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人も社会も、でこぼこしているのがいいじゃない? 第11回ポプラ社小説新人賞特別賞受賞作 【書評:吉田伸子】

 本書は第11回ポプラ社小説新人賞の特別賞受賞作である。物語の真ん中にいるのは、小学五年生のあきと高校生のとおるの兄弟だ。
 この、晶のキャラが本書の肝、と言ってもいい。思春期の入り口のほんの少し手前、要するに、まだ本格的に面倒臭くなっていない年頃である小学五年生、という年齢設定も絶妙だ。
 晶は、ごく普通の小学生男子だ。翌日の授業で使う国語便覧を持って行くのを忘れないように、左手に「国語びん」と書いたにもかかわらず、うっかり忘れてしまい(しかも文字が消えないように細心の注意をしていたのに!)、手に残った文字を見てるだけで腹立たしくなり、「びん」でやめずに「びんらん」まで書けば良かった、と思うような、そんな男子だ。同じクラスで友人のシンジュが、教科書を全部学校に置いてあることに驚き、隣の席の権ちゃんにも、便覧を学校に置いているのは「当たり前」だと言われ、毎回持って帰るなんて「お勉強、すきなのね」と、軽く皮肉られる。
 権ちゃんの言い方は少し気になったものの、晶は何も言わない。それは、「相手につっかかっても争いが生まれるだけだと、兄ちゃんに教えてもらったから」だ。達は、物知りで、絵がとてもうまい。国語便覧に載っている北原白秋のことを、「白秋って名前は、五行思想からとってるんだろ」なんてことをさらっと口にするくらい。そこから話が広がって、晶は五行思想には、それぞれの方角に神様がいること、西の神様が白虎であることも、教えてもらう。もちろん、絵付きで。
 晶は兄ちゃんが大好きで、尊敬している。晶にとっての兄ちゃんは、ちょっとしたヒーローみたいなものなのだ。でも、それは晶に限定されていることで、実は達は世間の〝常識〟からは少し外れてしまっている。何故なら、達は不登校になってしまったからだ。
 達が家にいるようになったのは、一年ちょっと前、となっているのだが、その理由は物語の中では描かれていない。そこもまた、この物語の美点だろう。もちろん、なにかしらの理由があるから、達の足が学校へと向かわなくなったことは確かなのだが、それが何故なのか、に重きを置いていないところが、作者の誠実さだと私は思う。
 だって、考えてみて欲しい。こと達に限らず、不登校になってしまう理由なんて、千差万別であるはずだ。十人いれば十通りの、百人いれば百通りの、不登校の理由はあるのだ。彼らに共通するのは、学校に行けていない、というその事実だけなのだ。そして、その事実を背負って苦しんでいたり、その重さにお手上げになっているのは、彼ら自身に他ならない。
 達には他にも、〝常識〟からはみ出していることがある。それは晶の他には、ごく限定された人としかコミュニケーションがうまくできないこと、なんのきっかけもなく動いてしまうこと、だ。「衝動的に、必要以上に動く」ため、部屋の中で全力で走ったりしてしまうのだ。
 それでも、晶はそんな達を丸ごと大好きで、最高の兄ちゃんだと思っている。けれどある日、同級生のシンジュ、権ちゃん、鮎川に加え、クラスは違うものの、晶がほのかに想いを寄せている南優香が家にやって来た時、晶は達が不登校であることをオープンにできなかった。鮎川の姉は、達と同じ高校、同じ学年なので、鮎川はおそらく姉経由で達のことを知っていたため、正直に話すように晶に水を向けるのだが、晶はそれをはぐらかしてしまうのだ。そして、そんな自分に晶はもやもやしてしまう。
 このあたりの晶の気持が丁寧に描写されているのがいい。晶がそばにいたら、その小さな背中をぽんぽん、としてあげたい、と思ってしまう。晶の真っ直ぐさが愛おしくなる。
 本書を読んでいると、つくづく〝普通〟とはなんなんだろう、と考えてしまう。世間の〝常識〟ってなんなんだろう、と。多様性という言葉は、主にポジティブな面で語られる場合が多いけれど、そうではなくて、ポジティブもネガティブも、全てをひっくるめて〝多様〟であることが、今を生きる私たちにとって大事なことではないか。本書を通して、作者からのそんな声が聞こえてくるように思う。人も社会も、でこぼこしていてもいいじゃない? と。でこぼこしているのがいいじゃない? と。
 と、こうやって書いてしまうと、本書に対して何やら重苦しいイメージを持たれてしまうかもしれないが、そこは大丈夫。確かにテーマはずしりとしたものではあるが、随所にオフビートな笑い(達の、へその横に生えている二本の毛の育て比べや、晶たちが住む部屋の大家のファッションセンス、等々)が散りばめられているのだ。
 どうか晶がこのまま健やかな心のままで、成長していきますように。そして、どうか達が、彼に合った場所を見つけられますように。読後、二人の背中に、そんなことを願った。


プロフィール

吉田伸子(よしだ・のぶこ)

書評家。1961年生まれ、法政大学文学部哲学科卒。著書に『恋愛のススメ』(本の雑誌社)。

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