、脳内にこの曲が流れてきてどうにも止まりませんでしたから。

 

 

ブレイディみかこ(ぶれいでぃ・みかこ)

1965年、福岡県生まれ。96年から英国ブライトン在住。2017年、『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』で新潮ドキュメント賞を受賞。19年、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で毎日出版文化賞特別賞、Yahoo!ニュース | 本屋大賞 ノンフィクション本大賞などを受賞。他の著書に『女たちのテロル』『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』『両手にトカレフ』など多数ある。

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