第一章 龍と獅子の攻防
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大広間は真っ白に染まっていた。いたるところに白布が飾りつけられているのだ。黄金の龍が巻きついた円柱も、極彩色の龍が描かれた壁も、玉座 の下にもうけられた祭壇も、すべてが染めぬいたような純白だ。
大広間に集った皇族、群臣、妃嬪、奴婢たちも一様に白い麻あさ衣ごろもをまとって、おなじ色の頭巾をかぶっている。
白は喪の色。だれもみな、喪に服しているのだ。この大烈国に君臨した二人目の皇帝が世を去ってしまったので。
先帝、太宗・元威業の皇太子・元世龍は棺のかたわら─東側の喪主席に坐して、年老いた巫祝たちが読みあげる祭文を聴いていた。古い牙遼語で読みあげられる弔の言葉は呪言に似ており、耳をかたむけていると術にかかってしまうような心地がする。そのせいであろうか、眼前にしつらえられた父帝の棺はどこか現実味を欠いて見え、大喪そのものが夢のなかの出来事のように思われた。
─天下平定は父皇の悲願であったのに。
時は乱世である。天下は烈、迅、成の三国に分かれ、それぞれが中原の鹿をめぐってしのぎを削っている。
戦乱が戦乱を呼び、領土を奪い奪われる三者鼎立の時代がかれこれ五十年はつづいており、いまだ天下は混迷のさなかに在る。父帝は血で血を洗う乱世を終わらせるべく、迅と成を滅ぼして海内を平らげるという大望を抱いていた。
享年三十七。牙遼族の初代族長、黒韃狼子の再来と称えられる偉丈夫で、百里先の敵将を震えあがらせるほど覇気
にあふれていた父帝がかくもあっけなく、志半ばで崩御してしまうなど、いったいだれが予測できただろう。
早すぎる死であった。儲の君たる世龍にはなんの準備もできていなかった。まだ十八になったばかりなのだ。皇位を継ぐのは遠い未来の話だと思っていた。
しかし、父帝は崩じてしまった。
死者を生きかえらせることができない以上、世龍が覇業を受け継ぐしかあるまい。乱世を制して万民を安んずるため、父帝の代わりに粉骨砕身しなければ。それが生前の戦功を讃えて武建帝と諡りなされた偉大な父に報いる唯一の道であろう。
香炉からたちのぼる煙を決然と睨にらんでいると、大広間の外で言い争う声が聞こえた。ひとつは散騎常侍 ・楊永賢のもの。もうひとつは高く澄んだ女の声だ。
「そこをおどきなさい」
玉がふれあうようなきらびやかな声色が操るのは尭語。
はるか昔、六百年にわたって天下を治めた尭王朝、その支配層であった尭族の言語だ。当世では成の公用語であり、支配民族が異なる烈や迅の宮廷でも用いられている。
「わたくしは大成皇帝が嫡女、安寧公主です。あなたがたの主君、烈帝に嫁とつぐため生まれ育った祖国を離れ、遠路はるばる貴国にまいりました。夫婦の縁は婚約が成立したときに結ばれており、わたくしには夫の霊前に仕える義務があります。それを阻むとおっしゃるなら、わたくしはここで命を絶ち、黄泉路をくだって亡き夫にまみえます」
永賢があわてて止めたが、女はなおも大広間の扉を開けねば自死すると叫ぶ。
――妙な話だ。泣く泣く嫁いで来たくせに。
元一族に古くから仕えている巫女を月姫と呼ぶ。月姫は月の霊力を用いて吉凶を占い、陰に陽に元一族を助けてきた。その月姫が「成の公主を娶めとれ」と父帝に進言した。成から嫁いでくる公主は伝説の瑞兆天女だというのだ。
鳳凰を得た者が天下を得る、という言い伝えがある。
乱世になると、天帝は戦禍に見舞われ塗炭の苦しみをなめる民を憐れみ、鳳凰の化身である瑞兆天女を地上に遣わす。瑞兆天女は天帝の愛娘で、その身にそなわった超常の力で時の英雄を助けて四海を安寧に導く。
彼女が加護を与えるのは心から愛した男であり、争乱の時代を制した覇王のそばには瑞兆天女が下生した姿で仕えていたと伝えられるが、それが事実か否かはたしかめようがない。いまや黴臭い昔語りとして細々と残っているだけだ。
父帝もさほど熱心に瑞兆天女を探していたわけではない。月姫が「瑞兆天女は成の公主に下生している。すぐさま娶らなければ、迅に先を越されてしまう」と再三にわたって進言したので成に求婚したのだ。
婚約が成立したのは昨年の秋。和親の花嫁に選ばれたのが成国皇帝・史文緯の嫡公主であることは世龍も承知している。嫡公主、姓名は史金麗というが、封号の安寧を冠して安寧公主と呼ぶのが通例だ。
生母は皇帝弑逆をくわだて廃された皇后趙氏 。その出自ゆえに後宮ではほかのどの公主よりも粗末にあつかわれ、十九になるまで縁談がなかった。こたびの和親で異国に嫁ぐことが決まり、安寧公主は悲嘆にくれたという。使節は安寧公主が夷狄に嫁ぎたくないと泣き叫び、幾度となく自害を試みたことを記録している。
夷狄。成の人間は異民族をそのような蔑称で呼ぶ。
彼らは尭王朝の末裔を名乗る尭族であり、自国こそが天下を治めるべき正統な王朝であると自負し、自分たちと異なる文化や習俗を持つ国の人びとを蛮族と蔑すんでいる。烈を建てた牙遼族は、中原で尭が栄えた時代に北方で覇は をとなえた遊牧騎馬民族・豺奴の流れをくんでいるから、成に言わせれば、烈は野蛮人の住処以外の何物でもないのだ。
しかもこの国には、礼教に縛られた人間には到底受け入れられない風習がある。
「お待ちください、安寧公主!」
扉がひらかれる音とともに、女を止めようとする永賢の声が響いた。大広間に舞いこむ風が得も言われぬ芳香を運んでくる。それは花の香りに似ていた。なんの花とも形容しがたい。はっとするほどあでやかな、それでいてこんこんと湧き出る碧水のように清らかなにおいが当人に先んじて祭壇までたどりついた。
端座したまま、世龍はふりかえった。とたん、鮮烈な赤に目を射られる。白が氾濫する大喪の場において、真紅の花嫁衣装をまとった女はあまりにも異質な存在だった。
成の花嫁が顔を隠すためにかぶるという紅蓋頭を捨て去ったその姿は、時ならぬ雨に打たれた牡丹のように妖よう艶えんだ。
女は高く結いあげた黒髪をふり乱し、金歩揺をせわしなく揺らして、紅の霞のごとき長い裳裾を引きずりながら駆けてくる。花嫁らしくつややかな化粧がほどこされた玉のかんばせは、白翡翠の破片を散らしたように涙に濡れていた。
「郎君!」
女――安寧公主は腕にかけた赤い披帛をひらひらとなびかせ、力尽きて舞い落ちる蝴蝶さながらのしぐさで棺に歩み寄った。むろん、棺のふたは閉ざされている。安寧公主はそのふたにすがりつき、よよと泣きくずれた。
「どうして……どうしてわたくしを置き去りにしてお隠れになったのです! せめてわたくしの到着まで待っていてくだされば……。あなたのために着飾ったこの姿をひと目見てくださっていたら、わたくしはどんなにか救われたでしょう」
すすり泣く声が弱々しくこだまする。
「天はなにゆえかくも残酷な仕打ちをなさるのでしょう。異国の英雄に嫁ぐため、二度と戻らぬ決意を胸に祖国を発ったというのに、わたくしの夫を黄泉の国へ連れ去ってしまうなんて。ひどい……冷酷すぎるわ」
ひとしきり泣きわめいたあとで、安寧公主は手にしていた簪を自分の喉のどに突きつけた。
「たとえ無慈悲な天に引き裂かれても、わたくしたちは二世を誓った夫婦です。夫亡きあと、おめおめと生きながらえるわけにはまいりません。あなたが黄泉路をくだって行かれるのなら、わたくしはあとから追いかけますわ。どうか今度はお待ちになって。すぐにまいりますから、あなたのおそばに――」
「落ちつかれよ、公主」
簪の切っ先が白い喉を貫つらぬく前に、世龍は彼女の手を握った。
「わが国では殉死を忌んでおります。なにとぞ父帝の霊前を血で汚されぬよう」
大刀を握り慣れた世龍の手のひらには、あきれるほど小さく、玻璃細工のように繊細に
感じられる敵国の公主の手。それは凍えたように震えていた。
「夫に殉じて死ぬこともできないなんて……では、わたくしはどうすればよいのです?
仕えるべき夫を喪うしなったみじめな女に、いったいどんな道が残されていると……」
「あなたと婚姻の約束を交わしたのは父帝です。父帝の崩御により、この婚約は無効となりました。あなたがわが国にとどまる理由はありません。長旅の疲れが癒えるまで逗留なさったのち、帰国なさるがよい」
世龍は永賢が言い聞かせているであろう道理を説いた。これはほかならぬ彼女のための措置だ。成で生まれ育った公主に牙遼族の慣習を強いるのは酷だろうから。
本来なら安堵するところであろう。さりながら安寧公主は世龍の配慮をありがたがるふうもなく、よりいっそう声高に泣き叫んだ。
「そんな……夫の亡骸はこの地に葬むられるというのに、わたくしは夫のそばにとどまることも許されないのですか。それではわたくしは、夫を供養することもできないではありませんか。あまりに非情だわ……血も涙もない……」
安寧公主は棺のふたに突っ伏して泣く。その様子を見ながら、世龍はいぶかしんだ。
――なんだ、この女は。
夷狄に嫁ぎたくないと言って自害しようとした女が、なぜ父帝の死を悼むのだろう。そもそも父帝とは一度も会ったことがない。それどころか、姿すら見たことがないのだ。後世に伝えるため遺される皇帝の姿絵は皇宮から一歩も外に出ないのだから。
顔かたちさえも知らない北狄の皇帝が死んだことで嘆き悲しむのは理屈に合わない。むしろ喜ぶはずではないのか。蛮人に貞操を汚されず、祖国に戻ることができると。
「帰国せよとお命じになるなら、いっそここで命を絶ちますわ……!」
安寧公主がなおも自害しようとするので、世龍は彼女の手から簪を奪い取った。
「烈の英雄豪傑は殉葬者を必要としません。彼らにかしずかれなくとも、己が足で九泉へ下ることができるからです。禁忌を犯して殉死することは、死者の御霊を辱めることになります。どうか短慮を起こされぬよう。父帝の名誉にかかわります」
言葉を選んで諭したが、安寧公主はますます泣き出した。まさしく涙の雨に降られるといった調子で、身も世もなく慟哭している。
なぜ安寧公主がかたくなに帰国を拒むのかわからない。
─烈に残れば、この女は俺のものになる のに。
家長の死を受けてあらたに家督を継いだ者は、最初の婚姻によって結ばれた姻族関係を維持するため先代の妻妾を娶るという牙遼族の故習に従って、安寧公主は父帝の妃嬪たちとともに世龍に嫁ぐことになる。礼教の国たる成では、それは内乱――近親相姦と呼ばれる大罪。死んでも受け入れられない蛮習であるはずだが。
――いったいなにを考えているんだ。
棺にすがりついて泣く安寧公主を、世龍は疑いの目で見ていた。
成では、夫が死ねば妻妾が殉死するのはめずらしくないらしいので、単なる義理立てか
らの行動とも解釈できるが、それにしては真に迫りすぎている。
天下唯一の文明国を自称する成の後宮で洗練された文物に囲まれて育った世間知らずの公主が、蛮国の皇宮で大喪に乗りこみ、喪服に身を包んだ夷賊たちの面前で亡き夫のため自死しようとするとは、奇妙ではないか。
なにか裏がありそうだ、と怪しまずにはいられない。
彼女が本物の安寧公主なのかどうかも疑わしいというものだ。安寧公主が父帝の姿かたちを知らないように、こちらも安寧公主の容姿を知らない。成は烈を内側から乱すため、偽の公主を送ってきたのかもしれない。
よしんば彼女が本物だとしてもうさんくさいことに変わりはない。公主もまた、後宮の女だ。後宮の女はしばしば仮面をかぶる。邪悪な野心と醜悪な本性を隠すために。
「公主。どうぞお座りになって、われわれとともに父帝の冥福を祈ってください。皇后となるはずだったあなたが悼んでくだされば、御霊も慰められましょう」
世龍は宦官に命じて安寧公主のために敷物を用意させ、彼女の座席をもうけさせた。泣きくずれる安寧公主を支えて、そこに座らせる。
「つづけよ」
喪主の席に戻った世龍が命じると、ふたたび巫祝たちが呪言じみた祭文を読みあげる。
――この女の目的がなんなのか、いずれあばいてやる。
ただし、いまはそのときではない。父帝の霊前を騒動で汚したくはない。
遠からず化けの皮が剝がれるときが来る。どれほど厚い噓の衣をかさねていても、真実はいつか、衆しゆう目もくの前に姿をあらわすのだ。
※
「すこし大げさだったかしら」
化粧台の前に座り、金麗は双鸞鏡のなかで眉をくもらせた。花嫁衣装を脱ぎ、化粧を落として夜着に着替えたところだ。
「そんなことはありませんわ。烈の人間は激情家が多いと聞きます。成国式にそっと泣き濡れている程度では、悲しみが伝わりません。あれくらいでちょうどよいのです。その証拠に、公主さまの涙につられてもらい泣きしている者もおりましたわ」
髪をすいてくれている女官が琴を爪弾くような美声で言った。
輿入い れに随行してきたこの女官は姓名を江碧秀という。南方の異民族・何羅族の出身で、年齢は金麗より一回り上の三十。目鼻立ちのくっきりした容貌と同様にめりはりのある体つきをしており、きっちりと結いあげた髪は燃えるように赤い。
「妃嬪の席にいた婦人ね。上座にいたから、上位の妃嬪でしょう。先帝の寵愛が厚かったのかもしれないわ。わたくしの空涙につられたわけではないでしょう」
「いいえ、公主さまに感化されて涙を流したに決まっています。惚れ惚れするほどすばらしいお芝居でしたもの」
手柄顔で微笑む碧秀をよそに、金麗は小さくため息をもらした。
「それにしてもわたくしは運が悪いわ。長旅のすえ、ようやく烈にたどりついたのに花婿が棺のなかだなんて。おまけに新帝がわたくしを帰国させるつもりだというから焦ったわ。
成に追いかえされたんじゃ、こちらの計画が台無しよ」
「まったくですわね。烈には息子が亡父の妻妾を娶めとる故習があるのに、新帝はどうして公主さまを追いかえそうとしたのでしょう。故習どおりに娶ればよいだけなのに」
「あちら側にも事情があるんでしょう。先代の烈帝はわたくしを娶る予定だったけど、皇太子は成との婚約に反対していたのかもしれないわ」
「ともあれ、公主さまの名演技のおかげでとんぼがえりは避けられましたわ。さすがはわが主と見込んだ御方。不測の事態も公主さまの機転にかかればそよ風にすぎませんわ」
「名演技というほどのものでもないわよ。あれはいわば苦肉の策さく。破談を避けるには、烈の皇族や豪族の前でわたくしは先帝の皇后になるはずだった女だと印象付けるしかなかった。成の流儀では婚約した時点で嫁いだも同然だということをね。そうすれば安寧公主は先帝の寡婦になり、烈に残る口実ができるから」
烈の都・燕周に入ったとき、馬車の窓かけを開けて外の景色をながめながら不審に思った。街のそこかしこに犬のようなかたちの芻霊がつるされていた。首に白布が巻きつけられていたから、犬ではなく狼だろう。烈では葬礼のときに狼の芻霊を飾るのだ。
だれかが死んだらしい、とあたりをつけた。
それも都じゅうが喪に服すような要人が。真っ先に頭によぎったのは皇太子だ。金麗が成を出立するころ、皇太子はたびたび国境を侵す北方の異民族・烏没の討伐に出かけたと聞いた。烈帝・元威業の皇長子は戦死している。皇三子である皇太子もおなじ末路をたどったのではあるまいか。
皇太子の大喪にぶつかってしまったのなら、婚礼は延期されるだろう。牙遼族とて死者が出れば喪に服す。仕方ない。まずは大喪に参列しよう。皇宮に到着したら喪服に着替えなければならない。それから涙を流す準備もしておかなければ。夫の息子が死んだのなら、
わが子を喪ったも同然。はらはらと涙を流すのが礼儀であろう。
ところが、金麗を出迎えた宦官─散騎常侍の楊永賢と名乗った─は流暢な尭語で想定外のことを言った。
「先帝陛下が崩御なさったので、皇太子殿下が大喪をとりしきっていらっしゃいます」
元威業が死んだ。金麗の夫になるはずだった男が。
すくなからず驚いたが、喜びも失望もなかった。烈は成の敵国だが、金麗の個人的な仇ではない。したがって烈帝が死のうが生きようが、金麗にとってはどうでもいいことだ。たとえそれが花婿でも。
家長の死後、後継者となる近親が先代の妻妾を娶るという習わしが烈にはある。成ではこれを獣婚、蛮婚、乱倫婚などと呼んで蔑すんでいるが、烈では婚姻を継承するという意味で継婚と呼ぶらしい。元威業が死んだのなら、継婚により皇太子が父帝の后妃を娶るだろう。金麗は喪が明けしだい、新帝となる皇太子に嫁げばよいのだ。相手が代わるだけで、成と烈の政略結婚という事実は揺るがない。
そう踏んでいたのだが、永賢はなおも金麗を驚かせた。
「殿下は成の後宮でお育ちになった安寧公主にわが国のしきたりを強いるのは忍びないとおっしゃっています。先帝陛下がお隠れになった以上、この婚姻は白紙に戻して、安寧公主にはすみやかにご帰国いただくのが最善の道かと」
皇太子は金麗を娶る気がない。どういうわけか「帰れ」と言っている。
――おくりかえされるなんて冗談じゃないわ。
金麗は大喪の場に案内しろと永賢に詰め寄った。永賢はのちほど皇太子が接見の場をもうけると説明したが、夫の大喪に出たいとせがんだ。その必要はないと永賢は言う。押し問答をくりかえし、金麗はなかば強引に客殿を飛び出した。
皇宮は、たいていの国で似通った造りになっている。ことに烈の皇宮は、尭制を重んじた前王朝・西朱の皇宮をそのまま用いているので、おなじく尭制をしく成の皇宮内部を知っていれば、どこになにがあるのかは見当がつく。
金麗がとおされた客殿は皇宮の正殿である太極殿の東に配置された東堂の一角。大喪会場となっている太極殿とは目と鼻の先だ。
金麗は紅蓋頭を脱ぎ捨て、わざと涙に濡れたおもてをさらして白で染めぬかれた大広間に駆けこんだ。夫になるはずだった先帝の死を嘆き悲しみ、殉死をはかってみせた。烈では殉死が禁じられていることはもちろん知っていた。だれかが止めに入ることを予測したうえでそうしたのだ。そのだれかというのが皇太子であることも。
皇太子にはふたつの選択肢があった。
ひとつは金麗を大喪の場からつまみだすというもの。皇太子は金麗を娶りたくないらしいから、こちらを選ぶ可能性もあったが、その場合は泣き叫びながら連れ出されることで、参列者たちに皇太子の横暴を印象づける予定だった。まともな臣下がいれば、先帝の死を悼んでいる成の公主に対して乱暴すぎたのではないかと諫言するだろう。皇太子が多少なりとも賢明であれば、金麗に対する態度をあらためるはずだ。
もうひとつは金麗を大喪に参列させるというもの。心情的にはつまみだしたくても、王侯貴族の面前で事を荒立てたくないと思えば、こちらを選ぶだろう。皇太子は後者だった。戦場で発揮する豪胆さだけでなく、不測の事態に直面した際、即座に利害を計算できる思慮深さも持ち合わせているらしい。
金麗は最後まで大喪に参列し、涙がかれるほど泣いて、女官たちに抱えられるようにして輿に乗せられた。皇太子はいかにも親切そうに金麗を気遣う言葉をかけたのち、長旅の疲れを癒すよう言い置いて立ち去った。
「皇太子は公主さまの麗しいお姿を見て翻意したのかもしれませんわ」
「それくらい単純な男だと、いろいろとやりやすくて助かるんだけど、どうかしらね。目算を立てにくいわ。ろくに調べられていないから」
金麗が烈の皇太子――昼間のうちに柩前即位をすませているから新帝と呼ばねばならない――について知っていることは多くない。
姓は元、名は勠、字は世龍。太宗・武建帝の皇三子で、生母は迅の奴婢であったという。
幼いころから弓馬に慣れ親しみ、その腕前は兄弟のなかでも抜きん出ていた。八つにしてはじめて戦場に赴き、敵兵を多数射殺した。父帝に寵愛され、将来を嘱望される。二人の兄が早世してからは恩寵がいや増し、十五のときに立太子された。同年、名族から妻を迎えるも、お産のおりにわが子ともども亡くしている。
烈の尺度で身の丈六尺七寸(約一九八センチ)の筋骨逞ましい青年でありながら、女と見まがう美貌の持ち主。戦場では敵に侮られぬよう、いかめしい化け物の仮面をかぶっている。ひとたび軍馬を駆って征野に出れば、鬼神のごとく大刀をふるい、ほとばしる返り血で仮面が真っ赤に染まることから、朱面羅刹と呼ばれ恐れられた。
人柄は勇猛果敢かつ質実剛健。軍法には厳格だが、度量が大きく寛容な面もあり、麾下たちには慕したわれている――成で調べられたのはせいぜいこの程度だ。
「女人の好みがさっぱりわからないのが問題ね。妃を亡くしてから独り身を貫いていたらしいけれど、よほど一途なのかしら?」
「あるいは男色好みなのかもしれませんわ」
「どんな性癖があるにせよ、子をもうけるためには妻妾を迎えなければならないわ。皇太子だったのだから相手には困らないはずだし、さっさと再婚するのがふつうなのに、あえてやもめに徹していたのがどうも引っかかるわね」
さしあたって金麗が籠絡すべき相手は夫─武建帝・元威業だと考えていたので、その息子である世龍の女の好みについては調べがついていない。
「元威業はか弱い女人を寵愛したそうだから、息子も似たようなものだと思っていたけど、親子で女人の好みが正反対という例もあるから判然としないわ。厄介なことになったわね。わたくしを娶りもせず勝手に死んだ元威業を怨むわ」
怨むといっても大喪の場で涙ながらに語ったように情感のこもった言いかたではない。計画がくるって迷惑している、といった意味合いだ。
「唐突な崩御でしたわね。病を得ていたという噂は聞きませんでしたが、長年、戦場に出ていたので、古傷があったのでしょうか?」
「古傷くらいあったでしょう。でも、それが死因につながったかどうかはわからないわ」
病死だったらしいが、永賢の口ぶりには歯切れの悪さが感じられた。
「死因は置いておくとして、状況が変わったことはたしかよ。臨機応変に行くしかないわ。こうなったら、元世龍を攻め落とすわよ。ここに残るためにはそうするしかない。わたくしには帰る場所などないのだから」
そうだ、金麗に帰る場所はない。祖国は捨ててきた。二度とふたたび戻るつもりはない。どうせ金麗を待つ者などいないのだ。母と兄が死んでしまってから、ずっと。
※
烈の皇宮・燕周宮の心臓部を中宮と呼ぶ。その要は即位、大喪、大朝会などの大規模な儀礼や祭祀が執り行われる太極殿だ。
太極殿の北側には壮麗な朱華門が、朱華門の先には皇帝の寝殿たる天慶殿がそえ、皇帝はここで起居する。
中宮の東側に位置するのは東宮、西側に位置するのは西宮である。東宮は皇太子の居所、西宮は太上皇と皇太后の居所となっている。
一月の服喪期間中、新帝は東宮で暮らす。中宮に居を移すのは喪が明けてからだ。
「安寧公主の様子は?」
世龍は羊肉の串焼きにかぶりつきながら問うた。
東宮の正殿・令徳殿の一室で昼ひる餉げ をとっている最中である。
成の王侯貴族がこの場にいれば「なんと野蛮な」と眉をひそめただろう。礼教では喪中の肉食を厳禁としている。なかんずく親の喪に服しているときには、どれほど体が欲したとしても肉の切れ端さえ口に入れてはならぬそうだ。
ご苦労なことだ、と世龍は思う。烈では喪中の肉食を禁じていない。
もともと牙遼族には喪に服す習慣がなかった。葬儀当日にも肉と酒がふるまわれていたほどだ。部族間の争いが絶えない草原で、のんきに喪に服して肉食を断っていてはいざ襲撃を受けたときに敵を退ぞけられない。そのため、親が死んでも喪には服さず、たらふく肉を食べていたのだ。
前王朝・朱(成では西朱という)は尭族の王朝だったので、尭制がしかれていたが、いわゆる三年の喪に服すのは尭族に限った話で、牙遼族などの異民族はそれぞれの風習に従うことが許されていた。朱の支配下に在ることが長かったので、牙遼族でも喪に服すことがはじまり、すくなくとも葬儀から一月は酒色と音楽が禁じられるようになったものの、肉食は葬儀当日のみひかえればよいことになっている。
「泣き暮らしていると聞いたが、まだやっているのか?」
「ええ、そのようです」
散騎常侍・楊永賢が困ったような微笑を浮かべた。散騎常侍は皇帝に近侍し、諫言する散騎省の長。散騎省では詔勅の起草も行うので重い権能を持つ高官だ。官僚や宦官のなかでとくに有能な者が任じられる。永賢の場合は後者である。
齢よわいは四十の坂を越えたばかり。身の丈七尺(約二〇七センチ)の大男だった父帝にくらべれば体格では劣るものの、何度も戦場で武功を立てた経験を持つ。成ではありえないことらしいが、宦官が武人として活躍することは朱王朝時代からたびたびあった。功を立てさえすれば爵位を賜わり、養子を迎えて世襲することも許される。
なお、永賢も食卓についている。これも成では見られないらしいが、烈では日常的に君臣が食事をともにする。
「御髪も結わず、化粧もなさらないばかりか、食膳にはお手をつけられず、喪服姿のままでひねもす経をとなえていらっしゃいます」
「食事をとらないだと? こちらで用意したものが口に合わないとでもいうのか?」
醬みそ漬けにして花椒と馬芹をまぶし、炭火でこんがり炙あぶった羊肉。子どものころから食べ慣れている世龍にとっては美味だが、羊肉を食べる習慣のない江南生まれの安寧公主には下手物料理だ。
また、先方に言わせれば〝夫〟の喪中なのだから、肉食などできるはずがない。そこで成出身の料理人に粥を作らせたのだが、不満だというのか。
「いえ、料理の質にご不満があるわけでなく、夫を喪った悲しみのあまり、食事が喉をとおらないそうです」
「絵に描いたような貞女だな。会ったことも見たこともない『夫』の死を悼んで、食事すらもできぬとは」
寝床でむせび泣く安寧公主の姿が目に浮かび、世龍はしかめ面になった。
「そもそもあの女は本物の安寧公主なのか?」
「間者によれば、まちがいなく本人だそうです」
安寧公主・史金麗。父親は成の今上帝・史文緯 、母親は成の名族・趙家出身の皇后である。見目麗しく聡明な趙皇后は成帝に寵愛されており、皇こう長子を産んでいたので、安寧公主は蝶よ花よと育てられた。
成帝の掌中の珠として贅を尽くした暮らしを送っていたが、その生活はある日突然、断ち切られるように終わってしまう。
皇帝弑逆を謀った罪で趙皇后が廃妃されたのだ。
数年前から寵愛は歌妓あがりの妃嬪・夏氏に移り、皇帝の足は皇后の宮から遠のいていた。その偏愛ぶりは病的といってもいいほどで、夏氏が懐妊したおりには、生まれた子が男児なら趙皇后が産んだ皇太子は廃され、東宮の主はすげかえられるだろうと噂された。失寵した趙皇后は夏氏を怨み、夫の暗殺をもくろんだ。皇太子を即位させ、みずからは皇太后となって後宮を牛耳ることで、寵愛を奪った夏氏に復讐しようとしたのだ。
謀略はあかるみに出る。激怒した成帝は趙皇后を廃し、皇太子ともども死を命じた。趙一族は族滅され、安寧公主は下級妃嬪・陰氏に養育されることになった。
いまから十年前――安寧公主が十歳のころの出来事である。
母后と兄太子の死を機に、幼い嫡公主の日常はがらりと変わった。
日替わりでまとっていた綺き 羅ら はみすぼらしい奴婢の衣になり、上等な調度で飾られた金殿玉楼は雨漏りのする雑魚寝部屋になり、食卓を埋め尽くす豪勢な料理は肉のかけらさえ入っていない薄粥になった。陰氏は自分の娘を溺愛するかたわら、安寧公主を疎んじて粗末にあつかい、婢女たちとともに苦役に従事させたのだ。
この話を聞いたとき、「史文緯は黙認していたのか」と世龍は尋ねた。廃后の娘とはいえ、成帝にとっては血をわけたわが子だ。実の娘を婢女として働かせてよいものか。
成の後宮にもぐりこませている間者は、「史文緯は安寧公主のことなど思い出しもしなかった」と報告した。
「のちに皇后に立てられた夏氏がそのように仕向けていたのです。夏氏は趙皇后を怨んでいたので、趙皇后の遺児である安寧公主を故意に冷遇していたものと思われます」
安寧公主を養育していた陰氏は夏皇后の腰巾着だそうだから、あり得る話だ。
昨年、烈が成に求婚した。成と烈は国境で干戈を交えたばかり。激戦のすえ、成軍は一敗地にまみれている。求婚を突っぱねるわけにはいかず、成帝は和親のために公主を嫁がせることにした。
花嫁候補として最初に名があがったのは夏皇后が産んだ九公主。芳紀まさに十六の娘盛りで、嫁ぐのにちょうどよい年ごろだ。けれども九公主がいやがり、夏皇后も断固として反対した。成帝は寵ちよう后こうと愛娘に望まぬ縁談を無理強いすることができず、宗室の傍系から妙齢の娘を選んで公主の身分を与え、和親の花嫁として送り出すことを考えた。
そんなとき、安寧公主を嫁がせてはどうかという噂が後宮で囁やかれるようになる。どうせまっとうな嫁ぎ先などない廃后の娘なのだから、蛮国にくれてやっても惜しくはないというわけだ。渦中の人となった安寧公主は夏皇后に泣きつき、夷狄に嫁がせないでほしいと哀願した。すると、夏皇后は逆に安寧公主を和親の花嫁に推薦した。怨敵の娘を汚らわしい蛮人の慰み物にしてやろうという腹積もりだ。
こうして安寧公主は和親の花嫁となった。
当人の嘆きようは尋常ではなかったらしい。己の悲運を呪って涙にくれ、何度となく自死をはかった。にもかかわらず、烈に到着したとたん、大喪の場に駆けこんで夫の棺にすがりつき、身も世もなく慟哭してみせた。
「烈までの道中、毎日泣いてばかりいる安寧公主をなだめるため、わが国の女官たちが先帝のお人柄を話して聞かせたところ、興味をお持ちになり、しだいに先帝をお慕いするようになったとのことです」
輿入れのため、こちらで用意した女官たちを迎えに行かせている。彼女たちが父帝の人となりについて話すのを聞くうちに心が動いたというのは、ありえない話ではないが。
「たしかに父皇は不世出の英雄だ。父皇の武勇伝を聞けば、たいていの女は胸をときめかせるだろう。だが、それは烈の女に限った話だ。尭王朝の末裔を標榜する成室の女にしてみれば、牙遼族の男は禽獣同然。豪傑であろうが匹夫であろうが、ひとしなみに野蛮人だろう。武勇伝を聞いたくらいで恋慕するはずがない」
「安寧公主が噓をついているとお思いで?」
「俺の直感が言っている。あの女が見せる『顔』を信用するなと」
空の串を皿にほうり、世龍は餅に手をのばした。
肉料理、羹、餅、塩漬けの野菜。日常の食事はこれで完結する。質素倹約を旨むねとした太祖の遺命により、宴以外で皇帝の食卓に山海の珍味がならぶことはない。
「考えてもみろ。大喪の場に駆けこんできた異国の花嫁─喪服の洪水のなかに真紅の婚礼衣装でご登場だ。芝居がかった見事な演出だったな。敵ながらあっぱれだよ。おかげで俺はあの女を追い出すことができなくなった」
強いて追い出そうとすれば、安寧公主はいっそう泣き叫んでみせただろう。そしてだれかが止めに入っただろう。たとえばそう、皇家の顔役を名乗っている叔父が進み出てくちばしを容い れてきたはずだ。
父帝の異母弟である元豪師は国内有数の沃野を所領に持ち、廟堂では六官の長・大冢宰の位を賜っている、もっとも有力な皇族。豪師が安寧公主を大喪に参列させるよう進言したなら、世龍は応じるよりほかない。
力業で豪師の諫言を退けることも不可能ではないが、そんなことをすれば竹の園を束ねる先帝の弟と真っ向から対立することになり、宗室につらなる年長者たちの反感を買ってしまう。これから柩前即位しようとする世龍にとっては初手のつまずきだ。
無用の失点を避けるため、世龍はみずから進んで安寧公主をその場にとどめた。おそらくはそれこそがかの女の目的だと知りながら。
「あの女の術中にはまったとしか思えぬ。食を断っているのも、なにかしらの意図があってのことだろう」
「主上は尭族の女人に不信感をお持ちのようで」
「尭族の女とひとくくりにするな。南人を信用できないだけだ」
南方に住む尭族を南人、北方に住む尭族を北人と呼ぶ。北人はその居住地ゆえ、北方騎馬民族との混血が進んでおり、北の風俗になじんでいて、姿かたちが似通っている。現に永賢も北人だが、容姿だけを見れば牙遼族の男とさして変わらない。
かたや南人は異民族との通婚を避ける傾向がある。異民族の奴婢を使い、慰み物にしながら、異民族とのあいだに生まれた子どもを差別し、親族の一員として迎え入れない。
尭王朝の末流であることを誇り、異民族を蛮族と見下す南人は傲慢で厄介な存在だ。
「どうしても安寧公主を成におかえしになるおつもりですか」
永賢は芥子菜の漬物を口に運び、探るような視線をこちらに投げた。永賢の卓子に用意された食膳も世龍とおなじ内容だ。料理や食器に臣下との差をつけないことも君臣の情義を重んじた太祖の遺訓のひとつである。
「あの女を娶れと言うのか」
「先帝はそのおつもりでした」
「父皇はどうかなさっていたんだ。瑞兆天女など、迷信に決まっている。女ひとりを手に入れたくらいで天下が手に入るのなら苦労はない」
かねてから世龍は成との婚姻に反対していた。
成の公主など、どうせ権高な女に決まっている。牙遼族を夷狄と見下す、お高くとまった女を皇后として敬うことはできないと再三にわたって父帝に訴えた。瑞兆天女なる干からびた昔話を真に受けて、利のない婚姻を結ぶべきではないと。
寺院の建立や寄進に入れあげて軍備をおろそかにする史文緯の失政により、成の兵力は年々弱くなる一方なので、攻め落とすことはもはや難業ではなくなっている。姻戚になったところで、これといった益はないのだ。
成の公主に値打ちがあるとすれば、かの女が瑞兆天女であるという一点だけ。それとて眉唾物ものだ。伝説はしょせん伝説。当てにできる代物ではない。
父帝はけっして迷信深い人物ではなかった。子どもだましの口碑に心酔していたわけではない。ただ、すこしばかり弱気になったのだ。
二年前、恩礼五姓のひとつであった陶家が迅と内通して謀反を起こした。
恩礼とは建国に貢献した士人一族をいう。いずれも北人で、陶氏、祭氏、霍氏、楊氏、氾氏の五姓である。王朝の転覆を狙った陰謀はあばかれ、陶家は誅滅されたが、処刑をまぬかれた残党が迅に逃げこみ、余燼がくすぶる結果となった。
建国の功臣が敵国と内通したという事実が父帝の自信を削いだのだと思う。そうでなければ、とうの昔に錆ついた伝説を本気にして南人公主を娶ろうなどとは考えまい。
「天帝に遣わされて下生するだの、愛した男を加護するだの、馬鹿馬鹿しい。苔の生えた俗伝に惑わされて高慢ちきな南人公主のご機嫌取りをしていては、天下の笑い者になる」
皇帝の娘――公主を迎えた場合、皇后に据えるのが道理だ。
一妃嬪なら寵愛しなければよいだけの話だが、国母たる皇后には嫡妻として敬意をはらわねばならない。皇后を軽んじることは後宮の秩序を乱すことにつながるからだ。
いったん立后すれば容易には廃せない。
皇帝の一存で位階を上下させられる妃嬪とちがって、廃后には廟堂を納得させられるだけの〝罪状〟が不可欠となる。史文緯が趙皇后を廃したときのような大事件でも起こらない限り、安寧公主から鳳冠をとりあげることはできないのだ。
遠からず頭痛の種になることは目に見えている。厄介事を抱えこむのはごめんだ。
「高慢と決めつけるのは早そう計けいでは? まずは交流なさってみてはいかがです」
「婚礼衣装で大喪に駆けこんでくるほど計算高い女だぞ。交流するまでもなかろう」
餅を平らげ、世龍は碗いっぱいの酪漿を飲み干した。
「あの女が烈にとどまりたがるならなおさら追い出さねばならぬ。どういう目的で居座ろうとしているのか知らぬが、烈にとっては災厄にちがいない」
すでに先手を打たれた。これ以上、狡猾な女狐の術中に陥おちいってはいけない。
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著者プロフィール
はるおかりの
「三千寵愛在一身」で2010年度ロマン大賞を受賞し、同作でデビュー。おもな著作に、凱帝国を舞台にした中華寵愛史伝「後宮史華伝」シリーズ(集英社オレンジ文庫、コバルト文庫)のほか、「九天に鹿を殺す」(集英社オレンジ文庫)、「ユーレイギフト」(集英社オレンジ文庫、陽丘莉乃名義)、「耀帝後宮異史」シリーズ(小学館文庫)など