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真っ当すぎるほど真っ当な謎解き小説【書評:杉江松恋】

一回りして、ものすごく本格的。
 倉知淳『大雑把かつあやふやな怪盗の予告状 警察庁特殊例外事案専従捜査課事件ファイル』の特徴を言い表すには、そういう表現が最もふさわしいと思う。それにしてもなんという長い題名なんだ。
 ぱっと見たときは、自分の頭上に「?」と疑問符が浮かぶのがわかる。でも手に取ってためつすがめつしてみると、それが「!」と感嘆符に変わる。そういう小説なのである。
 各話にfile.1、file.2といった番号が振られている。巻頭のfile.0はプロローグに当たる章だ。警察庁に入るためには普通、国家公務員試験に合格しなければならない。木島壮介は見事にその難関を突破して入庁を果たしたばかりの新人である。ある日木島は、意外すぎる部署への配属を申し渡された。特殊例外事案専従捜査課である。
 世の中で起きる犯罪はほとんどが見かけそのままである。最も怪しい人間が犯人だし、そういう者はわざわざトリックを弄してアリバイを作らない。だが、ごくまれにイレギュラーな事態が出来し、頭を使ってややこしい犯罪を起こすのである。だが警察組織は不可能だったり不可解だったりする事件の扱いに慣れていない。そこで、そうした謎解きに適した民間人を臨時雇用して捜査に当たらせることが実験的に始められた。それが特殊例外事案専従捜査課、口の悪い者には探偵課などと呼ばれることもある通称特専課である。もちろん民間人だけを現場に行かせるわけにはいかないから正当な身分の者が誰か付き添う必要がある。その随伴官の役目が、なぜか新人の木島に回ってきた。要するに探偵の公式な助手だ。
 入庁して二日目、早くも木島に出動命令が出た。本当にややこしい事件が起きてしまったのである。駆けつけた木島を待っていたのは初対面の彼をタチの悪い冗談で揶揄う、つかみどころのない人物だった。差し出された名刺に住所も電話番号もメールアドレスもなく「名探偵 勒恩寺公親」としか書いてないというのも社会人としてはどうなのか。
 この勒恩寺公親にくっついて木島が踏み込んだ現場は、千石義範サムターン錠を挟むピンセット、そこに結びつけられたテグスだ。糸と針を使った密室構成の仕掛けである。勒恩寺は恍惚としながら言う。
「今時なんと古風な、懐古趣味横溢じゃないか。素晴らしい、最高だよ、この現場は」
「file.1 古典的にして中途半端な密室」はこうして始まる話だ。「古典的」はともかく「中途半端」とついている理由は読んでいくとわかる。トリックが弄されている割には、現場から読み取れる犯人の意図はどこかちぐはぐなのである。その違和が含む意味は、勒恩寺が開陳する推理を読むと納得できる。「密室殺人はロマンだ。探偵にとっては陽炎のごとく遠く淡い永遠の憧れだ」と浮ついた言葉を口にするものの、しっかりと論理的に謎解きはしてくれるのである。
 表題作では実業家の大浜富士太の元に怪盗からの予告状が届くことから事件が始まる。だが犯行予告日は7月14日、21日、28日のそれぞれ15時から20時の間という極めて「大雑把かつあやふやな」ものだ。仕方なく第一の指定日に木島は大浜邸に赴き、地元警察と一緒に盗むと予告されたブルーサファイアの入った金庫を監視することになる。
 倉知淳は、年齢不詳のフリーター・猫丸先輩が活躍する連作など、ユーモア・ミステリーを書かせたら当代に並ぶ者はない作家である。大事なところで関節が外れる感じというか、とにかく人を食った笑いのセンスが素晴らしい。本作も、第二話にしていきなり主役であるはずの勒恩寺公親が登場せず、代わりに作馬という代理の中年男が現場にやってくる。作馬の本業は地方公務員で、なるべく面倒なことにならないように気配を消すのが特技なのである。そんな探偵が本当に必要なのか。
 ミステリーには他ジャンルにはないさまざまな決まり事がある。「file.3」で扱われるのは「手間暇かかった判りやすい見立て殺人」である。密室殺人や怪盗からの予告状もそうだが、殺した相手の死体をわざわざ何かに見立てる犯人などに現実の警察が遭遇する機会はほとんどない。ミステリーというフィクションの中だけに存在する奇想なのだ。本作の素晴らしい点はお約束を笑うという安易さから、さらにその向こうへ踏み込んでいることである。おかしな計画を立てないほうが絶対楽なはずなのに、なぜ犯人はそんな面倒臭いことをしたのか。つまり犯人の心理状態を読み取ることが謎解きの鍵になる。これ、古今東西の名探偵がみんなやってきたことなのだ。
 ミステリーにおいて事件の計画を練るのは常に犯人だ。つまり作り手である。探偵は犯人が描いた絵図を解釈することしかできない。つまり読み手だ。作り手と読み手のこの関係は、絶対に逆転することがない。本書に描かれた事件も、一目見ただけだと意図不明な現場の状況も、振りまかれた手がかりを拾っていけばきちんと解釈できることが最後に判明する。特に「file.3」における物的証拠の扱いなどはお見事である。おかしな状況だからこそ、論理的に解明されたときの驚きと喜びも一入なのだ。なんだこれ、真っ当すぎるほど真っ当な謎解き小説じゃないか。
 ミステリーとは一般人には変にしか見えない決まり事が通用する奇妙なジャンル、というお約束へのつっこみを昇華させた本作には、その変さの本質とは何なのか、という批評的な視点までが加えられている。外見よりもずっと硬派な作品なのである。へなちょこに見えるけど中身は筋肉質、みたいな、私脱いだらすごいんです、みたいな。違うか、それは。

倉知淳『大雑把かつあやふやな怪盗の予告状』

プロフィール

杉江松恋(すぎえ・まつこい)

1968年生まれ。慶應義塾大学卒。内外ミステリーの書評を中心に執筆活動を行う。著書に『路地裏の迷宮踏査』『読み出したら止まらない! 海外ミステリーベスト100』『ある日うっかりPTA』『浪曲は蘇る』、主な共著に『東海道でしょう』(藤田香織との共著)『桃月庵白酒と落語十三夜』(桃月庵白酒との共著)『絶滅危惧職 講談師を生きる』(神田伯山との共著)『100歳で現役! 女性曲師の波瀾万丈人生』(玉川祐子との共著)などがある。

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